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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
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短編2. リヴァイアサンの革

短編2『リヴァイアサンの革』



 最も有名なギルドの一つである『クリムゾンフレア』は、定期的に全サーバーのギルド員を集めて、ランカー戦と呼ばれるプライベートマッチを開催している。

 ギルド結成当初は毎回ギルド員総当りのリーグ戦を行なっていたのだが、人数が増えた現在はランク分けされたリーグ戦へと形式が変更されていた。


 クリムゾンフレアのギルド員の中でも、ランカーランク上位50位までが集う第一リーグに所属するプレイヤーは上位ランカーと呼ばれる。

 更にランカーランク上位10名はトップランカーと称され、それらのプレイヤーは例外無く各サーバーのトッププレイヤーだった。


 クリムゾンフレアの創始者はエレーヌサーバーのフレームという男と、各サーバーのトッププレイヤー達である。特にフレームは【赤男爵(レッドバロン)】とあだ名され、圧倒的な【ランス】スキルによってランカーランクNo.1の座を維持し続けていた。

 しかし4月に開催されていたランカー戦において、クリムゾンフレアの歴史上初めて、No.1の交代劇が起きようとしていた。





『決まったーー! 勝者はアルザスサーバー所属ランカーランクNo.4、【戦乙女ヴァルキリー】ファナだあああ! ついにランカーランクNo.1【赤男爵レッドバロン】フレームが敗れたぜええええ!』


 テンションを上げ切った実況者が、クリムゾンフレアのプライベートアリーナ観客席と、全国に配信している生放送の視聴者に向け、大げさな叫び声を上げた。

 アリーナには多くの観客が訪れており、たった今行われた激闘にみな声を張り上げて興奮している。その大歓声を聞きながら、アリーナの中央で剣を掲げていたのは、【戦乙女ヴァルキリー】ファナだ。

 白髪を振り乱し、大きく息をするその姿には、勝利の余韻に浸る余裕は無く、ただ結果だけを噛み締めているようだった。


「すげー試合だったな」


 アリーナの客席で観戦していたウドゥンが感心した様子で言う。すると、隣に座る赤毛の男がカラカラと笑いながら答えた。


「くはは! ファナの奴、本当にやりやがった。まさかフレームにまで勝つとはな」


 第6期ランカー戦最終日。ここまで共に無敗同士で迎えた2人の戦いは、過去最大の観戦者数と賭け金を伴い、大いに盛り上がっていた。そして激戦の末、たった今ファナがフレームを撃破したのだ。


「ファナは【ロングソード】と【小型盾バックラー】か。王道すぎてあまり突き抜けた奴が居なかったが、確かにあいつの"先読み"には最適な組み合わせかもな」

「手がつけられなくなってきたよ。まったく、これで俺もギルドリーダーからおさらばか」


 そう言って赤毛の男――クリムゾンフレアのヴォルは大きくため息をついた。

 彼は今回のランカー戦の結果、現在のNo.2から一つランクが落ちてNo.3となることが確定している。同時に同じアルザスサーバーのプレイヤーであるファナよりも、ランカーランクで下になることもだ。

 クリムゾンフレアのギルド規定により、ファナよりもランクが下となったヴォルは現在勤めているギルドリーダーを交代せねばならず、それは彼がアルザスサーバーにクリムゾンフレアを設立して以来、初めての事態だった。


「別に、ファナじゃあギルド運営は出来ないだろうから、実質これからもお前がギルドリーダーだろ」

「それも嫌だな。名は無くて実がある……中間管理職かよ」

「はっ。確かに」

「ウドゥンー。ヴォル兄ー」


 2人が話していると、ごった返す観客を掻き分けて、パタパタと近づいてくる影があった。

 クリムゾンフレアのアクライだ。長く伸ばした金髪を高い位置で結った、触覚のように飛び出したツインテールが可愛らしく揺れている。子供のように小さな体躯をした彼女は、ウドゥン達のいる席まで駆け寄ってくると、ぱあっと明るい笑顔を見せた。


「やった、やったよ! 今オーガストを倒したから、今回の勝ちで第一リーグに上がったよ!」

「おー。良く勝ったな」


 ヴォルが大げさに驚く。ウドゥンは無表情のまま、アクライが嬉しげに飛び跳ねる姿を見つめていた。

 彼女が身につける赤を基調とした丈の短い和服には、幾何学模様をあしらわれており、腰には白色の帯が可愛らしく締められている。黒っぽいニーソックスの下には足袋に似た靴をはいており、彼女の活発な雰囲気に良く似合っていた。


「それじゃあアクライ。これからは上位ランカーの仲間入りか」

「そうだぜウドゥン。どんなもんだ!」


 そう言ってアクライは胸を張った。まっ平らといってよい控えめな上半身が、ひどく誇らしげだ。

 ナインスオンラインは国内の地域によって9つのサーバーに分けられている。基本的にクリムゾンフレアでは、各サーバー毎に上位ランカー同士でメインパーティーを組むことのなるのだが、それらはそれぞれのサーバーにおいてギルドの顔となるプレイヤー達だった。


「ま、おめでとうってとこかな」

「へっへーん」


 得意げにするアクライに、ヴォルがたしなめるように言った。


「アクライ。上位ランカーに入ったって事は、お前次の探索からメインパーティだからな」

「うん。任せといてよ! 姉様やヴォル兄の足は引っ張らないから。それよりもウドゥン」

「あん?」


 アクライが顔を近づけ、クリリとした大きな瞳で瞬きする。目の前に置かれた童顔に対し、ウドゥンは怪訝な顔を作った。


「なんだよ」

「お前、私が上位ランカーになったら、ご褒美くれるって言ったよな」

「あー……」


 ウドゥンが頬を一掻きし、目線をそらした。しかし、しらばっくれるわけにもいかない。確かに彼は、アクライとそのような口約束をしていたのだ。


「そういえば言ったかもな」

「言った! 約束だからな。何でも作って貰うぞ」

「別に、それは構わないんだが、何が欲しいんだよ」


 ウドゥンが聞くと、アクライは両手で自身の右足を抱え、見せ付けるようにして言った。


「ブーツだ。リヴァイアサンの革が必要な足装備"リヴァイアサンブーツ"」

「そりゃまたレアな装備をご所望だな。その革、流通してんのか?」


 ヴォルが少し呆れたように口を挟んだ。


「バザーじゃあ見たこと無いな。リヴァイアサン自体は5thリージョン・ラクタス環礁で出現(ポップ)するって話だが」


 ウドゥンが淡々と答えると、ヴォルは顔をアクライに向ける。


「お前、革は用意してるのか?」

「あるわけないだろ」


 やはり自信満々に言うアクライに、ウドゥンがため息をついた。


「じゃあ、どうするんだよ」

「決まってる。取りに行くぞ、ウドゥン!」

「……」


 見るからに不満そうに、ウドゥンは眉間にしわを寄せた。

 ヴォルは既に遠巻きに小さく手を振っている。どうやら彼には手伝う気がないようだ。

 しかし目の前の少女は、受けなければ泣きわめくといった様子で睨みつけてきている。ウドゥンは諦めた様に、大きくため息を吐いた。


「わかったよ」

「やった!」


 弾けるような笑顔となったアクライが、ウドゥンの目の前で飛び跳ねていた。





「海だ!」

「海だな」


 ラクタス環礁に到着するなり叫んだアクライに、ウドゥンはやる気なさげに上着を脱ぎつつ答える。

 ラクタス環礁は美しい砂浜と海が広がるエリアである。太陽が燦々と照り付けており、実際には暑さを感じないにもかかわらず、薄着にならなければならない気分に追い込まれてしまう。いつもは"黒虎の毛皮"で作られた黒い"タイガーコート"を着ていたウドゥンだったが、さすがにこの場所では場違いだった。


「で、アクライ――」

「うん?」


 ウドゥンが声をかけると、アクライは腰に巻いた帯を緩めている際中だった。


「……なにしてんだ?」

「そりゃあ決まってる。これから海に入るんだから、着替えないと」

「装備を脱いでリヴァイアサンと戦う気かよ。死ぬ気か?」

「大丈夫大丈夫! 戦闘になったら本気装備に戻るからさ!」


 そう言ってアクライは勢い良く帯を解いた。そしてがばっと和服装備を解除すると、ウドゥンは反射的に目をそらした。


「あはは! なに慌ててんだよ、ウドゥン」


 見るとそこには、白色のワンピース型水着でその幼児体形をつつんだアクライが、「どうだ?」と言って腰に手をあてていた。

 ウドゥンが、ゴミを見るような冷たい目でため息をつく。


「お前の体形でどうだと言われても……ぐは」


 言い切る前に、アクライのとび蹴りがウドゥンの腹部にヒットした。体力が減少し、視界が少しだけ赤く染まる。


「あほなこと言ってないで、さっさと探すぞ」

「……お前が聞いたんだろうが」


 ウドゥンは蹴られた箇所を押さえながら、歩き出したアクライの後を追った。


 ラクタス環礁は地上にあたる砂浜と、移動可能な海、そして移動不可能な深海に分かれている。その三つが組み合わさって、全体は迷路のように複雑に入り組んでおり、マップを確認しながら進まなければすぐに迷子になるようなエリアだった。

 5thリージョンにカテゴリされるラクタス環礁は、すでに多くのプレイヤー・ギルドによって攻略が進んでいる。しかしこのマップに出現するというリヴァイアサンについては、ウドゥンも良く知らなかった。


「で、どこにリヴァイアサンが出現(ポップ)するのか調べてるんだろうな」

「んー。さあ」

「お前……」


 当然調べをつけていると思っていたウドゥンが、今回の狩りのリーダーであるアクライを睨みつける。しかし当の本人は特に気にする様子も無く、周囲をきょろきょろと見渡していた。


「そこは調べとけよ」

「だって、攻略サイトに載って無いんだもん」


 アクライが口を尖らせて言い訳をする。

 リヴァイアサンは特殊な出現方法を持つモンスター、いわゆるNM(Named Monster)だ。NMはレアなアイテムを落とすものが多いが、一方で個体ごとに様々な出現方法が用意されており、いまだに解明されていない種類も多い。

 リヴァイアサンもその類だった。


「でもクリムゾンフレアの皆に聞いたら、リヴァイアサンは水中エリアを遊泳してるって話だったよ」

「遊泳だと?」


 クリムゾンフレアの連中は基本的にNMについて詳しい。強さを求めて、スキル上げや装備収集を精力的に行っているからだ。

 そんなクリムゾンフレアの連中から聞いてきた話ならば多少の信憑性がある。どうせ当てもなかったので、ウドゥンもその噂にすがることした。


「それなら、適当に歩き回ってみるか」

「そーそー。せっかくなんだから楽しもうぜ!」


 アクライがそう言って、海へと続く崖際から身を投げ出した。ドボンという着水音と共に、少女が青い海に沈んでいく。

 ウドゥンもその後を追って海に飛び込んだ。


 ナインスオンラインでは少し不思議なことに、水中でも地上と同様に行動が可能だった。視界が少しブルーに染まるだけで、特に問題なく会話し、歩き、戦闘できるのだ。逆に泳ぐという行為が出来ないので、一部のプレイヤー達にはあまり評判が良くなかったが。


「さーって、何処にいるかな!」


 先に海底に辿り着いたアクライが元気よく周囲を見渡す。当てもなく探そうとする彼女を、ウドゥンが「ちょっと待て」と言って呼び止めた。

 彼はすぐにパネルを開くと、それを操作する振りをしながら耳を澄ます。

 こぽこぽという気泡の音。遊泳する魚達が引き起こす水音。時おり聞こえる魚人族の奇妙な会話。それらの中から、彼は【聞き耳】スキルを用いて特異な音を聞き分けようとしていた。


「なにしてんだよ、ウドゥン?」


 アクライが不審げに首をかしげる。彼女は、ウドゥンが【聞き耳】スキルという謎スキルの熟練者である事を知らない。というより、そもそも【聞き耳】というスキルの存在自体を知らなかった。

 純粋な戦闘プレイヤーであるアクライは、戦闘に無関係なスキルなど興味が無いのだ。【聞き耳】スキルのことをあまり知られたくないウドゥンにとって、それは好都合だった。

 アクライに説明することなく、しばらく黙りこんで周囲の音を拾い集めた後、ウドゥンはゆっくりと肩をすくめる。


「この辺りには居ないな。歩くか」

「おう!」


 アクライは特にウドゥンの行動を追求することはなく、透き通るラクタス海の底をのんびりと歩き出した。





「そういえばウドゥン。リズはまだ戻ってこないのか?」


 海の底にびっしりと生える珊瑚礁の上をピョンピョンと飛び跳ねながら、アクライが無垢な様子で聞いてきた。

 ウドゥンはマップを確認しながら歩きつつ、声だけで答える。


「あぁ。さっぱり音沙汰が無い」

「失踪して、もう結構経っただろ」

「これでもう4ヶ月だ。まったく何やってんだかな」

「姉様もひどく気にしてたぞ。『せっかくNo.1になったのに』って」

「アイツのリアル知り合いなんか居ないからな。こっちからは何のアクションもできないんだよ」

「むー」


 あまり敵密度が多くない海底を、2人はのんびりと会話しながら進んでいた。いつもはスキル上げにエリア探索、トーナメント戦などで激しい戦闘ばかりしているアクライにとって、こうしてのんびりとナインスオンラインをプレイする時間は貴重だった。

 そんなまったりとした時間を楽しんでいた2人だったが、やがてウドゥンが立ち止まる。


「……アクライ」

「ん?」


 アクライきょとんとして首を傾げる。ウドゥンは強い口調で言った。


「ついてこい」

「え?」


 ウドゥンは突然方向を変え、駆け出した。アクライが慌てて珊瑚礁から飛び降り、ばたばたとその背を追う。


「どうしたんだよ。何か見つけたのか?」

「……いいから、黙ってついてこい」


 ウドゥンはそう言ながら先を急いだ。アクライは腑に落ちない様子を見せながらも、肩を並べて走る。

 しばらく進むと珊瑚礁に囲まれた大き目の広場に出た。そこでウドゥンは立ち止まり、キョロキョロと周囲を見渡す。


「何もいないじゃん」

「いや……戦闘準備をしとけよ」


 ウドゥンは真剣な様子で、懐から得物であるクロスボウを取り出した。それを見て、アクライも慌てて水着装備からいつもの【くノ一】装備へと変更し、メイン武器である【小太刀】を両手に構えた。

 やがて、アクライの視界が暗く変わった。


「えっ、夜?」

「あほか。上見ろ」

「え……うおお! でっか!」


 上空に、巨大な鯨に似たモンスターが浮かんでいた。大きさはフェリー並みにはあるだろう。

 正確には単に海を遊泳しているだけなのだが、とにかくそのモンスターは2人のいる広場の真上を通り過ぎようとしていたのだ。


「当たりだな」


 ウドゥンが用意していたクロスボウを構え、そのモンスター『リヴァイアサン』に向けて矢を放つ。それが腹の一部にヒットすると、リヴァイアサンはこちらの存在に気がつき、グングンと沈降を開始した。


「それじゃアクライ。頑張れよ」

「うぇ。やっぱ私1人なのか?」

「援護はしてやる。さっさと【挑発】しろ」

「うー、わかったよ」


 離れ去っていくウドゥンに急かされ、アクライは【挑発】スキルを発動した。するとリヴァイアサンが沈降する方向を変更し、少女に向かってその巨体を押し付けてきた。


「きゃああああ!」


 アクライの甲高い悲鳴が響く。水流が渦巻き、その巨体が彼女の小さな体躯を踏みつぶしたように見えた。

 しかし彼女は身体を勢いよく投げ出し、何とか下敷きになるのを回避していた。そして素早く体勢を立て直してリヴァイアサンを睨みつける。


「なめんなよ!」


 【小悪魔(ピクシー)】が吼えた。大きく身震いし気合を入れると、緩慢な動きをみせるリヴァイアサンの背中に飛び掛かったのだ。


「うにゃああーー!!」


 そのまま奇妙な掛け声をあげながら、両手に持った小太刀を振り回し、ざくざくとリヴァイアサンの背中に斬撃を食らわせていく。

 彼女の戦闘スタイルは、この短い刃を持った小太刀を両手に一振りずつ持つ【二刀流】のスタイルだった。同時に俊敏性を重視した装備と回避を重視したスキル構成により、かなりの運動性能を誇る事も特徴だ。


 リヴァイアサンが身体を勢いよく回転させ、張り付いた邪魔者を振り払おうとした。ぐるんと身体を回転させる――しかしアクライは玉乗りをするがごとく、その回転に合わせて軽やかなステップを踏んでやり過ごしてしまった。


 アクライは信じられないような俊敏性を持つプレイヤーだ。彼女のメインスキルの一つ【ステップ】は、廃人の証明ラインと言われる200をゆうに超えている。高水準の回避技術と共に、動きの俊敏性と回避率の高さだけいえば、No.1となったファナよりも上だとすら言われていた。


「うにゃにゃああ!」


 相変わらず奇声をあげながら小太刀を振るうアクライだったが、リヴァイアサンは一向にヘタレる気配が無い。それどころか今までのは準備運動だったかのように、身体のキレは増していき、ついには大きく身を震わせてアクライを振り落としてしまった。


「アクライ! 遠距離来るぞ」

「うぇ!?」


 ウドゥンの声に反応し、海底に転げ落ちたアクライが急いで体勢を立て直す。上方に目を向けると、そこに角ばった歯が並んだ口を開いたリヴァイアサンの姿があった。次の瞬間、その口から真っ白い直線の圧縮水流が放たれる。


「あぶなっ!」


 アクライはくるりと体を回転させそれをかわす。それでもなおレーザー状の高圧水流は、方向を修正して放ち続けられた。

 アクライは一気に勝負を決めるため、発射口である口腔に狙いをつけ、風のように素早く駆け出した。


「ウドゥン!」


 走りながら相棒に呼びかける。その返事をまたず、彼女は真っ直ぐにリヴァイアサンに向かって飛び掛かった。空中で姿勢変更ができない状態に陥ったアクライに、リヴァイアサンがゆっくりと照準を合わせる。


 その時、一本の黒い矢が放たれた。それは強烈な意志を持つかのように、リヴァイアサンの巨体を貫いた。それによりリヴァイアサンが動きをとめてしまう。口から放たれる水流を明後日の方向に放ちながら。


「さっすがっ!」

「一発で決めろよ」


 敵の動きを一瞬だけ止めるトリック【影矢】を完璧なタイミングで放ったウドゥンが、余裕げにクロスボウを肩に担いでいた。

 アクライはそれに、甲高い声で応える。


「まかせろおお!」


 二対の小太刀が共に赤く輝き、二筋の曲線となって、リヴァイアサンの口腔を深々と抉った。小太刀のトリック【飛水切り】がクリティカルヒットしたのだ。

 はたからみると小柄なアクライが巨大な口に呑み込まれたように見えたが、やがてリヴァイアサンの巨体から光が放たれる。そしてきらめく青色のポリゴンを撒き散らしながら、リヴァイアサンは断末魔の叫びを上げた。


 花火のような撃墜エフェクトの後に残っていたのは、腕組みをして勝ち誇るアクライと、青く輝く宝石のような革だけだった。


「いえーい。楽勝!」

「一発で出たか」


 歓喜の声を上げながら、アクライとウドゥンがドロップしたアイテムに近づき拾い上げる。

 しかし次の瞬間、2人の視界が再び黒く染まった。


「えっ、夜?」


 アクライが先程と同じ言葉を発する。一方ウドゥンはリヴァイアサンの革を手にしたまま、上方を見上げる。するとすぐにその表情を曇らせた。


「……そうきたか」

「どうした? ウドゥン」


 アクライがウドゥンと同じ視線を向けると、先程のリヴァイアサンより二周りは大きな鯨型モンスターが、つぶらな瞳でこちらを見つめていた。

 大きさはもはや、タンカーの様な巨大さだった。


「な、な、なにあれ」

「あれが本物なんだろ。最初のは子供かなんかで、子供を倒すと、親が怒ってやってくるとか。そういう設定なんじゃね?」


 のんきに考察をするウドゥンの裾を、アクライが力無く引っ張る。


「いや、いくらなんでもあれはでかすぎだろ。どうしろって――」

「じゃあ、頑張ってな」


 ウドゥンは言うと同時に、リヴァイアサンに背を向け走り出した。アクライが慌てて後を追う。


「ちょ! お前、いきなり逃げ出すってどうなの!?」

「お前のほうが強いだろうが。俺が奴を倒すアイデアを思いつくまで、頑張って時間を稼げ」

「ぜったい嘘だろ!」

「大丈夫。骨は拾ってやる」

「ほらみろ! ひどい! 待って!」


 実際、アクライの方が移動速度が倍は速いため、すぐに追いつき並んでしまう。そこからは肩を並べて、新しく現れたリヴァイアサンから逃走する2人だった。

 しかしその逃走劇は余り続かなかった。


 突然背後から、モンスターの叫び声が聞こえてきたのだ。2人が驚いて振り向くと、そこには1人のプレイヤーがリヴァイアサンの額に片手剣を突き刺していた。

 その女はゆっくりと剣を引き抜き、額の上で仁王立ちしてみせる。


 白髪の長髪に真っ赤なビスチェ。不吉な赤い刀身を持つ片手剣を左手に、堅牢な薄赤色の小型盾を右手に、その女はリヴァイアサンを見下ろしていた。


「姉様!」

「ふふ! なんだか面白そうなことをしているな、アク」


 突然現れた【戦乙女(ヴァルキリー)】ファナは高揚したの言うと、ゆっくりと片手剣を振り上げ、再びリヴァイアサンの額を突き刺した。


 リヴァイアサンが悲鳴をあげ、のたうち回る。しかしファナは振り落とされることなく、次々と片手剣を振り下ろしていった。

 そこからは、一方的な殺戮が始まった。



 戦闘は10分もかからずに終了した。

 圧倒的な強さで新しく現れたリヴァイアサンの体力を削りきってしまったファナが、ゆっくりとウドゥン達の下にやってくる。

 その優雅に歩く姿を見つめながら、ウドゥンはアクライに向け言った。


「アクライ」

「ん?」

「俺のデスペナ、どうでもいいドロップ品にしといてくれ」

「へっ?」


 そう言って、ウドゥンは一歩踏み出す。そして意味が分からずに呆けているアクライを差し置いて、ファナに話しかけた。


「よう【戦乙女ヴァルキリー】、久しぶり――」

「ふふ!」


 ファナがニヤリと笑みを浮かべ、片手剣を引き抜いた。それは意思を持つかのように滑らかに、ウドゥンの首筋吸いつくと、真っ赤な筋を残して切り抜けてしまう。


「ウドゥンーーーー!」


 アクライの叫び声も虚しく、ウドゥンの体が光のエフェクトを伴って破散した。後に残されたのは、デスペナルティの取得を選択するパネルだけだ。

 ファナがロングソードを遊ばせながら、つまらなそうに唇を尖らせる。


「なんだ。私のアクと一緒にいるから、どれだけ骨のある奴かと思ったら、拍子抜けだな」

「姉様! いまのウドゥンだよ、トリニティの【智嚢ウィズダム】!」

「ん? あぁ、あのいけ好かない黒髪か。そういえばそんな顔だったな」


 ファナが興味なさげに言うと、アクライは大きく溜息をついた。


「もー。ウドゥンも何でわざわざ……」

「まあいいや。とりあえずデスペナを――」

「姉様! だめだよ、私が取りますー」

「えぇー」


 ファナは子供の様に不満げな表情で、間延びした声をあげた。




(短編2『リヴァイアサンの革』・終)










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