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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
30/121

14. 使い魔

14


 ユウとリゼの2人がブラッククロスの中衛1人を挟み込む。相手の武器は物干し竿のように長い【ランス】――男はそれを自由自在に操り、ユウとリゼ二人掛かりの攻撃を捌いていた。


「やあ!」

「ふっ!」


 男がリゼのエストックを華麗に受け流す。続けて反撃に出たところを、背後からユウがロングソードを叩き込んだ。ガキン――という頑強な鎧に弾かれる音。黒鉄鋼の全身鎧を装着したブラッククロスの中衛に対し、ユウの攻撃は致命傷に到らなかった。

 ユウが距離をとり、ロングソードを半身に構えて体勢を立て直す。


「まずいな……」


 焦りを滲み出すようにユウは呟いた。現在の戦況はグリフィンズが残り3人、ブラッククロスが2人だ。グリフィンズは数的優位を保ち、さらに厄介な敵の前衛は味方の前衛(クラウド)が押さえつけてくれている。この状況だと最後に残った敵の中衛を処理さえすれば、グリフィンズの勝利は確実だった。

 しかしその一人が潰せない。長大な槍を手足のように振り回す相手に、2人は攻めあぐねてしまっていた。


 そうこうしているうちに、距離をとった場所で繰り広げられていた前衛同士の対決に決着がついた。


「くそ……」

「クラウド!」


 グリフィンズの前衛であるクラウドが、前衛同士の重量級対決に負けて退場する。その結果敵の主力――漆黒の全身鎧に身を包み、巨大なロングソードと大型盾スクウェアシールドを装備したブラッククロスの前衛が解き放たれてしまった。

 ユウは焦って目の前の中衛を潰しに掛かる。


(なんとか中衛を瞬殺しないと、2対2に持ち込まれてしまう――) 


「くそ……間に合わない――」

「ユウ、私があっちをやるよ!」

「リゼ!?」


 リゼが反転し、敵の前衛に向かって飛び出した。突然の行動に驚くユウにブラッククロスの中衛が襲い掛かる。


「どこ見てんだよ!」

「……っ! くそ!」


 突き出された槍を受け流し、ユウは体をひねって敵の頭部を狙いロングソードを振るった。しかし敵もかなりPvPに慣れている。背の丈以上もある槍を支点に体を器用に回すと、放たれた斬撃をするりと避けてしまった。

 続けて攻撃を放ちながら、ユウが飛び出していったリゼに声をかけた。


「ごめんリゼ! もうちょっとかかるから、何とか耐えて!」

「うん!」


 前衛に向かって全速力で走るリゼは、ユウの声に対して気丈に答えた。そんな彼女をブラッククロスの前衛が待ち構える。


「やれやれ。なかなか手間取ったが、これで終わりだ」


 男は鋭いロングソードを右手に、そして強大な大型盾(スクウェアシールド)を左手に装備した重騎士だ。あのガルガンほどではないがかなりの大男で、リゼの頭は敵の胸の高さほどしかない。

 しかしリゼは臆すること無く、手にしたエストックを祈るように両手で構えた。


「良い度胸だ。いくぜ!」


 男が気勢を上げてロングソードを振るう――リゼはそれをサイドステップでかわすと、果敢に前に出た。続けてぶちかまされる巨大な大型盾(スクウェアシールド)を掻い潜り、細かくエストックを突き出していく。


「ちょこまかとッ」


 飛び回るハエを払うように、男はロングソードをなぎ払う。その攻撃を、リゼは素早くエストックを立てて受け流した。


「やあ!」


 軌道が大きく逸れたロングソードを払いのけ、そのまま大きく飛び上がりエストックを叩きつける。


「ぐう」


 その攻撃は男の肩口にヒットし体力を削る――しかしは敵は一切ひるまず、今度は逆に全身を使って大型盾(スクウェアシールド)を突き出してきた。着地した直後を狙われてしまい、避けきれずにリゼの小さな体が弾き飛ばされる。


「うわぁぁぁ!」


 声を上げて転がっていくリゼ。敵は追撃を加えようと、地面をゴロゴロと転がる少女に向かって走り出した。リゼは何とか体勢を立て直し、土煙を上げながら踏みとどまる。しかし目の前には敵が迫り、既にロングソードの鋭い刃を振り上げていた。

 鋼鉄の切先が赤く染まり、トリック【ヘヴィスラッシュ】が発動する――男の全体重をかけて放たれた斬撃だ。しかしそんな空気が震えるほどに加速された刀身を、リゼは目を見開いて追いかけていた。


 ――キン!


 リゼはその斬撃をガード・・・した。持ち手を高く掲げ、目にも止まらぬ速度で振り下ろされたロングソードの刀身に対し、寸分の狂いも無くジャストガードを決めたのだ。

 

「なっ……」


 絶好のタイミングで放った必殺技を完璧に防がれてしまい、絶句するブラッククロスの前衛。同時に円形闘技場コロセウムが、目を覚ましたように沸き立った。

 鳴り響く大歓声を背に、リゼが一気に決めに掛かる。


「やぁぁああ!」


 渾身の一撃をジャストガードされてしまい、相手は一切身動きが取れない。驚愕の表情を浮かべて固まった男に向け、リゼは渾身のトリック【サイドワインダー】を繰り出した。

 エストックの刀身が大きく歪む――それは蛇のようにうねりながら、敵の鎧を抉った。そのまま一気に全身を使ってエストックを突き出し、相手の巨体を大きく弾き飛ばしてしまう。

 ブラッククロスの前衛はゴロゴロと転がった後、体が砕け散るエフェクトと共に退場してしまった。


「やった!」


 リゼが満面の笑みを浮かべる。そしてもう1人残った槍装備のブラッククロスの中衛に目を向けると、そこではユウも敵に致命傷を与えたところだった。


「ユウ!」

「お疲れ。リゼ」


 最後まで生き残ったユウとリゼがハイタッチを交わす。

 同時に対戦マッチ終了を示すメッセージが空中に浮かび、合成音が勝ちチームの名称を高々と読み上げた。そして試合中に死亡したグリフィンズのメンバーが復活し、リゼ達に駆け寄ると、歓喜の輪となって決勝進出を喜んだ。





「――ってわけだ。金は預かってた分に3倍プラスして返すから、それで勘弁してくれ」


 その日の夕方、ウドゥンの工房ではシオンとニキータが並んで椅子に座っていた。ニキータは耳をぴくぴくと動かしながら頬を膨らまし、シオンは意外そうな顔でウドゥンを見つめている。


「むー。契約破棄は信用を失っちゃうよー」

「お前が手のひら返すなんて、めずらしいな」


 二人の言葉にウドゥンは座りながら、膝に手を置き頭を下げた。


「ちょっと事情が変わってな。埋め合わせはまたするから、すまん」


 いつもふてぶてしい彼が頭を下げてくる――その珍しい光景に、ニキータが少し不満げな様子を見せながらも言う。


「ま、3倍も返してくれるなら文句無いけど、元々それくらいの利益で売るつもりだったし」

「うえ、ぼったくりだなおい」


 ニキータが頬を膨らませながら言うと、シオンが眉をひそめて突っ込みを入れた。


「うるさいシオン。お前だってぜひ欲しいって言ってたくせに、あっさり引き下がって」

「え、だってリゼちゃんが言うんじゃあねぇ」

「あーん?」


 少しだけ鼻の下を伸ばして言うシオンを、ニキータが突然口調を変えて睨みつけた。


「あの! 二人共、ごめんなさい」


 険悪な空気が流れ始めた2人に、同席していたリゼが頭を下げる。その隣には例の『幸運の黒猫』が、すっかり懐いた様子で寄り添っていた。


「いやリゼ。私が怒ってるのはこのスケベシオンと契約破ったウドゥン君にだから」


 ニキータはそう言ってリゼの肩を叩くが、彼女はしょんぼりとしたまま言う。


「でも、私のわがままで――」

「気にしないでよリゼちゃん。こっちは儲かったんだから文句無い。だろ? ニキータ」

「うん。その黒猫。大事にしなよー」

「……はい。ありがとうございます!」


 結局、捕まえた『幸運の黒猫』はリゼの使い魔に収まった。ウドゥンの計画通り、ニキータとシオンはそれぞれ2,000,000Gずつ渡すと引き下がり、色々と騒ぎ立てた後に帰っていった。



「あの……ウドゥン」

「あん?」


 2人が工房に残されている。無言でヘッドナイフを握りスキル上げを始めてしまったウドゥンに対し、リゼが頭を下げた


「あらためて、本当にありがとう」


 長々と頭を下げるリゼ。隣に侍っていた黒猫が、のん気に顔を洗っていた。


「別に、俺も結構儲かったし、その黒猫もちょっと気になることがあるから近くに置いときたかったしな」

「気になること?」


 リゼが首をかしげるが、ウドゥンはすこし気だるそうに続けた。


「まあ、とりあえずはお前に任せる。今度貸してもらうことになるかもしれないが」

「うん! 全然おっけーだよ。本当にありがとうね」


 リゼは輝くような笑顔を見せた。


「名前も決めてたんだ! クーネ。どうかな」


 黒猫を抱き上げながら、リゼが提案する。ウドゥンは「まあいいんじゃない」と投げやりに答えていた。

 しばらくクーネをゴロゴロと弄んでいたリゼが、やがて思い出したように言った。


「そういえばウドゥン。円形闘技場コロセウムの屋上でクーネを見つけたって言ったよね」

「あぁ」

「どうやって見つけたの?」


 リゼが不思議そうに聞く。クーネには【不可視】スキルがある。リゼの使い魔となったクーネに使わせてみたのだが、本当に見えなくなる――透明人間ならぬ透明ニャンコになる隠密スキルだった。

 ウドゥンが捕まえた時、クーネは【不可視】状態でいたはず。彼はその見えない黒猫を当たり前のように見つけ、捕まえていた。


「クーネの居場所、分かってたの?」

「まあな。俺の使い魔を使ってたんだよ」

「え? ウドゥン、使い魔なんて飼ってたんだ!」


 リゼが期待に満ちた様子でウドゥンを見つめた。


「そうだな。紹介しとくか」


 ウドゥンはそう言ってヘッドナイフを置き、人差し指を立てた。リゼがクーネを抱えながら、ポカンとその指に視線を向ける。


「俺の使い魔"フリー"だ」


 そう自信満々に宣言するウドゥン。しかしリゼが突き出した人差し指の先を見上げても、そこには暗い工房の天井しか存在しなかった。


「えっ……と? 何処にいるの?」

「たくっ。ここだ、ここ」


 彼は右手の人差し指の先端に視線を向ける。リゼが目を凝らし、さっきから突き立てている人差し指の先を凝視した。

 するとそこには、ぴょんぴょんと飛び跳ねるゴマの様に小さな虫がいた。


ノミの使い魔"フリー"だ――」

「えぇぇぇぇぇ!」


 リゼの叫び声が工房に響き渡った。数秒間思いっきり叫び上げた後、リゼはクーネを抱え込たまま口をパクパクとさせて固まった。


「え……え……ノミって……」

「あぁ。直接でも矢に乗せてでもいいから対象に張り付ければ、俺のマップにいつでも表示される。その黒猫――クーネも昨日ギルドホームで見つけた時に、フリーを張り付かせておいた。だから簡単に見つけれたんだよ」


 ウドゥンの説明を聞いた後も、リゼはしばらく腰を抜かしたままだった。石のように固まってしまい、クーネがもぞもぞと腕から抜け出した頃、彼女はようやく立ち上がった。


「ウドゥン!」

「ん……?」


 リゼはプルプルと顔を真っ赤にし、唇をかみながら言った。


「ぜっっったいに! クーネにはフリーをつけないでよね!」

「……あ、あぁ」


 リゼのあまりに必死な様子に、ウドゥンは思わず頷いてしまう。2人の間で幸運の黒猫が眠そうにあくびをしていた。




(二章『幸運の黒猫』・終)












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