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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
29/121

13. 黒猫と契約

13



 次の日の正午過ぎ。アルザスサーバー円形闘技場コロセウムでは、C級チームマッチトーナメントが行われていた。出場32チームがトーナメント形式で戦い、優勝チームは賞金とB級トーナメントへの参加権を獲得する。そこに出場していたグリフィンズは、1,2回戦を勝ち上がり準々決勝へと進んでいた。



「リゼ、右から牽制して!」

「うん!」


 対戦相手であるギルド・アヴァロン。そのチームで最後に残った中衛に向かって、ユウとリゼの2人が襲い掛かった。二対一を強制され劣勢に追い落とされた相手は、しばらくは懸命に持ちこたえたものの、最終的にはユウの一撃によって体力を失ってしまった。

 それによりグリフィンズがチームマッチに勝利し、ファンファーレが円形闘技場コロセウムに鳴り響いた。


「やったー!」

「よし」


 リゼが飛び上がって喜ぶのを、ユウは目を細めて見つめていた。すぐに退場していたグリフィンズのメンバーも復活し、皆でハイタッチをかわす。

 初心者のリゼをメンバーに加えた今回は、勝ち進めたとしても2回戦位までだろうと踏んでいた瑠璃ルリ佳奈システィーナ達が興奮気味に言う。


「意外とリゼが頑張ってるよねー」

「ほんと! 明らかにうまくなってる。練習したの?」


 二人の質問に、リゼは少し照れながらも胸を張って答えた。


「うん。昨日ちょっと、フレンドに鍛えてもらったの。付け焼刃だけどね!」


 キャスカに指導してもらった成果は確実に現れていた。リゼの動きは劇的に改善されている。まだまだスキルランクや装備では他の出場者と比べ劣っているはずなのに、それを補って余りあるほどの動きの良さだった。


「いやいや。実際リゼは頑張ってるよ」

「あぁ。今回も最後まで残ったのはリゼとユウだけだったもんな。まじすげーって」


 ユウが称賛すると、続けてクラウドも巨大な体を震わせて笑った。その時、無機質なアナウンスが円形闘技場コロセウムに響く。


『アルザスサーバー・C級トーナメント準決勝

グリフィンズ vs ブラッククロス

 は3分後に開始します          』


 休憩時間が終わり、次の試合開始が迫っていた。次の相手は予想屋ドクロが優勝候補の一つと評していたブラッククロスだ。リーダーであるユウが4人に向け、真剣な顔で言う。


「次は苦しいだろうね。今回の本命の一つだよ」

「ううん。絶対勝てるよ。私頑張るから!」


 リゼが拳を握りながら答えると、ルリがくすくすと笑った。


「どうしたのリゼ? なんかすっごい気合入ってるよね」

「だって次勝てれば……」

「勝てれば?」

「……なんでもない。とにかくがんばろーよ!」


 リゼは歯切れ悪く呟くと、それを打ち消すように顔をぶんぶんと振り、再び気合を入れた。それと同時に、対戦相手が円形闘技場コロセウムの広場に姿を現した。

 高価な黒鉄鋼の鎧に身を包んだブラッククロスの面々は、それぞれ【ロングソード】【ランス】【両手刀】【ダガー】【大斧】を構えて戦闘に備えていた。

 ユウが相手を確認し、皆に指示を出す。


「ブラッククロスは1-4-0の近接型で、前衛がリーダーで一番強い。だから基本的に前衛を戦闘に絡ませないよう、クラウドが前衛を引き剥がして、その間にみんなで敵中衛を1人ずつ、各個撃破していこう」

「おっけー」


 クラウドがガシャンと大斧の柄を地面に突き立てて気合を入れた。ルリもシスティーナも真剣な面持ちで頷いている。

 そしてリゼも、ユウを頼るように見つめていた。


(あいつの言った通りになったな……)


 ユウは内心、ここにはいないウドゥンに感嘆していた。

 ここまでの対戦マッチは、全てウドゥンからのメッセージに書いてあった通りに進んでいる。そして今目の前にいるブラッククロスも、準決勝で当たるだろうと予想されており、しかも最も詳細に対処法が書かれていたのだ。

 あの無愛想なクラスメイトがナインスオンラインのヘビーユーザーであり、このゲームに詳しいことは知っていたが、ここまで詳細で正確な情報を提供してくるとは思っていなかった。

 ユウは続けて、そのウドゥンから送られたブラッククロスへの対処法を読み上げる。


「最初は動きの遅い【大斧】から、次に【両手刀】【ダガー】【ランス】の順で倒していこう。さっき言った通り前衛は引き離して放置するけど、【挑発】を喰らったら意味が無いから距離感に気をつけて」

「ほーい」

「りょーかい」


 ルリとシスティーナが、それぞれ【弓】と【棒】を取り出しつつ返事をした。そしてユウも腰から【ロングソード】を引き抜き、リゼも【エストック】を構える。

 人のアドバイスを自分の知識のように振舞う事に、少しだけ罪悪感を感じていたユウだったが、昼間和人(ウドゥン)と話した事を思い返してそれを打ち消した。

 彼は自分を後押ししてくれているのだ。このチャンスを逃さぬようにと、ユウは自分に言い聞かせた。


「リゼ。がんばろう」

「うん!」


 ユウが声をかけると、リゼは力強く頷いた。同時に、戦いの始まりを告げるファンファーレが円形闘技場コロセウムに響き渡った。





「お! ウドゥン来てたのか」

「あぁ」


 円形闘技場コロセウムの通路を歩くウドゥンを、予想屋ドクロが呼び止めた。髭面で彫りの深い顔をしたドクロが、どしどしと近づいてきてウドゥンの胸倉を掴む。


「てめー。騙しやがったな」

「あぁ? なにがだ」


 ウドゥンがとぼけたように言うと、ドクロが唾を撒き散らしながら喚いた。


「グリフィンズだよ。あのリゼって奴、全然やるじゃねーか。なにが初心者だ……もう準決勝まで進んでやがる!」

「なんだそんなことか……あいつはマジで初心者だぜ。嘘は言ってない」

「だが――」


 なおも食いかかるドクロに、ウドゥンがニヤリと口角を吊り上げた。


「お前こそ忘れんなよ。このナインスオンラインの戦闘では装備やスキルの強さも大事だが、もっとも重要な要素はPS(プレイヤースキル)だってことを」

「しかし、それにしたってあの動きは……」

「ここ最近、インペリアルブルーのキャスカに戦闘技術を仕込まれたらしいからな。ある程度は動けて当然だ」

「キャスカだと? マジかよ、それを早く言えっての!」


 ウドゥンの胸倉を掴んだ手を乱暴に放し、続けてがっくりとうなだれるドクロ。情報を真に受けてグリフィンズの評価を下げていたので、今回のC級マッチトーナメントの予想が大外れとなっていた。

 そんな傷心の予想屋に、ウドゥンが余裕げに言う。


「ちなみに俺はクィネラで賭けてるからな」

「グリフィンズを含めてか?」

「あぁ。インペリアルブルーとグリフィンズに1Mだ」

「んだと?」


 ドクロが素っ頓狂な声を上げる。その掛け金が尋常ではなかったからだ。

 1M――つまり100万Gといえばかなりの大金である。それだけあればかなり強力な装備を特注できるし、充分な耐久力を持った防具一式も購入できてしまう。通常のプレイヤーならば、恐ろしくてそんな大金は賭けられなかった。


「1Mも賭けてやがるのか。あほだな」

「だがオッズは高いぜ。8.3倍だからな」

「ちっ。だが準決勝でのグリフィンズの相手はブラッククロスだ。簡単にはいかないぞ」

「はは! まあ見とけって」


 そう言ってウドゥンはニヤニヤと笑った後、ドクロと別れてある場所へと向かった。

 ウドゥンはグリフィンズが準決勝に進むことに1Mという大金を賭けた。これはある考えの下での行動だった。昨日のリゼとの会話を思い出す。



――



「チャンス?」

「あぁ。明日グリフィンズの連中と出るC級チームマッチ・トーナメント。あれでお前ら、準優勝しろ」

「え?」


 リゼは目を丸くしていた。元々勝つ気が無かったのに、突然――しかも準優勝しろといわれ、困惑してしまう。


「えっと……優勝じゃなくて?」

「準優勝でいい。というか、優勝はムリだ。今回のお前らじゃあ、どう計算してもインペリアルブルーに勝てないからな」


 小首をかしげながらウドゥンの話に耳を傾けるリゼ。藁にもすがるような表情で上目遣いに見上げてくる彼女に対し、畳み掛けるように続けた


「だがインペリアルブルーと当たるのは組み合わせ上決勝になるから問題ない。問題は決勝戦まで辿り着けるかってことになるが、ここはお前次第だ」

「私次第……?」

「あぁ。グリフィンズで一番弱いのは初心者のお前だ。しかし裏返して言えば、それはお前が活躍しさえすれば、グリフィンズは結構良い所まで行くってことでもある。もし明日決勝までいければ、あの『幸運の黒猫』は捕まえた後、お前にただでくれてやるよ」

「えっ……本当? ただ!?」


 ただと言う言葉に、リゼが目をキラキラとさせて食いついてきた。ウドゥンが無表情に頷き返す。するとリゼが大きく息を飲み、信じられないといった様子で笑みを浮かべた。そして小さな手を力強く握り締めながら、嬉しそうに言った。


「約束だよ! 私、やってみる!」



――



 ウドゥンはその後、インペリアルブルーとグリフィンズの組み合わせで賭け(クィネラ)に1Mを賭けた。もし勝てば先程ドクロに言ったように、8.3倍――8.3Mの大金が手に入る。シオンとニキータとの約束は破棄してしまうことになるが、彼らは利に聡い連中だ。預かっている500kにプラスして3倍くらいを渡せば納得するだろう。

 そうなればウドゥンは労せず4Mほどの払い戻しが懐に入るし、『幸運の黒猫』もリゼの物だ。

 一方外れてしまえば仕方が無い。1Mは飛んでいくが、その代わり『幸運の黒猫』はシオンかニキータどちらかに売りさばいてしまえば良い。賭けで失った分は回収できる。『幸運の黒猫』は確かに気になるが、その後の飼い主を追跡調査すれば問題ない。


 つまりどちらに転ぼうが彼の懐はほとんど痛まないのだ。それならば、どうせシオン達から得る金はあぶく銭なので、それを用いて更に大金をせしめてしまおう――ウドゥンはそういうギャンブル的な金の使い方が好きな男だった。


 彼はグリフィンズが今回、ある程度勝ち進むだろう予想していた。ユウが教えられた対処法をうまく処理し、グリフィンズのメンバーがリーダーの指示に従い、そしてリゼが才能を発揮さえすれば、現状の戦力でも決勝までなら勝ち上がる可能性はあると踏んでいたのだ。

 そして今のところ予想は的中しており、グリフィンズは準々決勝も突破して準決勝に進んでいた。賭けに勝利するまで、あと1つだ。


 そんなウドゥンだったが、彼が円形闘技場コロセウムに来て最初に向かったのは、現在グリフィンズが決勝進出の為に激戦を繰り広げている広場ではなく、人がまばらになっていく外周方面だった。

 階段を登り、最も高い位置にある外周通路に辿り着くと、ウドゥンはキョロキョロと周囲を見渡す。そこで外壁が崩れている箇所を見つけると、その場所からさらに上部を目指して登り始めた。

 円形闘技場コロセウムの最上部は、外周からひさしの様なでっぱりが内部に突き出している。一部崩れている箇所もあるが、数メートルの幅を持つ足場がぐるっと周囲を一周する形で設置されていた。

 彼が辿り着いたのは、そんな足場の上だった。


 そこでウドゥンは広場で戦うグリフィンズ達の姿を小さく見下ろした。少しだけ戦況を確認した後、パネルを開き、気配を消してそろそろと移動する。

 そして見た目には何も無いある場所に辿り着くと、ウドゥンはクロスボウを取り出し、狙いをしっかりとつけ、矢を放った。


 勢いよく放たれた矢が地面に突き刺さると、「ウニャ!」という奇妙な悲鳴が上がる。同時に何も無い空間が、ゆっくりと黒く染まっていった。

 その黒色が染み出すように広がると、やがて黒猫の形をとった。


「びっくりさせて悪かったな。ただの【影縫い】だよ」


 ウドゥンが話しかける先には、真っ黒な毛並みを蓄えた『幸運の黒猫』が、銀色の瞳を見開いて体を震わせていた。大きく曲がったカギ尻尾が、箒のように膨らんでいる。

 クロスボウのトリック【影縫い】は、対象の影に打ち込む事でその動きを縛ってしまう。実体はすり抜けてしまうためダメージを与える事は出来ないが、行動を縛って動きを拘束するのに便利なトリックだった。

 ウドゥンが黒猫に近づき、手を掛ける。同時に現れたメッセージパネルを操作した。


「捕獲……と。やれやれ、手間が掛かったな」


 ウドゥンがペットである事を示す首輪タグを貼り付けると、【影縫い】の効果時間が終わり黒猫が開放された。黒猫は尻尾の毛を逆立て、「フーフー」とウドゥンを威嚇していたが、やがて息を落ち着かせる。そしてつけられた首輪タグを邪魔そうにかりかりと掻きむしった後、ウドゥンの横にやって来てちょこんと座った。

 ウドゥンが黒猫のステータスを確認すると、表示されたパネルには【幸運】【不可視】【バックアップ】という三つのスキルが記されていた。


(なんだこれ……?)


 ウドゥンはそのスキル名を見て困惑してしまう。どれも見たことが無いスキルだったからだ。

 まずは【幸運】。【製作成功率アップ】や【レアドロップ率アップ】ならまだしも、【幸運】だけでは具体的にどんな効果があるのかさっぱり分からなかった。

 続けて【不可視】。隠密スキルの一つだろうが、スキル名を見る限り視界に映らなくなるスキルのようだ。実際先程クロスボウで攻撃したときも姿は見えなかったし、先日ギルドホームで見つけたときも煙のように消えてしまった。どうやら本当に透明になってしまうスキルのようだ。

 最後に【バックアップ】。これは本当に見当もつかなかった。見たことも聞いたことも、類推することもできない謎のスキル。


 これらのスキル表示を見て、ウドゥンは困惑すると同時に好奇心がむくむくと湧いてきた。

 確かに奇妙な使い魔だとは聞いていたが、ここまで不思議なスキルが揃っているとは、彼にも予想外だったのだ。リゼを出汁にして黒猫を手元に残しておこうとした判断は、正解だったかもしれない。

 ウドゥンはにやりと笑って黒猫を見つめる。


「お前、なかなか面白いな。興味が湧いてきたぜ」

「……?」


 黒猫は、きょとんとした顔でウドゥンを見つめ返した。



 ――!!


 その時階下の円形闘技場コロセウムで、爆発したように大歓声が上がった。ウドゥンは黒猫を抱き上げ、ひさしの内側に移動してグリフィンズとブラッククロスの戦況を確認した。


「どうやら、お前のご主人様が決定したみたいだな」


 ウドゥンは抱えた『幸運の黒猫』に向かい、少し嬉しげに呟いた。



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