6. 酒場にて
6
「それで、初心者狩りの連中はどうなったんだよ」
「クリムゾンフレア側の連中は、ヴォルがギルド章を回収してそれっきりだ。インペリアルブルーのゴンゾーは知らね。あいつはサブリーダ-だったからな。一応キャスカがPKしたが、それだけじゃ除名出来ないはずだし」
「ふーん」
ウドゥンはログインすると、すぐに隣の酒場を訪れていた。カウンターに座り、金髪に糸目が特徴的なマスター・セウイチと、先週起きた偽黒騎士事件について話していた。
「しかし今回の事件、結局"あの黒騎士"とは何も関係なかったってわけだ」
セウイチが呆れたように言った。ウドゥンもカウンターに肘を突き、やる気無さそうに答える。
「まあな。ゴンゾーが言うには、ガルガンに興味を持たせようとして黒騎士に化けただけみたいだ。どこまで本当か知らないがな」
「実際、あの初心者狩り事件っていつから起きてたんだっけ?」
「詳しくは分からんが……黒騎士にPKされたって噂がまたぽつぽつ流れ始めたのは一ヶ月ほど前からだな」
「でも急激に1stリージョンでの初心者狩りが増えたのは先々週くらいからじゃなかったっけ。なんか時間差が無い?」
「……まあ、そう言われればな」
ウドゥンが考え込むように肘を突く。セウイチもカウンターの内側で腕組みをし、うんうんとうなり始めてしまった。
「2人共、なに悩んでるのよ。ゲームの中なのに難しい顔して」
2人して雁首をそろえて悩んでいると、カウンターの内側から1人の女性プレイヤーが、柔らかな笑顔をみせながら飲み物を差し出してきた。
「うるせえ。俺達は真剣なんだよ」
「ありがとう。セリス」
「うふふ。いいのよウドゥン君。それ私の新作だから、ちょっと試飲してみてよ」
青空の様な薄い水色のロングヘヤーをした、大人びた雰囲気の女性プレイヤーだった。ひらひらとフリルの付いた白黒のメイド服が良く似合う。彼女はセリスといい、セウイチの酒場でウェイトレスをするプレイヤーだ。
このゲームにウェイトレスという防具スキルは無く、彼女のそれもウェイトレスではなく【メイド】なのだが、とにかく本人がウェイトレスを名乗り続けていた。
ちなみに、セウイチのリアル幼馴染兼彼女でもある。
ウドゥンはセリスから受け取った、コーヒーに似た何か(よく見たら粒々とした物が入っていた)を口に含み、しばらく味わった後に顔をしかめた。
「ひどい触感……何が入ってんだこれ?」
「うふふ。スライムの欠片を細切れにして、コーヒー風味のつぶつぶ飲料にしてみたの。どう?」
「ただの水っぽいコーヒーゼリーだな」
「あら。失敗かしら」
「甘みがあるから飲めないことは無いけど、あまり人に勧められる物じゃないかな」
「そっか。うーん」
ウドゥンが少し厳しめの評価を下すと、セリスはその豊満な胸を抱えるように腕組みをし、悩み出してしまった。
【料理】スキルは自由度が高いため様々な味を作り出せるが、それゆえにこの様な謎の物体が出来上がることも多い。セリスはよく、試作品を作ってはセウイチやウドゥンに試食させている。しかしあまり成功率が高く無いことを、セウイチがよく愚痴っていた。
「おはようございます」
その時酒場のドアが開き、『インペリアルブルー』サブリーダーのキャスカが店に入ってきた。セミロングの漆黒の髪を一つにまとめ、青色の軽鎧を身につけた細身の女性だ。
セウイチがすぐに声をかける。
「いらっしゃい、キャスカ。君がひとりで来るのはめずらしいね」
「今日はこちらで友人と待ち合わせていまして……これはウドゥン様。こちらにおられましたか。先日はありがとうございました」
キャスカは挨拶に答えると、カウンターの前に座るウドゥンに気が付いて、丁寧に頭を下げた。
「畏まるなってキャスカ。とりあえずこっち座れよ」
「はい」
ウドゥンが誘うと、彼女は素直にカウンターにつく。すかさずセリスが先程のコーヒーもどき(スライム入り)を出していた。
「キャスカ、これ新商品なんだ。飲んでみてよ」
「ありがとうございます、セリス様。それでは頂きます」
キャスカが無表情にそれを口に含んだ。少し釣り上がった目を閉じ、小さな頬をもぐもぐと動かしながらそれを味わっていた。やがて優雅に口元をハンカチで拭きながら感想を述べる。
「大変よろしいのでは無いでしょうか」
「ほんと? やった!」
「はい。ただこのスライムの欠片はもう少し粒を大きくしたほうが触感が良いかもしれません。それに味の方も――」
キャスカはその後、いくつかの改善点を列挙していた。セリスがそれをうんうんと聞きながら、楽しげにメモを取る。どうやら新商品の開発を続けるつもりのようだ。
そのやり取りを見て、ウドゥンとセウイチはため息混じりに顔を見合わせていた。
「よーし。ちょっと待ってて、まだ新作があるの」
そう言って、セリスはカウンターの奥に消えていく。それを確認し、キャスカがウドゥンに向き直る。
「ウドゥン様。先日の騒動の謝礼金なのですが」
「謝礼金?」
「はい。少ないのですが、ガルガンから預かっているので、今お渡ししてもよろしいでしょうか」
「なんで旦那が自分で来ないんだよ」
「さあ。おそらく忘れていたのだと思います。先程セウイチ様の酒場に行くと話しをすると、思い出したように頼まれましたので」
キャスカがすっとぼけたように言うと、カウンターの内側でセウイチが笑い声を上げた。
「あはは! さすがガルガンの旦那。エリアリーダーを蹴落とされそうになったのに、あいかわらず適当だねー」
「あいつはいつもあんなんだろ。キャスカ、今貰っとく」
「了解しました」
キャスカはパネルを操作して金袋を取り出した。金額は500,000G――なかなかの金額だった。ウドゥンがそれを受け取り、パネルに放り込む。
「旦那の奴、太っ腹じゃないか。助かるぜ」
「いえ。『こちらこそ助かった』――ガルガンからの伝言です」
「了解。それよりキャスカ、ゴンゾーはどうなったんだよ。さっきまでセウとその話をしてたんだ」
ウドゥンが聞くと、キャスカは少し視線を宙に浮かべた後、言葉を選びながら答えた。
「ゴンゾーは除名されました。ギルド資金を使って購入していたいくつかの物品の処理で揉めましたが、最終的にはガルガンが強制的にギルドリングの廃棄を行って終わりとしました」
「やっぱ除名か。ゴンゾーも腕の良い戦闘プレイヤーだったんだがな」
ウドゥンの言葉に同調するように、キャスカが小さく頷く。
「ウドゥン様の言う通り、ゴンゾーを失ったのは我々にとって痛手です。ミシラ空中庭園攻略の為に、彼は必要な人材でした」
「そういえば具合はどんな感じ? 攻略を開始してもう一ヶ月以上たってるでしょ」
セウイチが興味ありげに聞いてきた。
キャスカが言った8thリージョン・ミシラ空中庭園とは、アルザスの街の周囲に広がるフィールドエリアの中でも、最高峰の難易度を誇るエリアの名称だ。
ナインスオンラインにおけるフィールドエリアは、その難易度により1stから9thまでの9段階のリージョンに分かれている。大雑把に言うと、1st,2ndが初級エリア、3rd,4thが中級エリア、そして5th,6thが上級エリアとなっていた。
特に6thリージョンに属するエリアを攻略しているギルドは、アルザスサーバー全体で10も無いほどの難易度であり、実質6thリージョンの攻略が多くの一般的なギルドにおいて大きな目標となっていた。
ではその上位に位置する7th,8th,9thリージョンは何かというと、廃人仕様のぶっ壊れエリアとして設定されている。
あまりに広大なエリアと悪質な罠。尋常では無い速度で行動するモンスター達が大挙として現れ、高ランク装備に身を包んだ上級プレイヤーでさえ容赦なく蹂躙されてしまう、地獄の様なエリアばかりだった。
あのクリムゾンフレアでさえ先日ようやく7thリージョン・アシーノ無限砂漠を攻略したくらいだから、その難易度の高さがわかる。
そのクリムゾンフレアより一足早く7thリージョンを攻略していたインペリアルブルーは、現在は8thリージョンの攻略に力を入れていた。
「モンスターの強さもさることながら、予想以上に複雑な内部構造と厄介なモンスター配置に苦戦しています。相当考えて設定されているようです。こちらも戦力・戦術を質・量ともに高め、よくよく作戦を練っていかなければ歯が立ちません」
「それなら確かに、ゴンゾーの戦力は貴重だったね」
キャスカの説明にセウイチが納得したように言う。
ゴンゾーはインペリアルブルーでは珍しく、ソロでも強い戦闘プレイヤーだった。そういう人材が居なくなると、エリア攻略に幅が出なくなってしまう。例えば狭い通路上などソロバトルを強いられる場所では、個人の強さが重要となるからだ。
ゴンゾーが抜けたことで、インペリアルブルーの8thリージョン攻略はしばらく滞ってしまうだろう。
「はい。ですが規約を守れないプレイヤーを匿うわけには行きませんので、今回の件は致し方なかったと思います。それに……」
キャスカの能面の様な無表情が、少しだけくすんだように見えた。反応を待つが、彼女から言葉が続いてこない。
「それに? なんだよ」
痺れを切らしてウドゥンが聞くと、キャスカは取り繕うように言った。
「……いえ。なんでもありません。これは機密でしたので、お教えすることができませんでした。申し訳ございません」
「あはは! 惜しい。もうちょっとであのキャスカが口を滑らせるところだった」
セウイチがゲラゲラと大笑いをする。確かに機械のように冷静なキャスカにしては珍しい光景だった。
少し気になる反応だったが、ウドゥンは特に追及すること無く話題を変える。
「ところで二人共、『幸運の黒猫』って聞いたこと無いか?」
「お、なんだよ突然……名前だけは聞いているかな」
「いえ、申し訳ございません」
セウイチはすぐに思い出したように答え、キャスカは小さく頭を下げた。ウドゥンが昨日、シオンから聞いた話を簡潔にまとめて説明すると、セウイチが興味深げに言った。
「なるほどね、レアペットか。それは確かに争奪戦になりそうだ」
「昨日今日、どっかに出没したって話はないか?」
「いやー噂には聞くけど、何処にいるかまでは知らないな。とりあえず32番街に出たって話はない」
セウイチの酒場とウドゥンの工房は共に32番街にある。多くのプレイヤーが集る酒場のマスターであるセウイチと、聞き耳スキルで通り中の会話を把握しているウドゥンの二人が知らないのだから、『幸運の黒猫』は32番街には出没していないのだろう。
ウドゥンがキャスカに視線を向ける。
「キャスカは?」
「いえ。インペリアルブルーではあまり使い魔についての情報は集めていないもので……少なくとも私は知りません」
「そっか。まあ別にたいした話じゃないんだが、その黒猫を捕まえることになってな。昨日は少し1番街を探してみたけど、さっぱりだった」
街に出て聞き耳スキルにより噂話をかき集めるか、人脈を頼っていくか。ウドゥンはどちらかの方法で黒猫の所在を掴もうとしていた。
一度姿を確認してしまえば、彼にはある"勝算"がある。とにかく今は『幸運の黒猫』の所在を掴むことに尽力していた。
「わかりました。インペリアルブルーのギルド掲示板に情報収集のスレッドを立てておきます」
「あー。そこまでしてもらわなくても――」
「いえ。大した労力ではありませんので」
キャスカはそう言って、すぐにパネルを操作し始めた。インペリアルブルーはアルザスサーバー最大のメンバー数を誇るギルドだ。当然その内部でやり取りされる情報量と確度は、他のギルドを圧倒している。
インペリアルブルーのサブリーダーであるキャスカの協力を得れば、アルザス中の『幸運の黒猫』の目撃情報がすぐに集ってしまうだろう。
「悪いな。何か分かったら教えてくれ」
「はい。所在がつかめましたら、メッセージでお送りいたします」
ウドゥンが礼を言いキャスカが答えたところで、セリスが両手に皿を持って戻ってきた。
「――お待たせ。"オークの肝臓すり潰し煮"と"地獄蠍の毒尻尾タタキ"よ!」
「セリス……名前からして食欲なくすぜ、それは」
セウイチがどんよりとした雰囲気で、セリスを睨みつけていた。
◆
その後はセリスの作った、なにやら怪しげな料理群を4人で囲んだ。その試食会が終った頃に、キャスカの待ち人が酒場を訪れた。
「キャス! お待たせ、待った?」
「いえ。私も今来たばかりですよ。リゼ」
栗色の髪を短く二つに結んだ――いわゆるツーサイドアップの髪型をしたリゼが、跳ねるようにセウイチの酒場にやって来た。その姿に、ウドゥンが呆れたように眉をしかめる。
「待ち合わせって、お前とだったのかよ」
「そうだよ。今日はキャスに色々教えてもらうの。ウドゥンも来る?」
「遠慮しとく。悪いなキャスカ。初心者の子守をさせて」
「とんでもありません。楽しみにしていましたので」
キャスカが立ち上がると、リゼは甘えるように彼女の腕へとしがみ付いた。
「ふっふー。行こうキャス!」
「行きましょう。セリス様、ご馳走様でした」
「はいはーい。また来てねー」
セリスの笑顔に見送られ、リゼとキャスカは酒場を出て行った。一連の流れを見ていたセウイチが、カウンターの中でぽかんと立ち呆けていた。
「驚いたな。キャスカが珍しくウチに来たと思ったら、まさかリゼと一緒に狩りとはね」
「俺が紹介した」
ウドゥンがぼそりと言うと、セウイチは察したような様子でにやりと笑った。
「なんだよ。あの子に優しいじゃねーか」
「ちげーよ。単純にちょっと利用させてもらったから、その埋め合わせだ」
「ふーん」
セウイチが意味ありげな視線を向けていると、ウドゥンは面倒くさそうに髪を掻き、逃げるように立ち上がってしまった。
「じゃあ俺も黒猫を探しに出てくる。セリス、ご馳走様」
「はいはーい。ウドゥン君もまた来てね」
「またなー」
セウイチのニヤニヤ顔とセリスの穏やかな笑顔に見送られ、ウドゥンは酒場を出た。
昨日は1番街しか回らなかったが、今日はさらに別の通りも巡っていくつもりだ。通りを歩き回り【聞き耳】スキルを使って黒猫の噂をかき集める。まだ見ぬ『幸運の黒猫』の尻尾を捕まえようと、ウドゥンは無気力に気合を入れた。




