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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
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4. ギルドホーム

4


 ニキータはリゼに低ランク用の素材を渡して裁縫スキルの指導をした後、軽やかな笑顔を残して帰っていった。それを見送ったリゼが、嬉しそうにウドゥンに報告する。


「ニキータさん。凄くいい人だった! フレンド登録もしてもらえたよ」

「まあ、あいつは調子の良い奴だが、悪い奴じゃないからな。色々教えてもらえばいい」

「うん! シオンさんとはあまり話せなかったけど……」

「あいつはいいや。上げてるスキルも別物だし」


 なおざりに答えるウドゥンに対し、続けてリゼは少し真剣な表情で聞いてきた。


「ねぇ。さっきシオンさんとトリニティの話をしてたよね?」

「……どうだったかな」


 少し予想外な質問だった。まさか聞こえていたとは思っていなかったウドゥンは、とりあえずごましてみせる。しかし思ったよりも動揺していてしまったようだ。リゼに脈ありと判断され、ぐいっと顔を近づけられる。


「確かに聞いたもん。『トリニティは死んでいる』って。あれってどういう意味?」

「……別に、そのままの意味だ」


 ウドゥンが目を伏せる。声のトーンがいつも以上に低くなり、その長身が縮んで見えるほどに暗い表情をしていた。

 それに気がついたリゼは、少しひるんでしまう。


「えっと……ごめんなさい」


 突然謝ってきたリゼを、ウドゥンはポカンと見つめ返した。


「なんで謝る?」

「だってウドゥン……すごく悲しそう」


 その言葉に、ウドゥンは凍りついた様に表情を固めてしまう。しかしすぐに、ニヤリと顔をゆがめた。


「悲しそう……か。そうか、そんな風に見えたか。くく……」


 自身がそんな状態に見られていることに気がつき、ウドゥンは自嘲するように笑った。音を殺して笑うその姿を、リゼは意味も分からず見つめていた。


角谷ユウ達との待ち合わせは何時だ?」


 やがてウドゥンは笑い終えると、そんな事を聞いてきた。リゼが慌てて答える。


「えっと、20時だよ」

「そうか。じゃあまだ少し時間があるな」


 ウドゥンがヘッドナイフを作業台の上に放り投げる。そしてすっと立ち上がると工房の奥へ向かった。そこには雑多な棚に囲まれて、地下へと続く小さな階段があった。


「ギルド章を付け替えろ。トリニティの奴にな」

「どうするの?」

「ギルドホームに案内してやる」

「え?」


 リゼはあの日トリニティに加入してから、これまで一度もギルドホームに行ったことが無かった。何度か「行きたい」とは言っていたのだが、「そのうち連れて行く」と返されるだけだったのだ。

 そんなウドゥンが、突然ギルドホームに連れて行くと言い出した。リゼが信じられないといった様子で立ち呆けていると、ウドゥンが急かすように言った。


「こっちだ。ついてこい」

「あ……うん!」


 ウドゥンが薄暗い階段を下りていく。リゼはその背を、期待に満ちた様子で追いかけた。





 工房奥の下り階段は、短い廊下を経た後すぐに上り階段へと変化していた。それを上りきると、階段は木造の丸太壁が印象的な広いラウンジに繋がっていた。

 木製の丸テーブルを中央に据え、その周囲を三つの腰掛椅子が取り囲む。一面に設置された木枠ガラスの窓から差し込む光が室内を明るく照らし、外にはのどかな湖畔の景色が続いていた。


「わぁ……」


 リゼが部屋を見渡し感嘆の声を上げる。窓の外では鳥の声がチチチチと聞こえていた。耳を澄ませば湖に注ぐ小川の流れる水音が聞こえるようだ。

 先を行くウドゥンが振り返って言う。


「ここがトリニティのギルドホームだ」

「凄い! 綺麗!」

「言うほどじゃないだろ」


 ウドゥンの視線の先には、中央の丸テーブルに乱雑に置かれた食器や武器があった。よく見ると部屋の隅に設置された物置棚には、得体の知れないモンスターの素材や鉱石が放り投げられている。

 確かにお世辞にも片付いているとはいえないラウンジだったが、それでもリゼは感心した様に言った。


「ううん。確かにグリフィンズのところより散らかってるけど、この家はセンスがいいよ」

「そりゃどうも。俺がレイアウトしたんじゃないがな」


 ウドゥンはぶっきらぼうに返すと、今来た階段に接続された二階に続く階段を上り始めた。リゼも慌ててその後を追う。

 ぎしぎしと階段を軋ませながら登ったその先には、すこし狭い廊下にドアが並んでいた。ドアの数は手前に左右一つずつと奥に一つで、合わせて三つ。ウドゥンは手前のドアを無視して、ずんずんと奥へと向かった。


「二階が個人部屋の区画だ。一応、お前のも作ってやる。ま、使わないだろうがな」

「え? なんで、使うよー」

「……無理して使う必要は無いぞ。このギルドホーム、かなり使い勝手が悪いからな。まったく」


 ぶつぶつと文句を言いながら歩くウドゥンだったが、やがて何も無い壁の前に立ってパネルを操作し始める。しばらくぽちぽちと操作を続けていると、目の前に木製のドアが現れた。

 ウドゥンが設定を終え、出来上がったドアの前を避けると、リゼは眼を輝かせて新しく作成された部屋に入った。


「わぁ!」


 そこには簡素なテーブルとソファ、それに木製の棚が並んでいた。窓が一つとドアが一つ、こぢんまりとして装飾も何もない空部屋だ。

 広いとまではいえない部屋だったが、リゼは嬉しげに歓声を上げていた。


「凄い凄い!」

「いや、言っとくが最安の部屋だからな。改装したいなら自分の金でやれよ」

「うんうん。わかってる。やった!」


 リゼが部屋の中を見て巡る。

 ギルドホーム内に設定した自身の部屋は、金を使えば拡張できるし、家具も購入して設置できる。特に【家具】スキルによってプレイヤーが作るものには個性的なものが多い。これはハウジングと呼ばれる、ナインスオンラインに用意されているコンテンツの一つだった。


「ありがとうウドゥン!」

「あぁ」


 一通り部屋を見て回ったリゼが礼を言うと、ウドゥンは少し照れたように顔を掻いた。それを見て、彼女もまたクスクスと嬉しげに笑っていた。


「そういえば、なんで今案内してくれたの?」

「ん……あぁ」


 思い出したように聞いてきたリゼに対し、ウドゥンは歯切れ悪く、うめくような返事をした。そのまま無言で新しく作ったリゼの部屋から出ていってしまう。リゼがトコトコとその背を追う。


「ねぇねぇ。待ってよ」


 廊下を階段に向けて戻るウドゥンを、リゼが速歩きで追い抜いて顔をのぞき込んだ。するとそこには、少し悲しげに視線を浮かべるウドゥンがいた。

 先ほどと同じ暗い表情に、また少しひるんでしまうリゼ。しかし今度はウドゥンの方から口を開いた。


「このギルドは今、心を失っているんだよ」

「え?」


 リゼは思わず困惑した声を上げた。ウドゥンの答えが、あまりにも比喩的すぎて、意味が理解できなかったからだ。


「えっと……どういう――」


 聞き返そうとするリゼを手で制して、ウドゥンが廊下に並ぶドアを指差す。その先には、今作った部屋を含め四つの部屋が並んでいた。


「このギルドホームには、今作った部屋を除いて三つの個人部屋がある」

「うん?」

「つまり、トリニティのメンバーは3人だったんだよ」


 ウドゥンは淡々とした様子で言った。リゼが嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「そうなんだ! それじゃあ、私は4人目?」

「あぁ……そういうことになるな。それで、今このギルドホームを使ってるのは俺だけだ」

「えっと……」


 その言葉を聞いて、リゼは先程からウドゥンが見せていた表情の理由を察した。

 今このトリニティのギルドホームを使っているのは彼1人――それはつまり、他のギルドメンバーはこのギルドホームから去ってしまったということ。

 彼は誰もいなくなってしまったギルドで、他のメンバーの帰りを待っているのだ。たった1人残って、ギルドホームを守りながら。


 先ほどの言葉の意味を少しだけ察したリゼが、少し悲しげな瞳で見つめていると、それに気がついたウドゥンがとってつける様に言った。


「あぁ。別に解散したって訳じゃない。ただちょっと色々あってな」

「……他の人たちは、もうナインスオンラインをやってないの?」


 リゼが少し遠慮がちに聞くと、ウドゥンがけろりとして答えた。


「いや。そんなことは無いぞ」

「そうなの? それなら今度紹介してよ! よかったら、トリニティに戻ってきてもらいたいし!」

「あー。1人はお前も会ったことのある奴だよ」

「えっ?」


 ――ピピピピピ!


 リゼが追求しようと口を開きかけた所で、セットしていたアラームがけたたましく鳴り響いた。慌てて確認すると、すでに時刻は20時になってしまっている。グリフィンズとの待ち合わせの時間だ。


「あ……」

「時間か。次ここに来る時は、セウの酒場で転送サービスを使うんだな。そうすれば俺の工房からじゃなくても、直接ここに来れる。ギルド章は今まで通り普段は身につけず、ここに来るときだけ着けるようにしろよ」

「……うん。わかった」


 リゼは少し不満だったが、グリフィンズの集合時間に遅れるわけにもいかない。彼女は仕方なく頷き、トリニティのギルドホームを後にした。




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