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Zwei Rondo  作者: グゴム
一章 迷い森の白兎
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2. ある出会い

  

2


「あー、やっぱファナだったか……ちきしょー」


 シオンが頭を抱えながら嘆く。対照的にウドゥンは満足げな笑みを浮かべながら、先ほどのA級トーナメントで得た賭け金の払い戻しを確認していた。


「現状、このアルザスサーバーだとファナは一歩抜けてるからな。ゴンゾーの奴もトッププレイヤーには間違いないが、『クリムゾンフレア』のトップランカーは相手が悪い」

「ちぇ。ゴンゾーが勝っとけば1M(1,000,000)は儲かったのに」


 二人はトーナメントが開催されていた円形闘技場コロセウムを出て、アルザスの中心街である1番街を歩いていた。

 円形闘技場コロセウムから街の玄関であるアルザス黒門まで続くこの大通りは、この街のメインストリートだ。道端では多くのプレイヤーが露天バザーを開いており、アイテムを売りさばく者、それを買いに来る客、そしてウドゥン達のように円形闘技場コロセウムからの出てきた者などで、広い大通りはごった返していた。


「相変わらず、1番街は人多いね」

「そりゃ平日とはいえゴールデンタイムだからな。俺は裏道から帰るが、どうする?」


 ウドゥンが聞くと、シオンは近くの露天バザーを覗き込みながら答えた。


「いや、俺はバザーを見ていくよ。掘り出し物があるかもしれないし」

「鍛冶素材か」


 彼らがプレイするゲーム『ナインスオンライン』には、現在数百種類にも及ぶ多様なスキルが存在する。プレイヤーは皆、その中からメインスキルを3つとサブスキルを5つ、そして防具スキルを1つを習得し、育てていた。

 基本的にどんなスキルを組み合わせて習得してもよいのだが、その習得パターンはおおざっぱに分けて3つに分類されている。すなわち戦闘プレイヤー、生産プレイヤー、そしてどちらでもないプレイヤーである。

 特にシオンは複数の生産スキルを持つ生産特化プレイヤーだ。彼の【鍛冶】スキルはアルザスの街でもトップクラスで、生産関係のプレイヤー達の間では有名だった。

 

「そうそう。この時間は人も多いからね。安いのもあるだろ。今日は大負けしちまったから、ちょっと見て回ることにするよ」

「そうか」


 ウドゥンとシオンはフレンド同士ではあるが、今回は偶然一緒になっただけである。ウドゥンが一人で円形闘技場コロセウムに来ていたところを、シオンが見つけて声をかけていたのだ。

 なので共通の趣味であるトーナメント観戦を終えた今、二人が一緒にいる意味は特に無かった。


「俺は先に帰るぞ、クエストも受注したいし」

「了解。それじゃまたな。なんか儲け話があったら教えろよ!」


 そう言うとシオンは、人懐っこい笑顔を残して人ごみに消えていった。それを見送った後、ウドゥンはおもむろにマップを開くと、混み合っている道を避ける帰路を確認し、そのままマップを見ながら歩き出した。


「きゃ……」


 その瞬間、胸元に衝撃を感じた。何かにぶつかってしまったと思うと同時に小さな悲鳴が聞こえる。その声に反応してウドゥンが「悪い」と反射的に謝ると、ぶつかった相手も慌てて頭を下げてきた。


「あの! ごめんなさい」

「……いや」


 見ると、ぶつかった相手はプレイヤーだった。ウドゥンより頭一つ小さい、小柄で可愛らしい少女だ。簡素な金属板を組み合わせた軽鎧に、短いダガーを身に着けている。

 栗色をしたセミロングの髪を二つに結び、伸びた前髪からは意思の強そうな青色の瞳が見え隠れする一方、ふっくらとした頬や少し尖った唇からはどことなく幼さを感じさせた。


(女……しかも初心者か)


 ウドゥンは少女の姿を眺め、一目で判断した。

 このナインスオンラインでは性別や背、それに顔や体型などは、多少の変更は許されるものの基本的には現実に沿った物となる。これはVR機による架空世界と、現実の性や体型との不一致は、体と精神に良くない影響を与えるという国の指針によるものだ。反対意見も根強いが、とにかく現段階だとナインスオンラインでは性別や極端な体型の変更は出来ない。そのため目の前の少女は、見た目通り女性でしかあり得なかった。

 ウドゥンが少女を初心者だと判断したもう一つの理由は、単純に彼女が初期装備だったからだ。普通始めて3日もすれば初期装備は卒業しているはずだし、きょろきょろと周りを見渡す落ち着きの無い様子からも、ゲームを始めたばかりだということがありありと分かった。


「すいません。少し、お聞きしてもいいですか?」

「……なんだ?」


 ウドゥンは少女の声に頷きながら、心中は面倒なことになりそうだと感じた。

 基本的にこのゲーム、初心者はまず最初に"迷子"となる。それは二つの意味があり、あまりにもこのアルザスの街が広い事による文字通りの迷子と、これから何をするべきなのか分からなくなるイベント進行上の迷子である。そしてこの少女は、明らかにどちらかの意味での迷子だった。

 それにウドゥンはこのゲームを稼動時ローンチからプレイしている古参だったが、初心者の相手をするのはあまり好きではなかった。


「セウイチの酒場……という場所を探しているのですが、どこにあるか知りませんか?」


 少女は慣れない様子で、ある場所を口にした。その言葉を聞いて、ウドゥンは少し安堵して息を吐いた。


「知ってる。行きたいのか?」

「はい。友達がそこで待ってるって」

「じゃあ、ついて来るといい。俺も近くまで行くところだったから」

「え! 本当ですか?」


 少女は嬉しそうに声を上げ、澄み切った青色の瞳でウドゥンを見上げた。そして再び、勢い良く頭を下げてみせる。


「ありがとうございます。お願いします!」

「別に、ついでだから気にしなくていい。こっちだ」


 ウドゥンはぶっきらぼうに言うと、そのまま先ほどマップで確認した方向に歩き出してしまった。その姿を見て、少女は慌てて彼の大きな背を追いかけた。





 アルザスの街は円形闘技場コロセウムを中心として、外周に向け同心円状に街並みが広がっている。大通りとも呼ばれる1番街の他にも、中心から外周に向けていくつもの通りが存在していた。

 その数はプレイヤー数が増える毎に増強され、今では100番街ほどにまで数が増えている。ウドゥンが目指しているのはその内の一つ、32番街だ。


 マップを見ながら進むと、二人は数回のエリア移動で32番街に到着した。そこは1番街と違って人は少ない。だが通りの両側の建物には色とりどりの看板が設置され、店先には生産スキルで造られた装備やアイテムなど様々な商品が並んでいた。


「うわぁ。すごい」


 様々な商品に目移りさせながら、少女は感嘆の声を上げていた。その初々しい様子を見かねて、ウドゥンが少し説明する。


「両側の建物はプレイヤー店舗だ。システムに金を払って建物を借りて、そこに自分の店や工房を開くことが出来る」

「え、じゃあこれみんな"人"が開いているんですか?」

「"プレイヤー"な。このゲームの建物は大半がプレイヤーの所有物だ。今向かっているセウイチの酒場もプレイヤー店舗だしな」

「へぇー」


 プレイヤー店舗には様々な種類が存在する。武器屋・防具屋・アクセサリー屋などの商店や【鍛冶】【裁縫】などの生産スキルに対応した工房がその大半だが、他にも酒場というものがあった。これは簡単に言えば、クエストの仲介所だ。

 このゲームでクエストというと、ほとんどがプレイヤーから依頼されるものを指す。素材集めの為のモンスター退治が主であり、生産プレイヤーが依頼して、戦闘プレイヤーがこなすのが基本となっている。


「あ。かわいい!」


 そんなことをかいつまんで説明していると、少女が突然あるものに目を奪われた。それは体長30cmほどで、くりっとした瞳に三角形の獣耳、ユーモラスに伸びた髭と白黒茶の毛並みを持つ四足動物だった。

 要するに猫である。ある店の前で、三毛猫が招き猫よろしく座布団の上にちょこんと座っていた。


「何で猫が居るのー!」

「使い魔だ。店番やってるんだろ」

「猫いいなー。私も欲しい!」

「別に、この猫くらいの使い魔ならすぐに手に入る」

「本当ですか!?」


 キラキラとした表情で聞き返す少女。その視線に耐え切れず、ウドゥンは目線を横へと逸らしてしまう。


「……まあな。その友人とやらに聞いてみろ」

「はい! そうします」


 その後も、少女はときに歓声を上げ、ときに店の前に並ぶ商品に目を取られつつも、何とかウドゥンの後ろをついてくるような状態だった。



「ついたぞ」

「えっ……?」


 やがてウドゥンは、ある石造りの建物の前で立ち止まった。正面にある入り口の横には、巨大な掲示板が設置されている。そこには多くの張り紙が張られており、さらに入り口の上部を見上げると、大きな筆文字で"セウイチの酒場"と記された看板が掲げられていた。

 相変わらずダサい看板だ――ウドゥンは看板を見上げながら思った。


「本当だ! よかったー、ちゃんと来れた」


 少女が歓声を上げ、ウドゥンに体を向ける。


「私、今日始めたばかりでこのゲームのこと、全然なにも知らなくて……というかVR機自体使ったこと無くて……あ! こんなことどうでもいいですよね。何言ってんだろ。とにかく、色々ありがとうございました!」

「……あぁ」


 少女はコロコロと表情を変えながら話し、最後に再び頭を下げた。ウドゥンは少し呆気に取られながら、なおざりに相槌を打つ。明るくて人懐っこい雰囲気の少女に、彼は戸惑っていた。

 あまり付き合ったことの無いタイプの人間だなと、彼は呆れてしまっていた。


「それじゃ、俺はここで」

「あ……はい! 本当にありがとうございました」


 少女は元気に礼を言う。ウドゥンはその初々しい様子に、少しだけむず痒い感覚になりながら、無愛想に手を振った。やがて少女が酒場に消えるのを確認し、ウドゥンは歩き出した。


 すぐに酒場の隣にある薄暗い側道に入ると、彼が辿り着いたのはやはり石造りの建物の前だ。窓は一つも無く、小さな片開きのドアだけ設置されている。

 ウドゥンがドアに手をかけると、電子音と共にロックが解除され、主人の帰還にあわせて自動的に内部の明かりが灯る。そんな彼の視界に映ったのは作りかけのブーツ、手袋、インナー、全身を覆う革鎧、そして大量の毛皮、革やなめし皮が無造作に放置された作業台だった。

 ここはウドゥンが所有するプレイヤー工房である。生産スキル【革細工】をメインスキルの一つとしているウドゥンは、先ほど一緒に居たシオンのようなトップ生産者というわけではなかったが、それでもかなり高ランクの【革細工】スキルを習得していた。


 ウドゥンが疲れた様子で作業台の椅子に身を放る。続けてパネル(装備変更やアイテムの出し入れなど、各種操作を行なう電子ウィンドウ)を開くと、依頼していたクエストが完了していることを確認し、その報酬を受け取った。

 本当はセウイチの酒場に直接行って、酒場でしか出来ないクエストの受注を行おうと思っていたのだが、さっきの少女と一緒に酒場に入るのが少し気まずかったので後回していた。


 この工房はセウイチの酒場のすぐ隣にある。だからこそ柄でもなく、ウドゥンは初心者の道案内など引き受けたのだが、やはり慣れないことはするものでは無いと思い知っていた。


(少し、疲れたな……)


 ウドゥンはその日、少しだけ【革細工】のスキル上げをした後、早めにログアウトした。



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