2. 作戦会議
2
桜実高校のある丘の様になだらかな桜実山を下ると、駅へと向かう途中、国道に面した巨大なショッピングモールがある。少し郊外に位置する桜実町では、このショッピングモールが若者達の集う定番の場所となっていた。
その巨大な建物の中にあるカフェチェーンの一つで、望月莉世はナインスオンラインのギルド・グリフィンズの面々と学校帰りに集っていた。
「それじゃ、今度のトーナメントに向けて作戦会議を始めまーす。一応明後日、土曜の昼から行われるC級チームマッチ・トーナメントに、このメンバーで出場予定だよ」
リーダーである角谷雄太が話を切り出すと、早速ウェーブのかかったセミロングの少女――中川瑠璃が、莉世を横目に見ながら言った。
「今回は莉世が居るからねー。一回戦負けは確実でしょ」
「あーぅ。そんなこと言わないでよ瑠璃ちゃん」
苦笑する莉世。栗色のロングヘヤーがさらさらと流れていた。6月になって夏服移行期間に入っているため、ここにいる3人ほどの女子は皆白の半袖カッターシャツに赤色のリボン、それにプリーツスカートといういわゆる夏服を身につけている。
「大丈夫だって、俺がみんなを守る」
もさもさとしたクセ毛を振り回して、男子の牧竜也が言った。その姿に瑠璃が眉をひそめる。
「やめてよ牧、気持ち悪い。冗談は髪の毛だけにして」
「きゃはは! 髪の毛のことはやめてあげて!」
瑠璃の突っ込みに大笑いしているのは、宮本佳奈だ。長い黒髪をポニーテールにした佳奈も、グリフィンズのギルド員だった。
ケラケラと笑いあうメンバーに、角谷が少し困った顔で言う。
「確かに勝ち上がるのは難しいかもしれないけど、何事も慣れだからね。とりあえず今回は望月さんにPvPとチームマッチについて知ってもらうのが目的だよ」
「よろしくお願いしまーす」
莉世が笑顔で言う。瑠璃と佳奈がゲーム内での先輩として、仕方が無いと言いながら莉世の頭を撫でていた。
「それじゃ、簡単にナインスオンラインのチームマッチについて説明するよ。今回出場するトーナメントは5on5、つまり5人ずつのチームで戦う団体戦だ。それは知ってるよね?」
莉世がこくりと頷く。他の三人も注文した飲み物を飲みながら、角谷の説明に耳を傾けていた。
「ナインスオンラインの団体戦で重要になるのは、前衛・中衛・後衛の構成だって言われてる」
「前衛? 構成?」
首を傾げる莉世をみて、角谷が携帯パネルを取り出し、パタパタと画面を操作し始めた。しばらくしてパネルにある3D映像を映し出される。
現れたのはそれぞれ剣と盾、両手剣、そしてボウガンを持った三種類のキャラクターだった。それぞれチョコチョコと可愛げに手を振りながら待機ポーズをとっている。
角谷は最初に、盾を装備したキャラクターを指差した。
「これが前衛。前衛は壁役とも言って、主に【挑発】スキルを持つ重騎士プレイヤーだね。防御力を高めるために金属鎧や盾を装備してることが多くて、ウチで言えば牧がそうだよ」
その説明に牧が胸を張って応えたが、瑠璃にやめろと言われてすぐにしょんぼりとしぼんでいた。そのやりとりに莉世達がケラケラと笑った後、次に角谷は弓を持ったキャラクターを指差した。
「次に後衛ってのは遠距離武器をメインに使うプレイヤーの事。【弓】や【クロスボウ】、後あまり居ないけど【投擲武器】を使うプレイヤーもこのポジションだ」
「クロスボウ……」
莉世はその言葉を聞いて、無愛想なクラスメイトの顔が浮かんできた。彼がメインスキルとして使っていた武器が、片手で抱えるほどの大きさをした木製のクロスボウだった。
それを思い出し、小さく笑みを浮かべる。
「最後に中衛はそれ以外、つまり前衛でも後衛でもないプレイヤーが中衛だね」
「それじゃあ、私は中衛ってこと?」
「そういうこと。このメンバーで言うと牧が前衛で、俺と望月さんと宮本さんが中衛、最後に中川さんが後衛だ。1-3-1って呼ばれる一番スタンダードな構成になる。他にも構成には2-3-0の前衛型とか1-4-0の近接型、2-0-3の遠距離型とか色々あるけど、この辺はまた必要な時に説明するよ」
「はーい」
莉世が元気よく返事をした。角谷が満足げに頷いて続ける。
「基本的にチームマッチの主役は、攻撃を担当する中衛だ。構成によって少しずつ戦い方が違うけど、1-3-1の構成ならやる事はシンプルで、前衛が【挑発】スキルで敵の攻撃をひきつけるから、その間に中衛が相手の数を減らしていく。それを後衛が援護する感じかな」
「よくわかんないけど。とりあえず攻撃すれば良いの?」
「そうそう。倒せそうな相手から倒していく。仲間と連携して、いかに多数対一人に持っていくかが重要だけど、まあそこらへんはやってみないと掴めないだろうね」
一通りの説明を終え、角谷が手元にあるカフェラテに口をつける。代わりに佳奈が身を乗り出してきた。
「とりあえず、莉世の装備を何とかしないとダメなんじゃない?」
その言葉に、瑠璃も同調する。
「それはそうなんだけど莉世、あんた金無いでしょ」
「うん。すっからかんだよ! ……って、痛いよ! 瑠璃ちゃん!」
自信満々に言う莉世の丸っこい頬を、瑠璃がぐりぐりと突きまわしていた。
「なーんでそんなに自信満々なのよ。あんたは」
「うぅー。一応装備は一式買ったんだよ。前ゲットした毛皮を売ってお金作って」
「あー、柳楽に手伝ってもらった奴だったっけ」
角谷の発言に、牧がピクリと反応した。そして少し不満げな様子で腕を組むと、暑苦しい顔をさらに険しくする。
「あいつ、なんだかんだで手伝ってくるな。俺らの時はガン無視だったのに」
「え、そうなの?」
莉世がきょとんとして聞き返すと、それには瑠璃が面倒そうに手をひらひらと振りながら答えた。
「柳楽はね、あんたが会った時も最初つっけんどんとしてたでしょ? あいつは私達と違って、本格的にナインスオンラインにハマッてるヘビーユーザーだからね。私らみたいなライトユーザーに構ってる暇なんか無いのよ」
ライトユーザーとは莉世達のように、ナインスオンラインをゲームとしてほどほどに楽しんでいるプレイヤーのことだ。ほとんど全てのプレイヤーはこちらに属していると言っていい。一方ヘビーユーザーとは、クリムゾンフレアやインペリアルブルーの上位層のように、どっぷりとナインスオンラインにハマっているプレイヤーのことである。
実際に二つを分ける明確な定義など存在しないが、和人――ウドゥンがヘビーユーザーであることは自他共に認める事実だった。
「それにしたって、もうちょっと一緒にやっても良いのによ。グリフィンズにも入ってこないし」
牧が息巻くと、角谷が困ったようにそれをなだめる。
「まあまあ。あいつは稼動時からプレイしてる最古参だし、色々とゲーム内の付き合いがあるんだよ」
「私その人と会ったこと無いんだけど、そんなに変な人なの?」
佳奈がポニーテールを揺らしながら聞いてくる。その質問には、なぜか莉世が嬉々として答えた。
「ううん。いい人だよ。私のクエストも手伝ってくれたし」
「莉世に言わせると、皆良い人だからねー。当てになんない」
「確かに!」
場がはじける様に笑いに包まれる。莉世は何かにつけて人をほめる所がある事を、みな良く知っていた。彼女自身は特に自覚が無いようだが。




