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Zwei Rondo  作者: グゴム
二章 幸運の黒猫
17/121

1. ある昼下がり

二章『幸運の黒猫』


1


 こぢんまりとした工房には、採光用の天窓が一つしかなかった。それを補助する明かりは蝋燭のみ。これが現実世界なら、昼でもひどく薄暗い部屋だろう。

 しかしここはVRMMOゲーム『ナインスオンライン』の世界。蝋燭を一つ灯せば、天井にLEDを張り巡らせたかのような光量が確保され、至極快適に過ごすことができた。

 床にはいたる所、無造作に革製品の完成品が放置され、棚には様々な種類のモンスターからドロップされた素材が保管されている。分厚い木の板でつくられた作業台では、この工房の主であるウドゥンが、ひたすらに【革細工】の工具であるヘッドナイフを振るっていた。


 パネルから素材を取り出しては、ヘッドナイフを当て装備品の"タイガーブーツ"を製作していく。出来上がったらそれをポイっと床に投げ捨て、次の製作に取り掛かる。ウドゥンは高い背を折りたたみ、窮屈そうにそのルーチンを続けていた。

 彼はこうして、自身のメインスキルである革細工スキルを上げるために経験値を稼いでいる。いつもなら1人で黙々とこのスキル上げに励んでいるのだが、今は最近知り合ったある少女と一緒だった。


「ウドゥン。素材がなくなったー」

「……」

「ウドゥン。少し分けてー」

「……自分で買って来い」

「えー。けち」


 栗色の髪がふわふわと揺れ、小さな唇から心地良い声が聞こえる。流れるようなセミロングの髪を小さく二つ結びにした少女――リゼが、不満げに丸っこい頬を膨らませた。

 ウドゥンが冷たい目つきで睨みつける。


「大体、なんでお前はここで裁縫上げをやるんだよ。意味が分からん」

「え? だってここなら裁縫の設備があるし」

「俺の、な」


 工房の一画には、【裁縫】スキル用の古びた足踏みミシンが備え付けられた作業台が置いてあった。これはウドゥンが昔、サブスキルとして裁縫スキルをあげようとして買った安物だ。結局彼は裁縫スキルはあげなかった為、ほとんど物置になっていた作業台だったが、現在スキルを覚えたばかりであるリゼの丁度良い設備になってしまっていた。


「その程度の設備、ちょっと金出せばギルドホームに設置できるだろ。グリフィンズのギルドホームでやれよ」

「そんなお金ないよー。この前、防具買ったらすっからかんになっちゃったもん」


 そう言うと、リゼは装備を見せびらかせるために立ち上がった。クルリと回った彼女の小さな体には、鈍い銀色の光沢を放つ鋼の鎧が身につけられている。それは足元から肩口まで一体型の全身鎧であり、耐久力を重視した【剣士】用の重装備だ。露出も少なく、無骨で実用的な造りだった。

 一通り見せびらかした後、リゼが不満顔で言う。


「でもこの鎧、重たくて動きづらい気がするんだよね。大体、全然可愛くないし。ユウは性能的にこれが良いって言ってたけど、ちょっとダサすぎるよね」

「どうせしばらくは低ランクリージョンでスキル上げなんだろ? 滅多に人に会わないから関係ないだろ」

「そういう問題じゃないんだよー。可愛くないものは装備したくないの」


 リゼはそう言って口を尖らせた。幼さを感じる仕草だが、透き通った肌と青い瞳とが合わさってひどく可愛らしい。しかしウドゥンはそんな彼女を無表情にちら見するだけで、黙々とスキル上げの作業を続けていた。


「まあ、分からんことも無いがな」

「それに人前にも出るよ。ユウに今度トーナメントに出ようって言われてるの」


 トーナメントとは、アルザスの街の中心部に位置する円形闘技場コロセウムで開かれるPvP(Player versus Player)大会のことである。A級からH級までランク分けされた1on1ソロマッチと5on5チームマッチが、それぞれ連日のように繰り広げられている。

 このPvP戦に勝ちあがっていくことが、ナインスオンラインのプレイヤー達にとって大きな目標の一つだった。


 突然トーナメントに話題を振ったリゼに対し、ウドゥンは少し興味ありげに聞き返した。


「チームマッチにか?」

「5対5って聞いたよー」

「じゃあチームマッチだ。お前も出ろって?」

「うん」

「そりゃユウも無茶苦茶なことを言うな」


 ウドゥンは思わず、ここにいない『グリフィンズ』のリーダー・ユウに呆れてしまった。

 リゼは一週間程前にこのナインスオンラインを始めたばかりだ。まだスキルは育っていないし、ゲーム内の操作にも慣れていない。そんな初心者をチームマッチに参加させるというのだ。勝ちを目指しているとは考えられなかった。


「今回は勝つ気無いからお試しだって、皆からも言われてる」

「なるほどね」


 どうやら一度リゼにPvPを体験させようという意図らしい。グリフィンズ名義での出場となると、ランクはD級かC級ということになる。どちらにせよ初心者をメンバーに入れて勝てるほど甘いランクでは無いが、とりあえずPvPに慣れることが目的のようだ。


「でもなんか、トーナメントに優勝したら賞金が出るって聞いたんだけど」

「そうだな。C級でチームマッチなら200kくらいじゃないか」

「200k?」


 リゼが首を傾げる。ゲームを始めてまだ十日足らずの初心者である彼女には、MMO用語が通じなかったようだ。ウドゥンが面倒くさそうに補足する。


「1kは1,000って意味だ。だから200kは200,000、要するに賞金20万Gって事」

「おおーそんなにもらえるんだ」


 実際には5人で等分されるから1人につき40,000G程となるが、とにかく初心者のリゼにとっては結構な大金だった。


「まあ、優勝は難しいだろうがな」

「やっぱそうだよねー。うーん、なにかお金稼ぐ方法無いかなー。武器も欲しいし、防具も欲しい。裁縫用の素材も欲しいし、ペットも欲しいし……あーもう全然お金が足りないよ」


 リゼはぐでーと作業台に突っ伏せ、自身の金欠っぷりを嘆いた。

 初心者がナインスオンラインというゲームに慣れた頃、最初に陥る問題は金不足である。多数のプレイヤーが参加するMMOという形式をとるこのゲームでは、お金(Gold)はシステムから得るのではなく、他のプレイヤーとの取引によって獲得する事が重要となる。それを理解しないでシステム――例えばクエストだけに頼って金策をしていると、いつまでたっても微妙な収入しか得られない。その結果装備も揃えられず、探索もトーナメントも進まなくなってしまう。

 戦闘プレイヤーにせよ生産プレイヤーにせよ、人と取引できる手段なりアイテムなりを見つけて金策しなければ、いつまでたっても貧乏生活から抜け出せられなかった。


「お前は初心者なんだから、素直にクエストをこなしながら、モンスターを倒して素材を集めてこい。つーか、前の"ファーラビットの毛皮"。全部お前に回収させたんだから結構な値段になっただろ」

「そうなんだけど、あれのお金でこの防具を買っちゃったんだよー」


 リゼが机にあごを乗せ、頬を膨らませながら言うと、ウドゥンはあきれた様に肩をすくめた。


「そりゃただの使いすぎだ。またせっせと稼いでくるんだな」

「むー……ちなみにウドゥンはどれくらいお金を持ってるの?」

「……一応、注意しとくが」


 ウドゥンは険しい顔でリゼを睨みながら言った。


「他人に持ち金やスキル構成を聞くのはマナー違反だ。気をつけろ」

「うっ……はい」


 リゼはびくりとしながらも素直に謝る。それを見て頷くと、ウドゥンは素っ気なく質問に答えた。


「大体100Mだ」

「え?」

「だから100M――1億くらい持ってる」

「えぇぇぇ! いちおく!?」


 リゼが大声を上げて立ち上がった。驚きで口をパクパクと、金魚のように震わせている。ウドゥンがなんでもないように付け加えた。


「とはいっても実際俺のは2,3000万くらいだ。残りはギルドの金だな」

「それって、トリニティの?」

「そういうこと。あぁ、安心しろ。ギルドの金はサブリーダー以上じゃないと手が出せない。お前じゃムリだ」

「うぅー……うらやましいー」


 悔しそうに睨みつけるリゼに対し、ウドゥンが面倒そうに言う。


「トッププレイヤーならそれくらい持っててもおかしくない。例えばA級トーナメントで優勝すれば賞金100万とかだし、持ち金が1000万くらいなら普通に持ってるもんだ」

「それでもすごいお金持ち……そっか、ウドゥンはお金持ちだったんだねー」


 リゼが力なく椅子に座り込む。暫くぽけーとした後、なにやら思いついた様に手を打った。


「ウドゥン! じゃあさ――」

「金は貸さんぞ」


 リゼが言いかけて、その表情を凍らせた。小さく冷や汗をかいている所を見るに、どうやら図星だったようだ。ウドゥンがこれみよがしにため息をつく。


「まったく。金の貸し借りとか趣味じゃねーんだよ。そういう馴れ合いはグリフィンズの奴らとやっとけ」

「うう……どうして分かったの?」

「別に。大体、お前に貸しても返す当てが無いだろうが」

「それは私が強くなってから稼いで――」

「皮算用って言葉は知ってるか? 青写真でも良いぞ」


 ウドゥンの意地の悪い言葉に、リゼがしょんぼりと肩を落とした。

 MMOでの金の貸し借りは、よほど仲が良い同士でなければやらない方が良いと言われている。相互互助を謳い文句としているギルドや、グリフィンズのようにリアル知り合い同士の内輪ギルドならまだしも、ゲーム内でのフレンド同士で貸し借りをすると、どうしても問題が発生してしまうことが多くなるからだ。


「……ごめんなさい」

「そうだな……手っ取り早い金稼ぎが一つ有るぞ」


 思ったよりも消沈してしまった少女に、ウドゥンは取り繕うように言った。リゼがすぐに明るい声で食いついてくる。


「えっ? なになに」

「トーナメントだ」

「……それって、ユウと同じこと?」

「ちげーよ。賭けだ」

「賭け?」


 リゼはその意味がわからず首をかしげる。一方ウドゥンは楽しげに、ヘッドナイフを指揮棒のように振りながら続けた。


「お前がさっき言っていたトーナメントには、運営側によって3つの賭けが用意されている。『マッチ』と『ウィン』と『クィネラ』だ」

「マッチ? ウィン? クィネラ?」

「マッチは対戦ごとに用意されて、勝者に金を賭ける単純な賭けだ。ただしこれはB級以上じゃないと、賭け金が集らないで場が立たない(賭けが成立しない)ことが多い。C級までだと場が立つのは決勝戦くらいだな」

「ふんふん」

「残りのウィンとクィネラは、簡単に言うと競馬と同じだ」

「競馬……?」


 リゼが再びぽかんとして首をかしげた。最近の若者は競馬も知らないのかと、同い年であるはずのウドゥンはあきれていた。


「出場者の中から優勝する奴を当てるのが単勝ウィン、優勝者と準優勝者――要するに決勝進出者を当てるのが馬連クィネラだ。こっちはトーナメントが始まる前に投票して、終わったら自動で払い戻される」

「なるほどー」


 リゼはうんうんと興味深げに頷いていた。そのまま身を乗り出し、ウドゥンに続きを促す。


「それで、どうやって稼ぐの?」

「そりゃ当てればいいんだよ。ウィンで優勝者を当てれば配当オッズ数倍は堅い。クィネラで大穴なら100倍ってのもあり得るな」

「えっ? でも、誰に賭ければいいのかわからなくない?」

「テキトーにやっても当たるかもしれないぜ」


 ウドゥンが皮肉っぽく両手を開きながら言うと、リゼはがっくしと肩を落とした。


「なんだー運任せじゃん。それこそ皮算用だよー」


 リゼはようやくはぐらかされていることに気がつき、大きくうなだれた。その華奢な体躯を眺めながら、ウドゥンはくっくと愉快そうに笑う。


「まったくだ。ま、初心者のお前は真面目にエリア探索をして、モンスター素材を集めて露天バザーで売るってのが一番確実ってことだ」

「やっぱりそうなのか。残念……」


 ――ピピピピピ!


 その時、リゼのパネルからけたたましい電子音が鳴り響いた。彼女はそれを慌てて止めると、立ち上がった。


「そろそろグリフィンズのみんなと待ち合わせだから、私行くね」

「あぁ。もう来なくていいぞ」

「じゃあ又明日、学校でねー」


 ウドゥンの言葉を完全にスルーして、リゼは元気に出かけていった。残された工房の主は小さくため息をついた後、革細工のスキル上げを再開した。




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