14. 智嚢
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「えっ……」
リゼがその言葉を聞いて固まる。目の前のクラスメイトは、こんなにも余裕げに登場したのに。助けに来てくれたと思ったのに。
「弱いって……? 助けに――」
「無理だな。俺は戦わない」
リゼの言葉に対し、ウドゥンが肩をすくめて答える。戦うなど論外だ――そんな乱入者を見て、偽黒騎士達が大笑いを始めた。
「だっせ!」
「誰だよあれ。お前ら知ってるか?」
「ギャハハ! トーナメントにも出られない雑魚だろ。見たことねーもん……ぐ」
その嘲笑を、再びガルガンがディバインズロックを発動し黙らせた。そして大男はウドゥンとリゼに向かって決死の表情で言う。
「では、ここは俺に任せてその娘と逃げろ。一人くらい道連れにしてやる」
そんなガルガンの言葉に対し、ウドゥンはニヤリと笑った。
「旦那、早とちりするなよ。俺は戦わないが、ちゃんと代わりは用意している」
「代わり?」
眉をひそめるガルガン。その時、一人のプレイヤーが森の中から姿を現した。
「くはは! 俺はお前の代わりかよ」
それは赤毛の男だった。男は軽薄そうな声とは対照的に、長身痩躯な体を深紅のプレートメイルに包み、巨大な両手剣ツヴァイハンダーを肩に担ぎながら、鋭い眼光を偽黒騎士達にとばしていた。
「苦戦してるみたいだな。ガルガン」
「ヴォル!」
現れたクリムゾンフレアのヴォルに向け、ガルガンが大声で呼びかける。
「なぜ貴様がここに?」
「【智嚢】に呼ばれたんだよ。どうやらこれは"俺達の問題"のようだからな」
ヴォルが答えると、偽黒騎士達の様子がおかしいことに気がついた。ざわざわと周囲と目をあわせ、明らかに焦っているのだ。
そんな偽黒騎士達に対し、ヴォルは順に人差し指を向けて言った。
「カイン、キナコ、ピース、レン、ドンドン、スイ、イクシオン」
8人いる偽黒騎士達の内、1人を除いて名前を呼ぶと、連中はびくりと体を震わせた。
プレイヤーネームを読み上げられたということは、それはつまりこのヴォル――【破壊者】とあだ名されるクリムゾンフレアの幹部が、自分達の正体を把握しているということだ。
そしてそれは、連中にとって致命的なことだった。
「我らクリムゾンフレアは誇り高き戦闘集団だ。PKをすること自体は問題ない。ただ貴様らは同胞たるギルド員まで手にかけた。そうだな?」
ヴォルの言葉に黒尽くめの集団が黙りこくる。やがて偽黒騎士達がやけくそ気味に声を上げた。
「はっ! 弱いほうが悪い。『絶対強者』――それがクリムゾンフレアの理念じゃねーのか。No.3!」
「【破壊者】。俺達がPKしたのは入りたての新人だ。そんな雑魚、いくらPKしようが関係ないのではないか?」
それぞれが自分勝手にわめき散らす言い訳を、ヴォルは頭を抱えながら聞いていた。
「わかってねー。わかってねーな」
「なにがだ。つーかあんた、クリムゾンフレアのトップランカーのクセにこんな部外者の言いなりなのかよ!」
偽黒騎士の1人がウドゥンの方を指差した。部外者とはどうやら彼のことを言っているようだ。
その言葉に、これまで呆れた様子ながらも偽黒騎士たちの話に耳を傾けていたヴォルの目が、一気に冷たいものへと変わった。
「ダセェんだよ、お前ら」
ヴォルは一言呟いて、肩に担いでいた両手剣――ツヴァイハンダーを構えた。そして寒気のするほどに冷徹な声で言う。
「もういい。お前らはクリムゾンフレアから除名する。死ね――」
そしてヴォルは、弾かれる様に駆け出した。そして一番近くに居た偽黒騎士にツヴァイハンダーの分厚い刀身を放り込む。
長物の日本刀を装備していたその男は、反射的に攻撃を受け流そうとした。しかしヴォルは、受け流そうとした相手の刀を一撃でへし折ってしまう。【破壊者】ヴォルの代名詞、【武器破壊】スキルが発動したのだ。
このスキルは相手の武器に対してダメージを与えるもので、ヴォル並の腕になると、中級者程度の受け流しやガード技術では一撃で獲物を破壊されてしまう。彼はこのスキルと高い戦闘技術を駆使して、クリムゾンフレアのトップランカーとしての地位を維持し続けていた。
へし折った刀を押しのけ、そのままツヴァイハンダーを二三度叩き込む。やがて体力を失った黒騎士の1人は消滅し、後には四角いパネルだけが残った。それはプレイヤーの死亡時にのみ現れるパネルだった。
「安心しろ。これからお前らから奪うのはクリムゾンフレアのギルド章だけだ」
ヴォルは威圧するように、残りの偽黒騎士達を睨みつけた。
ナインスオンラインではPKに成功すると、相手から所持金の10%か所有するアイテムを一つだけ奪い取れる。さらに同じギルド員をPKした場合には、ギルド章を奪う事も出来る。今回、ヴォルが問答無用で襲い掛かった理由はこれだった。
「くそっ、やっちまえ!」
偽黒騎士達が一斉にヴォルに襲い掛かる。それぞれの獲物を手に、ツヴァイハンダーを肩に担いだまま余裕げに立ち尽くすヴォルに殺到した。
しかし1人だけ、名前を呼ばれなかった黒騎士が森の奥に逃げこんだ姿をウドゥンは見逃さなかった――
『Warning!! Warning!! 攻撃対象を制限されています』
偽黒騎士達の目の前にけたたましく現れる警告画面。ガルガンのディバインズロックだった。しばらくヴォルの戦闘を眺めていた【アルザスの盾】が、斧槍盾を手に仁王立ちした。
偽黒騎士達が、ヴォルに襲い掛かることが出来ずに立ち往生する。
「俺を忘れてもらっては困るな」
「ガルガン。手出しするんじゃねーよ。これは俺達の問題だ」
「がはは! まあそう言うな。たまにはいいだろう、ヴォル。貴様と共闘するのも久しぶりだからな!」
他に戦闘プレイヤーが居るだけで、ガルガンはその本領を発揮する。ましてや相棒はトップクラスの戦闘プレイヤーであるヴォルだ。後はガルガンが連中の攻撃を相手している間に、ヴォルが1人づつ刈り取っていくだけ。結果はすでに見えている。
偽黒騎士達は完全に詰んでいた。
成り行きを見守っていたウドゥンが、2人に声をかける。
「じゃあ、ここは任せたぜ。2人とも」
「なんだウドゥン。自分で呼び出したくせに手伝わないのか」
ヴォルが少し呆れた様子で言うと、ウドゥンが肩をすくめながら答えた。
「あぁ。お前らの戦闘を見物するのも楽しそうなんだが、さっき1人逃げた奴がいただろ。俺はそっちを追うことにする。いくぞリゼ」
「え……うん」
リゼは状況に全くついていけていなかったが、そんなことはお構い無しに、ウドゥンは彼女の細い腕を掴んで森の奥へと走り出した。
逃げた偽黒騎士の、最後のひとりを追いかけて――
◆
(なぜだ。なぜ……クリムゾンフレアのトップランカーがこんな所に……)
乱戦が始まるどさくさに紛れて逃げ出した偽黒騎士の一人は、ヴォル達が追ってこないことを確認した後、何が起こったのかを整理しながら歩いていた。
ここ数日間、彼はクリムゾンフレア内の好戦的な連中を焚き付けて初心者狩りさせていた。目的はガルガンをインペリアルブルーのリーダーの座から蹴落とす為だ。
正義感の強いガルガンは、今までも"初心者狩り"に対して度々PKK隊を結成していた。そして今回もインペリアルブルーの新入りまでやられたとなれば、ガルガンは必ず動くはずだった。
実際、状況はほとんど彼の読み通りに動いた。後は意気揚々とPKKにやってきたガルガン達を、逆に返り討ちにして壊滅させる。そうすればガルガンの面子は丸つぶれとなり、そのことを追求して失脚させ、ゆくゆくは自分がエリアリーダーとなる計画だった。
だが首尾よく目的であるガルガンをハメたと思ったら、土壇場で邪魔が入ってしまったのだ。
(あいつら、へましやがったのか……)
クリムゾンフレアの連中も"初心者狩り"だけならまだしも、同じクリムゾンフレアのギルド員を手にかけた事が上層部に知られれば、確実に粛清されることは分かっていたはずだ。それなのにヴォルに――よりによってあの【破壊者】にバレてしまった。
たしかヴォルはこう言っていた。『【智嚢】に呼ばれてきた』と――
「そうか。お前だったのか」
「なっ……?」
逃げ出した偽黒騎士の前に、ウドゥンとリゼが追いついた。その余裕げな姿を見た偽黒騎士は忌々しげに呟く。
「ウドゥン……どうやって追いついた」
「俺は追跡なら得意なんだよ。それより、何故こんなことしたのか教えてくれないか? ゴンゾー」
「……っち」
ウドゥンが名を呼ぶと、男は舌打ちし装備の一部を解除した。そこに現れた顔は、インペリアルブルーのサブリーダー・【蒼の侍】ゴンゾーだった。
「見事にハメられたな」
吐き捨てるように言うゴンゾー。同時に、今回の失敗はすべてこの部外者による策略による結果だったことに気がつき愕然とした。
完全に乗せられてしまった、と。
だがウドゥンにとっても、この"初心者狩り"事件の共犯者がゴンゾーだった事実は意外だった。というのも彼が知っていることは、本当にクリムゾンフレアで盗み聞いた、現在ガルガンとヴォルが戦っているであろう連中の会話だけだったのだから。
あの会話から偽黒騎士がクリムゾンフレアの連中で、おそらく別の仲間がインペリアルブルーの内部にいることまではわかっていた。しかし共犯者が誰かまでは、皆目見当がついていなかったのだ。
しかしウドゥンはその疑問を保留したまま、今回リゼを囮にする話をガルガンに持ち込んでいた。
「今回PKK隊が襲われれば、インペリアルブルーの中に共犯者がいる可能性が高まる。少なくともさっき城砦にいたプレイヤーの中にいることは確定だ。俺は城砦でしかこの話をしていないんだからな。ヴォルにあの場を収めてもらった後は、旦那にこのことを知らせて"共犯者"探しは任せるつもりだった。だが、まさか本人が偽黒騎士の中に混じっているとはな」
さすがに滑稽だったぜ――そう言ってクックと笑うウドゥン。ゴンゾーの顔が、苦虫を噛み潰したように歪む。
「もう一度聞くぜ。なぜ黒騎士に化けた」
ウドゥンがとどめとばかりに質問を重ねた。ゴンゾーしばらくうつむき、やがて小さく呟き始める。
「……特に理由なんて無いさ。ただあの黒騎士を思い起こさせれば、ガルガンがPKK隊を起こしやすくなる。そう思っただけだ」
続けてゴンゾーは大きく身振りをする。
「大体、あんな壁しか出来ない男がエリアリーダーをやっている意味が分からない。俺はA級トーナメント準優勝者だぞ!? もはや俺がエリアリーダーになるべきなのは明らかだ。独断で始めたPKK隊。それが逆に返り討ちにあって壊滅してしまえば、ガルガンの面子は丸つぶれだった。責任問題にもなろう。そうすればガルガンに代わって、俺がエリアリーダーになれたはずだ」
ゴンゾーは畳み掛けるように、取り憑かれたように、鬼気迫る口調で言い上げた。その迫力にリゼが後ずさりし、ウドゥンの影に隠れてしまう。
「つまんねー理由だな」
「なんだと……?」
「内輪揉めかよ、あほらしい。久しぶりに"黒騎士"に関係する話が出たと思ったのに……とんだ無駄骨だったな」
そう言ってウドゥンは大きくため息を吐いた。その全てが終わったかのような飽き飽きとした表情を見て、ゴンゾーがニヤリと笑う。
「何を勝ち誇っているのか……」
「……?」
ゴンゾーは偽黒騎士用の黒色装備を解除し、いつも戦闘用に使っている青の大鎧――【蒼の侍】という二つ名の元となった"蒼天の大鎧"へと装備を変更する。さらに愛用の両手刀"マサムネ"も取り出し、ウドゥン達に向かって構えた。
「あっ……」
同時に放たれた全身を刺す様な殺気に、リゼが小さく悲鳴を上げた。
「インペリアルブルーとは関係無い部外者と初心者の発言など、ガルガンが信じると思うか? 俺はインペリアルブルーの幹部だぞ」
ゴンゾーは2人をPKし、とっとと逃げることに決めた。この場さえ逃げ切れば、自分が"偽黒騎士"だったという証拠は無いのだから。
2対1だが、A級トーナメントで勝ちあがるレベルの戦闘プレイヤーであるゴンゾーにとって、戦闘向きで無い2人を瞬殺するのは難しくないことだった。
しかしその脅しも、ウドゥンの余裕げな微笑を崩すことはできなかった。
「あー心配するな。ちゃんと保険は連れてきているから」
「なに……?」
その時、ウドゥンとリゼの背後から、インペリアルブルーのサブリーダー・キャスカが無言で姿を現した。




