13. 囮と策略
13
次の日。昼過ぎに目覚めたウドゥンは、ログインするとすぐにインペリアルブルーのギルドホーム、通称"城塞"へと向かった。アルザスにおける最大勢力であるインペリアルブルーは、全ての通りに自前のギルド員によるプレイヤー酒場を持っており、そこで申請すれば誰でも城塞に行くことが出来た。
城塞はその名の通り、中世の砦を思わせる荘厳な石造りの巨大エリアだ。しかし同じく広大なクリムゾンフレアのギルドホーム"下水道"と異なり、城砦は整然として分かりやすい構造をしていた。
これまでに何度も訪れているウドゥンは迷う事なく廊下を進み、やがてある部屋の前で立ち止まった。
「……では、これからPKKに向かう。場所は――」
【聞き耳】スキルを使用しなくても聞こえるのではないかという程、デカくてよく通る声が部屋の中から漏れていた。
ウドゥンは苦笑しながら、部屋のドアをノックする。
「旦那。ウドゥンだ」
ウドゥンが名乗るとすぐに扉が開いた。中から現れたのは、蒼の軽鎧に身を包んだキャスカだった。
彼女は一礼し、招き入れるように脇へと身をよける。部屋の中では城砦の主である大男が仁王立ちをしていた。
「待っていたぞ」
インペリアルブルー・エリアリーダーのガルガンが、蒼色の鎧に装備した数人のプレイヤーと共に、暑苦しい程の笑顔で出迎えた。
巨大な身体でプレッシャーを放つガルガンに対し、ウドゥンは気後れすることなく無表情に聞く。
「今から出発する所か?」
「そうだ。これからPKKに向かう。その場所なのだが――」
「あぁ。メッセージで教えた通りだ。"迷いの森"に行くといい」
ウドゥンは昨夜、ガルガンにメッセージを送っていた。内容は『今日の午後、迷いの森に初心者狩りが現れる』というものだった。
その情報を元に、ガルガンは前に話していたPKK隊を出撃させようとしていた。
インペリアルブルー側の男が1人進み出る。
「失礼、ウドゥン殿。質問をよろしいか」
「構わないぜ、ゴンゾー」
その男はゴンゾーというプレイヤーだった。長身できっちりとした黒の短髪、そして蒼の大鎧に身を包んだ壮健な男である。
先日行われたアルザスA級トーナメントで準優勝したこの男は、キャスカと同じくインペリアルブルーのサブリーダーだった。
【蒼の侍】とあだ名されるゴンゾーは、ソロマッチが苦手なインペリアルブルーにあって珍しくソロマッチA級トーナメントを準優勝するほどの実力者であり、今インペリアルブルーの中でもっとも勢いのあるプレイヤーだ。
「なぜ"迷いの森"なのか。1stリージョンならば他にもあるが……」
「エサを撒いたからだ」
「……エサ?」
簡潔な回答に、ゴンゾーはいぶかしむような表情を浮かべた。ウドゥンが続ける。
「俺の知り合いに、ここ3日間で2回も迷いの森でPKにあっている奴がいてな。俺はそいつと、これから迷いの森で"うさぎ狩り"をする約束をしている。俺が来るまで『一人で狩りをしとけ』とも言ってあるから、絶好のカモだ。初心者狩りの連中はこの"うさぎ"を狩りに迷いの森へやって来る可能性が高い。だからそこを逆に叩けばいい」
「初心者を使うとは、あまり感心できないな……」
ゴンゾーは嫌悪感をあらわに言った。ウドゥンが肩をすくめる。
「別に、俺は確実な方法をとっただけだ。お前らにはさっさとこの"偽黒騎士"事件を解決して欲しいからな。どうするんだ旦那」
ウドゥンが確認すると、ガルガンは頷いた。
「やつらが迷いの森に現れる道理はわかった。既にその初心者は迷いの森にいるのか」
「あぁ。15時にミリー森林・座標L-5の広場で待ち合わせている。おそらく、そろそろ向かっているだろう」
「ならば急いだほうが良いな。お前達!」
ガルガンがばかでかい声をあげ、起立した新人らしき4人のプレイヤーに指示を出す。
「これからPKKに向かう。初心者を狙ってPKするような連中だ。容赦は無用である。俺がひきつけてる間に、落ち着いてしとめろ」
「はい!」
それら新人プレイヤー達は元気良く返事をし、揃って部屋を出て行った。
「ウドゥン。お前も来い」
ガルガンが部屋を出る直前、ウドゥンに声をかけた。
「なんでだよ」
「その初心者、フレンドなのだろう?」
「一応な。ただ初心者だし、あまり興味ない。旦那が居るなら問題無いだろ。任せるよ」
「……そうか」
なげやりに言うウドゥンを見て、ガルガンは諦めたように息を吐いた後、その巨体をひるがえしてして部屋から出て行った。
「では、俺もこれで失礼する」
ゴンゾーも部屋から出て行き、最後に残ったキャスカがウドゥンに声をかけてくる。
「ウドゥン様。今回は情報提供をありがとうございました」
「キャスカは行かないのか?」
「はい。今回はガルガンの独断ですので、私やゴンゾーを含め他のサブリーダーは関与していません」
確かにこの部屋にいたインペリアルブルーの幹部は、ゴンゾーとキャスカの2人だけだった。今回のPKK隊はギルドとしての活動では無いということだ。そしてそれは、ウドゥンにとっても好都合だった。
「そうか。それなら、ちょっと頼みがあるんだが」
「頼み……ですか?」
その言葉に少しだけ警戒感を表したキャスカの鋭い視線に対し、ウドゥンは自身のパネルを指で突くジェスチャーで答えた。キャスカがそれにつられて自身のパネルを見ると、そこには一つのメッセージが届いていた。
メッセージの送り主は、目の前にいるウドゥンその人だった。
◆
「えい!」
リゼが手にしたエストックを突き出す。その一撃は見事にファーラビットの眉間を貫き、鋼鉄の刃に串刺しとなった白兎が不細工な鳴き声を残して消えていった。
彼女はドロップした毛皮を回収すると、一休みしようと散在する切り株の一つに座った。
「遅いなぁ。もう約束の時間なのに」
リゼはウドゥンを待っていた。昨夜、深夜までクエストを手伝ってくれたお返しに何かお礼がしたいと告げると、彼はこんなことを言ったのだ。
『明日――もう0時を回ったから今日だが、15時から迷いの森で狩りを手伝って欲しい。場所は今日、丸尻尾が出たあの広場で良いや。現地集合でよろしく。暇ならファーラビットでも狩ってスキル上げしとけよ』
(狩りかぁ。何を倒すんだろ。私が力になれればいいけど)
首から下げた"うさぎのペンダント"を手にとって、それを眺める。白くて丸っこいお守りをみていると、昨日のことを思い出し、つい笑みがこぼれてしまった。
その時、後ろで足音がした。
「あ!」
待ち人かと思いリゼが振り向くと、そこにウドゥンの姿は無かった。代わりにいたのは、全身黒尽くめの装束に身を包んだ不気味なプレイヤー達だ。
リゼは反射的に体をこわばらせてしまった。彼女にはその姿に、見覚えがあったから。
「なんで……」
過去2回、リゼはこの黒騎士達にPKをされていた。その時はグリフィンズの仲間が必死に戦ってくれたにもかかわらず、負けてしまった。皆殺されてしまったのだ。
ゲームとはいえ、人から悪意を持って攻撃される。その時リゼはただ震えて何も出来なかった。そして今も、迫り来る3人の男達にエストックを構えるのも忘れ、後ずさりするくらいしかできずにいた。
黒騎士の1人が、無言のまま手にしたロングソードを振り上げる――
「待て!」
声がした。それは森中に響くような大声だった。その声と同時に、三人いた黒騎士達の背後に岩の様な大男が現れる。
「見つけたぞ、初心者狩りめ。覚悟しろ」
それはインペリアルブルーのガルガンだった。4人の新人達もその後を追って姿を現す。
同時に彼の体から光が放たれると、黒騎士達の目の前に警告を示すパネルが出現した。ガルガンが【挑発】のトリック・ディバインズロックを発動したのだ。
それは次の一撃をガルガンに向かって振るわなければ手痛いペナルティを喰らってしまうスキルで、【挑発】スキルが200を超える彼のそれは、並の防具では即死してしまうほどのペナルティを与えるものだった。
「俺がこいつらをひきつける。その間に攻撃しろ」
「わかり――」
「……?」
新人に出したガルガンの指示。それに対する返事が不自然に途切れた。
「なんだと……」
ガルガンが背後を振り向くと、そこにはさらに5人の黒騎士達が現れ、一瞬にして4人の新人達を撃破してしまっていたのだ。
明らかに前の3人よりも強い――ガルガンは瞬時に感じ取った。同時に自身が絶望的な状況に陥った事を把握し、唇を噛んだ。
ガルガンの様な重騎士タイプのスタイルは、とにかく敵の攻撃を受け止めることだ。攻撃は仲間に任せ、あらゆる手を使って味方を守り時間を稼ぐ。いわゆる壁役である。
そのため集団戦では反則的に強いガルガンだが、一方で味方がいなくなってしまうと攻撃する手段が圧倒的に限られてしまう。リゼを除いて一人だけのこの状況だと、いつまでたっても敵を倒せずジリ貧になってしまうのは目に見えていた。
「ガルガン――【アルザスの盾】。あんたは一度倒しておきたかったんだ」
新たに現れた黒騎士の一人が言う。
「ぎゃはは! インペリアルブルーってさ、むかつくんだよね。大して強くもないのに、集団で群れてさ」
他の黒騎士が言った。それは圧倒的な優位に酔っているような、ひどく甲高い声だった。
しかし実際に、圧倒的多数で取り囲んでいるこの状況は、いかにガルガンといえど1人で切り抜けられるものではなかった。
「少女よ」
「え……はい」
突然、ガルガンから背中越しに呼びかけられる。リゼが慌てて返事をした。
「俺がこいつらを引き付ける。5分ほどは持つだろうから、街まで全力で逃げるといい」
ガルガンが決意した目で言う。リゼがわけも分からず頷こうとすると、その肩に手をかけられる感触があったのだ。
「その必要は無い」
リゼがびっくりして振り向くと、そこには黒髪赤目の長身な男が立っていた。
「あっ」
「貴様……」
リゼの横に現れたのはウドゥンだった。この絶望的な状態を楽しむ様に、余裕げに微笑を浮かべながら現れたその姿を見て、最初に怒鳴ったのはガルガンだった。
「ウドゥン! 貴様、俺を騙したのか!」
ガルガンはウドゥンとの付き合いは長い。ある程度は信用している。だがこの【智嚢】とあだ名される男は、時折何を考えているのか分からないことがあった。
そして今回、ガルガン達PKK隊は待ち伏せにあい壊滅寸前だ。彼は、ウドゥンが初心者狩りの連中と組んで自分達をハメたのでは無いかと疑っていた。
しかしウドゥンは皮肉っぽく微笑すると、すぐにそれを否定した。
「残念ながらそうじゃない。もしそうなら、わざわざこんな所に来る訳が無いだろ」
「じゃあ、なぜここに現れた。助太刀に来たとでも言うのか?」
「ははは! 旦那、俺の強さは良く知ってるだろ?」
「……っ」
ウドゥンが愉快げに笑うと、ガルガンは一瞬閉口して固まった。そしてすぐに声をあげて笑い始める。
「がはははは! それは勿論知ってるさ!」
そしてガルガンは、森中に響くようなバカデカい声で言った。
「お前は、本当に弱いからな!」




