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Zwei Rondo  作者: グゴム
終章 Zwei Rondo
120/121

13. ある別れ

13



 しんと静まり返る円形闘技場コロセウム。外部からも含めれば、数万はゆうに超える観戦者達が、リズとリゼのPvPを見つめていた。先ほどまでは血液が沸騰するかのような興奮に包まれていた会場だったが、今の二人の会話によって雰囲気を一変してしまった。


「いま、なんて……」

「……この世にいない?」


 原因はリズの信じ難い告白だった。彼女は皆にも聞こえるような大声で、自分がすでにこの世にないと告白したのだ。特にリズをよく知るキャスカやガルガンなど古参連中は、ぞっとした表情で固まってしまった。


「……おいウドゥン、どういうことだ!?」


 ウドゥンの隣にいたシオンが、狼狽した様子で詰め寄ると、ウドゥンは淡々とした口調で答えた。


「リズの中の人は、現実世界ではもうすでに死んでいる。今から半年前に、交通事故でな」

「それじゃあ……あそこにいるのは?」

「俺にも良くわからないが、リズの人格を持ったプログラムだそうだ。しかも、相当にタチが悪いな」


 ウドゥンが知りうる限りの情報を、隠すことなく説明する。混乱しながらも何とか事情を呑み込んだガルガンが、眉をひそめながら質問した。


「リズの意識は、負けたら消えてしまうのか?」

「おそらくな。だが勝ったとしても、いずれ事件の真相を知ったゲーム運営側に処理されてしまうだろう。今回の意識不明事件、あいつが全ての元凶なんだからな」

「そんな……」


 その答えに言葉を失ったのはシオンだった。全サーバーで最強と名高いリズが戻ってきて、最近プレイし始めた新人にもかかわらずトーナメントで活躍するリゼと戦う。そして2人とも、トリニティのメンバーだ。リズもリゼも知っているシオンにとっては、彼女達があいまみえるこの戦いはとても興奮する出来事だった。

 しかし実際は、勝とうが負けようがリズはいなくなってしまうというのだ。


「ウドゥン……」


 シオンが悲痛な声で呟く。それはあまりにも残酷な現実だった。傍観者である自分でさえ、胸が締め付けられるような喪失感を感じてしまうのだから、当事者であるウドゥン達の気持ちは察して余りあった。

 彼は強く唇をかむと、やり場の無い感情を押し殺すように黙り込んでしまった。


「何か方法は無いのでしょうか。救う方法は」


 黙り込んだシオンに変わって、キャスカが冷静な声で聞いてきた。


「救う? 誰を救うんだよ」

「勿論リズ様をです。まだ方法があるかもしれない――」

「聞いてなかったのか、キャスカ。リズはもう、死んでるんだ」

「……ですが」


 必死に可能性を追求して食い下がるキャスカに、ウドゥンはやはり淡々と答える。


「リズの人格はもう限界だ。これ以上黒騎士の姿でいても、先日の大規模戦闘(インベイジョン)の時のように、いずれアイツの意識は消えてしまう。その結果出来上がるのは、ただただプレイヤーを襲っては意識を奪っていく、悪魔の様なモンスターだけだ」


 周囲がしんと静まり返る。それでもキャスカは、なおも食い下がろうと息を吸ったが、ウドゥンの両拳が震えるほど握り込まれているのに気がつき、思わず口をつぐんだ。


「遅かれ早かれ、いつかはリズ――黒騎士の存在が運営にばれる。もしはっきりと正体が分かれば、黒騎士という存在はゲームから簡単に消去デリートされちまう。誰にも見とられずに、誰とも戦わずにな。そんなダサい終わり方、アイツには似合わないだろう?」


 肩をすくめて、ウドゥンは小さく微笑んだ。


「だからこの戦いで、リゼがリズを倒す。それで、あいつとはお別れだ」


 感情を押し殺して言う彼に、周囲はかける言葉がみつからなかった。





 数万という観客が、一様に息を飲み、対峙する2人の挙動をみつめていた。先程の戦闘開始直後の攻防は、伝説のプレイヤー【太陽ザ・ハーツ】リズの復活を印象付けると同時に、【新星スピカ】とあだ名される期待の新人プレイヤー・リゼの予想以上の強さを見せつけるものでもあった。

 その2人は少しの間言い合った後、互いに武器を構えて動かなくなってしまった。それは彼女たちが間を取り合っていることだと、円形闘技場コロセウムに居た誰もが理解していた。

 次の立会いですべてが決まる。最後の攻防の開始を、皆が固唾を飲んで見つめていた。


「……ふふっ!」


 行動を起こしたのは、やはりリズからだった。両手をだらりと垂らしながら、無造作に駆ける。その体勢と距離の詰め方は、彼女が得意とするいつものスタイルだ。

 リゼは彼女の動きをしっかりと見極めようと、祈るように構えたエストックを少し前に傾け、攻撃に備えた。


「はっ!」


 リズは大きく吼えると、右手のレイピアを真っ直ぐに突き出す。高速で突き出されたそれを、リゼはエストックの腹で受け流した。

 キイン――と刃同士が擦れる金属音が響く。間髪いれず、リズはくるりと身体を回転させ回し蹴りを放つと、リゼはそれを篭手で受け、代わりに一歩前に踏み出した。


「やあ!」


 両手で力強くエストックを突き出すリゼ。しかしリズはその攻撃に、マインゴーシュの刃先でわずかに触れた――それだけでエストックは大きく軌道がそれ、リズの頬の横を抜けていった。そのまま彼女は、触れあうような距離にまで一気に間合いを詰めてきた。


「行くぜ」


 リズは短く言って、リゼの目の前でにやりと笑った。エストックを突き出し、無防備に身体を晒したリゼに向け、懐まで引いていたレイピアを放り込む。真っ赤に切先を閃かせるレイピア――リズのトリック・乱れ突きが音も無く発動していた。


「くっ――」


 リズの右手が、残像を残して突き出される。リゼは素早くエストックの柄を操り、1撃目を間一髪ガードする。


 キキン――


 続けて振るわれる2,3撃目の突きに対しても、リゼは尋常では無い反応速度でガードを繰り返す。そのまま乱れ飛ぶ無数の突きの連打を、リゼはひたすらガードし続けた。


「くうう!」


 刃同士がぶつかり合う音が、間断無く響き続ける。リゼは自分でも、なぜガードできているのか分からなかった。周囲が空気ごと溶けるような昂揚感も感じるし、ガードを続ける自分を横から眺めてるような不思議な気分も感じる。とにかく彼女は、奇跡的ともいえる反応でリズの猛攻を防ぎ続けていた。


「あは! 凄い凄い!」


 リズは、満面の笑顔で右手を振るい続けていた。レイピアを突き、戻し、フェイントを入れつつ再び突く。不規則にレイピアの切っ先を赤く閃かせ、リズは何度も何度も繰り返しトリックを使用しながら、ひたすら攻め続けていた。

 リゼはただ、無心でその猛攻を防ぎ続けていた。圧倒的な反応速度と精密な動きで、的確にリズの猛攻をガードし続ける。彼女はただ、無限に続くようにも感じる攻撃の中で勝機を探していた。


『マインゴーシュの攻撃をジャストガードしてから、フィニッシュを狙え』


 ウドゥンの言葉が頭の中で繰り返される。リゼは戦いの中で、その指示の意味に何となく気がついていた。右手一本で放たれるレイピアの突きは、リズにとってただの準備運動に過ぎないのだ。おそらくリズの本気は、左手のマインゴーシュが使われる時だった。

 リゼはひたすら猛攻を凌ぎながら、マインゴーシュが使用されるタイミングを計っていた。


「あは! わかってるよ、マインゴーシュだろ?」

「つっ!?」


 見透かされるような言葉に、リゼの集中が乱される。一瞬ガードが遅れ、レイピアの一撃がリゼの頬をかすめた。間一髪回避した彼女は、すぐに集中してガードを続ける。


「ふふっ! そんなあからさまな狙い、私が気づかないとでも思ったか? まったく、ウドゥンの入れ知恵だな」


 リズはレイピアを高速で突き出しながら、楽しげに言った。一方でリゼは大きく動揺してしまう。自分の狙いが、あっさりとバレてしまったのだから。

 これでマインゴーシュを狙うことが難しくなった――リゼはそう思った。しかし次の瞬間、その心配は全く無意味だったと思い知らされる。


「おーけー。それじゃ、そろそろ本気で……マインゴーシュで行くぜ。しっかり受けろよ!」

「えっ……!?」


 笑顔で言われた言葉に、リゼはとても驚いてしまった。リズはマインゴーシュを狙われているとわかった上で、あえてそれを使用すると宣言したのだ。一瞬、罠の可能性が頭によぎったが、彼女の満面の笑みを見てしまうと、そんな疑念は吹き飛んでしまった。

 次は必ず、マインゴーシュが来る――


「あは!」


 リズは小さく笑い声を上げると、左手のマインゴーシュを振るう。レイピアの嵐の隙間から、蛇のように襲いかかるそれを、リゼは受け止めようとエストックを構えた。すると短剣は動きを見透かしたように軌道を変えたのだ。

 マインゴーシュを持つ左手が視界から消えた。何が起こったのか、一瞬焦ったリゼだったが、すぐに消えたマインゴーシュを追いかけようと、集中力を覚醒させた。


「……」


 周囲がクリアに見え、時間を引き伸ばされるような感覚を手にする。この感覚が過去、一度だけ到達した《親和》の深層だということに、リゼはすぐに気がついた。この状態ならば自分は何でもできるという万能感が、彼女の中で沸き起こった。

 無限にも感じる長さに引き伸ばされた時間の中、リゼは降り注ぐレイピアの嵐をガードしていく。そのガードの間から、それは襲い掛かってきた。鈍い光を纏った銀の刃はまっすぐに、精密に、リゼの首筋に狙いをつけていた。


「やああ!」


 キン――


 リゼが力任せに、突き出されたレイピアへエストックの柄を叩きつける。そうして漆黒のレイピアを思いっきりジャストガードで弾いた後、続けてエストックを目の前で横に寝かし、首筋に向けて襲い掛かる本命のマインゴーシュへ、エストックの切先をぶち当てた。


 キン――


 完璧なタイミングによるジャストガードが決まった。二刀流の武器が共に弾き飛ばされたリズは、勢いよく両手を開いてしまう。大きく懐をさらした彼女に向け、リゼはトリック・ファイナルスラストを発動させた。


「やああああああ!」


 その瞬間、リズはとても嬉しそうな笑顔をみせた。











「やれやれ、まさか本当に負けるとはね」

「えっ……?」


 ゆっくりと流れる感覚の中で、リズの能天気な声が聞こえた。エストックが胸元に突き刺さる直前、彼女は当たり前のように話しかけてきたのだ。


「まあ、楽しかったからいいか。リゼ」


 すべてを受け入れ、満足しきった表情で彼女は言う。


「最後に付き合ってくれて、ありがとう」

「リズさん……」

「……あは。そんな顔するなって」


 悲しげな声を上げるリゼを見て、小さく苦笑したリズだったが、すぐに思い出したように頷いた。


「そういえば、伝えるのを忘れるところだった」


 リズはゆっくりと唇を動かす。


「ツヴァイロンドはお前にやるよ。丁度いいからな」

「えっ?」

「……ウドゥンをよろしくな」


 その言葉の意味が、リゼにはよくわからなかった。聞き返そうと反射的にエストックを手放して、必死に腕を伸ばす。

 リズは小さく首を横に振って、再び優しく微笑んでみせた。


「待ってくだ――」

「ばいばい」







 次の瞬間、時間が引き伸ばされる感覚が元に戻る。手放したリゼのエストックが、勢い余って地面に突き刺さってしまった。

 しかしその時にはすでに、リゼの目の前には誰もいなかった。







『勝者 トリニティ所属・リゼ

 配当は8.73倍です。払い戻しは10秒後に自動で行なわれます』











お前は本当に、自分勝手な奴だ。

でも、そんなお前が大好きだった。

ありがとう、リズ。









さようなら――




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