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Zwei Rondo  作者: グゴム
終章 Zwei Rondo
119/121

12. Zwei Rondo

12 


 暴風雨の様に振るわれるレイピアの連続突きを、リゼは懸命にガードし続けていた。


「あはは! リゼ! よく見えてるじゃないか!」

「くっ……」


 勝負が始まると、余韻も何もなく戦況は動いた。どちらが負けるとしてもただでは終われない一戦勝負(ワンマッチ)にも関わらず、戦闘開始とともにリズが爆発したかのように襲い掛かってきたからだ。【太陽ザ・ハーツ】とあだ名されるリズの攻撃は、リゼがこれまで受けてきたどんな攻撃よりも速く、重く、そして的確だった。


「お前のエストック捌き、キャスの奴にそっくりだな! ふふ、あの澄まし顔は元気か?」


 リズが高揚した調子で話しかける。昔から彼女は戦闘中に喋り続けるクセがあったが、久しぶりに全力で戦える嬉しさか、今はとても舌が滑らかだった。しかしリゼには、それに反応する余裕は一切無かった。


「キャスといえばガルガンだ。あの喰えないおっさんにはいつも手を焼いていたな――」

「えいっ!」

「おっと」


 一瞬の隙を見つけて突き出したエストックは、リズのマインゴーシュによって軽く捌かれてしまう。完璧な受け流しに続いて、流れるような軌跡を描いて振るわれた銀の短剣が、そのままの勢いでリゼに迫った。


「そら!」

「くっ!」


 その攻撃をリゼは、肩口を突き出すことで受けた。装甲のある箇所にわざと当てることで、なんとか最少ダメージで抑えることに成功したが、続けて逆方向から強烈な勢いでレイピアが襲い掛かる。その切っ先はまるで、獲物を見つけた猛禽類のように高速だった。


 ガキン――


 リゼは慌ててエストックを引いて攻撃を弾くと、そのまま大きくバックステップを実行する。このままリズの間合いで戦っても、ジリ貧になってしまうと判断したためだ。


「えっ!?」


 彼女としては、全力で距離をとったつもりだった。しかし実際は、2人の距離はほとんど変わっていなかった。リズはリゼの動きに合わせて、大きく前方に飛び掛かっていたのだ。


「あは! 甘い甘い」


 信じられない程に素早く、大胆な反応に驚くリゼに対し、リズは構うことなくレイピアを突き出した。


「ほらよっ!」


 高速で突き出されたレイピアの軌跡を、リゼは必死に目を見開いて追いかけた。確かにリズの超人的な反応には驚いたが、その攻撃自体は対処できないほどではない。リゼは一瞬でそう判断した。


 キイン――


 読み通り、漆黒のレイピアを辛うじてエストックの刀身で受け流す。キリキリと金属音を響かせて攻撃がスライドしていった。つられて身体が流れてしまったリズが、背中を向けるような体勢になる。その瞬間、リゼは攻撃に出るべきか迷った。


『マインゴーシュの攻撃をジャストガードしてから、フィニッシュを狙え』


 ウドゥンの言葉を思い出したリゼは、目の前を流れるリズの身体を見送る。彼女の体勢は隙だらけのように見えたが、リゼはエストックを胸元に引いて体勢を整えた。


「あは!」


 次の瞬間、リズはくるりと身体を半回転させた。気味が悪いほどに素早い動きの中で、リズは的確にリゼの首筋に狙いを定めていた。彼女は不敵な笑みを浮かべながら、左手のマインゴーシュを真横になぎ払った。

 リゼは瞬間、ここだと思った。読み通りにマインゴーシュを振るってきたリズに対し、狙い澄ましたタイミングでエストックを差し出す。キン――という澄み切った音で捉えた銀色の短剣は、勢いよく弾け飛んでいった。

 絶好の好機となった瞬間を逃さず、リゼはエストックの切先をリズへと向けた。


「……」


 嫌な予感がした。なぜそう感じたのか、リゼはすぐには分からなかった。しかし後から、ジャストガードの感触のせいだということに気がついた。

 マインゴーシュを弾き飛ばしたジャストガードの感触が、あまりにも軽すぎる――


「――っ!!」


 リゼは考えるよりも先に身体が反応していた。攻撃をキャンセルし、間髪入れずに顔を大きく持ち上げる。次の瞬間、リゼの目の前を黒い影が高速で通り過ぎていった。


「おっ」


 リゼの足元から意外そうな声が聞こえてきた。視線だけを向けると、そこにはリズが逆立ちのような体勢になっていたのだ。


「へぇ……」


 リズはにやりと笑って、逆立ち状態から立ち上がる。そのまま彼女は、弾き飛ばされたマインゴーシュを拾いに歩き出した。

 一方で後転を繰り返してから体勢を立て直したリゼは、距離をとったその場所で、心臓をばくばくとさせながらリズを見つめた。


「よく避けたな。確実に決まったと思ったよ」


 マインゴーシュを拾い上げたリズが、それを左手でくるくると回して遊びながら言う。リゼはこくりと頷いてから答える。


「今の攻撃は……見たことがありましたから」

「へぇ?」


 リゼは、以前戦ったセウイチとのソロマッチの事を思い出していた。あの時はセウイチの連続攻撃に圧倒され、最後は視界の外からの回し蹴りによって敗北してしまった。今回の攻防は、まさにあの時と同様の展開だったのだ。


「前にセウさんと戦った時は、やられました」

「あは! そうかそうか。なるほどねぇ」


 マインゴーシュで攻撃すると見せかけて、本命は蹴り上げだった。以前のセウイチとは違い、逆立ちになりながらの蹴り上げという、随分とアクロバティックな攻撃だったが、ギミック自体は同じだ。マインゴーシュを囮にしてガードさせ、カウンターに出たところを視覚外から狙い撃つ。要するに、リズは誘っていたのだ。

 危うく絡め捕られていたところを、リゼは間一髪で回避していた。


「思ったよりもやるじゃないか。なるほど、ウドゥンが言うだけのことはある。お前も《親和》持ちってことか」

「あっ……」


 《親和》という言葉にリゼが思わず驚いてしまうと、リズは意外そうに首をかしげた。


「なんだ、ウドゥンから聞いていないのか?」

「いえ……聞いてはいましたけど、その言葉をウドゥンとセウさん以外から聞いたのが初めてだったので」

「まあ私たちの造語だからな。他じゃあ通じないだろ」


 リズは大きく両手を開き、子供のように嬉しそうな笑顔を見せた。


「しかしお前といいファナといい、新しい奴がどんどん出てきてるな。この分だと、他のサーバーにもゴロゴロ強い奴が湧いてそうだ。ふふっ、楽しみだなぁ」

「……」


 わくわくとした様子で語るリズを、リゼは複雑な気持ちで見つめていた。自分がいまどういう状況なのか、彼女は十分に理解しているはずだ。にもかかわらず、新しいプレイヤーが出てくることを楽しみだという彼女は、あまりにも儚げに見えてしまった。

 彼女もやはり、消えたくはないはず。しかしもう、何もかもが遅すぎた。





 いや違う。始まってすらいなかったのだ――





「リズさん……」

「ん?」


 名前を呼びかけられたリズは、戦闘中だというのに構えを崩した。そしてニヤニヤとした笑顔のまま、リゼの言葉を待つ。


「……私は、あなたに憧れていました」


 リゼはエストックを持つ両手をだらりと下ろしながら言った。その言葉に、リズがきょとんと首を傾げる。


「それは嬉しいけど、なんで?」

「あなたと一緒に、ナインスオンラインを遊びたかったです」

「……あは! それなら、いますぐこの戦いを投げ出して、ウドゥンを連れてエリア探索にでもいくか? たぶんまだ間に合うぜ」

「……」


 冗談っぽく言うリズだったが、リゼは無言で首を横に振った。彼女の泣き出しそうな表情を見て、リズはため息をついてしまう。


「分からないな。何が言いたいんだ?」

「……私はウドゥンのことが好きです」

「……へっ?」


 突然の告白に、リズはうわずった声を上げた。細い眉が大きく動き、ぽかんと大口を開けてしまう。その一方でリゼは、真剣な視線を向けたままだった。


「ウドゥンと一緒に遊ぶのが好きです。ウドゥンと一緒にいる仲間たちが好きです。ウドゥンのいるトリニティが好きです。そして、ウドゥンが好きだったリズさん――あなたのことも、私は憧れていました。今も、ずっと」


 リゼの青色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。それを拭うこともなく、彼女は続けた。


「リズさんが帰ってきたら、今みたいにウドゥンが遊んでくれなくなるかもって怖くなったりもしました。それでもやっぱり、私はあなたに会いたかった。一緒に話をしてほしかった。一緒に戦ってほしかった。一緒に……遊んでほしかった」


 対峙したまま戦闘を中断した2人の様子を不思議に思ったのか、周囲の歓声が徐々におさまっていく。その間も告白を続けるリゼを、リズはただ黙って見つめていた。


「今回の事件、私はなにも役に立てませんでした。何が起きているのかわからなかったし、何より意識不明になるのが怖かった。だから……ウドゥンとセウさんと3人であなたに挑んだ時も、足がすくんでほとんど動けませんでした」


 先日黒騎士と戦った時は、ウドゥンとセウイチが隣にいた。その時はウドゥンを黒騎士の攻撃から護る役割を与えられていたが、実際は逆だった。自分がもっとも得意なガードだけで勝負できるように、2人に護られていたのだ。

 強制ログアウトの後、そのことに気がついたリゼは情けなくなってしまい、一人で泣き出していた。


「……でも、今は違う。ウドゥンが言ってくれたから」

「……なんて?」

「リズが相手なら、お前が勝つって」


 勇気を振り絞って聞いた。自分とリズと戦ったら、どちらが勝つのかと。自分自身、無茶な質問だと思っていた。しかし彼は意外なことに、自分が勝つと断言したのだ。

 それはリゼにとって、すべての迷いを振り払ってくれる魔法の言葉だった。


「私なんかゲームを始めたばかりで、なんの力も無いと思っていました。だけどウドゥンがそう言ってくれた。それだけで十分」


 エストックを再び胸の前に掲げ、リゼは瞳に力を込めた。


「だからリズさん。私はあなたを倒してみせます!」


 その語りを聞き終えると、リズは再びポカンと口を開いた。そしてそのまま視線だけ、観客席で腕組みをしていたウドゥンへと向ける。彼のメインスキルを考えると、今の会話はすべて把握しているはずだ。そうだというのに、彼は特に反応することなく、無表情のまま2人の様子を見守っている。

 その姿を見て、リズは納得したように笑った。


「ふふっ! なるほどウドゥン、可愛い子を捕まえたもんだな。くくっ……ぎゃははは!」


 リズは少し我慢していたが、やがてこらえきれずにげらげらと腹を抱えて笑い出した。


「こいつは傑作だ! あの無愛想なウドゥンが、こんな可愛い子に惚れられるなんてな。信じられねー!」


 ひいひいと息を切らしながら笑うリズは、しばらく声を上げて笑い続けた後、そっと右手で顔を覆った。


「――ふふっ! なるほどね。一緒に遊びたかったか……そうだな……」


 彼女の高揚した声が、ゆっくりと落ち着いたものへと変化していく。


「私だって、まだまだやりたいことが色々あったさ」


 そして彼女は大きく深呼吸をしたあと、顔を隠したまま語り出した。


「私はまだ9thリージョンもクリアしてなけりゃ、ウドゥンやセウ達とオフ会だってしてない。成長したファナとの約束も果たしてなけりゃ、シャオとの因縁だってけりをつけていない。ガルガンやヴォルや、アクライやシオンやニキータやセシルの奴らとだって、まだまだ遊びたいことがたくさんあったさ。だけど――」


 彼女の指の隙間から、一筋の光が頬を伝って地面に落ちた。


「私はもう、この世に居ない」


 せき止められていた言葉が一気に流れ出ていた。


 自分はもう、死んでいる。


 予想はしていたけど、実際に事実を知るのが怖くて、ウドゥンやセウイチはおろか、すべてのプレイヤーとの接触を断ち、迫りくる運営の調査から身を隠した。ひたすら逃げ続けることで、希望を繋ぎ止める。その先に道が続くのかも分からずに、たった1人で怯えながら、ただただ走り続けていた。

 だけどひとりぼっちの鬼ごっこも、もう終わりだ。この道はやはり、最初から行き止まり(デッドエンド)にしか続いていなかったのだから。

 

「私はこれから、消去されるだけの存在だ……リゼ!」

「……」

「私もウドゥンのことが大好きだったぜ! アイツが欲しけりゃ、ここで私を倒すんだな。そうすれば何の後腐れなく、アイツはお前のものだ!」


 リズは両手を開き、ケラケラと笑った。輝くような笑顔のまま、大きな銀色の瞳を少しだけ潤ませながら。

 リゼがその姿を、歯を食いしばって見つめる。そして自問する。逆の立場なら、自分はリズと同じ言葉が言えただろうかと。

 おそらく無理だろう、リゼはすぐにそう思った。崩壊する自我の中で、こんなにも明るく振舞いながら、その上さらに相手のことまで気遣うなんて、自分には真似出来ない――


「さぁ、これで終わりにしようか。リゼ」

「……はい。リズさん」


 そして、ゆっくりと互いに武器を構えた。

 初めて奏でる2人の輪舞曲は、すでに最終楽章に入っていた。

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