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Zwei Rondo  作者: グゴム
終章 Zwei Rondo
118/121

11. 舞台

11


 誰もいないはずの観客席から、その声は聞こえてきた。リズが驚いて顔を向けると、そこには灰色の短髪をなびかせた、ひょろ長い男が立っていた。


「やっほ【太陽ザ・ハーツ】。一日ぶり?」

「シャオ……なんで……?」


 突然の事態に言葉を失ったリズを横目に、ウドゥンが面倒そうな表情で声を張り上げた。


「はえーよ、シャオ」

「あはは! こういうこともあるかと思って、円形闘技場コロセウムでログアウトしておいたのさ」


 作り笑いを浮かべて言うシャオの言葉は、それっぽく本当に聞こえてしまう。しかしウドゥンは、はったりだと見抜いて鼻で笑った。


「うそつけ。それよりお前、指示通りに拡散したのかよ」

「ウチのギルメンくらいにしかしてないよ。どうせ本格的なのは、シオンかガルガン、それにセッシー辺りがやってくれるでしょ」

「……まあ、お前には最初から期待してなかったが」

「それじゃあ聞くな。相変わらず嫌味な奴だなぁ」


 そう言って、シャオは機械的な笑みを浮かべた。

 呆然と会話に耳を傾けていたリズが、ウドゥンに顔を向けてくる。なぜ彼がここにいるのかと、目を見開いて訴えていた。


「さっき、俺のフレンド全員にメッセージを送った」

「メッセージ?」

「あぁ。お前からもらったログインキーを記して、さらにそれを拡散するように指示したんだ」

「……なんだと?」


 一瞬リズは、それが何を意味するのか分かりかねた。しかしすぐに危険性に気がつき、語気を強めて言い寄る。


「あほか! そんなことしたら運営に見つかるだろ」

「逆だ。大量にログインしていたほうが、かえって見つかりづらい」


 言い切るウドゥンと、その隣でじっと見つめてくるリゼに、リズは思わずたじろいでしまう。


「リズ。お前は確かに黒騎士なんだろうが、見た目には普通のプレイヤーと違いは無いからな。データ上は大量のプレイヤーがいた方が、誰が黒騎士なのか判別しづらくなる」

「……この前みたいに、全員強制ログアウトさせてしまえば一発だろ」

「運営は今、前の強制ログアウトのせいで大混乱らしい。内部からの情報だ。そのリスクは身に染みているはずだから、決断するために状況を把握する間、暫くは何もできないさ」

「……だからって――」

「それにな、リズ」


 ウドゥンは小さくため息を吐いてから、ゆっくりと言った。


「お前にはやっぱり、派手なのが似合うよ」


 それは悲しく、泣き出しそうな声だった。リゼがはっとしてウドゥンを仰ぎ見る。しかし彼は、先ほどの声が気のせいだったのかと思うくらい、いつも通りの無表情をリズへと向けていた。

 たった一人しか観客のいないPvPなんて、リズには似合わない――彼は先程そう言って、リゼにログインキーを拡散して良いか確認していた。

 【太陽ザ・ハーツ】は輝いてこそ、太陽なのだから――リゼはうんと頷いて、力強くリズを見つめた。


「私もそう思います……リズさん」

「リゼ……」


 その時だった。観客席に突然、無数の魔法陣が出現し始めたのは。それは外部観戦者がログインする際に特有の、通常時とは少し異なった陣だった。


「そろそろ来たみたいだね」


 黙り込んでしまった3人の代わりに、観客席のシャオが周囲を見渡しながら言った。続々と現れる緑色の陣に高揚したのか、普段よりも明るい様子で手を振ってくる。


「それじゃあ、君たち2人のPvP――楽しみにしてるよ」


 そう言って、彼は近くの席に座り込んでしまった。それを皮切りに、大量のプレイヤーが続々とログイン処理を終える。彼らは広場にいたリズの姿を見つけ、すぐに歓声を上げ始めた。


「おい! まじでやってる!」

「本当にリズかよ。久しぶりにみたな、あいつ」

「相手は誰だ?」

「お前、拡散してたメッセージ読んでねーのかよ。トリニティの新人【新星スピカ】が挑むんだよ」

「新旧トリニティ対決か。やべえな!」

「【太陽ザ・ハーツ】! 待ってたぜー!」

「おせえんだよ! 何処いってやがった!」


 最初は個々の内容が聞き取れるだけの人数だったが、あっという間に膨れ上がり、巨大な音の塊に変わってしまう。押し寄せる怒涛のごとく向けられ始めた歓声を前に、リズは放心して立ち尽くしてしまった。


「は……はは……」


 ぽかんと口を開けると、自然と声が漏れ出した。広い円形闘技場コロセウムの客席があっという間に満杯になってしまった。それほどの数のプレイヤーが、今から始まるPvPを観戦するために不正ログインしてきたのだ。


「リズ……お前にはこういう舞台がお似合いだ」


 ウドゥンの隣ではリゼが、きょろきょろと客席に視線を向けていた。了承したこととはいえ、先ほどまで誰もいなかった円形闘技場コロセウムに、大量のプレイヤーが押し寄せる光景を見て、彼女もまた緊張してしまっていた。

 一方でリズは、最初こそ戸惑うように固まっていが、やがて溢れるほどに客席を埋め尽くしていく観客達の姿に、彼女の頬は徐々に緩んでいった。


「……くくっ!」


 小さく含み笑いを浮かべた後、彼女は爆発するように笑い声をあげた。


「ぎゃはははは! やっちまったもんは仕方ねーな。ウドゥン!」


 きらきらとした銀色の瞳を、惜しげもなく向けてくるリズ。


「ありがとな!」


 そんな彼女の無邪気な笑顔は、出会ったときから何一つ変わらないものだった。


「……あぁ」


 ウドゥンはぶっきらぼうに答える。リズはそのままマインゴーシュをくるくると回して遊び、右掌を上方に掲げて力を込めた。次の瞬間、そこから漆黒のレイピアが飛び出してくる。その鋭い刃を手にした彼女は、切っ先をリゼへと向けた。


「リゼ、最高のPvPにしよう!」


 微塵も負ける気がないのだろう。その言葉からは、圧倒的な自信が感じ取れた。しかしリゼもまた、力強く頷く。


「……はい」


 彼女もまた、負ける気がしなかった。ウドゥンが――柳楽なぎら和人かずとが、勝てると言ってくれたのだから。





 ウドゥンが無言で2人から離れ、客席へと向かう。近くの階段から客席へと登ると、一帯はすでに見物客が最前列にまで陣取られていた。そんな人ごみで一杯になりかけていた通路の中から、群衆を掻き分け、小柄な男が四苦八苦しながら近づいてきた。


「おい……くそ、どけ! おい、ウドゥン!」

「あぁ、拡散してくれてありがとうよ。シオン」


 シオンはウドゥンと隣にまでやってくると、高揚した様子で話しかけてくる。


「お前! いったい何をしたらこんな状況になるんだよ。リズは……リゼはなんで戦ってるんだ?」

「別に、成り行きだ」

「成り行きなんかでこんなカード見られねーよ。新旧トリニティメンバーの激突、しかも片方はあの【太陽ザ・ハーツ】なんて! 熱すぎるだろ!」


 捲し立ててくるシオンに対し、ウドゥンは興味なさげに聞いた。


「それより、場は立ってるのか?」

「勿論! 賭けの主催はニキータロードの連中が手配してる。俺もニキータに手伝えって言われたけど、面倒だから逃げ出してきた! 外部中継にはクリムゾンフレアの連中が手伝ってくれてるし、実況も――」


『さあて皆の衆――もうすぐ始まるみたいだぜ。さっさとインスピレーションで賭けちまいな!』


 シオンの声をかき消す程の大きさで、テンションの高い男の声が聞こえてきた。いつもはクリムゾンフレアのランカー戦で活躍する実況者の煽りに、円形闘技場コロセウムは沸騰したかのような盛り上がりを見せた。


「――うおい、ウドゥン!」


 大歓声に負けないような大声で、インペリアルブルーのギルドリーダー・ガルガンが声を掛けてきた。彼はその巨体で、観衆の波を掻き分けてきたようだ。

 そんなガルガンの傍には、いつものように凛とした表情のキャスカが侍っていた。

 

「こんなカードを見せてくれるとは、なかなかお前もエンターテイナーだな。黒騎士に堕ちた【太陽ザ・ハーツ】に、真新しい風である【新星スピカ】が戦いを挑む――随分と劇的じゃないか! がはは!」

「そんなんじゃねーよ」

「ウドゥン様」


 隣にいたキャスカが、突然ぐいっと顔を寄せる。彼女はいつも通り氷のように硬い無表情だったが、瞳の奥には静かな怒りの色がみえた。


「なぜリゼを戦わせているのですか? 理由次第では、今すぐ止めます」

「リゼの奴が、自分でやるって言ったんだよ」

「しかし……」


 なおも詰め寄るキャスカを、ウドゥンは右手を突き出して制した。


「負けたらやばいくらい、承知してる」

「それなら……」

「あのな、キャスカ」


 強く睨みつけるキャスカに対し、ウドゥンは不敵な笑みを浮かべた。余裕げな表情の彼に、隣にいたシオンが思わず首をかしげる。


「ウドゥン?」


 ウドゥンはそのままパネルを開くと、素早くある画面を表示させた。それはニキータロードが主催しているという、リズ対リゼのソロマッチに対する賭けの投票画面だった。

 人々が円形闘技場コロセウムにログインし始めて、まだ10分ほどしか経っていないにもかかわらず、その賭け(マッチ)にはすでに前例のないほどの賭け金が集まっていた。


「俺はリゼが負けるなんて、これっぽっちも思っちゃいねーよ」


 そう言ってウドゥンは、おもむろに賭け金を決める画面をキャスカ達に見せびらかせた。そして彼は選択肢をリゼに合わせたあと、『Bet all』のボタンを押した。


「なっ……」

「おい、ウドゥン! 全額って……しかもなんでそんなに持ってんだよ!」


 それは持ち金すべてを賭け金にする選択肢だった。そして彼の現在の持ち金は、100M――1億を超えていた。それは正気を疑うほどに高額な掛け金だった。


「どうせリズに人気が偏るはずだ。不人気のリゼのオッズは二桁近くになるだろ。これでリゼが勝てば、俺もビリオンダラーだな」

「大きく出たな、ウドゥン。がはははは!」


 ガルガンが腹を抱えて笑い出した。その隣で信じられないといった様子で目を見開くキャスカに対し、ウドゥンはきざっぽく両手を開く。


「トリニティの金庫の分も含めた、俺の全財産だ。これでもまだ不安か?」

「……」


 キャスカはすぐにはっとして、再び鋭い視線を向けてきた。ウドゥンはそんな彼女に、諭すような口調で言う。


「この勝負にはリゼに分があることくらい、俺よりキャスカ、お前の方がわかってるだろ。お前はずっと、リゼと一緒に戦ってきたんだからな」


 その言葉を聞いてもまだ、キャスカは不満げな表情のまま、唇をかんでいた。

 伝説のギルド・トリニティの参謀役であり、【智嚢ウィズダム】と呼ばれるウドゥンの予想は、あの予想屋ドクロにも一目置かれるほどの正確さだ。そんな彼が全額を賭けたということは、相応な自信があることが分かる。

 しかしそれでも、キャスカにはウドゥンの主張が信じられなかった。


「……確かにリゼは持っている才能が違います。もはや敵う相手は数人しかいないでしょう。ですが……」


 キャスカは視線を広場の中央に向けた。そこには右手に漆黒のレイピアを、左手に銀色のマインゴーシュを構えたリズが、ニヤニヤと高揚した笑みを浮かべていた。服装は確かに、以前見た黒騎士のものだ。しかしその流麗な立ち姿は、過去にキャスカがアルザスの円形闘技場コロセウムで見てきた、彼女そのものだった。

 いくらリゼに才能があり、この数か月で劇的に強くなっていたとしても、相手はあの【太陽ザ・ハーツ】リズなのだ。


「相手が悪すぎます。あのリズ様が相手では――」

「それだよ」


 ウドゥンが右人差し指をキャスカに向け、鋭く指摘した。


「今回リゼの相手はリズなんだよ。それがすべてだ」


 予想外な反論を受け、キャスカは思わず口をつぐむ。相手がリズだから、それがどうしたというのか。


「相性の問題ってことか?」


 横からシオンが口をはさんできた。一般にナインスオンラインにおけるソロマッチでは、戦闘スタイルの相性が重要だと言われている。今回のカードで、リゼがリズに勝てる要素があるとすれば、攻撃型のリズとカウンター型のリゼという、相性という要素が最初に目についた。


「まあ、それが一番大きい。だけど今回はおそらく、最終的には性格が勝負を決めるだろうな」

「性格……? どういうことですか?」

「要するに、俺がリズの性格を嫌になる程よく知ってるってことだ」


 キャスカ達が揃って首をかしげる。ウドゥンが何を言っているのか、彼女達は理解できなかった。仕方ないといった様子で、ウドゥンが左手でこぶしを握る。


「今回リゼには一つだけ指示を出してる」

「指示?」


 ウドゥンはそこにまるでマインゴーシュを持っているかのように、握りしめた左手を振るった。


「『マインゴーシュの攻撃をジャストガードしてから、フィニッシュを狙え』ってな」

「……」


 キャスカ達の表情が、さらに怪訝なものに変わった。彼らにとって、ウドゥンの指示の内容がまったくナンセンスなものに感じたからだ。

 ガルガンが大きな体を震わせて聞いてくる。


「本気で言っているのか、ウドゥン。マインゴーシュというのは本来、防御用のサブウェポンだぞ?」


 ガルガンが言う通り、マインゴーシュという武器は短剣の一種ではあるが、その用途は大きく守備用に偏っている。それは盾よりも軽い防御用の武具というのが売りであり、本来は攻撃に使用するものではなかった。

 しかしウドゥンは、リゼに『マインゴーシュの攻撃を狙え』と指示していたのだ。


「リズの戦闘スタイルは、レイピアとマインゴーシュによる二刀流だ。お前らも知ってのとおり、圧倒的なレイピア捌きのせいで、リズといえばレイピアという印象が強い。だが実際、あいつのスタイルでキーとなるのはマインゴーシュの方なんだ」


 それは一般的な常識にはない話だった。しかし去年の夏に稼働ローンチした当時のナインスオンラインは、戦闘における有用なスキルや戦術がまだ確立されていない時期だった。その中で活躍していたリズは、今の常識には当てはまらない方法で戦闘を行っていたのだ。


「リズは完璧な攻撃型だが、その攻めパターンはマインゴーシュから始まるコンビネーションが軸になっていた。だから狙うべきなのは起点となるマインゴーシュだし、逆にそこさえ注意すれば、カウンター型のリゼなら十分仕留められるさ」

「……ということはやはり相性の問題なのでは? 性格っていうのは――」

「だから、最終的にはな……まあ見ていればわかる。ほら、始まるぜ」


 そして【太陽ザ・ハーツ】と【新星スピカ】による、最初で最後のPvPが始まった。

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