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Zwei Rondo  作者: グゴム
終章 Zwei Rondo
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10. 思い出

10



「そういえばウドゥン、ギルド名はどうするんだよ」


 円形闘技場コロセウムまで向かう道中、誰もいない大通りを3人で歩いていると、リズはそんなことを聞いてきた。


「どうするって?」

「だってリゼが入って、今は4人になってるだろ。3人になった時も変えたんだから、今度も変えないとおかしいじゃん」

「別に、おかしいって訳じゃないだろ」


 話の流れが分からないリゼが、きょとんとした顔で聞いてくる。


「ギルド名って、トリニティのことですか?」

「そうそう。トリニティってのはセウが入ったから『3』って意味のトリニティに改名したんだ。だからリゼ、お前が入ったから『4』って意味に変えようぜ。たとえばそうだな……クアッドとかどうだ?」

「だから、安易なんだよ、お前のネーミングセンスは」


 ウドゥンがため息をつく隣で、リゼがぶんぶんと首を横に振った。


「私はトリニティという名前が好きなので、私のせいで変えないで欲しいです」

「えー、そうか?」


 不満そうに唇を尖らせるリズに、ウドゥンもまた呆れたように言う。


「前はギルドを作った直後だったからなんでもよかったけど、今回は状況が違うだろ」

「ちぇ。まあお前らがそう言うなら、そうなのかもな」

「どういう意味だよ」


 ウドゥンが聞き返すと、リズはにやりと笑って答えた。


「私はこれからいなくなるんだ。メンバーはまた3人になる訳だし、特にリーダーはウドゥン、お前に任せる。これからトリニティのことは、お前らが勝手に決めろ」


 冗談とも本気とも取れる、いつも通りの明るい口調でリズは言った。リゼはすぐにその意味に気が付き、慌てて取り繕おうと拳を握る。


「リズさん! そういう意味じゃあ――」

「まあ確かに、私もトリニティって名前には結構愛着があるしな。やっぱ変更は無しで!」


 リズはうんうんと頷く。自分で言い始めたくせに、やっぱり変えないでほしいとすぐに態度を翻す。このひらひらと掴みどころの無い性格に、どれだけ振り回されたものかと、ウドゥンは少し懐かしくなってしまった。

 リゼもまた、色々な人から話を聞いていたリズの、等身大の姿を目の当たりにして、想像していた通りだと感じた。


「さて――」


 円形闘技場コロセウムの入り口の前で、くるりと彼女は振り向いた。腰まで伸びた栗色の長髪がふわりと広がり、彼女は腰に手を当てる。


「先に広場で待ってるぜ」


 そう言ってきざっぽく身振りしたリズは、そのまま銀色の瞳をリゼに向け、片目を閉じてウインクをして見せた。そして彼女は、先に円形闘技場コロセウムの中へと消えていった。その後ろ姿を見送りながら、ウドゥンが小さくため息をつく。


「やれやれ。相変わらず余裕だな、あいつは」

「……リズさん、凄い人だね」


 リゼは感心した表情で、入り口に消えていくリズの背中を見つめていた。そんな彼女に、ウドゥンが少し早口で言う。


「リズと戦うのに、一つだけ注意することがある。一度しか言わないから良く聞けよ」

「えっと、うん」


 リゼが慌てて向き直り、こくりと頷くと、ウドゥンは人差し指を立ててみせた。


「今回の戦いでは、マインゴーシュの攻撃をジャストガードしてから、フィニッシュを狙え」

「マインゴーシュ? リズさんの……サブ武器のこと?」

「あぁ」

「うん……わかった」


 リゼは力強く返事をした。実際のところ、どういう考えがあってウドゥンが今の指示を出したのかわからない。しかし彼の考えには必ず意味があるはずだ。彼女は素直に、彼の言葉を心に刻み付けるだけだった。


「それと――」

柳楽なぎら君!」


 何か言いかけたウドゥンに、リゼは不意に言葉をかぶせてしまった。少し間が悪くなってしまったが、それでも彼女は構わず、そのまま彼の顔を見つめた。

 プレイヤーネームではなく、リアルネームを呼ばれたことに驚いて固まるウドゥンに、リゼは一歩近づいて顔を伏せた。そうして黙り込んでしまった彼女を見下ろしながら、ウドゥンは考えを巡らすが、何をして欲しいのかわからず戸惑ってしまった。


「マインゴーシュを狙えっていうのは――」

「ううん」

「……怖くなったんなら、やめてもいいぞ」

「ううん」

「……全部お前に丸投げして……悪いと思ってる」

「ううん、違う」


 ウドゥンは思いつく限りの言葉をかけてみたが、全て否定されてしまう。困ったように髪を掻く彼に、リゼはそっと呟いた。


「ぎゅっと……して」

「えっ?」


 一瞬、言葉の意味が分からなかったウドゥンは、戸惑って固まってしまう。しかし体を小さくし、顔を真っ赤にしながら言うリゼの姿を見て、彼女が何をして欲しいのかようやく理解した。


 ウドゥンが両手を伸ばす。押したら折れてしまいそうな細い肩をそっと掴むと、リゼはびくりと身体を強張らせた。その反応に、一瞬躊躇してしまう。しかし彼女は顔を伏せたまま、じっと動かなかった。

 ウドゥンは小さく深呼吸をし、肩に置いた手を腰に回す。そしてその指に力を込めると、一気にリゼの身体を引き寄せた。


「あ……」


 リゼの口から吐息が漏れる。ウドゥンは右手で引き寄せた身体を包み込み、左手は髪に添えて、彼女の林檎の如く真っ赤になった顔を胸へと導いた。


「これでいいか」

「……うん」

「言っておくが、こういうことはやったことないから」

「私も、されたことないよ」


 ウドゥンの胸元の顔をうずめながら、リゼは小さく笑った。


「……あのね、柳楽なぎら君。もう一回、勝てるって言ってくれる?」


 いまから彼女が挑もうとしている相手は、あの【太陽ザ・ハーツ】リズだ。格付けでいえば、A級トーナメントさえ優勝したことがない自分では、全サーバーで最強と言われたリズには勝てない。それは彼女自身もそう思っていた。

 しかしそれでも、リゼに不安は無かった。目の前にいる、世界で最も信頼している人が、きっと自分が勝つと言っているのだ。

 それだけで彼女は、何でもできるような気がした。


「……お前なら勝てるよ」

「うん」


 リゼがぎゅっと腕に力を込める。長身のウドゥンに抱き着くと、腰のあたりに腕が回ってしまう。ぎこちなくて不恰好で、お世辞にもロマンチックとは言えない抱擁だったが、彼女にとってはそれで満足だった。

 これできっと、自分は戦えるから――


 肩を持たれ、身体から引き離される。ウドゥンはそのまま、リゼの瞳をじっと見つめてきた。


「リゼ。もう一つ、頼みたいことがあるんだ」





 いつもは多くのプレイヤーで賑わう円形闘技場コロセウムだったが、今は誰ひとりいなかった。がらんとした観客席に囲まれて、リズはたった一人、広場の中央で立ち尽くしていた。

 影のように真っ黒なワンピースドレスから伸びた手足は長く、その指先には銀色のマインゴーシュが握られている。編上げのブーツとロンググローブで装飾された、すらりとした立ち姿はとても凛々しく、思わず見とれてしまうほどだった。

 彼女は入場してきたウドゥンとリゼの姿を認めると、にやりと口角をつり上げた。


「覚悟は決まったかい、リゼ」

「……はい」

「あは! かわいい格好だ」


 リゼはワンピース型の軽鎧を着込み、自身の身の丈ほどもある刺突剣エストックを抱えていた。トリニティのギルドカラーである銀色の装備に身を包んだ彼女の姿を見て、リズはうれしげな笑顔を向ける。

 そして彼女は、そのままリゼに寄り添っていたウドゥンに視線を向けた。


「覚えているかい、ウドゥン」

「なにがだよ」

「くくっ! 忘れたとは言わせないぜ。私とお前が初めて出会ったのは、この円形闘技場コロセウムだ」


 その言葉に、ウドゥンは小さく眉を動かした。リズはその表情の変化をめざとく見つけ、にやりと笑みを浮かべる。


「考えてみれば運命的だったな。初めてログインした日、最初にトーナメントで当たってなけりゃ、こうしてお前と知り合えなかったんだから」

「別に、出会いなんて大体そんなもんだろ」


 うっとりとした様子で語るリズに対し、ウドゥンはぶっきらぼうに返す。しかし彼もまた、小さく笑みを浮かべていた。


「それだけじゃないぜ。お前と2人でギルドを作って、すぐにセウが入って3人になった。それからは本当に、毎日楽しかったなあ」

「色々と濃かったな。エリア探索に生産に、スキル上げに素材集めにレアドロップ狩りとその為の張り込み、それにトーナメント攻略――」

「それだ! S級トーナメントの決勝、覚えてるか? ここの観客席がいっぱいに埋まって、全サーバーから見物客が集まって、大歓声が凄く気持ちよかった! 街中で挑まれる野良試合も楽しかったし、大聖堂での連戦なんか超熱かった。8thリージョンのミシラ空中庭園の攻略なんか、傑作だったな!」

「……懐かしいな」

「ほんと、楽しかったなぁ」


 リズがうっとりとした様子でため息ををつくと、ウドゥンはそっと空を見上げた。ゲーム内時刻は夜半だ。屋根が無い構造である円形闘技場コロセウムからは、満天の星空を見ることができる。そんな夜空に散らばる光の粒ほどもある、多くの思い出を共有するリズとウドゥンの姿は、とても素敵だなとリゼは感じた。



「……そろそろやるか」


 リズが不敵な笑みを浮かべて呟いた。余裕げな様子で仁王立ちする彼女の姿を、リゼは真っ直ぐに見つめ返す。


「リズ」


 ウドゥンがぼそりと名を呼んだ。彼はなぜか、右手を身体の前に掲げている。その掌を見て、リズは首をかしげた。


「なんだよ、ウドゥン」

「……やっぱり、こんな寂しい場所はお前には似合わない」


 突然言われた水を差すような言葉に、リズの顔はさらに怪訝なものに変わる。


「はっ? いまさらだな。やっぱりやめるのか?」

「いや……」


 彼は小さく否定して黙り込んだ。しんとした空気が円形闘技場コロセウムに広がり、三人の間に緊張した雰囲気が流れた。







「あれ、僕が最初か」







 その時、円形闘技場コロセウムのどこからか、能天気な声が響いてきた。


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