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Zwei Rondo  作者: グゴム
終章 Zwei Rondo
114/121

7. 四つの椅子

7


『ただいまナインスオンラインでは、全サーバーでサービスを停止しております。詳しくは公式ホームページをご覧下さい。アドレスは――


……



 和人かずとがナインスオンラインを起動すると、目の前にそんなメッセージが表示された。彼は構わずログイン画面の表示を意識する。すると警告メッセージを伴いつつも、いつも見慣れたパスワード入力画面が表示された。

 彼はそれに、黒騎士からのメッセージに記されていた文字列を入力していく。


『認証しました。ナインスオンラインへようこそ』


 ログイン時に流れる定型の合成音声を聞きながら、彼は和人かずとからウドゥンへと(ロール)を代える。

 降り立った場所は、黒騎士と対峙していた路地だった。しんと静まり返ったアルザスの街は、ウドゥンの聞き耳スキルをもってしても、物音一つ聞こえなかった。


「……」


 パネルを確認する。時刻は0時丁度を指しており、日付はすでに次の日に変わっていた。彼はそのままメッセージ機能を使い、二つのメッセージを送信する。一つは黒騎士に、そしてもう一つはログインするタイミングを計っているであろう莉世りせに向けてだった。


 メッセージを打ち終わると、一息つくまもなく、ウドゥンの隣に魔法陣が出現した。キラキラとエフェクトを散らすその中から、銀色の軽鎧を身につけた少女が姿を現す。ツーサイドアップにした栗色の髪をふわりと揺らし、リゼはログインを成功させた。

 彼女は目の前にウドゥンがいるのを確認すると、ほっと息をついた。


「よかった。ちゃんとログインできた」

「……もうあいつにはメッセージしたからな、ギルドホームに行くぞ」

「うん」





 ギルドホームのラウンジの中央には、大きな円卓が設置されていた。その周りを今は、四つの椅子が囲んでいる。もともとリゼが加入した時には三つだったのだが、前に彼女が買い足していたのだ。

 それらの椅子には、それぞれ所有者がいる。薄いブラウンの椅子がリゼのもので、向かいにある深いブラウンの椅子がセウイチのもの。影のように暗いダークブラウンの椅子がウドゥンのものであり、そしてファンシーな雰囲気の白い椅子が、リズのものだった。


「せっかくリズさんがくるのに、セウさんがいないのが残念だね」


 リゼが濃いブラウンの空椅子に目をやりながら言った。いつもは誰も利用しないトリニティのギルドホームに、久しぶりにギルドリーダーが帰ってくるのだ。できれば全員揃って迎えたかったなと、リゼは思った。


「セウはあんな状態だから、仕方ないだろ」

「でもでも、トリニティが全員揃うのって、去年以来なんでしょ?」

「まあな……」


 ウドゥンはパネルを操作しながら、おざなりに返事をした。何をしているのかとリゼはすこし不思議に思ったが、彼がパネルをいじっているのはいつものことなので、構わず会話を続ける。


「私がトリニティに入っていることを知ったら、リズさん嫌がらないかな」

「嫌がる? なぜだ」

「だって、私はリズさんのいない間に入った、部外者みたいなものだし」

「はっ」


 ウドゥンはあきれたように鼻で笑った。


「あり得ないな。アイツはそんな神経質な奴じゃない。開放的で人懐っこくて、底なしに能天気な奴だよ」

「そっか」

「それに、お前は俺が入れたんだ。リズなんかに文句は言わせない」


 真顔でいうウドゥンの言葉に、リゼは少し顔を赤らめてしまう。深い意味はないのだろうが、その言葉は彼女にとって、嬉しくなってしまうものだった。


 その時突然、ウドゥンがラウンジの入り口あたりを睨みつけた。


「どうして隠れてるんだ、リズ」

「えっ?」


 リゼが素っ頓狂な声を上げる。慌てて彼が視線を向けた方向を見るが、そこには誰もいない部屋の入り口が通路へと続いていた。リゼの表情が怪訝なものへと変わる。


「……くくっ」



 しかしすぐに入り口の辺りから、押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

 次の瞬間、漆黒のワンピースドレスと真白な仮面を身につけた女性が、何も無い場所から唐突に現れた。彼女は影の中から、突然姿を現したのだ。


「さすがだな」


 黒騎士は嬉しげな声色でそういうと、そのまま右手を仮面にかけた。そしてゆっくりとした動作でそれを剥ぐと、中からは笑顔の女性が現れた。

 長いまつげと銀色をした大きな瞳、そして女性としては高い身長に、外向きに跳ねている栗色の長髪(ロングヘアー)をした、可愛いというより勇ましいという言葉の似合う女性だった。


「あっ……」


 リゼが思わず息を飲む。実際に目の前にするのは初めてだが、見た瞬間彼女は直感した。まぎれもなく、この人こそがリズなのだ、と。


「邪魔する気はなかったんだが、わるかったなウドゥン」

「別に、『不可視』なんか使ってくる時点で、警戒してたんだろ?」


 ウドゥンが何でもないように言うと、リズは腰に手を当てながら答えた。


「まあ、色々あってな。でもまさか『不可視』がバレるとは思わなかった。いつの間に(フリー)を放ってたんだ?」


 ウドゥンは無言で人差し指を立てた。するとリズの身につけた漆黒のワンピースドレスの肩のあたりから、ゴマのように小さな生物が飛び出してきた。

 ウドゥンの使い魔である、蚤のフリーだった。喜びを全体で表現するように、フリーはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ウドゥンの指に帰還した。


「最後にお前と戦った時だよ。影矢をかすらせた時だ」

「あは! なるほどね」


 弾けるような笑顔を見せるリズ。もっと重たい場になると覚悟していたリゼは、明るい様子で会話する彼女の姿に少し拍子抜けしてしまった。


「とりあえず最初に、忘れ物を返しとくぜ」


 ウドゥンはそう言って、パネルから銀色のマインゴーシュを取り出し、それをリズに向かって放り投げた。くるくると回転しながら放物線を描くそれを、彼女は簡単にキャッチしてみせる。

 短剣を受け取ったリズは、鼻歌でも歌いそうな上機嫌で言った。


「私のマインゴーシュじゃん。どこにあった?」

「ミシラ空中庭園で拾ったんだよ」

「そうかそうか。ふふっ、ありがとう」


 リズは受け取ったマインゴーシュを腰のあたりに身に着けると、そのままゆっくりと歩み寄ってきた。彼女は不敵な笑みを浮かべながらも凛と構え、その雰囲気は自信に満ち溢れて堂々としていた。特に身長はモデル並みに高く、彼女が円卓の傍まで来ると、リゼは随分と顔を上げなければならなかった。


「改めて、久しぶり……ってワケでもないか。昨日会ったもんな。でもまあ、会えて嬉しいよウドゥン」

「俺もだ。まったく、なかなか帰ってこねーと思っていたら、とんでもないことをしてくれやがって」

「そう言うがよー」


 彼女は肩を広げる仕草をしながら、白色の椅子を乱暴に引いてそれに腰掛ける。そして両足を投げ出して、だるそうに背もたれにのしかかった。


「私にとっては、今日が何日なのかもいまいち分からないんだぜ? なにせログアウトできないどころか、そもそも記憶が曖昧すぎて、わけわからないからな」

「今日は7月24日だよ。いや、25日になったのか」

「うへぇ。そんなに経ってるのか」


 舌を出してうんざりするリズに、ウドゥンが質問する。


「お前、どの辺りまで記憶を持ってるんだ?」

「んー? 元々の私だった頃の記憶は、黒騎士と戦ったところまでかな。ようするにクリスマスイブまでだ」


 リズはなんでもない様に言った。その表情にとくに悲壮感は無かった。ただ彼女は久しぶりに会ったウドゥンと、何気ない会話を楽しんでいるように見えた。

 しかし一方のウドゥンは、彼女の答えを聞いてひどく表情を暗くしてしまった。


「やっぱりか」

「その調子じゃあ、どうやら私の家に行ってきてくれたみたいだな。元気だったか? 本物の私は」


 リズはただ、土産話を催促するように無造作に聞いてきた。その言葉に、リゼは思わず眉をひそめてしまう。ウドゥンが言っていたように、彼女は自分の身に起きていることに気がついていないことが、分かってしまったから。

 こうなると、これから自分達が彼女に伝える事実はとても重たいものになる。それはこれ以上ないほどに、取り返しのない現実だった。


 ウドゥンはゆっくりと息を吸い、やがて意を決した。


「お前は……六条いずなは、現実世界ですでに死んでいた」

「……は?」


 リズは大きな瞳をじっとウドゥンに向け、口を開けたまま固まった。


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