表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Zwei Rondo  作者: グゴム
終章 Zwei Rondo
113/121

6. 告白

6


 一瞬、その質問の意味が分からなかった和人かずとだったが、やがて大きく顔をしかめた。


「……勝つ負けるの問題じゃない。危険すぎる。もし負けたら下村先輩みたいに、意識不明になるかもしれないんだぞ」

「そうじゃないの。単純にナインスオンラインの中で、私とリズさんがソロマッチで戦ったら、その時はどっちが勝つと思う?」


 同じ質問を繰り返され、和人かずとは再び困惑してしまう。なぜ彼女がこんなことを聞いてくるのか、意味が分からなかった。莉世りせの表情を窺ってみるが、必死な様子であること以外は何も読み取れない。


「リズさんが強いのはキャス達から聞いてるし、実際に昨日みんなで戦った時は怖くてしかたがなかった。それでも柳楽なぎら君、私なら――」

「――待て」


 言いかける莉世りせの目の前に、和人かずとはその手のひらを突き出した。彼女の言いたいことを、彼がようやく把握した合図だった。

 しかし彼女が提案しようとしている手段は、和人かずとにとって絶対に使いたくない方法だった。


「……黒騎士リズ消去(デリート)する為に、お前を戦わせるのだけは、絶対にだめだ」

「どうして!?」


 リゼをリズと戦わせる――和人かずとは先日、黒騎士に追い詰められた時に、最後の手段としてその手を思いついた。しかしそれはあまりにも人任せで無責任な行為だと考え、すぐに否定していたのだ。

 確かに彼女は、リズに匹敵する才能を持つプレイヤーだ。さらに和人かずとは、ある確信に近い考えも持っていた。しかしだからといって莉世りせを、負けたら意識不明に陥ってしまうかもしれない相手にけしかけることは、下村(セウイチ)を失った直後の彼には不可能だった。


「俺はもう、仲間を失いたくはない」


 和人かずとの悲しそうな声に、莉世りせは思わずたじろいでしまう。それは見たことも無いほどに、消沈した声だった。


「……直前に見たクリムゾンフレアとの戦闘と、セウの実力。俺とセウとの連携と、リズを媒介にした黒騎士の行動パターン。それにリゼ、お前の力まで借りれば、前の戦いは確実に勝てると踏んでいたんだ。だけどその結果、俺はセウをあんな目にあわせてしまった」


 和人ウドゥンは先日大規模戦闘(インベイジョン)にて、下村セウイチ莉世リゼの三人で黒騎士に挑んだ。確実に勝てる公算のもとで戦いを挑んだにも関わらず、結果は惨敗だった。一歩間違えれば、三人ともが意識不明に陥っていたのだから。

 和人かずとは顔をうつむけると、悲壮感を漂わせて言った。


「セウをあんな目にあわせたのは、俺の読みが甘かったからだ。だからけじめは……俺が自分でつける」


 ウドゥンは戦闘が余り得意ではないが、その代わり戦況分析には自信を持っていた。しかしその読みを大事なところではずしてしまった彼は、これまでに感じたことのない罪悪感に襲われていた。

 この責任は、自分でとらなければならない。彼はそう考えていた。


「ずるいよ……柳楽なぎら君」

「なんだと?」


 和人かずとが思わず声を荒らげて聞き返す。しかし莉世りせは怯むことなく、その瞳を向けてきた。


「私は、柳楽なぎら君のことが好き」

「……は?」


 和人かずとの目が大きく見開かれる。口をぽかんとあけ、ぼーっと莉世りせの顔を見つめ返していた。突然の告白に、完全に思考を停止させてしまっていた彼に対し、莉世りせは小さく唇を噛んで、続ける。


「私は柳楽なぎら君がいなくなるのは、絶対にいや」

「……いや、ちょっと待て」

「もしも柳楽なぎら君が戦うことになるなら、私が代わりに戦う」

「だから、まだ戦うと決まったわけじゃあ――」

柳楽なぎら君!」


 莉世りせはぐっと身体を寄せた。強い意志のこもった瞳を向け、ほんの少しだけ紅潮した頬を隠さずに、彼女は言った。


「私とリズさん、戦ったらどっちが勝つ?」


 和人かずとは思わず、息を飲んでしまう。莉世りせの迫真さにひるんだ彼だったが、すぐに頭を抱えこんだ。

 

「……勝負事に絶対なんてないんだ。どっちが勝つかなんて言いきれねーよ」

「でもでも、柳楽なぎら君よりはましだよ。だって、私のほうが絶対強いもん」

「……お前、言う様になったな」


 思わず苦笑いをする和人かずと。最初に出会った頃は、右も左も分からない初心者だった彼女が、自分よりも強いと言い切ったのだ。確かに出会った当時はともかく、今の彼女と戦えば一瞬で負けてしまうだろう。それは和人かずとも理解しているが、それを彼女自身から、しかもここまで自信満々に言われるとは思っていなかった。


「もう一度聞くよ、柳楽なぎら君。私とリズさん、戦ったらどっちが勝つ?」


 強い意志を込めて聞いてくる莉世りせ。頭一つ以上も小さな少女が、凛とした意思をこめて聞いてくる姿を見下ろしながら、和人かずとは考えをめぐらせた。

 戦わせないほうがいい。それは分かっている。だが――


「リズが相手なら……お前が勝つ」


 和人かずとは自分でも驚くほど確信を持って答えていた。その質問の答えは彼が、ずっと前から考えていたことだったから。


 リズとリゼ――2人が同時にナインスオンラインをプレイしたことは無い。リズが失踪した後に、リゼがプレイを始めた為だが、一方で和人かずとにとっては2人とも身近な存在だった。リズはゲームを始めた頃から一緒に戦ってきたし、リゼもまた始めた直後からその成長を見守っていたのだから。

 そんな2人の戦いを目の前で見てきた和人かずとには、ある確信があった。それはリゼがリズに勝てる公算は低くない。むしろ十分といっていいほどに、リゼに勝算があるというものだ。彼は以前から、そんな考えを持っていた。


「……本当?」


 自分で聞いた莉世りせのほうが、信じられないといった様子で目を見開いていた。だめもとで、少しでも勝てる可能性があるならと思って聞いたのに、可能性どころか断言されてしまったのだ。

 きょとんとする莉世りせを見て、和人かずとはぽりぽりと髪の毛を掻きながら付け足した。


「もしもトーナメントでやり合ったなら、賭け(マッチ)はお前に賭けるくらいには本気だよ」


 その言葉を聞くと安心したのか、莉世りせはぱあっと明るい笑顔になった。そしてそのまま、くすくすと笑いだす。


「ふふ……あはは!」

「……満足か?」


 莉世りせは嬉しそうに笑いながら、こくこくと頷いた。少しだけ濡れた目じりをぬぐいながら、彼女は言う。


「決まりだね。一緒に行こう」

「……お前も、そうとうな物好きだな」

「ううん。柳楽なぎら君ほどじゃないよ」


 その返しに、和人かずとは『そうかもな』といって笑っていた。





「……帰るか」

「うん」

 

 2人は河川敷から上がり、元の道を歩き出した。その途中、パネルを操作しながら歩く和人かずとが、視線をそれに向けたまま言った。


「今日の24時、とりあえず俺が先にログインしてみる。大丈夫そうならメッセージするから、お前はその後ログインしろ」

「帰ってすぐにログインしないの?」

「……一応、不正ログインをすることになるからな。深夜の方がいいだろ」

「そっか。うん。わかった」


 すでに和人かずとは、これからナインスオンラインにログインし、リズと会うことで頭がいっぱいのようだ。集中した表情でパネルを見つめる彼の横顔は、これまでも何度か見たものだった。


「あぁそうだった。さっきの返事なんだが」


 和人かずとが突然、わざとらしく言った。莉世りせは目をぱちくりと見開き、息を止める。


「お前のこと、好きか嫌いかで言えば好きだと思う。ただそれが恋愛感情なのかどうかは、よくわからないんだ。それに……」


 彼は視線をパネルに向けたまま、ぼそぼそと不明瞭に呟いた。莉世りせはそれに、の後の言葉は聞こえなかったが、言いたいことはすぐに分かった。

 それはきっとリズのことだろう。半年間ずっと片思いをしていた相手に、彼はこれから会いに行くのだ。その直前に別の女子から告白されても、困ってしまうことくらいはすぐに想像ができた。

 そのことに気がついた莉世りせは、少しだけ申し訳ない気分になってしまった。


「……まあいいや。とにかく――」


 和人かずとは小さくため息を吐く。そしてゆっくりとパネルから顔を上げ、莉世りせを見つめた。


「とりあえず今のままの関係じゃだめか? その内に気持ちの整理がついたら、俺からまた言うよ」

「……うん」


 莉世りせは顔を真っ赤にしながら頷いた。告白に成功したわけでもないのに、なぜかとても嬉しくなっている自分に、少し驚いてしまった。


「あの、柳楽(なぎら)君」

「なんだ」

「……えっとね、リズさんの話を聞かせてくれない?」

「リズの?」


 莉世りせがそう言うと、和人(かずと)は意外そうに目を見開いた。彼女にはその表情はなぜか、ひどく可愛らしく思えた。


「うん。出会った時のこととか、トリニティで遊んでいる時のこととか、なんでもいいから」

「別に、面白くもなんともないぞ」

「ううん。そんなこと無いって。なんでもいいから、リズさんのことを知りたいの」

「……」


 見つめてくる莉世(りせ)に対し、和人かずとはしばらく口に手を当てて考え込んだ。やがて彼は、ぼそぼそとぶっきらぼうに話し始めた。


「リズと初めて会ったのは、確か稼動日ローンチの2日後だ。円形闘技場(コロセウム)で俺がH級トーナメントの受付を終えて時間を潰していたら――」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ