6. 告白
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一瞬、その質問の意味が分からなかった和人だったが、やがて大きく顔をしかめた。
「……勝つ負けるの問題じゃない。危険すぎる。もし負けたら下村先輩みたいに、意識不明になるかもしれないんだぞ」
「そうじゃないの。単純にナインスオンラインの中で、私とリズさんがソロマッチで戦ったら、その時はどっちが勝つと思う?」
同じ質問を繰り返され、和人は再び困惑してしまう。なぜ彼女がこんなことを聞いてくるのか、意味が分からなかった。莉世の表情を窺ってみるが、必死な様子であること以外は何も読み取れない。
「リズさんが強いのはキャス達から聞いてるし、実際に昨日みんなで戦った時は怖くてしかたがなかった。それでも柳楽君、私なら――」
「――待て」
言いかける莉世の目の前に、和人はその手のひらを突き出した。彼女の言いたいことを、彼がようやく把握した合図だった。
しかし彼女が提案しようとしている手段は、和人にとって絶対に使いたくない方法だった。
「……黒騎士を消去する為に、お前を戦わせるのだけは、絶対にだめだ」
「どうして!?」
リゼをリズと戦わせる――和人は先日、黒騎士に追い詰められた時に、最後の手段としてその手を思いついた。しかしそれはあまりにも人任せで無責任な行為だと考え、すぐに否定していたのだ。
確かに彼女は、リズに匹敵する才能を持つプレイヤーだ。さらに和人は、ある確信に近い考えも持っていた。しかしだからといって莉世を、負けたら意識不明に陥ってしまうかもしれない相手にけしかけることは、下村を失った直後の彼には不可能だった。
「俺はもう、仲間を失いたくはない」
和人の悲しそうな声に、莉世は思わずたじろいでしまう。それは見たことも無いほどに、消沈した声だった。
「……直前に見たクリムゾンフレアとの戦闘と、セウの実力。俺とセウとの連携と、リズを媒介にした黒騎士の行動パターン。それにリゼ、お前の力まで借りれば、前の戦いは確実に勝てると踏んでいたんだ。だけどその結果、俺はセウをあんな目にあわせてしまった」
和人は先日大規模戦闘にて、下村と莉世の三人で黒騎士に挑んだ。確実に勝てる公算のもとで戦いを挑んだにも関わらず、結果は惨敗だった。一歩間違えれば、三人ともが意識不明に陥っていたのだから。
和人は顔をうつむけると、悲壮感を漂わせて言った。
「セウをあんな目にあわせたのは、俺の読みが甘かったからだ。だからけじめは……俺が自分でつける」
ウドゥンは戦闘が余り得意ではないが、その代わり戦況分析には自信を持っていた。しかしその読みを大事なところではずしてしまった彼は、これまでに感じたことのない罪悪感に襲われていた。
この責任は、自分でとらなければならない。彼はそう考えていた。
「ずるいよ……柳楽君」
「なんだと?」
和人が思わず声を荒らげて聞き返す。しかし莉世は怯むことなく、その瞳を向けてきた。
「私は、柳楽君のことが好き」
「……は?」
和人の目が大きく見開かれる。口をぽかんとあけ、ぼーっと莉世の顔を見つめ返していた。突然の告白に、完全に思考を停止させてしまっていた彼に対し、莉世は小さく唇を噛んで、続ける。
「私は柳楽君がいなくなるのは、絶対にいや」
「……いや、ちょっと待て」
「もしも柳楽君が戦うことになるなら、私が代わりに戦う」
「だから、まだ戦うと決まったわけじゃあ――」
「柳楽君!」
莉世はぐっと身体を寄せた。強い意志のこもった瞳を向け、ほんの少しだけ紅潮した頬を隠さずに、彼女は言った。
「私とリズさん、戦ったらどっちが勝つ?」
和人は思わず、息を飲んでしまう。莉世の迫真さにひるんだ彼だったが、すぐに頭を抱えこんだ。
「……勝負事に絶対なんてないんだ。どっちが勝つかなんて言いきれねーよ」
「でもでも、柳楽君よりはましだよ。だって、私のほうが絶対強いもん」
「……お前、言う様になったな」
思わず苦笑いをする和人。最初に出会った頃は、右も左も分からない初心者だった彼女が、自分よりも強いと言い切ったのだ。確かに出会った当時はともかく、今の彼女と戦えば一瞬で負けてしまうだろう。それは和人も理解しているが、それを彼女自身から、しかもここまで自信満々に言われるとは思っていなかった。
「もう一度聞くよ、柳楽君。私とリズさん、戦ったらどっちが勝つ?」
強い意志を込めて聞いてくる莉世。頭一つ以上も小さな少女が、凛とした意思をこめて聞いてくる姿を見下ろしながら、和人は考えをめぐらせた。
戦わせないほうがいい。それは分かっている。だが――
「リズが相手なら……お前が勝つ」
和人は自分でも驚くほど確信を持って答えていた。その質問の答えは彼が、ずっと前から考えていたことだったから。
リズとリゼ――2人が同時にナインスオンラインをプレイしたことは無い。リズが失踪した後に、リゼがプレイを始めた為だが、一方で和人にとっては2人とも身近な存在だった。リズはゲームを始めた頃から一緒に戦ってきたし、リゼもまた始めた直後からその成長を見守っていたのだから。
そんな2人の戦いを目の前で見てきた和人には、ある確信があった。それはリゼがリズに勝てる公算は低くない。むしろ十分といっていいほどに、リゼに勝算があるというものだ。彼は以前から、そんな考えを持っていた。
「……本当?」
自分で聞いた莉世のほうが、信じられないといった様子で目を見開いていた。だめもとで、少しでも勝てる可能性があるならと思って聞いたのに、可能性どころか断言されてしまったのだ。
きょとんとする莉世を見て、和人はぽりぽりと髪の毛を掻きながら付け足した。
「もしもトーナメントでやり合ったなら、賭けはお前に賭けるくらいには本気だよ」
その言葉を聞くと安心したのか、莉世はぱあっと明るい笑顔になった。そしてそのまま、くすくすと笑いだす。
「ふふ……あはは!」
「……満足か?」
莉世は嬉しそうに笑いながら、こくこくと頷いた。少しだけ濡れた目じりをぬぐいながら、彼女は言う。
「決まりだね。一緒に行こう」
「……お前も、そうとうな物好きだな」
「ううん。柳楽君ほどじゃないよ」
その返しに、和人は『そうかもな』といって笑っていた。
◆
「……帰るか」
「うん」
2人は河川敷から上がり、元の道を歩き出した。その途中、パネルを操作しながら歩く和人が、視線をそれに向けたまま言った。
「今日の24時、とりあえず俺が先にログインしてみる。大丈夫そうならメッセージするから、お前はその後ログインしろ」
「帰ってすぐにログインしないの?」
「……一応、不正ログインをすることになるからな。深夜の方がいいだろ」
「そっか。うん。わかった」
すでに和人は、これからナインスオンラインにログインし、リズと会うことで頭がいっぱいのようだ。集中した表情でパネルを見つめる彼の横顔は、これまでも何度か見たものだった。
「あぁそうだった。さっきの返事なんだが」
和人が突然、わざとらしく言った。莉世は目をぱちくりと見開き、息を止める。
「お前のこと、好きか嫌いかで言えば好きだと思う。ただそれが恋愛感情なのかどうかは、よくわからないんだ。それに……」
彼は視線をパネルに向けたまま、ぼそぼそと不明瞭に呟いた。莉世はそれに、の後の言葉は聞こえなかったが、言いたいことはすぐに分かった。
それはきっとリズのことだろう。半年間ずっと片思いをしていた相手に、彼はこれから会いに行くのだ。その直前に別の女子から告白されても、困ってしまうことくらいはすぐに想像ができた。
そのことに気がついた莉世は、少しだけ申し訳ない気分になってしまった。
「……まあいいや。とにかく――」
和人は小さくため息を吐く。そしてゆっくりとパネルから顔を上げ、莉世を見つめた。
「とりあえず今のままの関係じゃだめか? その内に気持ちの整理がついたら、俺からまた言うよ」
「……うん」
莉世は顔を真っ赤にしながら頷いた。告白に成功したわけでもないのに、なぜかとても嬉しくなっている自分に、少し驚いてしまった。
「あの、柳楽君」
「なんだ」
「……えっとね、リズさんの話を聞かせてくれない?」
「リズの?」
莉世がそう言うと、和人は意外そうに目を見開いた。彼女にはその表情はなぜか、ひどく可愛らしく思えた。
「うん。出会った時のこととか、トリニティで遊んでいる時のこととか、なんでもいいから」
「別に、面白くもなんともないぞ」
「ううん。そんなこと無いって。なんでもいいから、リズさんのことを知りたいの」
「……」
見つめてくる莉世に対し、和人はしばらく口に手を当てて考え込んだ。やがて彼は、ぼそぼそとぶっきらぼうに話し始めた。
「リズと初めて会ったのは、確か稼動日の2日後だ。円形闘技場で俺がH級トーナメントの受付を終えて時間を潰していたら――」




