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Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
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18. 依頼

18


 ニャーと間延びした声の方向に、2人は視線を向けた。すると歩み寄る黒騎士の前に、特徴的な鍵尻尾をした黒猫が座っていたのだ。

 その黒猫は前足で顔を洗いながら、大きな銀色の瞳をクリクリと瞬かせていた。


「クーネ……?」


 リゼが思わずつぶやく。そこにいたのはリゼのペットである、黒猫のクーネだった。先程までリゼが連れていたクーネは、コンテストの終了後にギルドホームに戻っておくように指示を出していたはずだった。

 しかしその黒猫が、先程までいなかった路上に突然出現していた。呆然とするリゼと同じく、一瞬驚いたウドゥンだったが、すぐに黒猫クーネの持つスキルの一つを思い出した。


「不可視……か」


 完全に姿を消してしまう隠密スキル――クーネはそれを使用して黒騎士の傍に現れたようだ。しかしなぜ、指示もしていないのにこんな場所にやってきたのかまでは分からなかった。

 黒猫クーネはウドゥン達からそっぽを向くと、くるりと振り向いて黒騎士を見上げた。一方で突如目の前に現れた黒猫に驚いたのか、黒騎士は氷のように固まっている。立ち尽くす黒騎士に向かって、クーネはゆっくりと近づいた。


「クーネ!」


 思わず、リゼは悲鳴を上げた。今の黒騎士に近づくのは危険だ――彼女は反射的にそう思ったのだ。

 しかしクーネ構わずにとことこと歩み寄る。それはためらいなく、まるで自身がこの場の支配者であるかのように、堂々とした姿だった。一方の黒騎士は、その仮面に隠された視線を黒猫に向けたまま立ち尽くしていた。


「――」


 黒騎士の足もとまで歩み寄ったクーネが、もう一度ニャーと鳴いた。そして次の瞬間、ウドゥン達は信じられない光景を目にした。


「なっ……」


 真っ黒な毛で覆われたその身体が黒騎士の影に沈み込んでいったのだ。映画の変形モーフィングでも見ているかのように、黒猫クーネは影に溶け込んでいった。

 その奇妙な光景を、ウドゥンとリゼは呆然としながら見つめることしかできなかった。


「うぅ……」


 クーネが影に完全に溶け込むと、黒騎士は左手で頭を抱えてしまう。同時にレイピアを取り落とし、顔をうつむかせた。同時に先程まで発せられていた刺すような殺気がやわらぎ、急に弛緩した空気が周囲を包んだ。

 なにが起きたのか理解できないウドゥンとリゼが、警戒しながら黒騎士の様子を窺っていると、やがて彼女は小さく呟いた。


「……やっぱり、こうなったか」


 突然発せられた言葉――それは聞き覚えのある声だった。ウドゥンがびくりと身を震わせる。


「お前――」

「ウドゥン」


 飛びかかるように叫びかけたウドゥン。そんな彼を制止するように、黒騎士は右掌をむけた。彼女は、逆の手を白い仮面に添えて言う。


「頼みがある」


 その言葉にウドゥンは口をつぐむ。ようやく口を開いた黒騎士に、聞きたいことはいくらでもある。しかし黒騎士は不気味な無表情の仮面と、凛とした立ち姿は、有無を言わせない空気だった。

 彼女は大きく深呼吸をする。そのままゆっくりとした動作で、現在の状況を確認するように周囲を一瞥した。そしてようやく喋り出そうとした瞬間、彼女は驚いたように身体をびくつかせた。


「……時間が無いみたいだな」

「えっ?」

「なに?」


 リゼとウドゥンが素っ頓狂な声をあげる。時間が無い――何のことを言っているのか、2人には一瞬理解できなかった。しかし次の瞬間、2人の目の前に運営からの緊急アナウンスを知らせるパネルが開いた。


『ただ今、一番街にて予期せぬ不具合を確認しております。これに伴いプレイヤーの皆様の安全確保のため、全プレイヤーを緊急ログアウトさせることに決定しました。この処理は30秒後に自動で行われます。今すぐログアウトが可能なプレイヤーは、それぞれでログアウト処理を行いますようお願い致します』


「これは……」

「ログアウト……?」


 緊急ログアウトの実施を知らせる掲示に対し、ウドゥンとリゼは面を喰らってしまう。インベイジョンの真っ最中だというのに、突然全プレイヤーの接続を強制的に切断するなど、聞いたこともなかった。

 しかし告知が来た以上、ログアウトさせられるのは時間の問題だ。焦った様子をみせる2人に、黒騎士は早口で(まく)し立てた。


「現実世界で、探してほしい奴がいる」

「探してほしいだと? お前、何を――」

「住所やらの詳しいことは後でなんとかしてメッセージで送る。とにかくそいつと会って、ナインスオンラインにログインするように頼んできてほしい」

「……誰なんだよ」


 一方的に話す黒騎士に、ウドゥンは少しイラついた様子で答えた。もう強制ログアウトは目前に迫っている。ようやく黒騎士と会話できたというのに、意味不明なことを話す彼女がまどろっこしかった。

 焦った様子のウドゥン、そして不安げに視線を向けるリゼに対し、黒騎士は小さくため息を吐いてから言った。


「六条いずな……リズの中の人だ」

「なに……」

「リズ……さん?」


 予想外の発言に、ウドゥンとリゼは思わず言葉を失った。目の前の黒騎士が、なぜリズの中の人を探せと依頼してくるのか、理由が全く分からなかった。

 混乱する2人を前にしながら、黒騎士は自嘲するように小さく肩をすくめる。


「お前しか、頼めるやつがいないんだ」

「待て。そんなことを頼むってことは、お前はリズじゃなのか?」

「……」

「リズじゃないとしたら、お前は一体――」


 その言葉が最後だった。言いかけたウドゥンの言葉は、強制ログアウトにより拡散する。目の前の景色が一瞬にして、一番街の通りから真っ黒な空間へと変化する。

 最後の瞬間黒騎士は、漆黒のワンピースドレスから伸びた細い腕を寂しげに上げて、2人を見送っていた。


「待て! 待ってくれ――」


 その言葉はウドゥンの口からではなく、VR機を身につけた和人かずとのものとして発せられた。ベッド上で意識を覚醒させた和人かずとは、代わり映えしない自身の部屋にいることを認識した。


 彼は固く握った拳を、ベッドに叩きつけることしかできなかった。







『サービス停止のお知らせ


 本日行われた特別インベイジョンにおいて、予期しない不具合が発生しました。これに伴いナインスオンラインはサービス無期限停止いたします。詳細が分かり次第、皆様に報告をいたしますので、何卒ご理解のほどをおねがいします。


 ……     』




■ 


(六章『黒騎士の侵攻』・終)

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