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Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
106/121

17. 激闘

17


 イベントが始まり、すでに数十人を斬り殺した。

 意識のあるプレイヤーをキルするたびに、一瞬だけ満たされる飢餓感。

 儚く消えてしまうその充足感は、何度も繰り返しても満ち足りない。

 すぐに飢餓感が耐え切れなくなり、手近なプレイヤーを襲う。

 そんな切りの無い無限ループから、彼女は抜け出せずにいた。

 すでに時間の感覚さえ無くなったが、いまはなぜか懐かしさを感じる。

 その原因が目の前に立ちふさがる3人組のせいだという事実に、彼女は気がつけずにいた。





「――ってことだ。そこを狙い澄ませ」

「了解」

「たぶん、わかった」


 ウドゥンが説明を終えると、2人は短く返事をした。すぐにセウイチが、大斧と両手剣を一振りづつ持って進み出る。


「さて、やりますか」

「……あぁ」

「私はここにいればいいんだよね?」


 リゼが黒騎士を見つめながら確認した。彼女はエストックを強く握り、ウドゥンの隣で祈るようにそれを構えた。


「あぁ。俺の傍から離れるな。集中を切らすなよ」

「うん」


 力強く頷くリゼを横目に、ウドゥンは前に立つセウイチに声をかけた。


「セウ、頼んだぜ」

「あはは! まあ任せとけって」


 セウイチは黒騎士と対峙すると、両手を開いておどけるように言った。


「さて、君は何者だい? もし良かったら教えてくれると嬉しいんだけど」

「……」


 セウイチがおどけた調子で呼びかけるが、やはり黒騎士は答えない。代わりに白い仮面の下から、刺すような気配を向けられるだけだった。漆黒のワンピースドレスの、まるで悪魔のように不吉なそのシルエットからは、話し合いに応じそうな気配は微塵もなかった。

 セウイチは小さく息を吐いて、武器を構える。


「仕方がないね。それじゃあ、やろうか――」


 セウイチが言い切る前に飛び出す。右手左手それぞれで重量級の武器を掲げると、まずは大斧のほうを振り下ろした。黒騎士はそれを小さく身をよじってかわす。


「よっと!」


 セウイチは続けてもう片方の大剣を振るった。一撃目はかわした黒騎士だったが、横なぎに振るわれる二撃目までは避け切れず、代わりに手にしたレイピアを構える。


 キン――


 レイピアの切っ先は完璧なタイミングで大剣をとらえた。黒騎士の完璧なインパクトガードは、セウイチの体勢を大きく崩した。


 ガガン――


 瞬間、黒騎士の足元に黒いボルトが突き刺さる。行動を限定するクロスボウのトリック・影縫いの一撃に、黒騎士はその場にはりつけにされてしまった。

 隙となる硬直時間を、ウドゥンの援護によりやり過ごしたセウイチは、すばやくパネルを操作して新しい武器――大槍ランス短剣ナイフを取り出す。そのまま大槍を黒騎士に向かって投げつけた。

 黒騎士は上体だけを大きくそらして、その攻撃を回避してみせる。


「やっほ」


 セウイチはにこりと笑って、黒騎士の懐に入り込んだ。手を伸ばせば触れ合えるほどの距離で、彼は素早く短剣ナイフを構える。

 相手の得物であるレイピアの間合いに持ち込まないため、超近距離武器である短剣ナイフを選択したセウイチ。彼の狙い通り、2人は互いの懐に侵入しての接近戦に突入した。


「はぁ!」


 セウイチは短剣ナイフを持つ手とは逆の手で、黒騎士の顎に掌打を打ち込む。黒騎士がそれを上体をそらせて避けると、セウイチは続けてナイフを腹部に放り込んだ。

 しかし黒騎士はそれも紙一重で避けると、カウンターにセウイチの胸部を狙ってレイピアを振るう。セウイチは一気に上体を落とし、這いずるような低い体勢をとって回避する。黒騎士がひざまづいた彼を蹴り上げようとした瞬間、彼女は目の前に木製のボルトが迫っていることに気が付いた。

 セウイチの回避行動に合わせた、絶妙なタイミングでのウドゥンの援護だった。


「……」


 黒騎士が無言でそれをレイピアで叩き落とす。しかしその一瞬の隙を逃さず、セウイチは黒騎士の脚を短剣でえぐった。ロングブーツに刃が突き刺さり、ギンっという鈍い音とともにエフェクトがまき散らされる。すこしひるんだ様子を見せた黒騎士だったが、すぐに体勢を立て直してレイピアを真下に突きおろした。

 セウイチはそれを読み切っていたようで、斬り付けてすぐに横に飛び退いていた。黒騎士のレイピアは虚しく空を切るだけで終わる。


「行ったぞ!」


 攻撃をかわすために少し距離をとった瞬間、黒騎士はセウイチに背を向けて駆け出していた。おそらく目の前の敵より先に、的確な援護を行う後衛を先に倒すべきと判断したのだろう。信じられないような俊敏性で、一気にウドゥンとの距離を詰めたのだ。


「リゼ」

「うん!」


 リゼがウドゥンの前に立ち塞がる。襲いかかる黒騎士を、リゼは祈るように構えたエストックで迎え撃った。


 キン――


 黒騎士が放つ高速突きを、彼女は精確なエストック捌きでジャストガードしてみせた。同時にウドゥンは、敵の動きを止めるクロスボウのトリック・影矢を打ち込む。


「……」


 黒騎士は攻撃をガードされた反動で動きが制限される中、首だけを動かして放たれた矢を紙一重に避ける。漆黒のボルトが彼女の白い仮面をかすめて抜けた。


「予想通り」


 いつの間にか黒騎士の背後をとっていたセウイチが、ぼそりとつぶやいた。この状況こそが、彼ら三人が事前に示し合わせていたものだった。

 いくら動きの良い相手でも、絶対に硬直する状況がある。それは攻撃を終えた直後、または回避を実行した直後だ。今回彼らはウドゥンをおとりに黒騎士の注意を引き、リゼのガードで動きを限定した上で、ウドゥンの影矢をわざと外して(・・・・・・)回避方向を誘導した。そうして誘導した行動の終着点を、セウイチが全力で叩く狙いだった。


「リズの単純な行動なんか、見飽きてんだよ」


 セウイチは取り出していた大斧を両手に握り、硬直した黒騎士に向けてそれを力任せに叩きつけた。


「がっ……」


 うめくような悲鳴が響く。大斧の斬り落としをまともに喰らった黒騎士は、そのまま広場の端へと派手にぶっ飛ばされてしまった。


「やった!」


 狙い通りに重たい一撃が決まり、リゼが表情を明るくする。しかしウドゥンとセウイチは、厳しい表情のままで弾き飛ばした黒騎士の様子をうかがっていた。


「ちっ……」


 セウイチが小さく舌打ちをする。先程の一撃で致命的なダメージは与えたものの、撃破するまでには至らなかった――そう判断した彼は、素早く黒騎士に止めを刺すため駆け出した。大斧を再び振りかざし、黒騎士の最後の体力を削りにいく。

 しかし敵は一瞬早く立ち上がると、土砂崩れのような圧力で振るわれた大斧に向かい合った。


 トン――


 そんな乾いた音が聞こえた。黒騎士は流れるよう飛び退くと、大斧の垂直割りをすり抜ける。彼女は小さなステップを踏み、攻撃をノーダメージでかわしたのだ。攻撃を回避されたセウイチだったが、すぐに追撃の回し蹴りを放つ。


 トン――


 しかしその一撃もかわされてしまう。ガードするでなく、ただ踊るようにステップを踏んでかわしてみせたのだ。そのまま黒騎士は、ゆらゆらと身体を揺らしながら、セウイチとの距離を一定に保った。

 手間取るセウイチを援護するため、ウドゥンもクロスボウを連射する。同時にセウイチが大斧を振り回すが、黒騎士はそれらの攻撃すらも次々とかわしてみせた。


「くそ、速すぎる!」


 セウイチが珍しく、イラついた様子で言った。あと一撃で落ちる――セウイチ達にはその確信があった。しかし踊るように踏む黒騎士のステップに対し、攻撃をかすらせることすらできない。先ほどまでガード主体だった黒騎士が始めた回避行動に、2人の対応は遅れてしまった。

 そしてその足踏みが、致命的だった。


 キン――


 セウイチは大斧を真横に振るう。ただステップするだけでは回避は難しい選択だった。しかしその大斧を黒騎士は、レイピアを軽く動かしただけでガードした。寸分の位置も、寸秒のタイミングも違わずに、黒騎士はセウイチの攻撃に対しインパクトガードを成功させたのだ。


「ちっ……」


 いくら当たったとはいえ、インパクトガードでは相手の体力は削れない。むしろ捉えられないように細心の注意を払っていたセウイチだったのだが、残り少しの体力を削るために雑な攻撃になっていたようだ。

 セウイチが体勢をくずし、黒騎士が一気に懐に入り込む。


「セウ!」


 ウドゥンが声を上げる。次の瞬間、黒騎士のレイピアがセウイチの喉元を捉えた。致命傷になりかねない部位への一撃だったが、セウイチはニヤリと笑みを浮かべる。

 攻撃後はどんなプレイヤーでも一瞬の隙が生まれる。セウイチは当たらない攻撃に業を煮やし、黒騎士の攻撃を誘ったのだ。肉を斬らせて骨を断つために、セウイチは大斧を振るった――


「なっ……に……」


 腹部を襲った強烈な衝撃に、セウイチは言葉を失った。黒騎士は突きを放ったとほぼ同時に、前蹴りをセウイチの腹部に放っていたのだ。彼の捨て身の攻撃すら、黒騎士は読み切っていた。

 カウンターに出ようとした出鼻を叩き潰され、セウイチは再び体勢を崩す。続けて放たれた高速突きを回避する余力は、すでに彼にはなかった。


「セウさん!」


 リゼが悲痛な叫びを上げる。セウイチの胸部を貫いた漆黒のレイピアは、残りの体力を全て奪ってしまった。


「負けか……」


 セウイチはそうつぶやき、ウドゥンの方を少し振り向いてにこりと笑った。そして小さく手を立てて、謝るようなジェスチャーをする。

 勝てなくて、すまなかった――彼は最後にそう呟いた気がした。


「セウ!」


 ウドゥンの呼びかけもむなしく、セウイチの身体は一瞬で砕け散った。黒騎士はその死亡デッドシーンを見送り、後に出現する死亡デッドパネルを確認すると、ゆっくりとそれに近づいていった。

 黒騎士がパネルに手のひらを当てると、死亡デッドパネルは消滅してしまった。その行動は、これまで倒してきた連中に対したみせたものと同じだった。

 その姿を、ウドゥンとリゼは寒気を感じながら眺めていた。


「ウドゥン……」


 リゼがおびえたような声をあげる。セウイチがやられてしまったことにより、自分たちが絶望的な状況に追い詰められたことを、彼女は肌で感じていた。


「……ちっ」


 ウドゥンは悔しそうな舌打ちでそれに答えた。というより、それしか出来なかったのだ。現在追い込まれた状況の酷さは、ウドゥン自身が最も理解していた。


 勝てない――セウイチとの熟達した連携に加え、リゼまで使って作った黒騎士の隙だった。そこにつけ込み、なおかつ決めきれなかった。そして結果的にセウイチを失ったのだ。

 これ以上戦っても、勝算がないことは明らかだった。


「いや……」


 一つだけ可能性がある。しかしその手段はあまりにも不確実で、無責任だった。


 セウイチを倒した黒騎士は、死亡デッドパネルのあった場所から振り向いた。そしてゆっくりと、ウドゥン達に歩を向ける。

 余裕げにのんびりと近づく彼女を、ウドゥンとリゼは身動き一つできずにみつめていた。



 ――



 その時だった。緊迫した広場に似合わない、能天気な鳴き声が響いたのは。それは聞き慣れた、黒猫の鳴き声だった。

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