16. 対面
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「ヴォル!」
ウドゥンがその場所にたどり着いた時にはヴォルとカストロ、そして黒騎士の三人は至近距離での撃ち合いに入っており、戦闘はすでに佳境を迎えていた。
「はっ!」
黒騎士が振るうレイピアを、ヴォルは両手剣で受け流す。そのまま彼は素早く刀身を返し、巨大な刃で胴体を薙ぎに行くが、その攻撃はひらひらとした黒いドレスをかすめるだけだった。代わりに受け流された体勢を回復させた黒騎士の反撃を、ヴォルは避けきれずに食らってしまう。
「ちぃ!」
「こっちだ!」
続けて背後からカストロが、両手に持った棒を振るった。黒騎士はその攻撃を、素早くしゃがんで回避してしまう。立て続けに浴びせる攻撃がまったく当たらず、カストロはイラついた様子で声を上げた。
「ヴォル! 読まれてる!」
先程から彼らは、黒騎士の尋常ではない身のこなしに翻弄されていた。彼女はヴォルとカストロの同時攻撃を、すいすいと踊るようにかわしていたのだ。その全てを見透かしたような動きは、遠目に戦闘を見つめていたウドゥンも思わず見とれてしまうほどだった。
確かに黒騎士は動きは良いのだが、それ以上に動き出しが異常に早い。まるで相手を弄ぶようにもみえる回避行動は、完璧に敵の動きを先読みしているからこそ可能だとウドゥンは分析した。
さらに彼は、その動きに見覚えがあった。今の黒騎士の動きはあるプレイヤーの動きにそっくりだったのだ。そしてその事実は、戦闘中のクリムゾンフレアの2人のほうが強く感じていた。
「ファナじゃあるまいし……マジでなんなんだよ! てめぇは!」
ヴォルはそう言って、再び両手剣を振るった。同時にカストロもタイミングを合わせ、棒を振り下ろす。
しかし黒騎士はその同時攻撃を、右手に持ったレイピアで受け止めてしまう。正面から襲いかかったヴォルの攻撃を柄で、背後から脳天の狙って振り下ろされたカストロの棒には切っ先を突き上げて、ここしかないというタイミングで同時に防御したのだ。
特に切っ先を向け、さらに完璧なタイミングでぶつけたカストロへのガードは、彼の両手棒を軽々と弾き飛ばしてしまう。そのまま黒騎士は間髪入れず、振り向きざまにカストロの喉元へとレイピアを叩き込んだ。
それが致命傷となり、彼は体力のすべてを失ってしまう。
「てめぇ!」
ジャストガードにより崩された体勢を素早く立て直したヴォルが、攻撃を終えた黒騎士に向かって両手剣の切先を閃かした。トリック・ハードストライクが発動すると、システムによって加速された剣筋が容赦なく黒騎士に向かって振り下ろされる。
ガン――っと轟音を立てて振り下ろされるヴォルの一撃。しかし彼の両手に手ごたえは無く、ただ地面と激突した衝撃だけが後味悪く腕を伝った。黒騎士は、その攻撃すらもかわしていたのだ。
目の前に無表情の白い仮面をさらした黒騎士は、なんの躊躇もなくヴォルの喉元を突き抉った。
「く……そっ……が」
ヴォルは最後まで黒騎士を睨みつけたまま、死亡エフェクトに包まれていった。
ウドゥンはその光景を、呆けた様子で眺めていた。今の黒騎士との戦闘には、ヴォルとカストロ、そしておそらくリルムも参加していたのだろう。彼らはいずれ劣らぬ強さを誇るクリムゾンフレアの上位ランカーだったが、黒騎士を前にあっけなく敗北したのだ。
確かに黒騎士はランカーランクNo.1であるファナすらも倒している。そう考えると目の前の光景は自明だったのかもしれない。しかし彼ら、特にフレンドである【破壊者】ヴォルの強さを知るウドゥンにとって、その光景は受け入れ難いものだった。
ヴォルが負けたのであれば、このアルザスサーバーにおいて黒騎士に勝てる可能性のあるプレイヤーは、ほとんど居なくなるのだから。
「お前は……リズなのか?」
ウドゥンは黒騎士に対し、低い声で話しかけた。その質問は、もしも黒騎士に意識があるならば、確認しなければならないことだった。
しかし黒騎士は黙ったまま、死亡した2人に近づいていく。問いかけるウドゥンの顔は、まったく視界に入っていない。
「何なんだよ……お前は!」
ウドゥンが再び、今度は声を張り上げて叫んだ。意識があるなら答えて欲しい、彼は祈るような気持ちで問いかけた。
しかし黒騎士は、何一つ反応しなかった。
黒騎士は無言のままパネルの前に立つと、ゆっくりとした動作で左手をかざす。すると何の操作をしたわけではないのに、ヴォルとカストロの死亡パネルが姿を消してしまった。その行動を終えると黒騎士は小さくため息をつき、一瞬動きを止めた後、そのままウドゥンに向かって駆け出してきた。
あぁ。こいつの次の標的は自分だ――ウドゥンは襲い掛かる黒装束の女を、現実感無く見つめていた。その時初めて、先ほどシャオの言っていた言葉の意味が理解できた。
『あいつはリズじゃない』
確かに、こいつはリズじゃない――絶望感に似た感情が心を覆うウドゥンに向け、黒騎士は漆黒のレイピアを突き出した。
キン――
棒立ちのウドゥンの前に、分厚い刃を持つ大斧が立ちふさがった。それは黒騎士の持つ細剣を弾き飛ばし、そのまま彼女を大きく後退させる。
「まったく、置いていくなよ」
追いついたセウイチが、あきれた表情を浮かべながらウドゥンの前に立っていた。彼の姿を見て、ウドゥンははっと意識を覚醒させる。
「悪い……」
「やれやれ。まあそれで? 状況を説明してくれ」
「……クリムゾンフレアのランカー達がやられた。【朱雀】と【林檎飴】、それにヴォルもな」
「……まじかよ」
セウイチが黒騎士に視線を向けたまま、小さく上ずった声を上げた。今ウドゥンが上げた3人が負けたという事実は、少しでも腕に覚えのあるプレイヤーなら驚かざるを得ないものだったのだ。
それほどまでに黒騎士は強いのかと、セウイチは息を飲む。
「ウドゥン!」
遅れて追いついたリゼが、泣きそうな顔でウドゥンに駆け寄ってきた。心配そうな表情で寄り添ってくる。
「リゼ。構えをとくな」
「えっ……あっ――」
セウイチは弾き飛ばした黒騎士は、距離をとったまま前かがみにウドゥン達を睨んでいた。表情は仮面に覆われて見えないが、周囲に発散している圧力はトッププレイヤーのそれだ。
すぐにでも襲い掛かってきそうな黒騎士をみて、セウイチが感心するようにため息をついた。
「へぇ……」
リゼが仰ぎ見ると、セウイチは目を細め、口元には小さく笑みを浮かべていた。それはおもちゃを見つけた子供のように、無邪気な笑みのようだ。
「前に円形闘技場で対峙した時とは、全然違うね」
「そうなのか?」
ウドゥンが聞き返す。確かに凶暴そうな雰囲気を見せてはいるが、前回見た時の黒騎士と、今目の前にいる彼女との違いは、ウドゥンにはわからなかった。
しかしセウイチが真剣な表情で言う。
「うん。なんなんだろう、これが前に話していた黒騎士って奴なの?」
「仕入れた情報が正しければ……だがな」
「ふーん」
ウドゥンは、セシルから聞き出した黒騎士の話をセウイチにも伝えていた。そして今回のサービス再開に伴い、黒騎士は消去されているだろうという予想も話している。
しかし結局、その予想は大外れだった。いま目の前にいる敵は、先日説明された黒騎士である事は間違いないのだから。
セウイチは構えを解かずに言う。
「なんで残ってるのかはしらないけど、少なくともこいつはリズじゃないね」
「えっ?」
「あぁ、俺もそう思う」
ウドゥンもまたセウイチに同意する。黒騎士は彼の呼びかけに、一切答えなかった。その事実は、黒騎士がセシルの言うように、リズやその他のプレイヤーをPKし続ける自動人形であると判断するには十分だった。
話の内容がいまいちつかめないリゼが慌てた様子で聞く。
「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」
「……口で説明するのは少し難しいんだけど、簡単に言えばらしくないんだよね」
「らしく?」
リゼは首をかしげていたが、ウドゥンはセウイチに同意するように頷いた。
「ただまあ、クリムゾンフレアのランカー達を蹴散らしたんだ。リズに匹敵する力はもってるだろうよ」
「それはきつい、じゃあどうする。戦う? 逃げる?」
セウイチが肩をすくめながら聞いた。その視線は黒騎士に向けたまま、手にした武器はすぐにでも振るえるように構えたままだ。
ウドゥンはその問いに対し、低い声で答えた。
「……やるぞ」
その答えに、セウイチは満足げに笑う。
「はは! そう来なくっちゃね。勝算はあるのかい?」
「あぁ……」
ウドゥンはうなずきながら、隣に寄り添うようリゼに視線を向けた。
「リゼ、お前は――」
「私も戦うよ」
「……」
ウドゥンが険しい表情を見せる。彼はこの戦いにリゼを巻き込むつもりは無かった。
敵はコピーとは言え、あの【太陽】リズだ。ヴォル達をも蹴散らしてしまった黒騎士に対し、確実に勝てる保証などどこにもない。それにもし負けてしまえば、最悪の場合ファナ達と同じ意識不明に陥るかもしれないのだ。
「色々な意味で危険な戦いになる」
「私が役に立てるなら、なんでもやる。ううん、やらせて」
リゼはエストックを構えながら、凛とした表情でそう言った。その表情に、ウドゥンは気圧されてしまう。
「……一度だけ」
ウドゥンは遠慮するように低い口調でこう言った。
「一度だけでいい、お前の力を貸してくれ」
「……うん!」
リゼは力強くうなずく。そのまっすぐな青い瞳には、強い意志が見て取れた。その表情を見て、ウドゥンは覚悟を決めた。
彼は早口でまくしたてる。
「黒騎士の戦闘スタイルは、リズと同一のものであると仮定して話を進める。つまりこれから俺たちが戦う相手は【太陽】だ」
リズの名前に、リゼがごくりと唾をのむ。様々な人から聞くリズというプレイヤーの強さと、実際に目撃した黒騎士の強さは、リゼにとって信じられない強さという認識で一致していた。
「リズは最強だ。それは俺たちが最もよく知っている。ただあいつは確かに最強だったが、なにもかもが完璧だったわけじゃない。弱点はある」
「弱点ねぇ。少なくとも、おれには弱点があるとは思えなかったけど」
セウイチが少し自嘲気味に言うも、ウドゥンは淡々と説明を続ける。
「あいつはあらゆる能力が高かったが、行動のすべてを直感で決定するタイプなんだよ。よく言えば天才肌。悪く言えば何も考えていない脳筋だ」
リゼはウドゥンの言葉にはっとした。以前戦って負けたファナは、敵の攻撃を先読みして行動していたという。その戦い方は真似出来なかったが、その代わり自分にはウドゥンも認めてくれた《親和》――すなわち反応速度がある。リゼは異常な反応速度によって、その瞬間に次の行動を決めることが多かったのだ。
そしてリズもまた、《親和》持ちだとウドゥンは言った。もしかしたら、彼女は自分と似たタイプなのではないかとリゼは思った。
考え込むリゼを横目に、セウイチがウドゥンに質問する。
「その直感こそが、リズが最強と呼ばれる所以だろ?」
「いや、それならそれで対策はある。リズを倒すために最も有効な戦略は『行動の誘導』だ」
ウドゥンは力強く言った。




