12. 浴衣と黒猫
12
壇上に上がっている女性プレイヤーは、白の浴衣に金髪の長髪を目一杯纏めていた。外国人に着物を着せた様なギャップに、和人はいまいち魅力を感じなかったが、客席からは歓声と拍手が上がっていた。
「どうだ。今のがウチのギルメンだぜ」
「頭が盆栽みたいになっていたな」
「わかってねーな、お前。あれは盛ってんだよ。あーゆー髪型」
セシルが説明するも、ウドゥンは興味なさげに感想を言うだけだ。
「全然わかんね……つか、お前もそうだが、ノーマッドのギルド員がこんな目立つ所で遊んでていいのか?」
「ん。なんで?」
セシルはきょとんとした顔を向ける。右手で彼は、金色の趣味悪そうな扇子をパタパタと仰いでいた。今はこうして暢気に会話しているが、隣にいるのはPKギルド・ノーマッドのリーダーとそのギルド員たちなのだ。
「お前らノーマッドはPKギルドだろうが、素性は隠しとかないと面倒なんじゃね?」
「こいつらはギルド員だけど、PK係じゃないから問題ないだろ」
セシルは連れ立ったプレイヤー達を横目にいう。PK係という聞き覚えの無い単語に、ウドゥンは首をかしげた。
「PK係なんてあるのか」
「何か勘違いしてるみたいだが、俺達ノーマッドはPKばかりしてるわけじゃないぞ。PKするのが好きって連中もいるし、普通にプレイしたいけどたまには悪さをしたいだけって奴もいる。ちゃんとそういう奴らの希望とって、適当な役を配置してやってるんだよ」
「……なんつーか、お前。実はちゃんとリーダーやってたんだな」
「かかかっ! 個人プレイにしか興味のないトリニティと一緒にするな。俺達は、全力でナインスオンラインを遊んでるだけだ」
セシルはげらげらと笑っていた。その屈託の無い表情に、ウドゥンは小さくため息をつく。
世間ではPKイコール悪というイメージが強い。セシルはそれを承知でPKギルドを運営しているのだ。少数ながら一定層は確実に存在するPK容認派のプレイヤーと共に、彼らとその仲間達は自分たちのペースでゲームを楽しむ。数々の迷惑行為自体は真似する気にはならないが、ノーマッドのそういうところは羨ましいと、ウドゥンは純粋に感心していた。
「おっ。次はリゼ達っぽいな」
セシルがパネルを見ながら呟くと、すぐに次の参加者を告げるアナウンスがあった。
『エントリーナンバー5番。リゼレアです』
明かりを絞って薄暗い雰囲気をつくった舞台の上に、浴衣姿の女性2人が現れた。明るい笑顔で前を行くリゼは、濃い藍色の浴衣に辛子色の帯を締め、手には浴衣と同じ藍色の巾着を持っている。肩まで伸びた栗色の髪は、先程までと同じくかんざしで一つにまとめてた。彼女は祭りが終わった帰り道、今日あった出来事を話す少女を演じているようだ。
一方エレアは、話しかけてくるリゼに対し、微笑みながら相槌を打っていた。薄い桜色の浴衣を着た彼女は、おっとりとした笑みを浮かべて歩いていた。薄明かりに映える緑の髪色は神秘的で、黄色い帯は浴衣の色によく合っていた。
そんな彼女たちが中央まで辿り着いたとき、突然背後から現れた黒猫が2人を追い抜かした。一瞬驚いた表情を見せた2人だったが、すぐに立ち止まった黒猫の姿を確認してほっと息を吐く。リゼはすぐに黒猫と目線を合わせようとしゃがみこんだ。
彼女はかんざしで纏めた髪を抑えつつ、浴衣の袖から手を伸ばして黒猫の目の前でちらつかせる。なんとか気を引こうと、必死に指を振っていた。少し引いた場所から眺めるエレアが、その様子を見てくすくすと小さく笑った。
「へぇ……」
一連の流れを見ていたウドゥンは、思わずため息をつく。服飾のよさはまったくわからないウドゥンだったが、彼女たちの雰囲気は、今まで出てきたコンテストの出場者の中で一番輝いて見えた。そしてそれに同調するように、ざわざわと観客から歓声が上がり、リゼ達のアピールタイムは終了した。
リゼの足もとにクーネが寄り添う。どうやら黒猫を使った彼女の作戦はうまくいったようだ。これは結構いけるのではないかと、彼女達に賭けていたウドゥンはほくそ笑んだ。
「やっぱりお前は、あーゆー素朴なのがいいのか?」
「なんだそれ」
「かかっ! まあとにかく、お前の女はなかなかやるじゃねーか」
「だから、そんなんじゃねーっての」
ウドゥンは心底うざそうに眉をひそめる。強い口調で否定するが、セシルはげらげらと笑うだけだった。
◆
「ウドゥン! やったよ!」
「あぁ。エレアも、よかったな」
「はい、ありがとうございます」
結局、その後すぐにコンテストは優勝者を決める投票が行われた。観客の目の前に現れたパネルで集計がとられ、その結果リゼとエレアが最多得票となり、2人ははほくほく顔でウドゥンの下にやってきた。ウドゥンは浴衣姿の彼女達を眺めながら、無表情に聞く。
「その浴衣って自作なのか?」
「はい。前々から、リゼと一緒に作っていまして」
「あー。サービス停止前から作ってたんだっけ」
「そうだよー。この巾着とか雪駄は、私が集めていた奴だよ」
リゼは目の前で、ふりふりと藍色の巾着を振り回す。聞けば彼女は、裁縫用の素材を買うついでに、露天を回ってはこのような小物を集めているそうだ。そのため今回、急に開かれた浴衣コンテストにも、浴衣とそれに相性の良い小物を合わせられたらしい。
セシルが横から口をはさむ。
「かかっ! なかなか可愛かったぜ、二人とも」
「ありがとうございます!」
「えっと、ありがとうございます」
リゼとエレアが2人して頭を下げる。セシルの周りのギルド員は、優勝できなかったことを残念がりながら、やいやいと騒がしくしていた。彼らはしばらく会場に残ってなにやら話していたが、やがて次に向かうイベントが決定したらしく、ぞろぞろと移動を開始していた。
「それじゃあ、またなウドゥン」
「あぁ、セシル」
「あん?」
皆を連れて移動しようとするセシルを、ウドゥンが呼び止めた。
「いろいろ教えてくれて、ありがとうな」
「気にするなよ。借りはいつか返してもらうからよ」
「それは怖いな。程々にしてくれ」
「かかっ! それじゃあな」
セシルはにかりと笑い、ギルド員達と共に会場を後にした。
「これからどうするの? 移動する?」
リゼが、先程までセシルが居た席に座りながら聞いてきた。ウドゥンは立ったままのエレアに視線を向ける。
「お前はいいだろうが、エレアは時間が無いんじゃないのか?」
「えっと、そうですね」
「あ、そっか。もうログアウトする時間だよね?」
「うん。ごめんね」
エレアはそう言ってリゼに謝った。べつに謝るようなことでもないだろうとウドゥンは思ったが、とりあえず気にしないことにする。それよりも彼には、エレアがログアウトする前に聞いておかなければならないことがあった。
「そういえばエレア、前に頼んでおいた例の件、出来そうか?」
「あ、そうでした」
エレアははっとして両手を口に添えた。そしてすぐにパネルを開き、わたわたと慌てた様子でそれを操作すると、ある服を装備してみせた。彼女の身体が光に包まれ、一瞬で装備が変更される。
「この服です」
それは黒いワンピースドレスだった。スカートは右手側だけが長くなっており、胸元は大きく開いている。フリルのついた裾と、編み上げコルセットのせいか、いわゆるゴシック系の恰好に見えた。
リゼが一目見て、かわいいと歓声をあげる。
「一瞬だったので、細部までは覚えていないのですが、大体こんな感じでした」
「……仕事が早いな」
「すっごくかわいいね。これが黒騎士がしていた恰好かー」
リゼはエレアの服を興味深そうに触っていた。ウドゥンは以前、実際に黒騎士を目撃しているエレアに対しある依頼をしていた。それは彼女の高い裁縫技術を見込んで、黒騎士の服装を再現することだった。
聞けば今日の昼から取り掛かって、半日でここまで仕上げてしまったそうだ。それだけの時間で完成させてしまったエレアに、ウドゥンは素直に驚いてしまう。
「時間が無かったので他の箇所は再現できていませんが、服だけは何とか完成しました」
「すごいな。これなら俺でもわかる」
以前エレアから黒騎士の格好について聞いたとき、ウドゥンは説明された単語から姿がイメージができず困ってしまった。そこで今回は、実物を作ってもらう作戦を取ったのだ。
その作戦は上手くいき、服飾の知識が乏しいウドゥンでも、目撃された黒騎士の姿を思い浮かべることができた。
「だが、こんな恰好をしている奴は見たことないな」
「そうでしょうね。これも元のシルクドレスから、かなり改造を加えていますから」
エレアが黒騎士をアルザスの街中で見たというのは、すでに二ヶ月近く前だ。正直その時の服装など、エレアはすでに忘れているのではないかと心配したウドゥンだが、まったくの杞憂に終わった。これならこの服を見せて聞き込みをすれば、目撃情報は集めやすいだろう。
「それじゃあ、その服……1Mでどうだ?」
「えっと……1M?」
エレアがきょとんとして聞き返す。するとリゼがぼそぼそと耳打ちし、1Mとは100万であることを説明した。エレアがひどく驚いた声を上げる。
「え、そんな……原価とか、5,000Gくらいだし」
「別に、原価とか関係ないだろ。1Mじゃ足りないのか?」
「いえ、足りないんじゃなくむしろ多すぎ――」
「それじゃあそれで。あと他のアクセサリーの部位も、作ってくれたら買い取るよ」
ウドゥンはすばやくパネルを操作し、金袋を取り出してそれを投げつけるようにエレアに渡した。彼女は一瞬ほうけるように動きを止めていたが、リゼが声をかけてようやく意識を取り戻す。
「よかったね、エレア。すごい儲かったじゃん!」
「あの、ありがとうございます」
「あぁ」
ウドゥンはぶっきらぼうに答える。先ほどのシャオの話によると、黒騎士はいまだどこかに潜伏中らしい。それを見つけ出すためにも、このドレスは有効な道具になるだろうと彼は計算していた。
黙り込んでしまったウドゥンの表情を、おどおどとした様子で窺うエレアに、リゼが耳打ちする。
「大丈夫だよ。ああ見えてウドゥン、すごく喜んでるから」
「そっか。よかった」
エレアはほっと息を吐いた。しかし彼女はすぐにログアウトの時間が迫っていることに気がつき、焦ったように声を上ずらせた。
「そ、それでは。今日は落ちますね」
「うん。またねエレア!」
「お疲れ」
エレアはその場でログアウト操作をして消えていった。街中なので一瞬だ。残されたリゼはウドゥンと共に、人もまばらになってきたコンテスト会場の木椅子に腰掛けたまま、ぼうっと街並みを眺めていた。
隣を見ると、彼は視線を落としたままなにやらぶつぶつと呟いている。こういうときのウドゥンは邪魔をしては駄目だ――それは短い間にリゼが学んだ、彼との付き合い方の一つだった。
彼はいつも無表情で、ぶっきらぼうにしゃべる。しかしそれはつまらないからではなく、ただ単にそういう性格なのだ。そして考え事をする時は、ぶつぶつとつぶやきながら自分の世界に没頭する。最初は少し不満だったが、最近は慣れてきて、こうして考え事をするウドゥンの横顔を見ているだけでも楽しいと思うようになっていた。
いつまでもこうして、一緒にのんびりとゲームができたら素敵だな――リゼはウドゥンの顔を隣から見上げながら思った。
――
そんなゆっくりとした雰囲気の中、突然けたたましいファンファーレとともに、2人の目の前に情報パネルが表示された。
それは大規模戦闘の開始を知らせるアナウンスだった。




