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Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
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11. 道化師

11



 突然ウドゥン達の背後から顔を出した男に、リゼがきょとんした表情で視線を向けた。


「やっほ、リゼ。久しぶり」

「あ、えっと、こんにちは」


 シャオはひょいと右手を挙げ、リゼに挨拶をした。一瞬驚いた彼女だったが、笑顔で挨拶をされておもわず頭を下げてしまう。笑顔で話しかけてきた彼は、前に会った時と同じく、感じの良さそうな雰囲気だった。

 そんなリゼの隣で、ウドゥンがこれ見よがしにため息をつく。


「シャオ、なんか最近よく見るな、お前」

「あはは! いいじゃん別に。それよりもセッシー、元気だった?」

「かかっ! 元気も元気。つかシャオ、随分久しぶりだな」

「そうだねー」


 シャオはけらけらと、口元だけで笑いながら答えた。相も変わらず話し易そうな雰囲気のシャオだったが、リゼは以前ウドゥンから聞いた話を思い出し、思わず身構える。彼は【道化師ジョーカー】シャオ――PKギルド雪月花のリーダーなのだから。

 ウドゥンがシャオに向かい、低い声で言った。


「シャオ。さっきのはどういう意味だ」

「さっきの?」

「なにが、そうでもないんだよ」

「あー。黒騎士のことか。さっき戦ってきたんだよ」

「……なに?」

「んだと?」


 セシルとウドゥンが、驚いた声で聞き返した。突然現れたシャオは、話に上がっていた黒騎士と戦ってきたと言ったのだ。それは彼らとって、寝耳に水な話だった。


「どこで出会った?」

「教えなーい。ふふっ!」


 シャオはくすくすとわざとらしく笑う。その様子を見て、ウドゥンはイラついたように小さく舌打ちをした。一方、セシルはあまり表情を変えずに聞く。


「戦ったってのはなんだ。結局黒騎士はそのまま残っているわけか。運営は何もしなかったのか?」

「さあね。そこまでは僕も知らないけど、黒騎士はまだ存在しているよ。ただ……」


 シャオは視線を落とす。そして少し表情を暗くした。いつも機械的な笑みを浮かべている彼には珍しく、感情のこもった表情のようにリゼには見えた。

 歯切れの悪いシャオに対し、ウドゥンが先を促す。


「ただ?」

「ううん、なんでも。とにかく時間が掛かったけど、僕が【太陽ザ・ハーツ】を追いかけるのは今日でおしまいさ」

「……勝ったのか?」


 ウドゥンが低い声で聞くも、シャオはふんふんととぼけた様な表情をみせるだけだ。


「おい」

「シャオ。どうだったんだよ」


 ウドゥンとセシルが痺れを切らし、もう一度言い寄ると、シャオは仕方が無いといった様子で両手を広げた。


「まあウドゥン、セッシー。僕とお前らの仲だから報告くらいはしておくよ。引き分けだった」

「引き分けだと……どういう意味だ」


 ウドゥンが聞くと、シャオはその小さな顔を横に振った。


「正確には、つまらなくなって逃げ出したってところかな」

「つまらなくなって? お前、何を言って――」

「あれはリズじゃない」


 シャオはウドゥンの言葉をさえぎり、かぶせるように言った。彼は鋭く切れる、ナイフの様な口調で断言したのだ。その言葉にウドゥンは眉をひそめ、セシルは茶化すように小さく口笛を吹いた。


「なんだシャオ。もったいぶっておいてそれかよ。お前、相手が【太陽ザ・ハーツ】だと判断したから、戦いを挑んだんじゃないのか?」

「そうなんだよねー」


 シャオは頬を膨らませて、子供っぽく言う。


「僕もそのつもりだったんだけど、がっかりだよ」

「……いまいち分からないが、リズじゃないっていうのはどういう意味だ?」

「言葉通りの意味だよ、ウドゥン。黒騎士がリズにつながることを期待しているなら、やめた方がいいね。あれはリズの皮をかぶった何かだ。【太陽ザ・ハーツ】よりもはるかに弱い」

「弱いだと? だが実際、ファナを倒してしまっているんだぞ」


 ウドゥンが言うと、シャオは唇に手を当てて言う。


「んー。正直なところ、ファナ程度なら僕でも勝てるしね。やろうと思えば(・・・・・・・)


 無邪気な様子で言い放った言葉に、リゼは背筋がぞっとした。彼は至極当たり前に言ったのだ。そして最も驚いたことは、ウドゥンもセシルもそれを否定しなかったことだった。


「……【戦乙女ヴァルキリー】相手にそんな大口をたたけるのは、お前かリズぐらいだろうよ」

「あはは! だから、やろうと思えばだよ。本気にしないでくれ」


 シャオはケラケラと笑う。その笑顔が、いつもの仮面のように張り付いた人工的なものでないとリゼは気がついた。彼は今、仮面を解いて笑っている。その理由は分からなかったが、リゼは屈託無く笑っているシャオの姿を初めて目にしていた。

 PvPフリークのウドゥンをして化物と評価し、サーバーに数人しかいない《親和》持ちの一人だというシャオ。ファナさえも余裕だという彼はどれだけ強いのか――リゼは彼の笑顔を見つめながら、そんなことを考えていた。


「まあとにかく、僕は黒騎士から手を引くよ。あと【太陽ザ・ハーツ】からもね」

「なんだ。【道化師ジョーカー】の名が泣くぜー」


 セシルが煽るように言う。それはシャオの言葉が、狙った獲物は確実にしとめるPKギルド――雪月花の、さらにそのリーダーである【道化師ジョーカー】の敗北宣言だったからだ。しかしシャオは特に気にする様子も無く続ける。


「いくらなんでも時間がかかりすぎていたし、それに次のターゲットの目星もついたからね」

「次は誰にストーカーする気なんだよ」


 ウドゥンがあきれた調子で聞くと、シャオはウドゥンの隣を指さした。その細長い指の先では、立ち尽くしたリゼがきょとんとして瞳を瞬かせていた。


「えっ……?」

「もう少し強くなったら遊びに行くよ。楽しみにしててね【新星スピカ】」

「ス、スピカ?」


 その言葉を聞いたリゼがわたわたと慌てだす。彼女はいきなり知らない名前で呼ばれてしまい、ひどく驚いてしまった。そのやり取りを見ていたセシルが首をかしげる。


「なんだ、その【新星スピカ】って」

「セッシー知らないの? 二つ名だよ。あの伝説のギルド・トリニティの新人。【太陽ザ・ハーツ】の後継。最強の系譜。銀ギルドに舞い降りたスーパースター【新星スピカ】ってのは、このリゼのことだよ」

「なんだそれ……」


 以前から二つ名をつけると円形闘技場(コロセウム)の連中が騒いでいたことは知っていたが、どうやら決定していたようだ。リゼの新しい二つ名は【新星スピカ】。相変わらず誰が考えたんだと問い詰めたくなる謎なネーミングに、ウドゥンは思わず頭を抱えた。

 セシルはその説明を聞いてうなずくと、興味深げにリゼを見つめる。


「なるほど。リゼ、お前そんなに強かったのか」

「いえ、そんなことは――」

「よしリゼ。トリニティ辞めてノーマッドに来いよ。楽しいぜー」

「あ、あの……」

「あ、雪月花でも歓迎だよー。こんな無愛想な男のぼっちギルドなんか、さっさと見切りつけちゃいなよ」

「てめえら……」


 好き勝手言い始める2人に、ウドゥンが低い声で威嚇する。その声に少しほっとしたリゼは、苦笑いを浮かべながら答えた。


「えっと、ごめんなさい。私はトリニティに所属しているので」

「えー、でもさー……」


 頭を下げて断るリゼに、シャオがさらに迫ろうとする。しかしその時、リゼが別の場所に視線を向けると、突然手をぶんぶんと振り始めた。


「エレア! こっちだよ」

「あっ……」


 会場にやってきたエレアが、リゼを見つけてその垂れた瞳を輝かせた。しかしすぐにリゼの周囲を見知らぬ男達が取り囲んでいるのに気がつき、その場で尻込みしてしまう。


「それじゃあ、セシルさん、シャオさん、私これから準備があるので、失礼します」

「おう」

「残念。またね」

「この後の浴衣コンテスト、見ていってくださいね」


 リゼはそう言って、黒猫クーネを抱えてエレアの方へ走り去ってしまった。それを見送ると、シャオがすっと立ち上がる。


「さて、リゼにも振られたことだし、僕は行くよ」

「ちょっと待てシャオ。どこで黒騎士に会ったか、それだけ教えていけ」


 ウドゥンが睨みつけるも、彼は余裕げに両手を開くだけだった。


「自分で考えなよ、【智嚢ウィズダム】。そんなに難しい話じゃあ無いからさ」


 シャオはそう言って、機械的な笑みを残して去っていった。コンテストを前に増え始めた人ごみに溶け込み、彼はあっという間に見えなくなってしまう。

 

「ちっ……」

「まあウドゥン。わかんないときは、バカになるのが一番だぜ」

「……」


 セシルがお気楽な言葉をかけるも、ウドゥンはそのまま考え込んでしまった。セシルはやれやれと肩をすくめた後、パネルからジョッキを取り出しそれを傾けた。



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