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「あらためまして。助けてくれて、ありがとう!」
フィオは深々とリオスに頭を下げた。
二人は、ひとまずエデンの小部屋に戻ってきており、先ほどリオスが手に入れていたリンゴでお腹を膨らませていた。
一息ついた所で、リオスはフィオについて改めて訊ねた。
「君は、一体何者なんだ?」
「さっきも話したじゃないですか。私の名前はフィオで、魔法使いです」
「その……魔法使いというのは……」
「ええ。その名の通りですよ。なんなら、もう一回魔法を使って見せましょうか?」
「あ、いや。大丈夫。そうか、魔法使いか……。君は……」
「フィオです。ちゃんと名前で呼んでください!」
無邪気な表情を浮かべ、リオスに訴える。どうやら、自分の名前で呼ばれることに何かしらのこだわりがあるのだろう。
リオスは照れつつ、
「ああ……。フィ、フィオは、なんで此処にいるか解るかい?」
「此処に?」
「この迷宮にだよ。自分は目が覚めたら、ここ(エデンの小部屋)で。なんで此処にいるかも解らないし、自分が何者なのかも覚えていないんだ」
「記憶喪失ってやつですか?」
「かもね。ただ、迷宮内を歩きまわっていたりしたら、色んなことを思い出してはいるけど……。そして、この迷宮から出ようとしてはいるんだけど、今のところ出口は見つかってないんだ。そして彷徨っている時に、氷漬けになったフィオを見つけて……」
「助けてくれたんですね!」
「まぁ、結果的には……。それで、なんでフィオは氷漬けなんかになっていたんだ?」
「それはですね……。えーと……。あれ? 思い出せない……」
「まさか……。フィオも、記憶喪失?」
「えっーーと……。なんか頭の中がモヤモヤしていて、なんかハッキリしないんですよね。私の名前は、フィオ。フィオで、私は魔法使い……。そうだ! 確か、あそこで魔法の練習をしていたんですよ」
「魔法の練習?」
「はい。それで、魔法が失敗してしまって、あんな風(氷漬け)になった……ような気がします……」
あやふやな言葉に、リオスのみならずフィオ自身も不安になってしまう。
「思い出せるのは、その辺りだけです……。すみません」
「いや、別に……。謝ることじゃないよ」
「す、すみません……。で、でも、大丈夫ですよ。きっと、いつか思い出しますよ!」
フィオもまたリオスと同じ様な状態なのだと、リオスは大きな溜息を吐いた。
だったら、するべきことは決まっている。
「フィオ。もし良ければ、この迷宮を脱出するために力を貸してくれないか?」
「え?」
「この迷宮は、さっきみたいに凶暴な生き物が生息している。一人でウロウロして探索していたら、いつ襲われるか分からない。二人で協力した方が良いと思って……」
一人よりも二人。協力者は多いに越したことは無い。
「……そうですね。私もそう思います。さっき一人でいた時、すっごく心細かったです。協力して、この迷宮を脱出しましょう。リオス」
そう言うと、フィオは手を差し出した。
リオスは一度フィオを顔を覗う。フィオは、あどけなく明るい表情を浮かべていた。
そしてリオスも手を差し出すと、フィオは笑顔でガッチリとリオスの手を握り締める。
フィオを氷柱から救い出した時に、触れた優しい温もりが手に伝わってくる。
「よろしくね、リオス!」
こうしてリオスとフィオは、共に迷宮を脱出する為、出口を探すことになったのである。
***
まずリオスたちは、フィオが氷漬けになっていたフロア(灰色のフロア)を探索することになった。
しかし、ほとんどものが燃え尽きており、草木や果実などは灰になっていた。
異常の光景に、当然フィオは疑問に思う。
リオスがその原因を渋々と答えると、
「あららら~。でも、そのお陰で私が助かったんだから、仕方ない犠牲だよ」
フィオは気に留めることは無く、先へと進み、探索が続けられる。
しかし、このフロアには他のフロアに続く路は無く、新しい発見は無かった。
「さて、どうしたものか」
腕を組み、辺りを見回すフィオ。草木が灰になったお陰で、見通しが良くなっており、遠くには四方を囲う白い壁が見えていた。
「このフロアは、もう行く所が無い感じだな……」
「ねぇ、リオス。別の路がある所を思い当たりがないの?」
「別の路か……」
リオスには思い当たる場所があった。
それは、何も見えぬことに恐怖した場所……暗闇のフロアである。
「でも、あそこは真っ暗闇で何も見えないし、あそこには危険なモンスター(ダークファイター)がいるみたいなんだ」
「真っ暗闇? だったら私の火の魔法で照らして……。あ、でも、火はすぐに消えちゃうから、意味が無いか」
そう言うものの、あの暗闇のフロアは避けては通れない所だと、覚悟はしていた。
だが、問題は二つ。
暗闇と、そこに巣食うモンスター(ダークファイター)。
これらをどうにかしなければならないのだ。
しかし、今のリオスには戦う武器が無い。フィオの魔法があるにしても、魔法を発動させるためには呪文を唱える必要があり、発動まで時間が要するのだ。
呪文を唱えている間に、攻撃されてしまう可能性が高く、危険であった。
「そうだ、リオス。誰か知り合いとかは居ないんですか?」
「知り合い……あっ!」
リオスは、ふとフロシキの中を探り、あるモノを取り出した。
それは、草だった。もちろん、ただの草では無い。
「なんですか、それは?」
「ポコポコの草笛だよ」
「ぽこぽこ?」
「えっと、これを吹けば、ポコポコってやつが来てくれる……言うものだけど……」
リオスはおもむろに草を口に当てて、フゥーと息を吐いた。
――ピーー♪
高い音が辺りに響いた。
そして暫くすると、何処からともなく『ドドドッ』と地響きが轟いてきたと思えば、遠方より砂煙を巻き上げて、凄まじいスピードでこちらに勢い良く向かってくる物体が見えた。
「呼んだ?」
ポコポコだった。
息一つ切らすこと無く現れたポコポコは、気軽に声をかけると共に、リオスの隣に居るフィオを見るや否や跳び上がり驚いた。
「うわっ! 氷の人間がいる!」
***
「うわー、可愛い。やわ~い! ぷにぷにする!」
フィオはポコポコを抱きかかえ、触り心地を楽しんでいた。そのポコポコは嫌がる素振りは無く、ほわ~としたとろけた表情で、なんだか心地よさを感じているようだった。
「えーと……本題を話して良いか」
「はっ!? ゴメンなさい。ポコちゃんがあまりにも可愛かったので」
リオスたちはポコポコに事情を説明する。このフロアが
「という訳なんだポコポコ。どこかに別のフロアに通じる路とか知らないか?」
「うーん。ポコポコが知っている所は、ここと、ヒヒが居たあそこ。そして、あの真っ暗な所だけだよ」
「やっぱり、そうか……」
自分たちのスタート地点に戻る。
「となると、あの真っ暗なフロアをどうやって抜けるかだな……。ポコポコ、なにか火が持続できるような道具あったりする?」
「んー。残念だけど持ってない。今、持っているのは、これ」
ポコポコは自分の袋の中から、円盤状の物を取り出した。
それは、動物の皮をなめして固くした盾―皮の盾―だった。
「ヒヒが居た所で、木々の奥に落ちていたのを拾った」
「そんなものも落ちていたのか……」
「何かと交換する?」
「ああ。今、持っているのは、このリンゴだな」
「リンゴ!? うん、それと交換しよう!」
前に交換した時に、ポコポコはリンゴを食して、どうやら非常に気に入ったようだった。
本当は武器が良かったのだが、いつまでも素手でいるよりは、何かを持っていた方が幾分かはマシだった。
「ああ、良いよ」
リオスはリンゴをポコポコに手渡すと、ポコポコは高々と掲げ、まるで宝物を手に入れたかのようだった。
そんな儀式をフィオは横目で見つつ、解決策を講じていた。
「真っ暗闇ね……。そうだ!」
何か思いついたようだ。
「松明よ、リオス!」
「松明?」
「そう。火草を松明に火種にすれば、イケるかなと思って」
「なるほど。あ、でも……」
リオスは辺りを見渡す。そこには灰色の景色が広がっていた。
「運良く、燃え残っている火草があるかもしれないし、探すだけ探してみよう。ねっ?」
「そうだな……」
こうしてリオスとフィオは、ポコポコと別れた後、火草探しを始めたのであった。