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草場から出てきて姿を現したのは、丸っこい小柄な生き物だった。
その生き物は二本足で直立して、自分と同じぐらいの大きな袋を背負っていた。
なんとも丸っこく可愛らしい見た目に、ラビッグなどの魔物と比べて恐ろしさを、リオスは感じなかった。
その生き物はリオスの存在に気付くと、直ぐ様草場の茂みに飛び込んで、その身を隠した。
が、身体の半分だけを出し、
「オ、オマエは誰だ?」
リオスに話しかけてきたのである。
「!?」
驚くリオス。
今まで自分が出会ったのは、襲いかかってきた生き物ばかり。
だから、言葉を投げかけてくる生き物との遭遇に驚くしかなかった。
「オマエは、その人間の仲間か?」
その人間……氷漬けの少女のことを言っているのだろう。
「いや、違うけど……」
「それじゃ、オマエは何者だ?」
「誰って、言われてもな……」
記憶を喪失しているリオスにとって、その質問は酷なものだった。
ひとまずリオスは、自分の名前を名乗り、これまでの経緯を丸っこい生き物に説明することにした。
「リオスは、記憶がナイ?」
「ああ」
「記憶がナイのか。それなら仕方ないな」
「それじゃ、今度はこっちの質問だけど、君は何者なんだ?」
「ボクはポコポコ。ポコポコって呼んでくれ。ポコポコは収集屋をしている」
「収集屋?」
「うん。この“迷宮”は、色んな物が落ちていたりして、色んな物が手に入る。ポコポコは、それを集めるのが仕事」
「集めて、どうするんだ?」
「他のポコポコの仲間と交換したりする。珍しい物を持っていると、ポコポコの仲間から尊敬されるから」
「なるほど……」
ポコポコが何者であるかは、ポコポコという生き物だと把握することにした。
それ以上でも、それ以下でもないのだろう。
「なぁ、ポコポコ。いくつか質問していいか?」
「良いよ。その代わり、ポコポコも質問する」
「ああ、良いけど。ここは一体、何処なんだ?」
「ここって?」
「ここだよ。まるで室内のような場所だけど、不自然に広くて……自然物が茂っているけど。そういえば、さっきポコポコが、迷宮って言っていたけど……」
「そう、ポコポコたちはここを迷宮って言っている。それが全て」
「迷宮……」
その言葉に、妙に納得感があった。
迷宮は迷宮でも、ただの迷宮ではない。
不思議の迷宮――
そう、リオスは心の中で呟いた。
迷宮ならずも、あるはずのものがある。
リオスは、それを訊ねた。
「それで、出口とかがある場所を知っていたりするか?」
「出口?」
「外に出る出口だよ」
「う~ん、どうだろうね。ポコポコが行った場所は、どこも囲われた場所だった。リオスが言う、空が広がる場所は行ったことがナイ」
「そうか……」
「リオス。色んな所に階段とかがある。もしかしたら、リオスが言う外に出られる階段があるかもしれない」
「階段?」
「そう、階段。この迷宮のあちらこちらに階段があって、色んな場所に行くことが出来る。ポコポコも、階段を登ったり下がったりして、この場所に辿り着いた」
「その階段って、何処にあるんだ?」
「階段が有った場所は、暗い場所だった」
暗い場所と言えば、リオスがダークファイターに襲われた場所だとよぎる。
そこに、別の場所へと通じる階段が有ると判断した。
「それで、リオス。今度はポコポコから」
「うん、なんだ?」
「リオスは、この人間の仲間なのか?」
「いや。オレもさっきここに来て、これを見つけたんだ。この女性が何者なのかは解らない。ポコポコは?」
「ポコポコも知らない。ポコポコもこれを見つけて驚いた。それに、あの人間を見ていると、なぜかドキドキする」
確かに、氷漬けとなった少女は、あたかも美術品のような出来だった。
ポコポコは、そんな芸術を理解するほどの心を持っているようだ。
「なぁ、ポコポコ。この氷を何とかする方法を知らないか? 熱いものとか、凄い衝撃を与えることができたりすれば、この氷の柱を壊せるかも知れないんだけど……」
「う~ん……あ! あることはある。このフロアに火草という赤い草がある。その火草があれば、爆弾が作れる」
「ば、爆弾!?」
「ポコポコの友達がそう言っていた。その爆弾。凄い威力があるって」
「そうか……。それじゃ、その赤い草、火草があれば……」
「だけど、その火草がある所に、レッドスネークという恐ろしい魔物がいる。火草を手に入れるのは難しい」
「恐ろしい魔物?」
「うん。だから、取ろうとするなら気をつけて。それに、この迷宮の各フロアにはボスがいるから、そいつらにも気をつけて」
「ボス?」
「そう。フロアには、他の魔物と比べて強い魔物がいる。そいつらはボスなんだ」
「なるほど……ということは、あのヒヒの魔物がボスだったのかな……」
「リオス、あのヒヒを知っているのか?」
「ああ。ここに来る途中で、なんとか倒したよ」
「本当か!?」
「ああ」
「良かった。あいつが道を塞いでいたから、戻ることが出来なかったんだ。これで通れる、やったー!」
ポコポコは飛び跳ね、喜びを表現する。
「そういえば、リオス。面白いものを持っているね。なに、それ?」
リオスの左手に持っていたのは、
「ああ、リンゴだよ」
「リンゴ? それ欲しい! それと何か交換しない?」
「だったら、武器とかはあるか?」
折れたショートソードに視線を移した。それの代わりとなる、今自分がもっとも必要とするものを述べた。
「武器? ザンネン、今持っていない」
「そうか……」
「これだったら、どうだ」
ポコポコは、そう言いながら背負っていた袋から少し大きめの“正方形な布”を取り出した。
「布?」
「そう、丈夫な布。風呂敷ともいうよ」
「フロシキ?」
「これに物を入れて包めば、色んな物を持ち運びすることが出来るし、マントとかにして防寒具にしても良いよ」
「なるほど……」
今までリオスは、右手と左手にしか物が持てず、多数の物を持つことが出来なかった。
このフロシキを用いれば、それが幾分かは解消される。
「うん、解った。それと交換しよう」
リオスは、ポコポコと“リンゴ”と“フロシキ”を交換した。
赤い果実……リンゴを手に入れて、乱舞するポコポコ。
ひとまず武器の方は、折れたショートソードでなんとかするしかなかった。
折れたとしてもナイフ程度の長さの刃は残っている。
「それじゃ、ポコポコは……。あっ! もし、火草を見つけたら、草を草笛にして吹いて」
またまた袋から、細長い緑の草を取り出して、リオスに渡す。
「これは?」
「その草で笛吹くと、どこでも聴こえてくる。その笛の音を聴けば、ポコポコは何処でもやってくるよ。ただし、一回吹くと草は枯れてしまうから、使う時は一度だけ」
「ああ、解った」
「それじゃ、ポコポコはこれで」
ポコポコは短い足をバタバタと勢い良く動かすと、凄まじいスピードで走り去っていった。
その姿を見送るリオスは、安堵感に包まれていた。
これまで、何も解らない場所で目覚め、ただ独りで迷宮を彷徨っていた。
孤独だった。
ふと、リオスは氷柱の少女の方に視線を向ける。
しかし、自分と同じ人間と出逢い。そして、自分と言葉が通じる者と出逢えたことに、人心地を感じることが出来た。
独りじゃない。
それだけで、嬉しかった。
「よし、やってやるか!」
そしてリオスは、氷漬けの少女を救うべく、火草を探すことを決めた。
◆◇◆このフロアでの戦果◆◇◆
氷漬けの少女と出逢った。
ポコポコと出逢った。
フロシキを手に入れた。(複数のものを持ち運べるようになった)
ポコポコの草笛を手に入れた。
リンゴを失った。
ショートソードの攻撃力が低下した。
ここが迷宮だと知った。
To Be Continued ‥‥