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第6話 考えることは同じか

「じゃあじゃあ、私たちでなんかレクリエーションしまっしょい!」


 由理はそういって黒板を叩き、チョークを持つ。 

 こういう場合の由理というのは、水を得た魚のごとしである。

 ちなみに俺はどうする事もない。昔からこういう場で何か提案するのは苦手中の苦手だ。

 ともあれここは由理に任せることにしよう。なんだかんだで上手く盛り上げてくれるはずである。


「と、いうわけで、私たちがなんかこうばばーっと盛り上がれるようなそんなイベント企画しちゃったりとか! でで、なんかある? ある人どうぞー!」

「おう!」

「はいパルス君!」

「由理ちゃんと一日デート権なんてどうでしょう!」

「彼女がいない方限定です」

「なんですとぉ!」

「浮気。ダメ、絶対」


 ここまででの態度で由理が言えたことか、などと思っていると、部屋に勢いよく入ってきた人物がいる。

 髭が濃い。そして、やたら豪勢な服を着ていて背が高い。

 クラスを見ると、皆が皆揃って驚いている。パルスですら黙っているところを見ると、これは余程の人物のようだ。

 フィオネも拳に炎をまとわせたまま固まっている。髪を見ると、金髪である。

 もしや――、と思い声をかけようとしたら、叫ばれた。


「勇者殿、勇者殿はいるかな!? ていうか、ここ、ここだよね!? ここって聞いた! いたら返事してくれると、おじさんうれしいなあ!」


 硬直。思考停止。再起動。

 流石に40代と思しき男がこんなテンションで場に乱入してくるなど、慣れていない。むしろ予想すらしていなかった。


「あ、はい」


 思わずこんな返事になってしまう。

 我ながらあまりに気の抜けた返事だ。由理は未だ固まって、いや、戻ってきた。


「おじさん何!? 偉い人ですか!? それとも芸人さん!? きゃー、異世界らしくて顔濃いー! ここは記念に――」


 謎の人物に駆け寄ると、いつもながらのテンションで両手を上にして駆け寄る。

 相手も意図に気が付いたようで両手を上げる。


「わーい!」

「わあい!」


 ぶつかるか否かといったところでハイタッチである。

 何をやっているんだこの二人は。特に由理は。

 しかし謎の男は由理あたりと同じ感じがする。もっとこう何か、偉大な感じも受けるのだが。

 目の前で由理と一緒に踊られてはどこが偉いんだかさっぱりわからん。


「で、おじさんイカしてるけど、どちら様?」


 由理が聞くが、順序が逆である。

 そういう事は最低でも名前くらい聞いてからやるべきだ。

 ともかくこの髭男は名を問われると一歩下がり、急に威儀を正す。

 そして俺たちをしかと見つめると、由理の問いに答えはじめる。


「私はリンスヴァード王国の国王、ゴルディノ・リンスヴァード。あなた方は不慮の出来事でこちらにお越しになったとのこと。しかし、娘から話は伺っておりましょうが、あなた方のご安全には、万全を期す所存。願わくはもうしばしのご辛抱を。現在我々、一丸となってあなた方が元の世界へ帰れるよう、方法を模索しているところでございます」


 先ほどまでとは違う、国王と呼ぶにふさわしい威厳ある姿に、思わず俺も頭を下げる。


「国王自らの礼とは、恐縮です。私は緒川空と申します」


 礼には礼を、とこちらも改まった態度をとったが、とってから気が付く。

 そもそもこういうものは王の間とかそういう場所でするのではなかったのか。いやいや、ここには別の文化があるのかもしれない。

 この件は保留にしておこう。


「おっとっと、王様……だったんですかー!? ゴゴゴゴメンナサイ! 私、青空由理って言います! 職業は空君の彼氏です?!」

 

 由理の方は、意外なことに慌てている。慌てるだけならいいが、これでは意味不明だ。職業が俺の恋人とはどういうことか。

 よくよく考えたら彼氏ではなく彼女、ではなかろうか。というか彼氏なら由理は男ということになる。

 俺はそういう男ではない。


「はっはっは、慌て過ぎだよ。彼氏は職業では――ん、彼氏? 由理殿は男だったりするのかね!? そうなるとエリ――」

「あーっ! その、国王陛下、今日は何のご用件でこの教室まで参られたのですか?」


 エリアと言いかけられ、今度はフィオネが慌てた様子で割って入る。

 パルスですら隠し通そうとしているのに国王自らその事実を公表するようでは始末に負えない。

 パルスもフィオネに加勢する。


「そうそうそう、ゴル王様直々にこんなとこで向いてきたってことはなんか用ってことだよな?」

「おーう、そのことかー!」


 手をパチンとたたくゴルディノ国王。すでに登場時と同じように地に足がついていないような軽い男になっていた。

 パルスと違うのは、この状態でも高貴さがなぜかわずかばかり感じられることだ。

 どうにもこうにも、この世界はこの世界でまた抜けたというかそういう者が多い気がする。


「実は勇者殿のご尊顔間近で拝見したいと思ってねーッ! いやはや由理殿は可愛らしいお嬢さんッ、そして空殿は凛々しい殿方ッ! これは視覚的にもよろしいですなぁ!」

「いや、それって後で日程決めて謁見させればよかったんじゃ」


 パルスのもっともな指摘にかぶりを振るのは国王。

 きわめて強い口調でそれは誤りだと指摘する。


「否、断じて否! それでは面白いはずがないんです。ていうか待ち遠しかったんです、いてもたってもいられなかったんですう!」


 パルスたちは唖然とするかと思ったが、もう慣れているようだ。フィオネもパルスもまたか、といった感じで諦めている。

 唖然としているのはクラスの生徒達である。どうにも普段の国王という者は見たことがないらしい。

 とはいえ、これではさすがに威厳などあったものではないから、見せないでいたことは正解だったろう。

 たった今無駄になったが。


「そしてそして由理殿、何を驚いてらっしゃる! さあさ、一緒にもっと盛り上げましょうぞ!」


 由理に向き直るやそう言い放ち、一人でえいえい、おう、と腕を上げる。

 誰も追従しない。場の空気が益々微妙になる。


「寒ィ」


 パルスがボソッと呟く。


「ちょっと!? ひどいよ、パル君!」

「あー、そういえば、国王様ってことは、ラミアちゃんのお父さん、なんですよね?」

「そうそう、ラミアのパパです、私。それとほら、そんなかしこまらなくていいのよ?」


 由理の言葉にうなずく国王。とても親子とは思えん。

 そういえばそのラミアと一緒でないのはなぜなのか。


「あ、ラミアはね、書類仕事中です。私はちょっと息抜きに執務室から逃げてきたのよ。それでねラミア、パパの事最近いじめてばっかり……反抗期なのかな」


 そういって右手で涙をぬぐうしぐさを見せる。

 率直に言えば、それだけ騒がなければいいだけの話ではなかろうか。

 そもそも、娘に書類仕事を任せて息抜きに油を売っている時点で、反抗されても仕方ない気がする。


「陛下、畏れ多いことながら、そろそろ政務に戻られては如何でしょう?」


 泣き真似をする王にフィオネが進言する。気のせいか、表情が険しい。

 あからさまに、そろそろ帰れ、といった空気を醸し出している。

 これは大丈夫なのか。すると、更に二人の女性の声が聞こえてきた。片方は聞き覚えがある。


「お父様?」

「あら、こんなところにいたのね、ゴルディ」


 片方はラミア、もう片方は見知らぬ女性だが、金髪で、ラミアにどこか似ている。

 恐らくは母親だろう。だとすれば王妃と言った方がいいか。

 二人を目にすると、国王は急に威儀を正す。しかし、足元が震えているので些か情けない。


「あ、アー。レイシアとラミア、仕事、もう終わったの?」

「九分までは終わりましたわ。お父様」


 言下に答えるラミアの瞳は、冷ややかである。

 娘の様子に後ずさりする国王。普段の家庭の姿かどうかはわからないが、情けない。

 まったくどうして、これでよく国が平和でいられるのか。いや、こういう人物がいても問題ないから平和なのかもしれない。

 もしくは仕事の方は有能の場合、だ。どちらにせよ、今の国王は娘に頭が上がらない、家庭人の一人にすぎない。

 どれだけ高貴な身分であろうと、人間は人間だというのは、変わらないのだ。


「終わったの、ではありません。お父様」

「貴方ならあと二十分もあれば終わるような仕事投げ出して、何をしているのです?」

「んっとね、見ての通り、勇者殿とコミュニケーション」


 苦し紛れの笑顔を見せる国王。笑顔どころかすべてが固い。ぎこちない。

 娘と(恐らく)妻が前に出るたびじりじり後退する国王。しつこいようだが情けない。


「と、とにかれ、クイシ――レイシア。お二人にご挨拶を」

「お取込み中みたいだから、それ終わってからでどうぞ」


 由理が最後通告ともとれる宣言をする。顔を見ると、悪い笑顔を浮かべている。

 もっとも、俺も家庭の問題に口をさしはさむ気はないので、黙っておく。


「お気遣い、ありがとうございます」


 乾いた音が響く。いわゆる、平手打ちの音だ。

 涙目でレイシアを見る国王。この状況ですら、笑いたてるものがいないとは、それはそれで不思議である。

 完全に余談だが、今まであり得ないと思っていた紅葉とやらが、綺麗に頬に張り付いている。


「な、なにするだぁ! レイシアァ……」


 地団駄踏みながら抗議する国王を無視し、俺たちの方に向き直る。

 地団駄を踏む四十代を真剣なまなざしで見守る生徒達、という光景は、絵にすれば相当にシュールであろう。


「私がゴルディノの妻、レイシア・リンスヴァードです」


 レイシアは隣で駄々こねる夫をまったく無視して腰を折る。やはり王妃だったのだ。俺たちも同じように挨拶を返す。


「こちらはもうご存知ですね。娘のラミアです」


 隣にいたラミアも、同じように礼をする。


「改めて、よろしくお願いしますわ」


 そういって俺たちへの礼を済ませると、即座に父に向き直り、その腕を引っ張り始める。

 仕事に戻りますわよ、お父様、と強引な娘に必死に抵抗する父。

 父親が娘に勉強に戻れ、などと言って引きずるならまだわかるが、目の前の光景は完全に逆である。

 石畳から、ザッ、ザッ、と音がする。音の原因は言うまでもない。

 誰もが止めようともせずその様子を眺めていたのだが、ここで一人、或る提案をしたものが出てきた。

 由理である。父を引きずっているラミアを押しとどめて、「それならラミアちゃんやレイシアさんも一緒にレクリエーションやろうよ!」と言った。

 この提案に国王は、まるで救世主を見たような表情を浮かべ、そして満面の笑顔で叫んだ。


「そう、そうです! 私は彼らと親交を深めるのです! 由理殿! あなたはまさしく、天使!」

「へへへー、そうでもないですよー」


 照れ笑いをしながら、しかし由理は一言放つ。


「あ、やる事決めてないや」

「えっ」


 国王は刹那で硬直し、後ろを振り向くと、そこにはなぜか恐怖と威圧感しか感じない笑顔を張り付けた妻と娘が待っていた。


「やることないんでしたら、いいですわね? おとうさま」


 迫る娘に対する反応は、まるでこの世の終わりであるかのようだった。

 血の気の引いた顔の中、青ざめた唇がわずかに動く。漏れてきた音は「あ、終わった」。死を悟ったそれに近い。

 家庭の一事は時に一国の王をも殺すのか。今日はとても貴重な教訓を得た気がする。


「ちょっと空君! こっちきたばっかでなんか終わっちゃった感全開にしちゃダメだよ!」

「どういうことだ」

「だーかーらー、はじまったばっかのはずなのに、何この打ち切り的雰囲気!?」

「由理。そういう言葉の方が危ないぞ。流石に話うんぬん以前の根幹にかかわりかねん」


 この会話の内容、勿論こちらの事とは関係ない。この内容と関係があるのはそちらである。

 こんな話が出てくる点についてはどうかご容赦願いたい。

 閑話休題。

 俺たちが国王の事を放ってそんな会話をしていると、聞かれた。


「えーっと、何の話なんでしょうかな、由理殿、空殿」

「機密事項だ」


 それ以上答えようがない。これに関してこれ以上答えては、「うちゅうの ほうそくが みだれる!」というものだ。


「はあ」


 合点のいかない様子の国王である。

 そんなことよりは身の安全を考えた方がきっといい。

 

「忘れてください。忘れてくれれば、レクなんか考えます」


 由理が交換条件を持ち出す。

 ここに口を挟んだのは、国王を引っ張りに来たラミアと王妃である。


「ちょっと待ってくださいな、由理さん。私たちは、そんな暇ではないのですよ?」

「そうです、仕事をさぼってこんなところで油だか水だか鼻水だか冷や汗を売ってるあの人を迎えに来ただけなのです」

「レイシア、さすがにそれひどくない? だって僕国王よ国王」


 涙目になりながら、精いっぱいの抵抗をする国王だが、蚊に刺されたほどにも感じないだろう。

 レイシアは気迫が違う。国王の方は蛇ににらまれた蛙というべきか、ともかく弱弱しい。


「まあまあそんなお堅いこと言わずに、たまには遊んだっていいと思うんです」


 由理が割って入る。自分で火をつけて火消しに走るとは、器用なのだかなんだかわからん。

 単に面白そうな方に動いているだけかもしれんが。

 しかし、肝心のレクの内容が決まっていない。

 その点を突っ込まれる。


「しかし、何をするかもお決めになっていないのでしたら、時間の浪費ですわ」

「んー、ラミアちゃんちょいまち。お姉さんすぐに考えるから」

「私、いつ由理さんに歳を明かしましたか?」

「そういう言い回しだ」


 そんな間に由理が宙に向かって右手の人差し指を向け、それを回している。

 由理が考え込むときの、というよりは青空家が考え込む時の癖だ。

 俺も単純なルールの遊びと謂う物を考える。

 すぐにでた。この年でやるものか否かはわからないが。

 

「鬼ごっこ」


 由理と俺の声は、同時だった。

 二人で顔を見合わせ、考えたことは同じか、と笑う。

 なんとか国王は死なずに済みそうだ。


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