第4話 魔法学校
翌日の朝。
パルスにラミア、フィオネの3人が、部屋に入ってきた。
朝食もこちらでとるという。
その3人の顔を見ると、朝起きて以来、なにやら不機嫌だった由理の機嫌も直っていた。
なぜ不機嫌だったか理由もまったく分らなかったので、助かる。
「お2人も、今日から魔法学校に通い始めるのですね」
「ああ」
由理はすでに、魔法学校の教室はどうなってるか、などと期待に顔を輝かせている。
この様子なら、しばらく退屈はしまい。
3人とも、この部屋で朝食をとるという。
「つうわけで、この仮面野郎を置いといて、俺の空いてる左手を繋いで俺と登校しようぜ、由理ちゃん」
「右手は?」
「もち、フィオネで両手に花よ!」
「よし、乗った!」
そこまで言ったところでフィオネに頬をつねられる。
どうせのことだ、他のパターンも用意してみたらどうだろうか。
「ったく、あんたはどうして堂々と私の前で他の子口説く訳!?」
「んなもん、可愛い女の子に囲まれるのが男の夢だからに、ってええええええええええええ!」
「わーい、私可愛いって! 空君!」
朝食が来る前から騒ぎまわる由理達。
こういう時くらい落ち着くという選択肢はないのか。
そして由理は、パルスとフィオネを放って、俺に、可愛いか、可愛いか、と聞いてくる。
「落ち着け。座れ」
「ちょっとー、可愛いって言ってくれないのー?」
「座れ。そろそろ朝食のはずだ」
その言葉を待っていたかのように、給仕が部屋に入ってきた。
先に伝えておいたのだろう。
5人分の朝食が並べられる。
昨夜の事があったからか、過剰な量ではない。
みると、給仕達が入ってくるのにあわせて、パルスとフィオネも静かになっていた。
よく訓練されている。
給仕達が下がると、それぞれで朝食をとり始める。
「ねえねえ、私達も、今日から魔法学校なんだよね?」
最初に口を開いたのは由理である。
今日は、口に物を入れながらではない。
「うん、そうだね」
フィオネが答える。
「魔法学校って、クラスでランク分けされてるんだよね」
「うん」
「私達って勇者様だから、いきなりトップランクとか?」
その由理の言葉は、ラミアによって否定される。
「それはありませんわ。魔法学校では、魔法学校でのルールに従っていただきます」
その事実に由理は機嫌を損ねるか、と思いきや、違うようだ。
「おおー! それだと、フィオネちゃんとかパルス君と同じクラスだねぃ!」
確かに、同じクラスに知り合いがいるのといないのとでは、大分違うだろう。
この2人ならば、信用できる。
「わからないことあったら、私に聞いてね。由理ちゃん、空君」
「パルスも頼らせてもらおう」
「えー」
由理が頬を膨らませる。
パルスと散々楽しそうにしていて、その反応はなんなのだ。
「変態さんに質問すると、お礼は体でー、とかいわれそー」
「バレちまってるようだな! なら、げっへっへっへっへ」
パルスが気味悪い笑いを浮かべていると、いきなり呻く。
「つま先はいてーぞ、フィオネ!」
「アンタこそ、何朝っぱらから変な事言ってんのよ」
「痴話喧嘩だー、夫婦喧嘩は犬さえ食わぬー」
由理が指差しながら、2人の様子を茶化すと、フィオネの顔が赤くなる。
時間が心配だ。2人のやり取りを見ながら、俺は目の前の食事を片付けていく。
「フィオネちゃん、何顔赤くなってんの? あ、やっぱ俺の事本当は旦那さんだって思ってるんだ、うれしーね!」
「ほうほう、フィオネちゃんは普段あれだけパルス君つねるのに、夫婦って言われると、顔赤くしてダンマリだねー。ツンデレツンデレー!」
「由理ちゃん、フィオネがツンデレってそれってどゆ意味?」
「普段ツンツンしてて、中々寄せ付けないけど、何かの拍子でデレちゃう子の事ー」
由理が自ら説明する。
ロクでもないことに時間を費やしているとしか思えない。
しかも律儀に、パルスは由理の言葉を受けて、話を繋ぐ。
「そ、そ、そーいうのじゃないわよ!」
顔を真っ赤にして否定するフィオネ。
ふむ、このパン、かなりの逸品だ。
何もつけなくても美味い。
「そうですわ。フィオネとパルスは、年中ベタベタですわ。周りにいれば、シュガーは不要になりますわ」
「それはブラック派には辛いな。原理は謎だが」
紅茶をすする。
味に変化はない。ただの脅しか。
「ですが、温度もあげた上でベタベタなので、節約にはなりませんわね、結局」
別段温度が上がったようには感じられない。
ラミアもどうかしている。
それとも、コーヒー限定で作用するのか。
「な、俺がこんなやつと一年中ベッタベタだよ!」
「私がいつこんなやつとベタベタしてるっていうのよ!?」
ラミアの言葉を今更になって否定する2人。
出だしから終わりまで、綺麗にタイミングをそろえている。
合唱でもやればいい線いくだろう。
ああ、バターをつけても、それはそれで別の美味さがあるパンだ。
「ベタベタよりボコボコだもんね、パルス君」
「その通りだけど、それひどくね!?」
「どこがその通りなのよ!」
「コーヒー、ちょうどいい甘さですわね」
む、コーヒーもあったのか。
後で試してみる価値がありそうだ。
それはともかく。
「魔法学校の制服はあるのか?」
その俺の問いを待っていたらしいラミア。
どうやら、前もって用意していたらしい。
といっても、黒いマント1枚ずつである。
これを羽織れ、ということのようだ。
「これが、魔法学校の生徒の証、になりますわ」
黒いマント、というと由理の反応は大方予想できる。
「おお! これはトロンベカラーのマント! これって校章? うーん、このエンブレム、軍人の名門の家紋とかにできないかな?」
「駆け抜けるにはまだ早い」
「何その複合ツッコミ!?」
どちらにせよ、校章を制服から抜くなどありえまい。
やはり時々アホだ。
「なんか、気に入ったみたい、だね」とはフィオネの言葉である。
恐らく、頭の中の魔法使いっぽい事に喜んでいるのだろう。
嬉々としてマントを羽織った由理の姿を、興味深げに、ラミアは見ている。
「何か気になることでもあるのか?」
「ここ、ここなのですが」
ラミアが示す先には、黒の中にハッキリと、銀のラインが浮かび上がっている。
それを見て、パルスもフィオネも驚いている。
「由理ちゃんは、本当に伝説の勇者、かも」
「確かに、こいつはマジ、かもな」
3人の驚き方に、流石にいくらか身構える由理。
自分が勇者、といわれた事にもまだ喜びを見せていない。
「ここのラインってね、持ち主の得意系統に反応して色が変わるんだけどね」
「赤なら化術、青なら理術、緑なら生術がそれぞれの適正になりますわ」
「あれ、銀色ってどこにもないじゃん?」
…………まさか。
幻系統は、失われた存在、と言われていた。
そして、誰も見たことがない銀色。
もし、風化するほど昔の習慣となっている勇者伝説の勇者が、本当に幻系統を使用していたとすれば。
それは、誰も見たことがない色となって浮かび上がるはずだ。
見たことがない、とは、何も新しいものだけではない。
風化し、人々の記憶から掻き消えたものも、同様に見たことがないものになる。
「由理は、幻の系統だと、その可能性があるというのか」
「そう、いうことですわ。失われたはずの、幻想術の使い手である可能性が」
しばらく、驚きの表情を浮かべていた由理は、やがて頭の中でそれを噛み砕き、理解したのだろう。
「ウッヒョオオオオオオオオオオ、スッゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ! ヤッパデンセツノユウシャハカッケエナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
今度は、フィオネ達が、微妙な表情を浮かべる。
本当は半角の方が向いていそうだが、それは難しい。
さて、俺も羽織るか。
俺のラインは――銀色だ。
成る程、俺もその可能性があるようだ。
今度は3人も、ある程度覚悟はしていたような表情である。
忙しい事だ。
「そろそろ時間か?」
ラミアに聞くと、肯定される。
もっとも、ラミア自身は、今日は王女としての公務があるらしい。
何かと面倒な立場である。
「行くぞ」
由理とパルス、フィオネに声をかけると、3人揃って思い出したように声をあげる。
まだ食事が終わっていない、と。
遅刻するよりはマシだ、と、支度をさせる。
この食事は、また、給仕たちに食べてもらうとしよう。
「空君だけなんで普通に食べてるのー!?」
「お前達が、なにやら騒いでいる間に食べさせてもらった」
「ちくしょー! てめ、吐きやがれ!」
そんな勿体無いことはできん。
それに、くだらない事で時間を使うくらいなら、学校へ向かった方が余程生産的だ。
騒ぐパルスを見て、気がつく。
確か、理術の適正者は青だったはずだ。
「パルス、なぜ君のラインは緑なのだ?」
「あ? これか。ま、学校だと俺は生術使いだからな」
要するに、視覚を錯覚させる事ができる理術の力で、青を緑にみせかけているのだろう。
便利な能力である。
恐らくは、自分とエリアを結びつけるものを極力排除するための措置のはずだ。
歌姫エリアが、実はこの男だったとなれば、その日からどうなるか知れたものではない。
「成る程」
「空君、察しがよくて助かるよ」
フィオネに言われる。
由理の心中を察する事に較べれば、この程度なんて事はない。
「おいフィオネ。俺の前でこんな無愛想野郎に手をつけるつもりかよ」
「あんた、よくそんなこといえるわね」
「夫婦漫才もいーけど、急がないと遅れるよー?」
その言葉に、パルスもフィオネも走り出す。
今は、顔を赤くしている暇もないらしい。
俺たちも、後を追う。
「にしても、系統まで変えるってやりすぎじゃない?」
由理がパルスに聞くと、フィオネから答えが返ってきた。
「そうでもしないとね、この馬鹿はすぐにバレそうだからね!」
「おい、ありゃ偶然だ偶然、運が悪かっただけだっつーの、ってやべー! もうこんなこと言ってられる距離じゃねえ!」
なら、叫ぶのもやめたほうがいいと思うが。
なんにせよ、俺たちも教室に駆け込む。
入った瞬間に、視線が俺達に集中する。
クラスのそこかしこから、騒ぐ声が上がった。
「あれ、勇者様!?」「2人、2人なんだよな!」「くー、まさかのカップルかよ!?」
「キャー、なんか渋い!」「思ったより、男の方は地味ね」
そして。
「なんでフィオネとパルスが仲良さそうなんだ」という声も聞こえてきた。
この2人と仲がよくて悪い事でもあるのか。
「ねーねー、パルス君、フィオネちゃん。もー急ぐ必要ないから、夫婦漫才やってよー!」
それだけで、教室中が静まり返る。
パルスもフィオネも沈黙状態だ。
ややあって、パルスが動き出す。
「フィオネ、ここは勇者様のご期待に沿うとしようでは――」
「あんた馬鹿? っていうか由理ちゃん、私達夫婦じゃないし!」
いち早くいつものやり取りを繰り広げるフィオネとパルス、そして由理。
「そんな照れなくてもいいよん! 見た感じ、結婚とか確定事項だよね。ラブラブオーラが出まくりなのだー」
伝説の勇者様の言動に、目を丸くし、口をあけたまま見ている生徒達。
どう考えても、予想していたのとは違っていたろう。
いや、よくよく考えたら、召喚された時点での言動で、察する事は出来たはずだ。
にもかかわらず、呆然としている。
余程強烈だったようだ。
「馬鹿ばっか、だな」
この光景は、こう表すしかない。
食いつく由理とパルス。
「ちょっとー、馬鹿ばっか、ってどーいうことー!? それに、その言葉使っていいのって可愛い女の子限定だよ!」
「おい、無表情野郎! てめ、俺の事馬鹿っていったな!?」
「これまでの言動を思い返してみろ」
口をつぐむパルスに代わり、フィオネが入ってくる。
「まぁ、これまでのとこだと、確かに、馬鹿っぽく見えるわよ、あんた」
「う、そりゃそーかもしんねーけど、ひでえ」
「えー、でもパルス君、実は有能ー、っとかそーいうタイプだよね。金髪碧眼のドイツ人スナイパーみたいに!」
確かに、由理の言うとおりだろう。
第一、本当に馬鹿なら、自覚がないので余計に騒ぎ立てるはずだ。
ちなみに、馬鹿は馬鹿でも、突き抜けると天才になる。
俺はそんな男を知っている。
「おお、由理ちゃんやっぱわかってるー! そそ、俺は実は超有能な天才なのだ!」
「そういうところが、そう思われる原因じゃない」
「フィオネ。俺のフォローに回ろう、とかそういう気はなしかよ?」
「いや、事実だから」
落ち込むパルス。
見ると、教師もどうしていいか分らないらしい。
いつの間に来た。中年男性が、頭をかきながらこちらを見ている。
「あー、そろそろ、始めてもいいですかな? あんまりやりたかないが、あたしも仕事なんでね」
「ごめんなさーい。パルス君が私にしつこく構う――」
「元はといえばお前のせいだ」
「え、フォローなし?」
「事実だからな」
先ほどのパルス達と同じやり取りをする。
その言葉を合図と悟ったか、パルスも由理も静かになる。
「じゃ、パルス君とフィオネさんは、席について。君たちはこっち」
そういって、自分の隣を指差したので、それに従う。
生徒達も、流石に教師が来ているので、静かになっているらしい。
「それでは、今日は新しいお友達を紹介するとしましょうかな。召喚の儀式で召喚された、勇者のお2人です。はい、拍手ー」
われんばかりの拍手が起こるが、名前を紹介されていない。
頃合を見計らって、「はい、そこまでねー。後はお2人から」と、自己紹介として俺たちに丸投げしてくる。
俺からにするか。
「緒川空だ。空と呼んでくれていい。先に言っておくが、勇者又は勇者様とは呼ばないで欲しい。そういう呼ばれ方は好きではない」
「勇……空さんの趣味はなんですかー?」
その質問に答えようとすると、中年教師が、「質問は後で好きなようにさせるから、ちょっと待っててもらえますかな」と制した。
次は、由理の番である。
何を言い出すのか。
「はいはーい! 私が勇者として召喚されたらしい、青空由理でーす。由理って呼んでね!」
これで、本来ならば自己紹介は終わらせていいだろう。
もっとも、由理がこの程度で終わらせるとは思えないが。
「あ、空君は嫌がってるけど、私は勇者様、とかでも全然おっけー! むしろ大歓迎? 後、覚えている人も多いだろうけど、空君の彼女でーす! よろしく!」
流石に、俺とは真逆に近いようなテンションでの自己紹介である。
生徒達もなんやかんやと騒ぎ立てるが、再び教師が口を開く時には、静かになっていた。
規律はしっかりしているらしい。
「さて、空君、由理さん。私はここの担当のジョルジオ・バッジオです。ここにきたのも何かの縁、まあ、気楽にしなさいな」
別に召喚された事を気にかけていないのは、すぐに分るはずだが。
そういう事に疎いのか、はたまた気にしないような男なのか。
「では、皆さんも、この新しいお友達と仲良くして下さい。あ、それと、今から質問コーナーです。お2人さん、がんばんなさいな」
そういって、バッジオが俺たちの肩を叩く。
何かに備えろという事か。
隣の由理は、何に備えるか分ったような表情をしている。
成る程、質問責めに備えているようだ。
俺は、そういうものは苦手だ。
「さっき、聞きそびれちゃったから、改めていきますよ。空さんの趣味はなんですかー?」
「読書、だな」
俺が極めて簡潔に質問してきた女子に答えると、由理が極めて不満そうな声をあげた。
「ちょっとー、空君だけじゃなくて、そーいうのは私にも聞くものだよー!」
頬を膨らませている。
その様子に、若干困った表情を浮かべる質問者。
普通の反応だ。
それでもなんとか頭を落ち着けたらしい、その女子は、由理にも同じ事を聞く。
「良くぞ聞いてくれましたー!」
芝居がかる由理。
自分から聞けといっておいて、なんなのだ、この女。
「アニメと漫画とゲームとネサフです! あ、カードゲームも!」
顔に疑問符を浮かべる生徒達を無視して、更に続ける由理。
「あー、ざっくりまとめちゃお! サブカル全般でーす! ブイ!」
まったく通じるはずが無かろう。
実際、教室中の時が止まっている。
「いやー、私も年だからね。最近の子の流行りは分りませんなぁ。これは、勉強しないと」
バッジオはそういうが、そもそもこの世界に由理の考えるサブカルチャー自体がない。
はやりでも何でもない事は、生徒の反応を見ればそれこそ分るはずであるのだが。
もっとも、この状態をなんとかするために一言入れた可能性もある。
この男もまた、読めない。
さて、この後に来る質問にはどう答えるか。
何を質問されるか予想できない俺の心配する事ではないな。
「次の質問がある人、いるかね」
バッジオが手を後ろに組んで聞く。
どことなく、ロス市警の刑事を思わせる。
「誰か、いる? いたらこうする」
そういって右手を上げる。
やはり、あの刑事を思い出す。
「おー、いたようだね。よろしい」
「なぜお2人はパルスやフィオネと仲が良いんですか?」
パルスがエリアであることは言ってはいけない。
となると、フィオネが巫女であるところから、話していけば良いのだろう。
頭の中で話を組み立てていると、隣の由理が答え始めた。