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第3話 率直に言おう

 部屋に夕食が運ばれてくる。

 意図的かどうかは分らないが、3人分だ。

 倒れているパルスは、給仕にも構われなかった。

 そういう扱いを受ける星の元にでも生まれてきたのか。


「あや? こっちで食べてるものとあんま変わんないなー」


 由理の言葉どおり、並べられたのはこちらでいう洋食であった。

 パスタやステーキなど、テーブルに皿が大量に置かれる。

 これでは豪勢すぎる。


「いくらなんでも多すぎるねー。えっと、ウェイターさん?」

「なんでございましょう」

「ちょっと多すぎるからー、ウェイターさん達で食べていいよ!」


 そういって由理は、皿をいくつか選び、何人か来ていた給仕に渡す。


「しかし、勇者様を歓迎するのにはこのくらいは」

「いくら豪華でもねー、食べ切れなかったら意味がない! だったら皆で食べちゃいなよー」

「しかし、それでは」

「私が許可する! これでダイジョーブイ!」


 困惑する給仕。

 確かに、運んできた食事を食べろ、というのは仕事にはなかろう。


「俺からも頼む。食べきれずに捨てるくらいなら、君達に食べてもらった方が何倍もいいだろう。それに、俺たちはこんな豪勢な食事にはなれていない」

「ラミアには後で私から言っとくから。お願い」


 フィオネもそう頼み込む。

 成る程、巫女というものの価値は、ここでは計り知れないものがあるはずだ。

 まして、姫であるラミアの名前まで出されれば、下がるしかない。


「そういうことでしたら。ありがたく頂戴させていただきます」

「そそ、鉄は熱いうちに打て、食事は熱い内に食え、これ鉄則だよー!」

「猫舌のやつが言うか」

「例え出すくらいいいじゃなーい」


 見ると、給仕がどうしていいか分らず、困惑した表情を浮かべている。


「あ、あの?」

「ああ、済まんな。そういう訳だ、君たちにこの分は食べてもらいたい」


 俺たちに礼を言って下がる給仕たち。

 なにやら、美味いモンが食えるぞー、などと喜びの声が聞こえてくる。

 どこでも、下働きというのは、大変ではあるな。


「さて、じゃ、この豪華なでなー、いっただきまーす!」


 給仕たちが去ったのを見ると、即座に手をつけ始める由理。

 好きなものから適当に口に放り込んでいくので、行儀が悪い。


「ん、ほむほむ、あ、これおいひー! こっひはどうふぁな、おお、このははだもいふぇふー!」


 手元にある小皿によそったりする事もなしに、手づかみでサラダを口に運ぶ由理。

 その由理の頭を掴む。


「ふぃふぁっ! ほはふんはひふふほさー」

「口に物を入れながら喋るな」


 俺の言葉に、不満げな表情を浮かべながら、口の中のものを飲み込む由理。


「ん、ぷはーっ。ひどいや空君。確かにちょっとお行儀悪かったけどさ」

「少し、だと?」

「あ、ごめん。ちょっと怖い」


 今までその様子を見て、呆気に取られていたフィオネも、ようやく口を開く。


「空君と由理ちゃんって、仲良いんだろうけど、空君ほとんどそーいうとこ見せてないよね、まだ」


 フィオネにそういわれる。

 そんなに冷淡に見えるのだろうか。


「空君はねー、私の覚えてる限りで、私に好きっていった事、5回とないんだよー。付き合って1年は経つのにー」

「そんなものカウントしていたのか」

「片手の指で収まるくらいだもん」


 そして、由理の言葉に驚くフィオネ。そんなに珍しいか。


「パルスなんか、1日に何回も言ってくるんだけど」

「羨ましいなー」

「それはそれで、有り難みがないっていうか」


 隣の芝は青く見える、というものだろうか。

 この手の事はよく分からんが。


「空君にね、私の事好きだ、とか愛してる、とかいっても減るものじゃないよ、って言ったら、なんていわれたと思う?」

「減るものであろうとなかろうと、別に構わないだろう、とか?」

「違いまーす。空君はね、言われないからといって、不安になるのか、って言ってきたんだよー」

「え、それってどういう事なの?」


 驚愕の表情のまま、フィオネが由理に尋ねる。

 俺は本当に珍獣か何かか。


「なんかねー、俺は君の事を大切に思っているから、別に好きだ何だと言われなくても不安にならない。君は違うのかって」

「なんていうか、私とパルスじゃ100年経ってもその境地にはたどり着けないわね」

「そういわれたら私も黙るしかなくってさー。普段アレなのに、たまに恋愛に関して口開くと、爆弾ばっかなんだよー」

「でも、私は分ってても、由理ちゃんほど忍耐強くはなれないかなー」

「空君の彼女やってると、苦労はするよー」


 それは俺がいう事だ。

 勝手にいなくなりかけたり、わけの分からん事を言ったり、兄と一緒に色々たくらんでみたり。


「はは、空君の苦労も相当だと思うけどね」


 フィオネもそう感じるようだ。

 会って半日程度のフィオネがそういうくらいだ、俺の苦労がいかばかりなものか。


「えー、そーかなー? 私みたいな元気で素直で優しくて可愛い彼女なんて、空君みたいな人だと、探しても見つけられないと思うよー」

「可愛いかどうかは知らんが、そうだな」

「え、そこ認める!? 認めるの!?」


 フィオネと由理が同時に驚く。

 由理が自分でいう事かどうかはともかくとして、大体あっている。


「フィオネはともかく、由理は自分からいってなぜ驚く」

「いや、認めると思わなかったからさー。それにしても、本当に爆弾投下するの得意だよね、空君」

「由理ちゃんの言葉流すと思ってたし、私も」


 成る程、確かにいつもなら流していたような言葉だ。

 一理ある。しかし、爆弾爆弾と、俺は危険物ではない。


「だが、事実だからな。俺にとっては、由理に出会えたことが奇跡のようなものだ。本当に愛する事ができる者に出会うことができて、共に生きていけるのは、奇跡のような確率なのだろう」


 顔を真っ赤にし、目を丸くしている2人。

 今の俺の言葉が原因だろうか。

 何かおかしいところでもあったか。


「あ、あ、うん。空君。その、うん、なんだろ。なんていうか、空君、やっぱ私に愛してる、とか日常的に言わなくていいよ」

「なんていうか、その、普段言わなさそうな人が言うと、心臓に悪い、ね」


 フィオネも由理もなんだというのだ。

 特に由理は、言う回数が少ない、などと不満げだったではないか。

 随分と勝手な話である。


「それにしても、良くそんなこと真顔で言っていけるよね。パルス見てるとなんだか感心しちゃうわ」

「俺はいつでも真面目だ」

「普通は、顔赤くなったり、恥ずかしくなったりするものだと思うな」


 フィオネの言葉に、由理も同意する。

 もっとも、由理はフィオネに続けて、「だから空君なんだよ」などと教えているが。

 俺は解説が必要なのか。


「よく分からんが、大方の人間は、顔を赤くしたりしながら言ったりするものなのか? 俺の言葉は」

「顔色変えずに、っていうのは本当に珍しいと思うな」

「だが、大切なものを大切だという事のどこに、恥ずかしいと思うことがある」

「うう、そういう事を堂々と言えちゃうのが、なんか凄いなぁ」


 フィオネが今度は感心している。

 俺はいつでもこの通りだが。

 さて、感心されるような部分はあっただろうか。

 お手元のフリップにお書きください。


「なんか、これ以上空君に喋らせると、私達の心臓持たない気がする」


 唐突に由理が言い出す。

 元を辿れば、由理辺りが振ってきたのではなかろうか。

 そしてそれに同意するフィオネ。

 そうだ、最初はフィオネだった。


「ここまでとは、予想外だったわ。後で、パルスに聞かせたいくらいね」

「君とパルスも十分仲がいいように見えるが」

「そうだよー、フィオネちゃん達ラブラブに見えるよー」


 その言葉に頬を赤らめながらも、満更でもない様子のフィオネだったが、すぐに表情をやや険しくする。


「もう、いつものことで慣れちゃってるけど、こいつが目の前で女の子口説くのは、やっぱ気に入らないわね」


 パルスを指差すフィオネ。

 由理は口に人差し指を当て、しばし考え込む様子を見せる。

 ちなみに、この場合の由理は、最初から答えが決まっている。

 所謂ポーズというやつだ。


「どうかな、フィオネちゃんも空君みたくスルーしちゃえば。私は誘いに乗る立場だけど」

「それってパルスだとますますひどくなるんじゃないかな……」

「前ね、空君がちょっと目を離した隙に私が男の子に声をかけられた時、例によっていいよーっていったら、ちょうどその時空君戻ってきた事があってね」


 そういえば、そんな事もあった、と思い出す。

 あの時は確か、ふむ。特段おかしい事はしなかったはずだ。


「で、空君戻ってきて、声かけてきた男の子は『こんな無愛想な彼氏より、俺たちとお茶いこうぜ』とかいってたんだよ。で、空君どうしたと思う?」

「追い払ったり、じゃないわよねー」

「空君はナンパ男達に、『由理の新しい知り合いか? ならば、どうだ、由理だけでなく俺も含めてお茶でも。ちょうどいい店を近くに知っている』って言ったんだよね。流石に、ナンパ男達も毒気抜かれて、平和的におさらばー、だったよ」

「それ、相当の上級者じゃないと無理ね。っていうか、空君が特殊すぎるだけじゃない?」

「ありゃ? やっぱそう思う?」


 あの時の俺の行動はおかしかったのだろうか。

 恋人の知り合いとあれば、俺も人となりを知っておくのは重要なはずだが。

 そのために、共に喫茶店に行こうという提案をしたにすぎん。


「そういえば、なぜあの時彼らは唐突に消えうせてしまったのだ?」

「それ、普通なら疑問にならないよ、って思ったけど、疑問にならないならそういう言葉出てこないよね」


 フィオネの視線の感心の度合いが、ますます強くなる。

 少々居心地が悪い。


「あー、フィオネちゃん、さっきからずっと空君見てるー! もしかして浮気!? パルス君にとうとう愛想尽かしちゃった!? でも、パルス君現在お休み中だよ?」


 由理がまた茶化し始める。


「違うわよー。パルスも、空君とまではいかずとも、もう少し浮ついたとこなくしてくれればな、って思ったの」

「やつはあれはあれで、見かけほど浮ついてはいないと思うがな。その証拠に、君と入る時、意識の中心は君に向けられていた」

「うーん、それは分るんだけど、って、空君なんで知ってるの!? ってか、鈍いよね、そういうの絶対!」


 フィオネ、お前もか。なんなのだ、誰も彼も。

 皆、口をそろえて俺を鈍いとは。

 そんな鈍間ではない。


「誰が誰に意識を向けているかくらいは分る」

「いや、確かにパルスも私の事大切に思ってくれてるのは分ってるし、私もパルスの事大好きだけど、って何言ってるの私! 恥ずかしい!」


 赤くした顔を手で覆うフィオネ。

 恥ずかしいなら言わなければいいのだが。

 今の言葉のどこが恥ずかしいかも分らん。


「空君空君。普通これが愛してる、とか言ってしまった人の行動なんだよ?」

「そうか。成る程、いささか俺は特殊だというのは理解した」

「いささかってレベルじゃない気もするけどね……」


 苦笑いする由理。

 何度も言うが、俺は凡人である。

 変人に類するのは、間違いなく由理の兄であろう。


「しかしフィオネ、君も自分で言って恥ずかしくなるくらいなら、言わなければいいと思うのだが」

「人間、言ってしまうってこともあるわよ……」


 落ち着いてきたらしいフィオネ。

 その息を整えるためか、彼女は紅茶をすする。


「ふう……」

「あ、落ち着いたみたいだね。フィオネちゃん」


 そして、由理がそれまでの軽い雰囲気から変わり、フィオネの目を見据える。

 なにか、言おうとしているのだろう。


「ねえ、フィオネちゃん。空君がさっき言った事、覚えてるよね」


 その言葉に、再び頬を赤らめるフィオネ。


「う、うん」

「空君はね、きっと、人一倍、その思い強いと思う。フィオネちゃんは、家族の人は好き?」


 目を伏せるフィオネ。何かあった人間の目だ。


「お爺ちゃんならいるよ。お爺ちゃんは、私を育ててくれた、とっても大切な人」

「ご両親は?」

「生まれてすぐに、ね」


 ただ、家族を亡くしたという実感はないような響きだ。

 物心付く前なら、無理もないが。 


「それじゃ、悪い事聞いちゃったかな。でも、それなら多分、今からする話は、分かってくれると思う。空君もね、そういう事があった人なの」

「それって、空君は誰か家族を、亡くしてる、って事?」


 その問いには、俺が肯定する。

 亡くしたのは、俺の姉だ、と。

 俺に関することだから、当然だ。


「空君は、さっき言った事を、恥ずかしい事だと思ってないのは、多分、心からそう思ってるからだと思う。そうだよね」

「ああ」


 それは、偽りのないことだ。いつでも偽りはないが。

 恐らく、この世界の星の海にも、姉さんはいるのだろう。

 だからこそ、大切な人たちと生きているという事を奇跡だと思えるのだが。


「気恥ずかしい言葉かもしれないけど、でもね、フィオネちゃんは、パルス君を大好きなんでしょ?」

「うん」

「お友達も、大切なんでしょ?」

「うん」

「パルス君だけじゃなくてね。そのお爺さんや、フィオネちゃんのお友達。そんなフィオネちゃんの大切な人たちと生きていられるって、それだけで、小さいけど、考えられないくらいの幸せだと思う」


 由理の言う幸せ。

 それはかつて、俺が自ら捨てようとした幸せでもある。

 だからこそ、その輝きの眩しさを知っている。

 いかに特別な輝きかということも。


「忘れがちになる幸せだが、それは何者にもかえ難い。その時間も与えられない人だって、大勢いる」

「分るよ、由理ちゃん、空君」

「だから、パルス君とは、何があっても仲良くね!」

「大丈夫だとは思うがな」


 フィオネは由理の言葉に、静かに頷く。

 自分の与えられている時間、その価値は何者にもかえ難い、その事を改めて認識したようだ。


 だが、フィオネが顔を上げる。俺たちに聞く事があるようだ。


「それ、なんでパルス起こしてから言わないの?」

「なんていうか、いいたいことにたどり着く前に、脱線しまくっちゃいそうだったから。私が」


 至極納得のいく説明を受けた表情を浮かべるフィオネ。

 確かに、これ以上の説明はあるまい。

 

「あ、もう遅くなってきたかな。私、そろそろ帰らないと」


 席を立つフィオネ。

 部屋を出て行こうとするところで、俺が呼び止める。


「え、何?」

「忘れ物だ」


 未だ、入り口付近で倒れたままのパルスを指差す。

 フィオネはどうやら、パルスを起こしにかかるようだ。

 頬を何度もはたく。


「ほら、おきなさい!」


 由理はそれを見ながら、わお苛烈ー、などと騒いでいる。

 なぜ楽しそうなのだ。


「ほ、ほへ? あ、フィオネおはよう。何? もしかして俺が愛しくなった? もー、君の愛は炎のように激し――」

「色々いいたい事あるけど、もう遅いから、とりあえず部屋に戻るわよ」


 パルスの言葉をさえぎり、ひきずっていくフィオネ。

 相変わらず仲のいい事だ。

 フィオネが部屋を出て行く際に、何かを思い出したように俺たちに顔を向ける。


「あ、言うまでもないかもしれないけど、2人きりだから。仲良くね」


 そういって意味ありげなウインクをして去っていく。

 どういうことだ。

 戸のしまる音が、夜のしじまに支配された室内に響く。


 そろそろ明かりを消すか。

 と、由理が隣で何かを期待するような顔をしている。

 

 それはいい。

 流石に、色々あったので、多少疲れた。


 寝室に向かう。ベッドに入る。

 これも相変わらずの上物だ。

 シーツの肌触りがいい。

 由理も同じベッドに入ってくる。

 風が寒いので、抱き枕代わりにすると、ちょうど暖かくなった。

 何事か騒いでいるが、まあいつもの事である。


 …………。


 なぜか忘れた事があるような気がする。

 ああ、まだ明るい。明かりを消す。

 こうなると、月明かりだけが、わずかに室内を照らしている。


「ねえ空君。他に何か忘れてる事ない?」

「ふむ」


 ああ、風呂の場所を聞き忘れた。


「助かったぞ。思い出した」


 だがこれは、明日聞けばいいか。

 今日は寝るのが先決だ。

 なぜか由理が少々暴れまわったが、まぁ、いつもの事である。

 とはいえ、寝るときくらいは落ち着け。


素直クールって最強ですね! うん、最強です!

一番恥ずかしくなるのは作者だと言うのは黙っておくべき事ですよ。

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