第1話 どうやら異世界とやらに召喚されたようだ
「空君、今日のデートもアニマイトだよ!」
「他にないのか」
俺は、この日曜、またデートに駆りだされた。
行き先も同じようにアニマイトである。
俺は正直、あの手の店で買うものはない。
由理が買うのをどうこういうつもりはないが、かといって、俺まで買うほどのことでもない。
趣味の合う友人と行けばいい、といったら、「こういうのは、彼氏がついてみてくれるものなの!」などといわれた。
そのあたりの事は、恐らく由理の方が詳しいので、その言葉に従って来たのである。
「んもー、いっつもいっつも難しい顔してー」
「いつもの事だ」
「そーなんだけど、こんな可愛い彼女とあるってたら、ニヤニヤしたりしない?」
「しない」
いつもどおりのやり取りを、いつものように行う。
が、今回は、いつもどおりではないものが出てきた。
足元が急に、暗くなった。
「え、これどうしたんだろ?」
「分からん」
「落とし穴かも」
「道路の真ん中にそんなものあるまい」
などといっているうちに、本当に落ちる感覚がする。
咄嗟に、由理の体を抱き寄せる。
最早、外聞など気にしている場合ではない。
何かあってからでは遅いのだ。
「空君!? いやん、大胆! でも、キスまでなら」
「真面目にやれ。こんな状況で言う事ではないぞ」
「う、そうだよね」
あまり長くない滞空時間の後、開けた広場のような場所に俺たちはいた。
由理は、どうだ。隣を見る。
「あ、空君? いつになったらキスしてくれるの? 今落ち着いたよ?」
目を閉じている。無事なようだ。ならばいい。次は状況確認だ。
改めて、周りを確認する。広場なだけあって、大勢の人がいる。
そして、俺たちに一番近い位置に、少女が3人。
金髪の少女。背が高く、顔にベールをしている、青い髪の少女。それと、赤毛、というよりは真紅の髪をした闊達そうな少女。
他の人間も一様に、俺達の方を見ている。
とはいえ、第一印象とすれば――妙な格好としかいいようがない。
3人の少女達は揃いも揃ってローブなど身に纏い、それ以外も、なんとなく中世の欧州だかそのあたりの服装である。
「妙な格好だな」
第一印象を由理に囁く。
由理は、ようやく目を開き、口も開き始めた。
「ねえ、キスはまだ……って、ありゃ? ドラクエのコスプレ撮影会? そんなとこに連れてきたわけじゃなかったんだけど」
「そんなところに連れてこられる、といわれた覚えもないな」
「これはきっと、ファンタジーの世界だよ」
したり顔で言われる。
その発想はどこから来る。
というか、どこにアンテナを向けると、そんなものが受信できる。
「カルト宗教かもしれん、これは」
「いいや、ファンタジーの世界。間違いないよ」
「なら、フィクションだ」
「あ、なになにー? 昆虫型ロボットに戦うとか?」
「そんな聖戦士になるような力などないぞ」
バッドエンド直行だな、という言葉はさすがに飲み込む。
こうなれば、俺も話をあわせたほうがいい。
由理も、なぜかやる気に満ちた目を俺に向けている。
これは間違いない。好奇心のスイッチが入ったオーラが出ている。
俺はこの状態の由理に対処する事は出来ない。
「あ、あの、お2人は?」
助け舟だろう。金髪に声をかけられた。
「高」
「恋人です!」
高校生といおうとしたのだが、先手を取られた。
目の前の金髪は、呆気に取られている。
「あ、あら、恋人、ですか」
「んもう、ラブラブバカップルですよう」
「黙れ」
「いやん、ひどい」
「あ、あの」
これでは話が進みそうにない。
仕方なく金髪に何か用か、と聞くと、どうやら想定外の事だったようで、俺達を別室に案内するとのことだった。
残りの少女2人のうち、背の高い1人は、騒ぎになっている群集を沈めている。
なんらかのカリスマ的存在のようだ。
残りの1人が寄ってきて、俺たちに言った。
「とりあえず、そういうの人がいないところでやって欲しいな」
「人がいないところでもやりたくないのだが、俺は」
「と、とにかく、一室空いていますので、そちらにご案内させていただきます」
金髪が、どうにも慌てた様子で言う。
普通、こういう場合、慌てるのは俺たちの立場ではなかろうか、とふと思う。
由理に声をかけようとしたら――隣にいなかった。
しまった。今の由理は、好奇心全開である。
手を握って置けばよかった、と後悔する。
「済まん」
「なんでしょう」
金髪が反応する。
「由理――俺の恋人がいなくなった」
「は、はい!?」
「え!? そういうのには早いわよ!」
どうでもいいようだが、金髪じゃない方は、口調が由理と被る。
これは、恐らく2人を会話させたら、途中で分からなくなるかもしれない。
今はこんな事を考えている場合ではないが。
「一緒にいた女の子だよね?」
「ああ」
「探してあげるよ、大切な人なんでしょ?」
「助かる。そういえば、名前を聞いてなかったな」
「私はフィオネ。それで、こっちの金髪の子が」
「ラミアです」
「そうか、俺は緒川空だ」
「オガワソラ君? 変わった名前だね」
フィオネとラミアが不思議な顔をする。
成る程、繋がっていると思われているらしい。
「空でいい」
「分りましたわ」
なんにせよ、捜索を手伝ってくれるという、ラミアとフィオネに礼を言って、手分けして探そうとした時、聞き覚えのある声を聞いた。
間違いなく由理の声である。あの、背の高い女も一緒である。
「空君空君! 聞いてよ、この子、歌姫やってるけど、きっと男の娘だよ!」
一気にまくし立てられる。
ようするに、女装しているらしい。
男の子、と同じように発音するのだが、最近はイントネーションで聞き分けられるようになっているのだ。
背が高いように見えるのは、そのためだったようだ。
「な、なんかテンション高いね、この子。可愛いけど」
女装が、呆れ気味に俺に語りかける。
どういう理由で女装しているかの方が、今語って欲しいのだが。
「苦労している」
「それって、私みたいな可愛い彼女への言葉かな、空君」
自分で言うな、と毎回言っているので、今回は流す。
ここに来る前も言った気がするので、面倒だ。
「って、空君もしかして浮気ー? 両手に花でウハウハー、とか考えてないよね」
「ええと、空君は、由理ちゃんの事、必死に探そうとしてたよ?」
なぜかフィオネがフォローに入る。
そんなことせずとも、流すだけでいいようなものだが。
「んー、わかっててやってるかな。お約束なの、お約束」
「やっぱり、空君って、大変じゃない?」
「問題ない。それよりも由理、なぜその少女が女装だと分かった」
どうみても、外からの見た目で男性と分かるようなものではない。
一目で女装と見抜いた眼力は、賞賛されるべきものである。
「えっとね、この子ね、エリアちゃんだっけ? ま、いっか。なんか、胸はないし、よくみると地味に筋肉ついてるし、なんか雰囲気がかっちょいいし!」
言われた方は驚いている。
どうやら、図星だったようだ。
ベールを外し、口を開く。
「まさか、俺のこと一発で見抜かれるなんて思ってなかったぜ。もしかして、俺にほれちゃったとか? なら、今すぐ食事でもどう? 雰囲気かっこいいとかいってくれたしね!」
「おお、それいいね! 行こうかー!」
食事の誘いをされ、それに乗る由理。
なんというか、既視感を覚える光景である。
別に、行かせた所でどうということもあるまいが。
初対面の相手と食事をするのは、親睦を深める良い方法である。
見ると、食事に誘った女――いや、男だったが、フィオネに頬をつねられている。
「ったた、何すんだよ、フィオネ!」
「可愛いからってすぐ口説かない」
「だって、この子だって乗ってくれたぜ? なあ、ええっと」
「由理でーっす!」
「そう、由理ちゃんも!」
「由理ちゃんには立派な彼氏がいるわよ。ていうか、パルスも見たじゃない!」
「こいつか?」
「こいつじゃない、空君! 空君も何かいっていいよ、この馬鹿に」
なぜか俺に話が振られる。
なぜ俺が巻き込まれるのだろう。喧嘩なら、勝手に2人でやってほしいものだ。
そういえば、原因は由理にもあったはずだ。
自分が原因だというのに、ただ楽しそうな顔を浮かべているとは、どういう了見だろうか。
ラミアは、こういう場面に慣れていないのか、おろおろしている。
そういえば、初めて見たときからおろおろしていたような気もする。
「由理。よく分からんが、フィオネと、パルスか? その2人の喧嘩の原因を作ったようだから、2人に謝れ」
「そう来たかー、新パターンだね、こりゃ。まあ、ゴメンネー」
「へ? パルスが口説いた事はお咎めなし?」
「彼は食事に誘っただけだろう」
この事実のどこに間違いがあるというのか。
なぜか、その答えを驚愕の答えのように、ぽかんとするフィオナ。
正直、ここでもクイズをやるとは思っていなかった。
「ふ、ふつー、彼女口説くような悪い虫よってきたら、追い払おうとするんじゃない?」
「悪い虫って俺かよ!? いや、口説く気あったけど」
「む、口説こうとしていたのか」
「由理ちゃん口説こうとしたんだよ、怒っていいわ! むしろ、こいつと私のために怒ってやって」
「? 誰が誰を口説こうと、自由ではないか」
恋愛の自由は精神の自由の一部である。
その権利は保障されていい。暴力的手段を伴えば、その限りではないが。
なにより、信頼している相手だ。その程度、目くじらを立てる事もない。
「な、なんか、俺すっげー相手にされてない感がする」
「空君て、もしかして、大物?」
「あー、空君はねー、私が本気で浮気すると思ってないよ」
「それで、スルーしてるんだ……凄いわね」
「前なんでそんな焦らないのー、って聞いたら、信じているから、って言われたんだよー。もー、さらりと爆弾落とすんだよねー」
「ほ、本当に凄いわ……」
なぜか、フィオネから尊敬のまなざしを向けられる。
会話の内容は聞き取れたが、なぜ尊敬されるのかが分からん。
そのフィオネは、パルスに視線を移すと、俺を見習え、とかいいながら、再びパルスの頬をつねった。
「っつつつ!」
「あんたも、空君みたいに、懐の大きい男になれたりしないの!?」
「だから俺も懐大きいじゃねえか、何人も女の子囲えるくらいに! っつうか、こいつも誰が誰口説いてもいいっつったじゃねえか、いってえええええ!」
フィオネは何を言っているのだろう。
それと恐らく、あのつねり方は痛いだろう。
それでも、オーバーな反応な気がしないでもないが。
「痴話喧嘩、止みそうにないねー」
「痴話喧嘩?」
「どうみてもそうだけど」
痴話喧嘩。なるほど、その単語でようやく、フィオネとパルスの関係が理解できた。
「フィオネとパルスは恋人なのか」
「へ?」
「おい」
「仲良くな」
なぜか、呆気に取られて、さきほどまでの熾烈な争いをやめる2人。
今度は2人仲良く、俺を何か別の生物でも見るかのような様子で見る。
確かに、異邦人かなにかだろうが、珍獣ではない。
まあ、どんな理由にせよ、喧嘩をやめたのはいい事だろう。
平和が一番だ。
「あ、落ち着いた、ようですね。フィオネもパルスも」
「凄い空君、喧嘩やめさせちゃった」
「では、お部屋で落ち着くとしましょう」
ラミア達に案内され通された部屋は、巫女の部屋、というらしい。
彼女たちの控え室のようなのだが、どうにも豪奢な部屋である。
シャンデリアが存在する控え室など、俺の記憶にはない。
「では、お座りください」
その言葉で、ソファに腰を下ろす。
見た目どおり、上質な座り心地である。
腰が疲れないような作りをされている上物だろう。
由理は隣で、その感触を確かめるかのように、ソファの上でも動き回っている。
言っても無理だが、落ち着け。
ラミア達がどうすればいいか迷っているようなので、放っておけばいい、と教える。
「うわ、それって冷たいんじゃない?」
「流石に、恋人さんにそれはどうかと思いますわ」
「お前、恵まれた立場分ってないだろ」
「俺たちに、今の状況を説明してくれ」
ラミア達がさきほどまでの非難の表情から一変、今度は驚きの表情で俺を見る。
そして、3人で顔を突合せて、なにやらひそひそと話し始める。
一体なんだというのだ。
時折、「スルーされた」とかなんとか聞こえてくる。
隣の由理はというと、まだソファの上を跳ね回っている。
俺は何をしていろと言うのか。
「あれ、空君、暇そだね」
顎で前の3人を示す。
由理はそれを見ても、「なんの密談だろーねー」などと愉快気である。
いつまで話してるのか見通しがつかないのでは、俺はそうは思えないが。
「あ、終わったみたい」
見ると、3人揃って俺たちの顔を再び見ている。
どことなく、困惑した様子が感じて取れる。
「空さん。由理さん」
ラミアにこう切り出される。
恐らく、今俺たちの置かれた状況を説明するのだろう。
だったら最初からそうしてほしいのだが。
「あなた達は、勇者召喚の儀式でこのリンスヴァード王国に呼び出された、と思われます」
突飛な話だ。
常識の範囲で言えば、笑い飛ばすのが普通だろう。
だが、俺たちの常識だけではかりきれるものでもないはずだ。
何より、目の前の3人の妙な格好が全てを物語っている。
「およよ、そしたら使い魔とかじゃないんだ、待遇はばっちりだね!」
由理が相も変わらず、輝く笑顔でそう語る。
いきなりそんな事を言われたというのに、慌てるどころか乗り気になっている由理に、彼らも驚いているようだ。
俺はなれたので、どうということもないのだが。
「気になるのそっち!? じゃなくて、そう、勇者召喚の儀式なんだけどね、私達も呼び出せると思ってなかったわよ」
「えー、夢がないよー」
由理がぼやく。
異世界にやってきている時点で、十分に夢物語だと思うのだが。
「大分昔に形骸化しちまってな、今はお祭りみたいなもんさ」
「成る程、昔あった儀式を、行事化したわけか。よくある例だ。しかし、ならばなぜ俺たちがここに?」
形骸化した儀式、という言葉に従えば、要するにここしばらくは、召喚されたものなど何もいなかった、ということになる。
「分った! 凶悪な魔王が現れて、それを討伐する力が私達にはあるからだよ、空君!」
由理が、さも完璧な考えというように握り拳で話す。
もしそうだったら、呼ばれた時点で、もっと緊迫した様子で何か伝えられたはずである。
「あー、そりゃねーわ。魔王とかいねーし、平和だし」
パルスが答える。落胆する由理。
俺にとっては、それ以前の問題だが。
呼び出す方法がわからないのに、どうやったら狙って呼び出せるというのか。
「呼び出しておいて心苦しいのですが、なぜあなた方がこちらへ来られたか分らない以上は、現段階では送り返す方法も分りません……」
ラミア達から、心からの、謝罪をうける。
俺たちは、そこまで気にしてないと伝える。
ちなみに、本心である。
「そういってもらえると、少しは楽だわ」
フィオナが、安心した様子を見せる。
それに続くパルス。こちらは、俺たちの様子を不思議に思っているようだ。
「それより、お前ら。なんか、慌ててないよな。普通パニックになってると思うんだがよ」
「その事か。俺は起きた以上は受け入れているだけだ」
そう、起きてしまった以上は仕方がないのだ。
もう一つ付け加えるとすれば、由理の兄によって非常識という言葉には慣れすぎている。
目の前の3人の方が余程常識的だ。
「私は、こういう世界楽しそうだなって思ってるから、そーいうのはナッシング!」
由理の答えにも、いくらか慣れたのか、苦笑いを浮かべて、よかったね、などと返す3人。
3人とも、悪い人間ではないようだとは分ったのが、何よりの収穫である。
「そういえば、まだちゃんと自己紹介をしていなかったな。俺は緒川空。空と呼んでもらって構わない」
「私は青空由理。由理って呼んでね! 後、空君の彼女です、ブイ!」
勢いよくやる由理だが、果たしてこれがどこから来ているか通じるだろうか。
いや、通じるわけはないだろう。それでもお構いなしなのがらしいといえばらしい。
「私はフィオネ・グリネン。フィオネでいいわよ」
「あー、私と口調かーぶーるー」
「え?」
「気にするな」
どう考えても、そんなことに文句を言っても仕方がない。
俺も、口調が似ているな、とは思うが。
「次は俺だな。パルス・ラツィア。パルスって呼んでくれ! 後、フィオネの彼氏だぜ、ブイ!」
「えへへ、返してくれたね! やったー!」
「よし、今日は2人で食事しようぜ。個人的な親睦を深めようじゃないか」
どこかで見たやり取りである。飽きないものだ。
そして、さっきも見たように、パルスは頬をつねられる。
やはりどこかで見た。本当に飽きないものだ。
「あ、あの私の番なのですが」
相変わらず、その場の空気に介入できないままだったラミアが、なんとかして口を開く。
「俺は構わんぞ」
「でも、由理さんが」
「ほうっておけ。興味があれば戻ってくる」
「では。私はラミア・リンスヴァードです。一応、この3人のリーダーということになっています」
確かに落ち着いてはいる。
成る程、まとめ役としては一番いいかもしれない。
もう少し、自分を押し出してもいいような気もするが。
「リンスヴァード? この王国もリンスヴァードといったな」
「そう、ラミアはこの国のお姫様でもあるわ」
パルスの頬をつねながら、フィオネが付け足す。
「ほへー、お姫様なんだー。あれかな、あれかな? 悪い大臣とかにぐへへへ、とか狙われちゃった事とかあるのかな?」
「いえ、そんな事は……それより、ぐへへへ!?」
「付き合うだけ無駄だ。流していいぞ」
「んもー、そんなマジレスしないでよー、泣いちゃうよー」
面倒くさい。
ラミア達に、泊まれる場所はあるか、と聞く。
どうやら、この城の一室を貸し出してくれるらしい。
一応、勇者として呼び出したので、国賓待遇にしてもらえる、といわれた。
正直、寝床と最低限の食事でも用意してもらえればそれでいいのだが。
だが、厚意を無碍にするのも気分が悪い。
ならば、素直に聞き入れるのが最善というものだろう。
「では、案内しますね」
今考えると、姫じきじきに案内などしている事になる。
どうやら、自分は身分が高い、と周りを見下すような事はない人物のようだ。
「って、空君、1人だけお休みするつもりー!?」
「置いていかれるのが嫌ならば、ついてくればいい」
「ひっどーい!」
由理の非難をいつものように流しつつ、いつもと少し違う生活が始まろうとしていた。
そのためにも、今日は案内される部屋でゆっくりと休めればいいのだが――由理が大人しくしていられるわけが無かった。
案内しているラミアの後ろで、フィオネとパルスに向かって騒ぎ立てる。
「ねえねえ、この世界って、召喚儀式やるくらいだから、魔法ってあるんでしょ!?」
「う、うん」
「やっぱりあるんだ! やだー、私もつかえるかな、気になるー!」
このままでは、またどこかへ消えかねない。
由理の手を掴む。とりあえず、これでどこかへ消えたりはしまい。
俺の行動に驚いたのは、フィオネとパルスである。
2人とも目を丸くしている。
「え、空君って、そういうことも一応やる人なんだ」
「そんなイメージ無かったぜ。ツボは押さえてるんだな、おい」
「あー、これはねー、私が勝手に動き回らないための措置みたいなもの、かなー」
由理が気持ち、落ち込んだような様子で語る。
そうでもしないといなくなるのだから、仕方あるまい。
「えーと、恋人だからっていうより、親が小さい子供の手を引いてるのに近いの?」
「うん、そんな感じなんだよね」
「でも、なんか納得したぜ」
パルスもフィオネも、納得したようだ。
確かに、今日の事を見ても、すぐいなくなってしまうというのがわかろう。
その反応で、珍しく硝気ている様子の由理に、フィオネが声をかける。
「そうそう、魔法使いたい、だっけ? 私達、魔法学校に通ってるから、一緒に通うってどうかな?」
「魔法、学校?」
変な餌が与えられる。これは間違いなく、食いつく。
「魔法学校かー、私、そういうの憧れてたんだよねー! ホグワーツみたいな感じかなー、いいなー」
「ホグなんとかってえのは知らないが、楽しいぜ! なんなら、先に魔法の基礎知識でも教えてやるか? 勿論、マンツーマンで」
「へー、マンツーマンかー。家庭教師みたいで、いいね!」
これは、もしやまた同じ流れになるのではないだろうか。
学習しないのか。わざとなのか。
前者なら、ただの馬鹿で終わりだが、後者なら、無闇やたらと頬をつねられよう、などと奇行に走っていることになる。
そして、やはり頬をつねられるパルス。
「魔法の基礎知識なら、どの道空君にも説明しないと、だ、め、じゃ、な、い!?」
どうやら、区切りごとに力を込めているらしい。
今回は、つねるだけではなかったようだ。
見事な拳と蹴りが入っていく。
そのたびに聞こえてくる呻き。
「ちょ、ま、つねるだけって約、ご、ごふぁ、ぐおわッ!」
今日確認した限りで3度目だ。
やり方を変えたのだろう。
俺たちの知る言葉には、仏の顔も3度まで、というものもあるくらいだ。
「おお、ダイゴダァ、ってやつだね! やっるう!」
由理が、妙なところに感心する。
それならば、ダイイチダァ、あたりからやらねばなるまい。
パルスがノックアウトされたようだ。グッタリしている。
大丈夫だろうか。あれは。
「ええと、そういう話でしたら、ひとまずお部屋に入って、それからでもよろしいのでは」
俺たちより付き合いがずっと長いであろうラミアが気にしていないのならば、大丈夫だろう。
それ以前に、フィオネも加減を知っているはずだ。どうせ、死にはしまい。
大体俺の今までの経験で、この手の輩の生命力はゴキブリ並である。
「そうだな」
「パルス君、こんな状態で大丈夫?」
由理が心配そうな表情を浮かべる。
だが、どこから拾ってきたかわからない木の枝で顔をつっついているせいで、道端に転がっている犬のフンか何かをいじっているようにしか見えない。
「大丈夫じゃない、問題だ、とでもいわせたいのか? だが、問題ないだろう。恐らく」
「ちょっと、突っ込むタイミング逃しちゃったよ! テンプレの後に別の処理入れるなんて、ひっどーい!」
「む、騒ぎすぎてしまったか。済まない。部屋に案内してくれ」
俺の言葉に、少々呆れ気味になっていたものの、ラミアは部屋に通してくれた。