一日遅れのトゥーユー
「遅い」
開口一番にそう言われて僕は開けたドアを閉めたくなった。
僕は学校が終わってからすぐに来たはずなのになぜ、彼女はそこまで怒っているのだろうか。
確かに最近は週末の学校祭に向けての準備が忙しくて来ていなかった。でも、今日はクラスメイトたちに仕事を任せてここまで急いできたつもりだ。いつもよりは遅いから怒っている? だとしたら最近来なかった方に対して、彼女なら怒るはずだと僕は思う。
思いながらいつも通りベッドの横の椅子に座る。
僕がそんなことを思っているだろうことに当然のように気づかない彼女はもう一度、遅い、と言ってそっぽを向いた。
空は赤と藍が混じりあった色になっている。秋分の日を過ぎた今だとあっという間に暗くなるだろう。
「今日が何月何日か答えなさい」
「え?」
ぼんやりと彼女が向いた窓の外を見ていた僕はその言葉に戸惑う。秋分の日も過ぎた日曜日。週末に学校祭を控えた今日という日を彼女に告げる。
「じゃあ、昨日が何月何日かわかってるわよね?」
それはそうだろう。
「昨日って何か特別な日だったっけ?」
その言葉に彼女の肩がピクリ、と震えたことで特別な日だったのかとわかる。わかるのだけども、いったい何の日だっただろうか。彼女と付き合い始めてまだ日が浅い僕にはよくわからない。
「わからないなら教えてあげるわ。昨日は私の誕・生・日。だったのよ!!」
わざわざ一字ずつ区切って彼女は教えてくれた。誕生日だったのか。素直に祝うけれど……。わざわざ怒るっていうことは……。
「ひょっとしてプレゼントとか期待してた?」
「……してたわよ。悪い?」
拗ねたように言われた言葉はその小ささにもかかわらずやけにこの部屋に響いて、沈黙が流れた。僕、何も用意してないんだけど、どうしようか。今から何か買いに行くというのも白々しいし、かと言って今持っているものから渡すのもよくない気がする。
でも、よく親がなんでもそろえてくれる、と自嘲気味に自慢していたし、彼女は親から盛大に祝われたのではないのだろうか。それなのに僕にまでプレゼントを求めるとは少し図々しいのではないか。
「親からもらったんじゃないの?」
「あら、それはあの人たちからプレゼントをもらっておいてなお、あなたにねだる私は図々しいということかしら」
思ったことをすこしだけオブラードにくるんで言ったらあっさり中身を見透かされた。
言葉に詰まった僕を無視して彼女は落ち込んだような、その気持ちを吹き飛ばすような、そんな感じの声と表情で続ける。
「あの人たちはね、お金しかくれないのよ。長い間別々に暮らしていたせいかしら。愛しい娘のことは気にかけすぎるくらいに気にかけてくれているけれど、私の欲しいものが何かわからないのよ。
だからここ数年は多すぎるほどのお金でもらっているのよ」
それが最後の一言はどこかつまらなそうな、彼女の親を小バカにするようなそんな感じだった。どうやら彼女はプレゼントが欲しいらしい。
「もう少し遅れていいんなら今度の学校祭の時にでも何か買ってくるけど」
僕の学校祭は中学校のそれであるが、僕が普段は行かないドーナツ屋が商品を出している。全校生徒に共通で人気であるが、ドーナツであることと十月であることから買うものさえ選べば朝一番に買っても悪くなることはないだろう。それをプレゼントとして渡せばちょうどいい、そう思って言ったのだ。
彼女はそれを聞いて機嫌を直したようだ。素敵な笑顔を浮かべて嬉々として学校祭のことを聞いてくる。学校祭を体験したことがなく、また学校祭について語ってくれる人がいないらしく熱心に聞いてくれる。
それからしばらくして、彼女は明るい声で言った。
「じゃあ、私をあなたのところの学校祭に連れて行ってちょうだい」
「は?」
まるで旅行に行くときにお土産の指定をするかのような軽さだった彼女の発言を残念なことに僕はうまく理解できなかった。
「は?」
「だから、あなたのところの学校祭に行きたいのよ」
「なんで」
「百聞は一見にしかず、よ。私だって普通の人たちがやってること、私はすごい気になるもの。それにとっても楽しそうじゃない」
「まあ、楽しいけど」
「じゃあ連れてってちょうだい。そうねえ、これを誕生日プレゼントにしてもらおうかしら。学校までの案内と学校祭でのエスコート役として。夜ご飯はコンビニ弁当っていうのを食べてみたいからそこにも案内してちょうだい。
ああ、お金の心配はいらないわ。さっきも言ったけれど親からいっぱいお金をもらっているから奢れ、とは言わないわ。
そんなハトが豆鉄砲食らったような顔してどうしたの? 病院なら抜け出せるわ。土曜日と日曜日の二日間かけてやるのよね。それじゃあ、日曜日の朝。そうね……早くてもいいから七時ごろに迎えに来なさい」
「でも、外に出て大丈夫なの?」
「大丈夫よ。死ぬつもりはないから」
「そういう問題じゃねえよ」
「それならどういう問題なのかしら」
何も言えなくなった。彼女は本気だということだけがよくわかる。
すでに彼女は日曜日に何を着ようかと考えている。僕がどれだけ言葉を重ねても聞いてくれないことだけはわかる。付き合いは短いが、それはよくわかる。
「日曜の朝七時よ。到着が早すぎても別にいいわ。案内してちょうだいね」
その言葉に僕は了解の返事を返したのだった。
この後の日曜日。いろいろあったのだが、それはまあまた別の機会に。
あとがき
まずは最後まで読んでくださった皆さんに感謝を。
この話は『彼と彼女の短編シリーズ』の時系列内では初期の方になります。初めてこのシリーズを読んだという方は他の話も読んでみてくださるとうれしかったりします。
自分の誕生日記念です。タイトルの通り一日遅れての投稿ですけどね。自分としては昨日投稿したかったんだけど仕方がないね。
この後のことは学校祭シーズンに書きたいと思っています。書ければ、ですが。
では。
2011.07.20 紅月