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終わったハロウィン

作者: 魚住エスカ
掲載日:2026/06/04

 10月31日。

 なんだかんだで都市部は狂った人たちでごった返す。

 俺もまた酔いつぶれて玄関で寝ていたようだった。

 これに気づいたのは目が覚めてからだった。

 アルコールが巡った最高に気持ち悪い目覚めは寝床の悪さも相まって全身に疲労感を蓄積を感じさせた。

 ゆっくりと腕を使ってうなりながら立ち上がる。

 はぁと息をつきながら壁に身体を支えてもらいながら、水を求めている姿はさながらゾンビの様。

 扉に手をかけたとき、気配を感じた。

 だが、それよりも渇きが先行した。

 開けた瞬間、そこには見知らぬ人が冷蔵庫を漁っている。

「うあああああああ!誰だよ!」

 せっかく立ち上がれたのにまた崩れ落ちる。

 ぐちゃぐちゃと、冷蔵庫の……何かを咀嚼する音。

 冷蔵庫の扉がゆっくり閉まって見える顔。

 ……誰だ。

「おひゃまひてまふ」

 口いっぱいに何かを頬張りながら喋る泥まみれで汚い男。

 口からあふれ出る汁。汚い。

「何食ってんだよ!」

 しりもちをついたまま気になることが多すぎて、答えが返ってくる前に質問を返していた。

 ごくりとでかい塊を飲み込んだ音が響く。

 なんだか生臭い。口から垂れた汁の匂いか?

「いや、無性に肉食いたくてさ。鍵開いてたのがこの部屋しかなくて」

「は?」

 意味が分からなさ過ぎてとっさに出た全力の疑問。

 そうか、帰ってきてすぐ扉の鍵を閉め忘れて不審者が入ってきたのか。

 迂闊だったなと頭痛。これは二日酔いも相まっている。

「ちょっと待て、今冷蔵庫に2㎏ぐらい買ってた鶏肉……」

「あ、7割ぐらいは……」

 ちょっと照れ臭そうに視線を逸らす。

 全くかわいくないんだが。

「うっそだろお前」

「てへぺろ」

 だからかわいくないんだって。

「あのさ、なんで生肉食ってんのさ」

 そもそも論である。

「いや……それはわからなくて。なんかどっかで頭ぶつけてからこんな感じで」

「聞いたことねえわそんな展開」

 そういうのは大体記憶喪失とか、そういう感じなんじゃないのか。

「いやあ、ホントなんだもん」

「とりあえずだな、そのくっせえ身体何とかしてくれないか。第一、ハロウィンは終わったぞ。本格的なコスプレだとは思うがなりきりすぎだろ」

 とりあえず鼻がもげそうで、水を飲むにもこの匂いの隣で飲んだら吐きそうだ。

「コスプレ……いやそういうわけでは……確かにまあ、めっちゃ歩いた。水の中草の中森の中……」

「……あの子のスカートの中もか」

「何を言ってるんだ」

 そこは通じてくれよ。マジトーンで返された。

「もういいから、全部水に流すから出てってくれないか」

 滑った恥じらいと肉を食われたショックとそもそも、知らない人が家にいることがもう意味不明。

 ……人なのか?

「そういわんでよ。やっと話聞いてくれる人に出会ったってのと、佐竹でしょ」

「そんなもん表札見たら誰でもわかるだろ」

「……ヨシアキでしょ。まあ、俺がここにいること自体は佐竹にとっては理解しがたいと思うけど」

 名前もあっている。不思議な感じだ。

 なんとなく、言われてみれば知っている声な気がしなくもない。

 だが、生肉を食うような友達は持っていない。

「どういう意味で言ってる」

「島崎。覚えてないか?それとも記憶から消したか?」

 ……思い出した。

「いや、ちょっと待て、もし俺が知ってる島崎なら8年前死んだはずじゃ」

「ありゃ行方不明とかじゃなくて完全に死んだ扱いなわけ?」

 確かに、誰も死体が見つかったなんて話はしていない。

 山の中でどうしても我慢できずに用を足そうとしたあいつは、突如滑り落ちていて、悲鳴が聞こえたときにはもう姿が見えなかった。

 あの時は女子もいたから、結構離れたところで待機していたのもあって本当にどうしようもなかった。

 そう、言い聞かせてきた。

「……復讐か?」

「とんでもない。あれは俺が悪い。ションベンの後面白いキノコ見つけて取ろうとしてしくじっただけだしな。そしたら頭打ってそのキノコ口に入ってたよ。まあ、その事実は誰も知らねえだろうし」

「……あほか」

 8年間抱えていた罪悪感がどっとあふれて目が潤む。

 喉乾いてるのにこれ以上水出してどうすんだ。

 なんでこんなタイミングなんだ。

「ちなみにそのキノコめっちゃまずかった。土の味」

 涙は引っ込んだ。

「そこで味はどうでもいいわ」

「せっかく口に入れたんだし気になっただろ」

「……警察と病院、先にどっちがいい?」

 携帯を取り出す。

「バカ、ちょっと待ってくれって」

「なんかアブナイキノコ食ったんだろ。おとなしくお縄についとけって」

 実際、普通じゃないのだから、診てもらった方がいいと思うが……。

「いや、言い訳させてもらうと、こんなに饒舌に喋れてるのも奇跡的なんだ。つい昨日まで……あー、大量に食べさせてもらったけど肉食うまで喋れなかったんだ」

「信じろって言われてもきついぞ」

「えぇ……でも多分、今日ちゃんとお前に話すための機会をくれたんだと思ってる。そのために色々あったけどここまでこれたんだと思ってる」

 なんだか急に熱い雰囲気じゃないか。

 それと同時に、島崎の様子もおかしくなってきた。

 息が荒い。カタカタ震えている。

「悪い。やっぱ先に警察で頼むわ」

 本当にかけることになるとは思ってなくて慌てて携帯を持ち直す。

「もしもし……家に不審者が……はい、住所は……」

「通報受けるってこういう感じなんだな、はは」

 警察に電話をかけている最中に見た島崎としての表情はそれが最期……になりそうな嫌な予感がする。

「おい、大丈夫かよ。さっきまでのノリはどうした」

「ちょっとやばいかも。何度かこういうことあったんだよね。意識飛んで、その後なんかやけに口の中が鉄っぽくてさ。体中真っ赤でさ。その度に川へ飛び込んだっけ。ああ、だから俺、泥まみれなのか」

 目が血走っている。

 どうする。

 普通じゃない。

 多分……ほんとにゾンビなんじゃないのか。

 死んでて、キノコに寄生でもされてんじゃないのか。

 だとしたら俺も食われるかもしれない。

 部屋に閉じ込めるか。

 鍵開ける知能が意識飛んだ後に残ってたら俺もゲームオーバーなんだろうけど。

 彼をおいて玄関に走る。

 急いで鍵を閉める。

 なんだか2度も見殺しにしたような気分だ。

 扉の前でまたへたり込んでしまった。

 今度は外で。

 日中とはいえ、風は冷たく、このまま座り込んではいられない温度。

 ただ唖然として気持ち悪くて何もできなかった。

 それにしても休日にしてはやけに静かだ。

 アパートの3階から周囲を覗く。

 公園から子供の声がしない。

 珍しい。

 だけど、あんなものあったろうか。

 黒い袋がたくさん積まれている。

 その袋の周りに黒い服を着た人々。頭から足の先まで……ってどういうことだ。

 遠くてよく見えないが、多分、マスクをつけている気がする。

 それはそれは、なんとも物騒な……。

 肝がどんどん冷えていく。

 お隣さんなら何か知ってるだろうか。

 チャイムを鳴らそうとしたところで予測したように扉が開いた。

 それは、一斉に。

 3階の1号室から5号室まで。

 もちろん俺の部屋も。

「あ、終わったわ」

 予測した運命に観念した。

 しかし、思っていた結末とは異なっていた。

 扉から出てきたのはガスマスクをつけた人と大量の煙。

 思わずむせた。

「まだ残っていたか」

「わー待って待ってほんとに待ってって」

 全力で手を挙げた。

 祈りは通じて殺されずには済んだ。

 

 あの後、めちゃくちゃ取り調べを受けたり検査を受けたりと非日常が待っていた。

 あのアパート1棟丸ごと”消毒”されたらしい。

 島崎がやらかしたのかどうかまでは聞いていないというか、教えてくれなかった。

 そもそも、会話できるあの手のヤツを見たことがないらしく、俺の話もなかなか信じてくれなかった。

 というか、過去に事例があったようなのだが、口止め料として結構な金額をもらってからこの件について深入りはしていない。

 当然、アパートも引っ越した。

 その時家財はほとんどダメになっていたが、机の上に一言メモが置いてあった。

 急いで書いたのだろう。殴り書きで書かれていた。

「勝手に押し入ってごめん。だけど表札を見て鍵開いてて顔見て、運命だと思ったんだ。お前のせいじゃないって伝えたくて。後、お前に手を出さなかったことだけは褒めてほしい。追伸、多分何回かスカートの中も入ったかもしれん」

 やっぱネタわかってんのかわからない回答にフフッとなりながらもそのメモを大事にしまっておいた。

 本当に、あいつは俺に言いたいことを言いに来ただけだったんだろうか。

 それはわからないけど、そう言い聞かせている。

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