6、天才の弟子たち
あれから三十年。フリーデリケは大公国の総司令官として、帝国の侵攻を阻むべく陣頭指揮を執っている。
帝国側から届く知らせは、かつての知り合いたちの凄惨な近況を伝えてくる。
フリズナ公爵ミケーレは、皇帝ジュゼッペによって反逆の嫌疑をかけられ、処刑された。彼が愛したはずの帝国が、彼を刑場へと引きずり出したのだ。彼に近い人々も、そのほとんどが粛清の嵐の中で刑場の露と消えた。
訃報さえ届かないのは、もう名前も忘れてしまったあの後輩だけだった。だが、彼の気配は今の戦場には感じられない。
大公国は、帝国の粛清から逃れたフリズナ公爵の教え子たちを多く受け入れた。前線で剣を振るうシルビアやヴァルデトルーデも、ミケーレの理論を継ぐ年の離れたフリーデリケの後輩たちだ。皮肉にも、ミケーレが生涯をかけて築き上げた軍事の結晶は、帝国ではなく、帝国の侵攻を受けているこの小国にこそ、深く、正しく根付いていた。
フリーデリケはただ、愛するミケーレが守り育てた帝国軍を、総司令官として冷静に、そして徹底的に撃退することだけを考えている。
彼女は執務机の本棚から、ボロボロになった一冊の教本を取り出した。角が擦り切れたその本を、冷えた指先で愛おしそうに撫でる。三十年前、彼と一緒に眺めた地図のシミ。彼の熱い指先が触れたページ。そこには、軍事という残酷な科学を、愛の詩のように読み解いた二人の時間が閉じ込められている。
「……愛する人が守り育てた軍を、私が壊す。皮肉なものですね、教官」
フリーデリケはつぶやいて、教本を閉じた。もしミケーレが存命であれば、今の自分の戦略をどう評しただろうか。
フリーデリケは襟を正し、司令官の仮面を被る。
窓の外、厚い雲の切れ間から、冬の終わりの鋭い光が差し込んでいた。それはまるで、かつて彼からもらった、あの短くも鮮烈な季節の残光のようだった。
「さあ、始めましょう。ミケーレ。あなたの生徒が、あなたの愛した帝国軍を、その誇りごと雪の下に葬って差し上げます」
フリーデリケは教本を閉じた。指先に残ったのは、擦り切れた紙の冷たさだけ。三十年前、彼女の肌を焦がしたあの熱は、もうどこにもない。
フリーデリケはただ、凍てつく静寂の中で、亡霊となった愛する人の教わった死のチェスを指し続ける。




