II
「屋台通りを抜けた時に荷物が多すぎて一回地面に置いた時があったから、もしかしたらその時に取り忘れたのかも」
消したばかりのランプに再び火が灯り、部屋を薄明るく照らす。
「明日もまだそこにあるか分からないし今から取ってくるよ」
「いやだめだ。お前は外に出るな。何かあったら助からない」
そう言って外に出ようと腰を上げた僕をシオンが静止する。僕はシオンの言葉に確かにと頷くと上げた腰を再びベッドへと戻した。
僕自身の身体能力はそこまで高くない。職業としても戦闘向きとは言い難いもののため、トラブルに巻き込まれると必然的にシオンやアベルも巻き込んでしまう可能がある。
特にアベルを危険に晒すこと、これはあってはならない。
シオンは泣きそうなアベルを膝下へ寄せると頭にそっと手を置いた。
「アベル。クマは家族のところへ帰ったみたいだ。そっとしておいてやろう」
シオンっ。普段の様子からは想像できないシオンのお兄さんスタイルに思わず感動して心の中で拍手する。
「いや、ぬいぐるみに家族はいないよ」
そんなシオンを薙ぎ倒すようにアベルの言葉がシオンを突き刺す。
「そうか、そうだな」
そしてその言葉になぜか納得したシオンはそう短く返すと立ち上がって部屋のドアノブに手をかけた。探しに行く気だ。
と、その時だった。
ガチャリと扉が開き、クマのぬいぐるみを持った一人の少年が姿を現した。
褐色の肌に鼻の頂点から頬に繫るまばらなそばかす。歳はおそらく10ほどだろうか、アベルと比べるとかなりお兄さんの顔立ちをしている。
「あっ、クマさん」
1番最初に声を発したのはアベルだった。短い足でシオンの側まで走って寄ると、シオンの足に隠れながら少年の方に手を伸ばし、それをよこせと言わんばかりに手を開いて閉じたりしてグーパーしていた。
「宿の前に落ちてた。今貸してるのはこの部屋しかないからあんたたちの物じゃないかっておばさんが。だから、はい」
そう言って少年は忙しなく手を動かすアベルにぬいぐるみを渡した。渡されてすぐにアベルは嬉しそうに照れながらも「ありがと」と小さく礼を言うとベッドに向かってダイブした。かと思えば、2秒後にはクマのぬいぐるみを抱きしめながら寝息を立てて丸くなっていた。
幼いって不思議だ。
そんなことをよそに、扉の前では何やらシオンと少年が何かを話している。
聞き間違いか?一緒に旅に出たいと言っている気がしたのは。
「頼むよ!俺も世界を冒険したいんだ!」
いや、実際に言っていた。
「だめだ」
「な、なんで!」
「自分の身を自分で守れない奴の居場所はここにはない」
これはシオンなりの優しさもあるんだろう。旅は危険だ。それを1番知っているからこそ少年には危険な目に遭って欲しくないのだろう。知らないけど。って、自分の身も守れない奴って、それ僕も含まれるんじゃシオンさん?
「お、俺守れるよ自分のことも仲間のことも!【剣士】なんだ!」
「足りない。何もかも」
「っこれからもっと強くなるよ!」
「……もう寝ろ。邪魔だ」
そう言うとシオンは扉を無理やり閉じると少年の声を遮った。
扉の外からは微かに少年の声が聞こえてくる。
「また明日も言いにくるからな!絶対連れていってもらうから!俺は勇者様の右腕になってみんなを守ってあげたいたんだ!そのためには強くなるための旅修行がいるんだよ!絶対連れていってもらうからな!」
その言葉を最後に静かになったかと思えば、立ち去り際に「頼むよ」とすがるような声を残して少年はその場を後にした。
「………勇者の右腕かぁ」
先ほどの少年の言葉が気になり、僕はそうぼそりとつぶやいた。それに反応するようにベッドに腰を下ろしたシオンも口を開く。
「あれくらい大きくなったらもう世界の魔法が効いてくる。そんなことも言い出す年頃だ。アイツに耐性はない。旅には連れていけない」
それがすべてだ、そう言い切るような口調でそれだけ言い残すとシオンはベッドで横になって目を閉じた。
僕はランプの火を消し、目を閉じると再び夢の世界へと入っていく。
部屋はシオンが張った結界魔法によって目には見えない温かい光に包まれていた。
自分の身も守れない奴の件、聞き忘れたなぁ。
翌日の朝、朝食を済ませた僕達は馬車から荷台を外すとシオンの怪力で荷台を動かして『願いの木』がある広場に向けて移動していた。
願いの木というのは葉や紙に書かれた誰かの願いをできる範囲で誰かが叶えてあげるといった仕組みの物らしい。
真似しようとしても真似できない、この国だからこそできる物だろう。
ちなみに広場にはたくさんの人が集まるらしくそこで一稼ぎするために荷台を移動させている。もちろん検問所で商業の許可は取っているよ。
街を進んでいるとアレミアの国民も仕事の準備やら育児やらで少々慌ただしく動いている様子が見られた。それでも、荷台を押している僕達がその場を通れば笑顔で挨拶をしてくれる。
「おはよう旅人さん。いい朝だねぇ」
「おはようございます!」
「こりゃあ驚いた薬処だったのかい。仕事が終わったら買いに行かせてもらうよ」
「はい!お待ちしてます!いい薬揃ってますよ!」
「元気だねぇ」
ふっふっふっ、元気だけが僕の取り柄なんだ。宣伝頭として仕事はきっちりこなさせてもらうよっ。
そんなやりとりをしながらひたすら馬車を押す。シオンからしたら指一本支えてもらっている感覚に過ぎないかもしれないけど、僕の顔はすでに満身創痍だ。
ちょっと坂道になってるんだここ。
「見えてきたぞ」
「わぁ!」
シオンとアベルの声に息を吸い吸いしながら顔を上げると、少し先に大きな木の頭が見えた。近づく度にその全貌が露わになり、一言で言うと、ど迫力の大木がそこにはあった。
幹は強く、シオンの体のように引き締まった不動の強さを放ち、葉は青々とした濃い緑に覆われていた。
それを銀色の淡い光が覆っていさえする。
…………あれは恐らく、
「結界魔法だ」
「だよね」
僕とシオンの顔が曇る。
あの結界にはとても強い魔力が込められている。かなり腕の良い【結界師】があの木を守っているんだろう。
問題なのはあの魔法の錬度。離れていても感じ取ることができるあの異様な銀色の魔法の圧。
『勇者の加護』を受けている結界師のもので間違いない。
頭に銀髪の勇者たちの影が一瞬よぎる。人道から外れた悪魔が喉元を締めてくる。
「いくぞ」
シオンは一言だけそう言うと、荷台を引き、僕達は願いの木へと向かった。
朝から汗で服びちょびちょ。
「近くで見るともっとでっかいなぁ」
「でかぁー!」
荷台を結界のギリギリ外に置き、石の上に腰を下ろした僕とアベルはその大木に見上げて思わず声を漏らした。
距離がある時は分からなかったが、大木の周りには芝生が敷き詰められ、その空間だけ森林の中の憩いの場のようなものが出来上がっていた。
大木に呆気に取られるそんな僕達を横目に、シオンは荷台から「シオン薬処」の看板を取り出すと荷台の上部にある取っ掛かりに立てかける。
ここからはひたすら売って売って売りまくるだけだ。
昨晩のことも考えるとたくさん売れてくれるとありがたい。アベルはその間暇になってしまうけど、芝生の草を抜くのに必死な様だからそのまま抜き続けて時間を割いてもらおう。
「って、アベル芝生は抜いちゃだめだってぇ!」
「わぁ」
芝生に座り込むアベルをひょいと持ち上げ脇に立たせる。
「めっ!」
「ごめんさい」
そこからは特に何も起きたりすることもないまま、順調に薬が売れてゆき、ゆっくりと時間だけが過ぎていった。
これは大木を観察していて分かったことだけど、大木自体も何らかの魔法によって生み出された物で、幹や根っこ、葉っぱの一枚に至るまで魔力を流し込めば誰でも操ることができる物だった。結界の外には出せないけどね。
願いの木というこの大木にどうやって願い事を書いた葉や紙をつけたり、取ったりすることができるのか疑問だったけど、魔力で操作できるのなら葉っぱ一枚操ることなんて子供でも容易い。
簡単だがよくできた仕組みだった。
そんなこんなで僕も一つ、誰かの願い事を受けてみることにした。薬がある程度売れ、客足が減り始めたためシオンの許可がおりたからだ。
僕は結界をくぐり、大木の下まで足を運ぶ。
すると僕の真上からひらひらと1枚の葉がゆっくりと落ちてきた。僕はそれを手を伸ばして掴むと文字が書いてある葉の裏側を見る。
『ウチの犬が決まった場所でうんちしてくれません。誰か良い躾方を教えてください。
氏.コルン・M・サント』
「ははは、なんだそりゃ」
そんなことまで願い事に含まれるのか。面白いなぁ。………いや、でも待てよ、決まった場所にうんちしないならベッドの上に上がってきてうんちする可能性もあるってことだ。ご飯が並んだ食卓の上にもしてくる可能性があるってことだ。うーん、これは確かに願い事になるね。
そんなこと思っている間にも僕の真上からは一枚、また一枚と葉が落ちてくる。
僕は興味本意で落ちてくる葉をまた一枚と取って見てみる。
『エルフを嫁にしたい
氏.ノーラン・U・パス』
これは無理じゃないかなぁ。異種族婚は御法度だろうに。
「第一僕にこれをどうしろっていうんだ全く。ふふっ」
いや、でも待てよ、御法度承知で貫き通したい信念がそこにあるとするなら僕は見てしまった以上それに付き合う義務があるんじゃないのか?左手を添えるだけでも実行するのが人としての道理じゃないのか。うーん、難しい。
また一枚、落ちてくる葉を掴んで裏を見る。
『たすけて
氏. 』
「………え?」
一瞬、体が固まった。
名前は書いてない。たった4文字。しかし紛れもなく誰かの助けを求める願い事。書き慣れていない文字の歪み、これは子供が書いたのではないか。いたずらか、そのため名前が書いてないのか?
色々な考えが頭に積もる。
いや一旦、シオンにも見せてみよう。
僕は踵を返すとシオンのいる結界外に歩み出す。そして気づいた。
大木に向かってくる王家の紋章を掲げた騎士団の存在に。




