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プロローグ







天を割り、地を震わせる者達がいた。

その姿を見た瞬間、敵の心は折れ、戦場に立つだけで勝敗を決めてしまう。歴史が彼らの足跡に合わせて形を変えていった、そんな存在。


名を『勇者』。


剣を抜かずして一国を一夜で滅ぼし、流れゆく時の速度を”遅い”と言い切る者たち、まさに戦神の継承者。

魔王軍の侵攻をことごとく撃ち破り突き進む彼らは全ての魔物から恐れられる存在であり、全ての人類から英雄視される存在だった。


しかし、魔王が討たれた日___


彼らは自ら国を作って王と名乗り、魔王の侵攻の脅威に恐れる必要がなくなった平和な世を支配し始めた。

信頼から服従へ。世が移り変わるのにそう時間はかからなかった。勇者の肖像は国の至るところに飾られ、彼らに歯向かう者、その一族は圧倒的武力の元で虐殺され、気づけば誰も彼らに逆らわなくなった。時が更に経てば支配される世が“平和”だと、誰もが信じ込んでいた。



そしてここはアレミア王国外れにある『ミレナ村』__


「塗り薬だな。ちょっと待て」


淡い肌色のローブに身を包んだ黒髪の男は馬車を止めるとその地へ降り立った。


これは勇者が支配する歪んだ世界に抗った、歴史に綴られることとなる英雄達の物語。ではなく、その陰に消えた激動の時代を生きた者たちの物語である。







森林を走る薬師の男は、軋む音を立てる馬車の手綱を軽く引き、獣道に車輪を乗せた。


朝露を含んだ木々が陽光を反射し、淡い金色の光が視界を揺らす。白馬の蹄が大地を打つたび、土と薬草の匂いが混ざり合う。


馬車の荷台には、乾燥させた薬草の束や、琥珀色の液体を湛えた瓶が揺れていた。振動に合わせて瓶が微かに触れ合い、鈴のような音を奏でる。

まるで、長旅を続ける男を癒そうと瓶達が励ましているかのようだった。


「あぁ!金鳥だ!戻ってシオン!!戻ってよー!」


男『シオン』の隣に座る灰色髪の幼子も移り変わる景色を楽しみながら口を尖らせる。


その背後の荷台の隅では馬車の揺れに頭を揺らしながら茶髪の少年が丸くなって寝息を立てていた。


しばらくして森を抜けると、道はゆるやかに開け、少し遠方の谷あいに小さな村が姿を現した。寄り添うように並ぶ家々は数こそ少ないが、屋根は整い、壁には新しい補修の跡が見える。


村は小さい。それでも、痩せ細った印象はどこにも感じさせない、そんな村だ。


「アベル、少し休憩していくか?」


馬車を走らせて丸一日、5歳の少女からしたら座っているだけで苦痛だろう。

そんなシオンの心配をよそに『アベル』は目を細めていたずらな笑みを浮かべると親指を立てて返した。


大丈夫、ということなのだろう。シオンはコクリと小さく頷くとその村の横を通過した。


近くで見た村の畑の畝は真っ直ぐに揃い、土はよく耕されていた。水路には澄んだ水が流れ、木製の水車が静かに回っていた。煙突から立つ煙は穏やかで、朝餉の支度を思わせる匂いが、風に乗って馬車まで届く。


その匂いに釣られ、ふとシオンが村の方を振り返ると1人の男が何かを叫びながら必死に馬車を走って追いかけていた。


年の頃は五十を越えているだろう。背は低く、腹は前に出て、走るたびに肩が大きく上下する。


シオンが一つ口笛を吹き、それを聴いた白馬は次第に速度を落とし数メートル進んだところで足を止めた。


「あぁ、はぁ、はぁ、あぁありがとう、、」


馬車に追い付いた男は口を半開きにしたまま、喉の奥で空気を探すように、はあ、はあと短く息を吐く。歳の割に声は若いように聞こえる。


「今日は……ふぅ、緑なんだ。ふぅ、朝からいい運動ができたよ」


「すまない。何か用だったか?」


「いやぁ、その薬屋の看板が見えたもんでね。ちょいと火傷の塗り薬をもらおうと思ってな」


男は荷台からはみ出ていた「シオン薬処」の文字が書かれた看板を指さしてニカッと笑う。


「旅をする薬師か。これから王国に向かうのか?」


「あぁ」


「あそこは良いぞー。国民みんなが幸せそうでよ」


「楽しみだ」


「妖美な婆さんがやってる店の料理もぜひ食べてもらいてぇ」


「行ってみよう」


「景色絶景だ」


「そうか」


「ここが大人になれない国と言われる所以はまずあの王国でだな__」


「火傷の塗り薬だな。ちょっと待て。値段は銅貨4枚だ」


「お、おぉ」


シオンは御者台から降り、荷台を開けると麻の布に覆われた木箱の中からりんごほどの丸い青色の容器を取り出す。


その間に、男の目に御者台にポツンと座るアベルが目に入った。


「こりゃ驚いた。灰色の髪の毛なんて珍しい。というか、見たこともねぇな」


男はアベルの髪色を興味深そうにまじまじと観察する。灰色で長く、シルクのような髪質にアベル当人の白いマシュマロのような肌がその髪色をより際立たせていた。


「お嬢ちゃんお名前は?タルト、食うかい?」


男はタルトと呼ばれる赤い果実をアベルに差し出す。が、アベルは警戒してか、一言も喋ることなくアセアセと目を泳がせていた。


その様子を見て、男はそうかそうかと言い笑うと、アベルの前でタルトを一口齧って見せた。中からは甘い果汁が溢れ、男の口から果汁がポタポタと垂れる。


「どうだ?安全だし美味いぞ?」


「妹はそういうのは食べない。すまないな」


一口齧るようアベルに促す男だったが、戻ってきたシオンが男を遮り、押し付ける形で塗り薬を渡す。


男はへへっと気まずそうに笑うと懐から銅貨4枚を取り出し、シオンに渡した。男は話題を変えようとしたのか、一呼吸おいてシオンの身体を指さして口を開く。


「いやぁ、それにしても兄ちゃん本当に薬師か?えらく良いガタイしてるな。それにその身体中の傷。俺は拳闘士か守護者当たりかと思ったけどな」


この世界には魔法が存在する。そして1人の人間につき1つの『適性職業』があり、その職業に合った専用の魔法が習得できる。


身体強化や基本攻撃魔法などのいわゆる一般魔法と呼ばれるものを除いて、専用魔法を他の適性職業を持つ者が扱うことはできない。


シオンの持つ適性職業は【薬師】。戦闘において役立つ魔法はほとんどなく、大抵の薬師は王都や村に店を構えてその生涯を終える。その常識があるからこそ、シオンの外見に疑問を抱くのは至極真っ当なことだと言える。


「鍛えているんだ」


そう短く言ってシオンは御者台に登ると、手綱を握って再び馬車を動き出させる。ゆっくりと車輪が回転し始め、道中にある石を車輪が弾きながら走り出す。


「薬師の旅人さん!少しうちで休憩していかないか!」


後方で、家で歓迎させてくれと言う男にシオンは軽く会釈すると手綱で馬を軽く打ち、合図を受けた馬は鼻を鳴らし、地を蹴って風に乗るように加速した。


目指すはこの村が属する王国『アレミア』。馬車に当たる追い風が、シオン達を急かしているようだった。








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