『「無能」と追放された俺が、実は神の加護を100個持っていた件について』
「レイン・クロード。お前は、勇者候補から除外する。明朝、国を出て行け」
王の冷たい声が玉座の間に響き渡った。集まった貴族や騎士たちが、次々と俺に嘲笑を向ける。
勇者召喚されてからわずか二週間。何の役にも立たない、ただの“異世界から来た平民”として、俺は見捨てられた。
「こいつ、召喚されてきたのにスキル欄が“???”ばかりなんだぜ? なんの冗談だよな?」
「【鑑定】のスキルが通らないスキルなんて、実質“無能”だよ。どうせクズみたいなゴミスキルしか持ってないんだろう!」
「スキルもない、魔力も感じられない、剣の才能もゼロ……あ〜あ、召喚の枠が無駄だったなぁ!」
勇者候補は本来五人。その中で、俺は最初から最下位だった。いや、最下位というより“枠外”扱いだった。
スキル欄にはこう書かれていた。
【加護:???】×100
鑑定しても正体不明の加護が100個も並ぶその表記は、異常だった。王国の大鑑定士ジル=エスティンすら頭をひねり、最終的に“無意味な飾り”という結論に至った。
「これ以上無駄な飯を食わせるわけにはいかん。退去を命じる」
追放の言葉は、まるで重罪人への宣告だった。
でも俺は──笑っていた。
だって、本当は知っていたんだ。
あの【???】で隠されていた加護たちが、どれもこれも、この世界の理そのものを塗り替える“神のスキル”だったってことを。
地球にいたころ。駅のホームで子供を助けようとして轢かれた俺は、死の寸前で“神”を名乗る存在に出会った。
──この世界はつまらなかったろう?
──なら、次はちょっとチート気味にいこうか。
その神が俺に与えたのは、100個の“特級加護”。この世界では未確認、未定義、未解析。だから【???】。
でも俺は転移の瞬間に、自分だけはスキルの正体が読めるようになっていた。
【神の加護:世界改変】
【神の加護:運命書換】
【神の加護:全魔法適応】
【神の加護:因果操作】
【神の加護:不死性】
【神の加護:絶対成功】
【神の加護:任意召喚】
【神の加護:神域生成】
【神の加護:時間停止】
【神の加護:言語理解】
──そして、他90個。
無限に近い力を与えられながら、俺はあえてそれを隠してきた。だって、こうなることが目に見えていたから。
俺が心底欲しかったのは、「見返し」じゃなかった。
ただ、“自分の意志で生きる自由”だった。
だけど。
人ってのは、自由を選んだ人間に嫉妬するんだよな。
王国を去ったのは、三日前のことだ。
今は王国から離れた、エルダス山脈の麓にある小さな村にいる。人が少なく、空気もきれいで、魔物もそう強くない。
俺は村の炊事を手伝いながら、たまに薬草を採り、静かに暮らしていた。
──ドゴォォォォン!!!
地響きが村を揺らしたのは、午後のことだった。
空を見上げると、黒い煙と共に、巨大な飛竜が接近してくる。背には全身黒装束の騎士──隣国ファルディアの“黒騎士団”だった。
「隠れていた王国の勇者候補を始末しろ、との命令だ!」
王国が裏で俺の存在を“脅威”とみなしていたらしい。追放は処分の一歩手前だったのか。おいおい、まだ何もしてないってのに。
……いや、そうでもないか。俺がいるだけでバランス崩すからな、そりゃ怖がるか。
俺はため息をついて、村の前に立った。
「村の者は下がってていいよ」
黒騎士たちは、俺のことを“ただの平民”だと思ってる。騎士が笑いながら言った。
「お前が勇者候補? はは、寝言か? 武器も持ってねぇ癖に!」
……そうだな。武器は持ってない。
だけど。
俺の一言で、状況は変わる。
「【神の加護・時間停止】」
バッ、とすべてが止まった。空にいた飛竜は落ちることもなく静止し、騎士は笑顔のまま動かない。
「【神の加護・因果反転】──攻撃しようとした因果を、“自滅”に変更っと」
俺が指を弾くと、停止が解け、騎士は自らの剣を腹に突き立てて倒れた。飛竜は崩れ落ち、大地を揺らす。
戦闘時間、7秒。いや、実質0秒。
「……よし。これで村には近づけない」
だけど、これは始まりに過ぎなかった。
王国も、隣国ファルディアも、俺という存在を本格的に“排除対象”に認定した。
そして、俺は気づいた。
──このままじゃ、俺の平穏はずっと続かない。
三ヶ月後。
王都が炎に包まれていた。
ファルディアが総力を挙げて攻め込み、王都周辺の都市は次々に陥落。勇者候補たちは散り散りになり、王城は陥落寸前。
国民の間には、もはや絶望しかなかった。
そんなときだった。
「黒衣の男が、戦場に現れたんです!」
王城の斥候が叫ぶ。
空間を裂いて現れたその男は、黒いフードをかぶり、ただ一言、つぶやいた。
「【世界改変:王国勝利】」
次の瞬間、敵兵は全員倒れ伏し、空には王国の紋章が輝いた。
「か、勝った……? どうして……?」
戦況は、完全に塗り替えられていた。
それを誰も理解できない。ただ、そこに“奇跡”があったという事実だけが、人々の記憶に残った。
そして王国は、彼に名を与えた。
──《黒衣の救世主》。
今も俺は、どこかの村で、薬草を摘みながら静かに暮らしている。
人を見下し、力を測り、損得で人を扱う者たちとは、距離を置いて。
たまに空に輝く星を見ながら、ふと、思い返す。
「“無能”だなんて、よくも言ってくれたな……」
けれど、不思議と怒りはなかった。
ただ、その言葉を力に変えた過去の自分を──少しだけ誇りに思っていた。