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「はい」て言ったよね?

作者: たまころ

 王城の片隅が若い男女の声で賑わっていた。

 そこは、普段は限られた者のみしか入ることの許されない王家の薔薇園。

 赤やピンク、白や黄色の美しい薔薇が秩序を持って咲いている。


「ディーノ王子ったらぁ。嘘ばっかり」

「本当だよ。きみが美し過ぎて、薔薇の花と間違えてしまったんだ」

「わたくしにも『きみは薔薇の花のようだ』って言いましたわ!」

「きみは朝露が似合う清廉な白薔薇、あの子は情熱的な深紅の薔薇。そこのきみは愛らしい桃色の薔薇。みんな薔薇のように美しくって、俺は迷ってしまうなぁ」


 ハハハハハと陽気に笑う男はこの国の第一王子。

 父親そっくりの金髪碧眼で男性的な凛々しさだが愛嬌ある性格のディーノ第一王子と、母親から受け継いだ銀髪が冷たい印象を周囲に与える第二王子セドリックには正式な婚約者がまだ決まっていない。

 そんな二人のために定期的に婚約者候補とされる令嬢達との交流の場が設けられた。

 今日は王家の薔薇園という特別な場所で、王子二人と婚約者候補達とのお茶会が開催されている。


 華やかに着飾り軽やかな会話の応酬を繰り広げる第一王子達とは別のテーブルで、ガタガタと震えているのは、婚約者候補の一人であるキャラデック公爵家の娘アイリーン。


「どうしたの? 寒い?」


 震えるアイリーンを心配して、同じテーブルでお茶を楽しんでいる第二王子セドリックが声を掛ける。


「リア充、怖い……!」


 青みがかったストレートの銀髪をさらりと揺らして、セドリックは首を傾げる。

 大衆小説好きなアイリーンは時折小説の中で覚えたセドリックの知らない俗語を発するので、今回もそれだろうか。

 

「悪役令嬢顔のわたしなんて、王子妃には相応しくないのだから、早く候補から外してくださればいいのに」


 小さな声でブツブツと愚痴る彼女の髪は金色に輝く縦ロール。冷たい美貌に輝くのはサファイアのような青い瞳。スレンダーで女性にしては背の高いアイリーンは、確かに若い女性を中心に流行して舞台化もした恋愛小説に出てくる悪役令嬢によく似た容姿だ。


 第一王子を囲むテーブル、アイリーンと第二王子のテーブル、その他にもいくつかのテーブルにわかれて婚約者候補達はお茶を楽しんでいた。

 王子のテーブルからあぶれた令嬢もいたが、王家の縁者になるなど大それた夢を抱いてないのに家柄のため婚約者候補に選ばれた令嬢達は、自ら離れたテーブルに座る者もいた。


 そんな令嬢達の中には、チラチラとアイリーンを盗み見ている者もいる。


「可愛らしいご令嬢達が、わたしの悪役顔を見て怖がっておりますわ!」


 もういや、早く帰りたい、とアイリーンは両手で顔を覆ってしまう。


「いや、あれはどちらかというときみに憧れているのでは?」


 自己評価の低いアイリーンは公爵令嬢という高い身分に関わらず誰にでも平等に低姿勢で好感度は高く、冷たい美貌は内からにじみ出る自信の無さから周囲には儚げに見えていた。


「アイリーン様、今日も麗しくていらっしゃる」

「あの華奢な手を取って慰めて差し上げたい」

「ヒールで踏まれてこのメス豚が! と罵られたいですわ」


 奇特にも、その容姿のまま偏愛的に受け入れている者もいたが。

 公爵令嬢アイリーンは一部の令嬢達からは熱狂的に支持されている。


 そんなアイリーンを誰よりも愛していると自負しているのが、第二王子セドリック。

 腹黒いセドリックが外堀から埋めてしまおうと秘密裏に公爵家に申し込んだ婚約は、アイリーンの父であるキャラデック公爵が、娘が望んでいないのならば受けられない、と拒否してしまった。

 アイリーン以外の女性は色のついた布を纏っている何か、くらいにしか思っていないセドリックは彼女を諦めることなく頑なに他の婚約話を拒んだ。


 それを知った女の子はみんな大好き、一人だけなんて選べないディーノ第一王子が便乗して、俺も婚約者はまだ決められないと言い出した。


 二人の王子に困り果てた王家は、それならばと、年頃の良家の令嬢達を婚約者候補として選出した。

 王家の都合によるものなので、彼女達に縛りはなく、他に婚約者を得た場合は速やかに婚約者候補から外れるだけだ。むしろ、花嫁修業の一環というか、箔付けとして機能している。

 中には、本気で王子妃を目指している令嬢ももちろんいる。そんな彼女達にとっては、今日のようなお茶会はまさに戦場。


 チラリとアイリーンが第一王子のテーブルに目を向けるだけで、「きゃ、睨まれてしまったわ。こわーい」とか弱い振りをした令嬢がディーノに寄りかかる。

 「怖くないよ。アイリーンは目つきが悪いだけだから」とフォローになっているのかわからない事実を告げながら、ディーノは優しく令嬢を抱きしめる。


 幼い頃から交流のあったアイリーンのことは、ディーノ王子もよく知っている。彼女が心優しく誰かを妬むような女性ではないことは、わかっていた。

 しかし、柔らかな胸を押し付けて上目遣いで自分に縋ってくる女性に、つい目尻が下がってしまう。

 人を陥れてまで優位に立とうとする気合は良いが、このような安直な行動をとるようでは王子妃は務まらないだろうな、と令嬢の弾力を感じながら考える。


 端に座る令嬢達が華やいだ声を上げ、そちらに目を向けるとキャラデック公爵家の長男ジョバンニが薔薇園へと入って来た。


「ご歓談のところ、失礼するよ。うちの可愛い妹は楽しく過ごしているかな?」


 アイリーンの兄であるジョバンニは、女性にしては背の高い妹がヒールを履くとそう変わらない背丈の、小柄な男性だ。金色の髪に青い瞳と、妹と同じ色味ではあるが、光に透けそうなプラチナブロンドに淡いブルーのアクアマリンのような瞳、加えてどこか可愛らしくもある中性的な顔立ち。

 王子達と同じようにまだ婚約者のいないジョバンニは、ここに集まる令嬢達から熱い視線を受けることも多い。


「ジョバンニか。どうしたんだ? アイリーンはセドリックと話をしているよ」

「出仕する用事があって城まで来たんだけど、妹のことが気になって寄らせてもらったんだ」


 この場で一番高位であるディーノ王子へと、ジョバンニは挨拶をする。

 アイリーン同様、ジョバンニもまた彼らとは幼馴染のため、名前を呼び捨て合うことが許されているほど関係は気安い。

 ジョバンニはアイリーンとディーノが囲むテーブルへと向かい、声を掛ける。


「こんにちは、セドリック。僕の妹はご機嫌かな?」

「ジョバンニ、来るのが早いぞ」


 恨めしそうにセドリックはジョバンニを睨みつける。

 妹思いのジョバンニは、こういった場所が苦手なアイリーンのことをよくわかっており、可能な限り同伴するか、偶然を装って早めのお迎えに来ることが多い。

 セドリックが嫌いなわけではないが、父親同様、妹が望まない限り王家に嫁に出す気はさらさらない。自分が公爵家を継いだ後も、ずっと家にいてくれたっていいとさえ思っている。


「ん? なんだか騒がしいな」


 ジョバンニが入って来た薔薇園の入り口で、言い争うような声が聞こえる。


「招待を受けていない方は、ここから先へは通せません」

「招待状は何かの手違いで来なかっただけなんだから、別にいいでしょ」

「我らが勝手に判断することはできませんので」

「あたしはシャイニー伯爵家の娘なんだよ! いいから中に入れなさいよ!!」


 薔薇園の入り口を警護している男達と、甲高い若い女の声だ。


「どうした? 何の騒ぎだ」


 席を立ったディーノ王子が、困り果てる警護員に声を掛ける。


「は! ディーノ王子殿下!」

「この女がキャラデック公爵令息の後をつけて、中に入ろうとしまして」


「え、僕の後をつけていたの! 気が付かなった」


 そう言ってジョバンニは警護員に行く手を阻まれている女をひょいと見る。

 ふわふわと揺れるピンクの髪に、神秘的なオレンジ色の瞳。年は妹のアイリーンとそう変わらないようだが、王家のお茶会に参加するには少し地味なワンピース姿の背丈は低い。

 雪のように白い肌に、零れんばかりの潤んだ瞳は、先ほどの罵声を聞いていなければ庇護欲を掻き立てる愛らしさだ。


「ああ、もしかして。きみ、噂のヒロイン令嬢?」


 ジョバンニの言葉に、そこにいた全員が、ギョッと彼女を見る。


 昨年、大流行して舞台化もした恋愛小説のヒロインと同じピンクの髪にオレンジ色の瞳。物語の設定と同じように伯爵の不義の子で、最近まで市井で暮らしていたところを引き取られたという。

 ちなみに彼女の母親は今も健在で、小説家として活躍している。そう、彼女こそが、悪役令嬢、転生ヒロインを小説の中に誕生させ大流行させた張本人。自称ニホーンという国からの異世界転生者。


「そうよ。母さんはあたしを主人公にして小説を書いたんだ。そしたら、その通りに父親だっていう貴族の男があたしを迎えに来たんだよ。でも、毎日毎日勉強だマナー教育だって言って屋敷から出してもらえなくて、いつまでたっても王子様と出会えやしない」


 小説の中では貴族が通う学園でヒロインは王子と知り合い、恋に落ち、悪役令嬢のいじめも跳ね除け、最後はハッピーエンドになる。

 しかし、現実では高位貴族は学校に通うことはない。平民達は町の学校に通うが、高位貴族など富裕層は家庭教師をつけるのが常だ。

 おそらくシャイニー伯爵は、流行のヒロインによく似た娘を貴族令嬢に仕立て上げ、政略の駒としてどこかの貴族と結婚させるつもりだったのだろう。


「だから屋敷を抜け出してお城まで来てみたら、今日は庭園が一般公開の日だからって簡単に中に入れたんだ。そしたら、王家の薔薇園てところで、王子様と婚約者候補達のお茶会ってのが開かれているって聞いて。そこにあたしが招待されてないのはおかしいだろ? 絶対、誘い忘れだって思ってたら、そこの綺麗な人が歩いてたからピンときてついて来たんだよ」


 物語と現実との区別がついていないその娘に、周囲の人間はゾッと顔を青ざめさせる。


「きみの母親は、なんて言っていたんだ?」

「あたしが父親のところに行きたいのなら、行ってもいいし、好きに帰ってきてもいいって。王子様と出会って恋に落ちるなんて小説みたいなことが起きたら面白いから教えてって」


 自分に声を掛けてきた豪華な装いの金髪碧眼の男に、ヒロイン娘は頬を染める。


「あたし、クララって言うんだ。あんた、もしかして王子様?」

「ああ、そうだが」


 ディーノ王子は、いつものような軽口は叩かず、温度のない笑顔を浮かべた。

 女の子大好きディーノだが、第一王子だけあり、危機管理能力は高い。こっそり夜の遊びも嗜んでいるが、相手はしっかり選んでいる。

 

「ちょっと、わたくしのディーノ王子に色目を使わないでちょうだい」

「あなたみたいな下賎な血が混じっている女が気安く話しかけていいお方じゃなくってよ」


 ディーノ王子ガチ恋勢が、王子とヒロイン令嬢の間に割り込む。

 今にもキャットファイトが始まるかという時、アイリーンが勇気を出した。


「あなたが噂のヒロイン令嬢だということは、もしかして、お母様は小説家のマリリン・モニロー先生でいらっしゃるのかしら?」


 アイリーンは恋愛小説が大好きで、中でも異世界転生作家として名を馳せたマリリン・モニロ―の大ファンなのだ。


「そうだけど。あんた凄い悪役令嬢顔だね」


 小説の中から飛び出してきたようなヒロイン娘にコンプレックスのキツイ顔立ちを指摘され、アイリーンの顔は一気に悲しみに染まる。

 よよよと倒れそうなアイリーンを、役得とばかりにセドリックが抱き留める。


「サインを、サインをいただくことは出来ますかしら……?」


 弱々しくも願いを口にするアイリーンに、クララは交換条件を突きつける。


「サインもらってあげてもいいけど、代わりに友達になってよ」

「わたしとお友達に、なってくださるの?」


 アイリーンの顔はパァッと輝く。

 誰がどう考えても、王子との恋の橋渡し役に使われることは間違いない。


「じゃあ、今度うちに遊びにおいで。招待状を送るからね」


 兄のジョバンニが助け舟を出すように間に割って入る。


「今日はもう疲れただろうから、帰ろうね。アイリーン」


 そう言って、ジョバンニは妹のアイリーンを連れて、さっさとその場から去ってしまう。

 周囲は面倒臭い女から妹を遠ざけた見事な手際だと思ったが、ジョバンニはニヤリ、と可愛らしい顔に不似合いな笑みを浮かべていた。









 数日後、クララは本当にキャラデック公爵家に遊びに来ていた。


「わぁー。お城みたい!!」


 クララはキラキラした瞳でキャラデック公爵家の玄関ホールを見回す。広いだけではなく、美しい調度品が品良く並び、訪れる者の目を楽しませてくれる。

 父親の家であるシャイニー伯爵家に引き取られた時も屋敷の広さ、煌びやかさに驚いたものだが、国の創立よりも古い由緒正しい家柄のキャラデック公爵家の広大な敷地、豪華絢爛さに圧倒されていた。

 ポカンと口を開けたまま執事に出迎えられる。


 案内されたサロンの掃き出し窓からは、美しく整えられた庭園がよく見える。

 ブランブランと足を揺らしながら、まるでお姫様になったみたい、とクララは上機嫌だ。


「待たせたね」


 そう言って、先日、城の薔薇園で会った中性的な美貌のジョバンニと悪役令嬢顔のアイリーンが姿を現した。中性的で可愛らしい兄と、ツンと澄ました美女の妹は、パーツ毎は似ているというのに、纏う雰囲気はまるで違う。


「別にいいよ。綺麗な庭を見てたし。部屋の中もいちいち高そうな物ばっかりで、高級品に囲まれてお姫様になった気分」


 そう言って楽しそうにしているクララは、挨拶も招待を受けた礼もなしに、早くお茶を出せ、お菓子を出せ、と言ってきた。

 クララはシュガーポットに入った砂糖をすべて自身の紅茶に入れ、一口飲むと「なんだこれ」と悪態をつく。

 ガチャンと音を立ててカップをソーサーへと戻し、給仕されるべきお菓子を勝手に掴み、自分の皿へと乗せる。


 その粗暴な動作に、アイリーンは驚いて固まってしまった。


「あんた、食べないの?」


 クララはもぐもぐと食べ物を口に入れながらアイリーンに話しかける。


「そんなだからガリガリに痩せてるんだよ。ほら、ちゃんと食べないとあたしみたいにおっぱいボインになんないよ。男はちょっとぽっちゃりくらいが好きなんだから」


 「ねぇ?」と紅茶を飲んでいるジョバンニに色気とは無縁のニカッという笑顔を見せる。

 確かに、クララは背は低いが、胸とお尻は大きめで、彼女のような体型を好む男性も多いだろう。


「きみはその魅力的な体で、これまでも男を虜にしてきたのかな?」

「言い寄って来る男はいたけど、そんなヤツは相手にしなかったよ。だってあたしは王子様と結婚するんだからね」


 これまで性的な関心を見せたことのなかったジョバンニがクララに興味を示した場面に遭遇して、アイリーンはぽかんとしてしまう。

 お兄様はクララさんのような方が好みなのかしら? と考えているアイリーンに、クララが問いかける。


「あんたは王子様の婚約者候補なんでしょ? キラキラ第一王子と、ツンツン第二王子、どっちを狙ってんの?」


 アイリーンは思わず首を横にブンブン振る。


「わたしのような根暗では人前に立つことが出来ませんので王子妃なんて、無理です! こんな悪役令嬢顔では貴族からも平民からも支持を得られませんでしょうし!!」

「あんたが高飛車に命令したらみんな喜んで言うこと聞きそうだけどね。じゃあ、あんたは王子様はどっちも好みじゃないの? 好きな男のタイプは?」


 クララの言う『好きな男のタイプ』に、アイリーンは考え込む。

 恋愛小説は好きでよく読むけれど、それを自分に置き換えてみたことはなかった。自分が恋をするなど、考えたこともなかったのだ。


「わたしのことを一番に考えてくれて、大事にしてくれる人、かしら?」


 これまで読んだ恋愛小説を思い出しながら、思い浮かんだ男性像を言葉にする。


「出来れば顔はきりッと格好よくて、背も見上げるくらい高くって、努力家だけど控えめで、でもここぞって言うときは護ってくれるような人?」

「そんな人間、現実にいるかよ! ま、夢見るのは勝手だからな!」


 クララはアイリーンの理想の男性を「ギャハハハ」と笑い飛ばす。

 聞いたから答えたのに、とアイリーンは涙目になってしまうが、気の弱い彼女は言い返すことが出来ない。


 お菓子を満腹になるまで食べたクララは「また来るよ」と言って帰って行った。


 そのようなお茶会が何度か続いた。

 一向に貴族のマナーを身に着ける様子のない粗暴なクララを前にすると、アイリーンは萎縮してしまう。けして彼女が嫌いというわけではないのだが、大きな声、遠慮のない物言いに慣れることはない。

 そんなアイリーンの様子に気付いてないのか、はたまた気の弱い妹への荒療治なのか、兄のジョバンニが、アイリーンの予定に勝手にお茶会を入れてしまう。


「アイリーン様は王子様達の婚約者候補なんでしょ? この前みたいにお茶会とかパーティーとかはないの?」


 今日も口いっぱいにお菓子を頬張りながら、クララは喋る。


「両王子揃っての集まりとなりますと、そう頻繁には。この前のような会は、半年に一回程度でしょうか?」


 第一王子ディーノは空いた時間に会いたい令嬢を呼び出しているようだし、第二王子セドリックから個人的なお誘いは時々来るが、幼馴染を気にかけてくれているだけだろう。多忙な彼の時間を自分なんかに使うのはもったいないと、アイリーンは丁重に断っている。

 この前のお茶会のような王家主催の場合は、半強制的なので観念して参加するけれど。人前に出ることが苦手なアイリーンは、開催日当日まで世界よ滅びろと心の中で念じている始末だ。

 

「王子達と僕ら兄妹は幼馴染だから親しいけれど、アイリーンは人前に出たり賑やかな場所は得意じゃないから、なるべく彼らには近寄らないようにしているからね」


 クララが先日、王家の薔薇園に無理やり入り込もうとしたことは、王子達の温情で厳重注意で済まされた。しかし、家でもこっぴどく叱られ、招待が無ければ参加してはいけないことを強く教えられた。


「婚約者候補の集まりは、認められた令嬢しか参加できないから、アイリーンが招待を受けていないクララ嬢を連れて行くことも不可能だね」


 言外に、クララは王子達に近づけないとジョバンニは言う。自身は勝手に同伴したり迎えに行ったりするくせに。

 アイリーンがこの前のように王子達とお茶会をするような機会があれば、ついでに連れて行ってもらおうと思っていたクララはショックを受ける。


 せっかく公爵令息と令嬢にお近づきになれたのに、肝心の王子様との出会いがないなんて。


「もうすぐ夏の大夜会がありますわよね? 王家が国中の貴族へ招待状を送りますから、もちろんシャイニー伯爵家のクララ様もご参加されるのでは?」


 社交の終盤となる夏の初め、毎年王家主催の大規模な夜会が開かれる。

 国中の貴族が招待されるその夜会は、特に理由がなければ成人した全貴族が対象だ。

 王子様に会えるかもしれない、と思ったクララの顔はパァッと明るくなる。


「家に帰ったら聞いてみるよ!」





 シャイニー伯爵家に帰宅したクララは、意気揚々と父であるシャイニー伯爵へ王家主催の大夜会について聞いてみた。


「お前は連れていかない」

「え。だって貴族全員が招待されているんでしょ? あたしだってその中に入るだろ?」

「お前のことはうちに引き取る時に我が家に籍を入れたから、お前もシャイニー伯爵家の一員ではあるが……」


 シャイニー伯爵はため息をつき、帰宅するなり許可も得ることなく、勝手に執務室に襲撃してきた認知してから数か月経った娘を見る。


「まだ最低限のマナーも身に着けられていないお前を社交の場に連れて行くことはできない。来年には連れていくから、それまで励むんだな」

「今から頑張ってマナーも勉強も頑張るから! 今年も連れて行ってよ!!」


 幼い子供のように大声を出して駄々をこねるクララを執事に任せ、強制的に部屋へと帰させる。

 若い頃に手を出した女の子供が流行りの恋愛小説の中のヒロインにそっくりだと噂に聞き、これは使えるとクララを引き取ったのだが。

 熱狂的なファンもいる小説のヒロインとそっくりなので、きっと有益な婚姻話が持ち込まれると期待していた。

 しかし、市井で育った彼女の予想以上の暴れ馬ぶりに、シャイニー伯爵は早まったかも、と自分の手に負えない案件に手を出したかもしれない不安感に襲われていた。









 そうしてやってきた大夜会当日。

 家族とともに入場したアイリーンは大勢の貴族でひしめき合う会場をキョロキョロと見まわす。


「誰か探しているの? アイリーン」


 濃紺のタキシードを着て前髪を分けたおかげで、いつもより凛々しく見えるジョバンニが妹の様子を窺う。


「クララさん、いらっしゃっていないのかしら?」


 珍しいピンクの髪に、小説のヒロインさながらの容姿だ。彼女が会場にいたのなら、どんな人混みの中でも目を引くに違いない。

 彼女の粗暴さは怖いが、まだ社交デビューしてから二度目の大夜会で緊張しているアイリーンは知った顔を探してしまう。

 会えば会ったで、きっと彼女の押しの強さに言いたいことの半分も口に出せないのだけれど。


「きっと来ているよ。後で合流しよう」


 兄のジョバンニはそう言って、シルクの手袋に包まれたアイリーンの手を取った。

 今夜のアイリーンは第二王子セドリックから贈られてきたドレスを着ている。婚約者候補の一人だから、という理由で贈られたため断ることも出来なかったそのドレスは、光沢のある白い生地に濃淡織り交ぜた青い宝石が散りばめられている。濃い青はアイリーン自身の瞳を、淡い青は青みがかった第二王子の髪色を思わせた。

 ちなみに、第二王子は他の令嬢達にも不公平が出ないように贈り物はしたが、高級ドレスサロン一着無料券、といった勝手にやってくれ、という適当さだった。


 公爵家の侍女達によって美しく整えられたアイリーンは冷たい美貌もあいまってまるで氷の女王のようだ。

 しかし、見る人にはその瞳が不安に揺れていることがわかり、儚げな印象も与えた。

 歩くだけでもその所作の美しさのわかる美貌のアイリーンに会場の者達が見惚れて「ほぅ」とため息をつく者すらいる。


 周囲から注目されていることに気が付いたアイリーンの顔色が悪くなる。


 悪役令嬢顔の公爵令嬢が親の威厳を笠に着てこんな人前にのこのこ現れて、皆様驚いて見ていらっしゃるわ。ごめんなさいごめんなさい。キツイ顔でごめんなさい。親が偉くてごめんなさい。


 生まれ持ってのネガティブさが爆発している彼女の様子を察して、ジョバンニが声を掛ける。


「きっとみんな、そのドレスの美しさに見惚れているんだよ」


 アイリーン自身が注目されているわけではないから緊張しなくても大丈夫、そう伝えたつもりだった。アイリーンも、わたしったら自意識過剰だったかしら? とその言葉に、視線を感じるほうへ勇気を出して目を向けてみる。


 アイリーンと同じ年頃の令嬢達の集団の一人と目が合った瞬間、その令嬢がふらりと倒れた。

 近くにいた友人達が「きゃあ」と甲高い声をあげて驚いたが、すぐに彼女を抱き留める。周囲の手を借りて休憩室へ連れて行ってくれるようなので大事には至らないだろう。


 彼女達が熱狂的なアイリーンファンであることを、当の本人は知らないため、アイリーンは自身の目つきの悪さに令嬢が一人倒れてしまったと落ち込んでしまった。

 実際は、憧れのアイリーンと目が合ってしまったことで、興奮が最高潮に達して気を失ってしまったのだが。


「アイリーン! お茶会以来だね」


 声に振り向くと、セドリック第二王子が百年ぶりに会えたとでもいうように、キラキラした目でアイリーンを見ていた。


「セドリック殿下、今宵の宴も楽しませていただいております」


 人怖い。永遠に引き籠りたい。

 そんな心中はいっさい出さず、アイリーンは完璧な笑顔を作る。


「俺が贈ったドレス、着てくれたんだね。思っていた以上に似合っている。いつも美しいけれど、今夜のアイリーンはまるで女神のようだ」

「素敵なドレスをいただい上に、過分なお言葉まで、ありがとうございます」


 貴族の嗜みの美辞麗句として捉えたアイリーンは、その言葉を簡単に受け流す。

 いつも通りの塩対応に慣れたセドリックは、当然のようにジョバンニからアイリーンのエスコートを奪い取る。

 今夜のセドリックの衣装は、アイリーンと揃いの布で作られたタキシード。胸元のクラバットは彼女の瞳を思わせる深い青色。


 勝手に揃いの装いにされていたことに気付かず、アイリーンは差し出された手を素直に取る。


「アイリーンのことしか目に入ってないんだな」


 呆れたように妹と並ぶ第二王子を見てジョバンニは呟く。

 アイリーンはヒールを履いた自分とそう変わらない背丈の兄に変わり、隣に並んだセドリックを見上げる。


 ふと、アイリーンの脳裏には以前クララと話した時の会話が思い出された。

「……出来れば顔はきりッと格好よくて、背も見上げるくらい高くって」あの時言った理想の男性像が、目の前にいるセドリックに重なる。

 背の高い自分が見上げるほど高い身長、切れ長のシャープな目元が涼やかな美貌の男。自分の理想を具現化したような男が、砂糖菓子も溶けてしまうのではないかと思われるほど甘やかな瞳で自分を見ている。


 アイリーンの顔は真っ赤に染まった。


「アイリーン?」


 セドリックがそっと彼女の頬に触れようとした瞬間。



 ドンッッッッ!!!!


 ガシャーーン!!!!



 轟音の後に鳴り響くガラスが割れる音。

 「キャア」「ウワァ」驚き叫ぶ声が重なる。


 アイリーンの手を握ったセドリックの手に力が籠る。

 見上げると、セドリックは力強く微笑む。


「大丈夫。アイリーンは必ず護るから」


 こくりと頷いたアイリーンの心臓がトクンと跳ねた。


 音がした方に目を向けると、どうやら天井のシャンデリアが落ちてきたようだ。

 繊細にカットされたクリスタルが無残にも床に散らばる。

 幸いにも落ちたシャンデリアの下付近には人がいなかったようで、怪我人はいない。先ほど声を上げた者達は驚いただけのようだ。


 パラパラと天井の破片が落ちる中、瓦礫と化したシャンデリアの横にちょこんと座るピンク頭が一人。


「道に迷っちゃって」


 てへ、と可愛らしく笑った女性は、クララだった。

 煤に汚れた顔、裾の破けたドレス。

 どうみても、天井から落ちて来たとしか思えない。


「何事だ!?」


 騒動を聞きつけ、会場内に騎士が集まる。

 あからさまに異質なクララを捕縛しようとした、その時、一人の男が動いた。


「会いたかったよ、クララ嬢」


 ふんわり微笑み、手を差し伸べてきたのは、公爵令息ジョバンニ。

 フォーマルな装いに身を包んだ彼は、普段の可愛らしさは鳴りを潜め、凛々しく紳士然としている。

 クララはその手を借り、立ち上がらせてもらう。


「不思議な子だと思っていたけれど、まさか空から降ってくるなんて、きみはまるで天使みたいだ」


 シャンデリアが落ち、ガラスまみれの床、落ちた天井、二人を囲うように立つ騎士達。さらにそれを取り巻くようにひしめき合うように集まった貴族達。

 そんな場面で、ジョバンニは悠然と微笑んでいる。


「手を繋いでいないと、きみはどこかに飛んで行ってしまいそうだ。どうか僕の傍で羽を休めると約束はしてくれないだろうか? 叶うならば、この命が尽きるその日まで」


 起き上がるために貸した手を離さないまま、ジョバンニはクララにプロポーズをする。

 中性的ではあるものの整った容姿、将来は公爵になることが約束されている未来、温厚で落ち着いた性格、政治に流行りの歌に地方の特産品のことまで会話をすれば多岐にわたる知識、なぜか婚約者のいなかった彼が、突然天井から落ちてきたピンク頭の美少女にプロポーズをした。


 アイリーンの頭に、兄の言葉が蘇る。

 クララと初めて会った城からの帰り道、兄は「あの子に次会えるのはいつかな」と言って、すぐに招待状を送っていた。

 彼女を招待したお茶会の度に、兄は帰って行くクララの後ろ姿を見て呟いた。

 「次はどんな行動をするのか、どんな表情をするのか、興味深い」「言葉や動きが独特で見ていて飽きない」「仔犬がキャンキャン鳴いているみたいで可愛い」「アイリーンがクララ嬢と友人になってくれて良かったよ。きっと一緒に暮らしても上手くやっていけるね」

 あれらは全て、兄が恋に落ちていく過程だったのか。

 アイリーンが、知れば知るほどクララの粗暴さに怯えていっていたことにも気づかぬほど、ジョバンニは盲目に恋に落ちていた。


「その愛らしい慈悲の唇で、どうか僕の愛を受け入れて?」


 その言葉に、クララは覚悟を決める。

 意地になって、どうしても来たかった王家主催の大夜会。

 どんなにごねても父であるシャイニー伯爵は連れて来てくれるとは言わなかった。

 市井にある実の母の家でそのことを愚痴った時に、あっけらかんと母は「なら忍び込んじゃえばいいんじゃない?」と言った。前世の貴族物の小説だとたいてい王族しか知らない抜け道とか隠し通路とかあったから、こことか、ここらへんとかから入れるんじゃない?と言って示した場所に訪れてみると、見事、不自然な石を動かすと扉が現れてそこから城の内部に入ることが出来た。

 天井裏を這って、賑やかな音がするほうへ来たところで、自分の下でミシミシと音が鳴り、気が付くと大夜会会場のど真ん中にシャンデリアとともに落ちていた。

 自分を見つめる貴族達の目は驚きと軽蔑。囲む騎士達は完全に不審者を捕縛する態勢だ。

 自分に手を差し伸べてくれた目の前の男からは、そういえば、自分が貴族になってから唯一、怒りも軽蔑した眼差しも向けられたことはなかった。

 自分だって、貴族としての常識もマナーも身に着けられていないことはわかっていた。けれど、それを言い訳に許してくれるほど周囲の人間は優しくなくて。

 出会ってまだそんなに経っていない。けれど、きっと彼は信用出来るだろう。

 差し伸べてくれたこの手は、あたしを助けてくれるためだ。


「はい」


 普段はがなり散らすような大声で喋るクララが、か細く、小さな声で、返事をした。


「はい、て言ったね? 言ったよね? やったぁ!! 早く結婚式をしようね。待ちきれないな。今夜からうちの屋敷で暮らし始めようか。きみを可愛がることのなかったシャイニー伯爵家に未練はないだろう? 身一つで来てくれれば、大丈夫だから」


 喜びに溢れたジョバンニがハッと周囲の視線に気が付く。


「お集まりの皆様、今宵は僕と最愛のクララ嬢の婚約が整った記念すべき夜となりました。我が家から祝いの酒を提供させていただきましょう」


 そう言うと壁際に控えていた城の給仕達が一斉に動きだし、グラスを配り出す。

 同時に、騎士達が天井とシャンデリアの残骸を片づけ始めた。


 この仕込みを知っていたのは王家の一部の人間と本日の給仕係、警護にあたった騎士達のみ。皆、他言無用と固く誓わされていた。

 ジョバンニの実の父であるキャラデック公爵すらポカンとしているが、手渡されたそのグラスの中身は確かに、自領で取引のある外国産の最高級シャンパンだ。

 ジョバンニから婚約をしたいとの相談など、これまで一切なかった。万が一、息子が今、手を取っている令嬢との婚約を願い出たところで、きっと許すことはなかっただろうが。

 だから、最短で確実に婚約を認めさせるため、王家の大夜会という大衆の面前でまるで運命かのように演出をして見せたのだ。

 きっとこの後も婚約解消などさせられないように、早々に子を仕込んで既成事実を作ってしまうことだろう。

 公爵は息子の知略と、それ以上の恐ろしい執着に、苦虫を嚙み潰したような顔で芳香なシャンパンをグイッと飲み干す。


「わが友でありキャラデック公爵家の長男でもあるジョバンニの婚約が決まったとは、なんとめでたい! 彼らの愛ある未来に祝福を!!」


 前に出て乾杯の音頭を取ったのは第一王子ディーノ。

 もちろん彼も今回のジョバンニの公開プロポーズの仕込みを知っていた一人だ。話を聞いた時は、相手にも知らせず本当に上手くいくのかと疑ったものだが、見事、ジョバンニの作戦通りの結果となった。

 清濁併せ吞む王家の第一王子、会場の一部を破壊するという物理的な損害まで与えた今回の貸しは大きい。約束された見返りを思い、ニヤリと笑う。


 玉座に座る王は、一連のやり取りを渋い顔をしながら見ていた。今回のジョバンニの愛の暴走の責任は、次代の王となる第一王子ディーノに一任していた。

 自分では考えつかない条件を相手にのませたその手腕は、息子ながらあっぱれだ。

 しかしながら、愛故に暴走する次期公爵も、それを楽しむ我が息子も、とうてい自分の手に負えそうにない。早いところ引退したほうがいいだろうな、とため息をついた。


 いつの間にかお祝いモードになっている会場の一角で、アイリーンはまたガクガクと震えていた。すぐに怯えて動揺する彼女に慣れっこなセドリックは驚きはしないが、心の底から彼女を心配して寄り添っている。

 セドリックは事前に内密で話を聞いていたとはいえ、アイリーンはこの公開プロポーズを聞かされていなかったはずだ。恋愛事に疎いアイリーンは、ジョバンニが恋をしていることにも気付いていなかった可能性すらある。


「大丈夫? 驚いたね」


 コクコクと震えるように頷くアイリーンを励ますようにセドリックは続ける。


「王家のお茶会以降もきみ達はシャイニー伯爵令嬢と交流を続けていたのだろう? アイリーンは人見知りだから、屋敷に知らない人間が入るのは苦痛だろうけれど、親しんだ令嬢であれば幾分良かったんじゃないか?」


 その言葉に、アイリーンの瞳がカッと見開かれる。

 突然の兄の婚約にショックを受けていたアイリーンであったが、これからはクララが一緒に暮らすことになるという事実に衝撃を受ける。

 兄は先ほど、今夜からでも、と言っていたのではなかったか?

 ということは、これから毎日、あの大きながなり声が屋敷に響き渡り、明け透けな物言いでアイリーンの心を抉ってくるのか。

 クララが悪い人間ではないことはわかっている。しかし、彼女の素直さ正直さは、生粋の令嬢であり振り切ったネガティブ思考のアイリーンには受け入れがたいものがあった。

 しかも、ジョバンニの愛を一身に受けて。

 家族を大切にしてくれる温厚なジョバンニであるが、アイリーンは、彼がそれだけではなことを知っている。忍耐強い彼は、相手が泣いても喚いても、おっとりと微笑んで自分の要求を押し通すのだ。あの兄のことだ。クララをただ愛するだけだろうか。数日前に兄の部屋で見つけた手錠は何のための物だろうか。

 煩いクララも怖いが、彼女に助けを求められても、きっと自分は何もしてあげられないだろう。


「か、帰りたくない……」


 アイリーンの小さな呟きを聞いたセドリックの目がキラリと光る。


「あのね、アイリーン。この国で一番安全なのは、王家の暮らす離宮なんだ。あそこならあの煩いピンク頭も入って来られないし、きみのことをチラチラ不躾な目で見てくる人間ももちろんいない」


 潤んだ瞳でアイリーンがセドリックを見上げる。


「それに、王子である俺はこの国でも厳重に護られているから、俺の近くにいればどこよりも安全だ。あっ! 俺の隣の部屋が偶然にもすぐに住める状態で空いているんだった! その部屋にいてくれる限り、望まなければ社交に出る必要もないし、俺以外と顔を合わせる心配もない。必要な物は全て揃っているから、今夜からその部屋に住まいを移してはどうだろう?」


 目の前にいるセドリックはこの国の第二王子ではあるが、幼馴染でもあるため、アイリーンが緊張せずに会話できる数少ない人間の一人である。

 しかも、今日初めて異性として意識したため、いつもより格好よく見えてもいた。

 突然の兄の公開プロポーズ事件で動揺していたアイリーンには、セドリックが自分を助けてくれるまさに白馬の王子様のように映っていた。


「はい」


 こくりと頷く。溜まった涙が一滴、頬に流れた。


「はい、と言ったね? つまり、俺の部屋の隣に住んでくれるってことだね? ありがとう、アイリーン。俺は生涯を掛けてきみを幸せにすると誓う」


 セドリックは感極まりアイリーンを抱きしめる。

 第二王子であるセドリックの隣の部屋とは、彼の妻となる女性のために用意された部屋だ。その部屋は、もうずっと前からアイリーンのために整えられていた。

 成長や好みの変化に合わせて都度、整え直されながら、いつからでも住まうことが出来るように。


 アイリーンの人となりを熟知しているセドリックは、そのままそっと彼女を連れて会場を出た。

 叫び出したいほど嬉しくて、ジョバンニのように大声で公言してしまいたかったが、彼はアイリーンの心を手に入れることを一番に優先した。





 この年の大夜会で、国を賑わす二組の大きな婚約が調った。

 一組は盛大に祝福を受け、もう一組はひっそりとだったが、どちらも異例の婚約期間の短さで、すぐに結婚する運びとなった。


 セドリックの隣の部屋で日々、心穏やかに暮らしていたアイリーンはこれまで彼の愛情に気付かなかった数年が嘘のように、すぐに彼の情熱にほだされて相思相愛となった。

 結婚後もアイリーンは注目されることが苦手だったため、極力人前に出ることはなかった。それでも時折、愛する夫に伴われ公の場に現すその姿は、年を重ねてもなお冷たく輝く美貌で大衆を惹き付けたという。


 そんな二人の物語は『悪役令嬢顔のわたしだって純情可憐な恋がしたい!』というタイトルで小説化された。もちろん作者はクララの母であるマリリン・モニローで、アイリーンは歓喜の涙を流したという。


 ジョバンニと結婚したクララは、すぐに妊娠、出産と繰り返し、五人の子宝に恵まれた。そのため本格的に社交界に出てきたのは結婚してから約十年後だったという。

 五人の子供を産み育てた経験からか、市井生まれで苦労をしてきたからか、まるで聖母のような女性だと、若い頃の彼女を知らない人達は言った。


 その頃、クララの母であるマリリン・モ二ローが発表した『暗闇と慈愛』という小説の内容があまりにサイコパスだと世間を騒がせたが、一部のコアなファンからは絶大な人気を得て、シリーズ化し、ロングセラー小説となったのだった。


 そして、ディーノ第一王子が真実の愛を星の数ほど見つけるのは、また別のお話。



数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ある種のホラーかと・・・ それぞれ、お互いの想い(欲望?)が一致しての相思相愛でめでたしめでたしなんでしょうね。 陛下と公爵、二人の父親に同情しちゃうけど。あ、伯爵もかな?
兄こわーーーーー‼︎
男共が揃って怖いんだがw
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