6.ド天然令嬢は妄想にハマる
最終話です。
あのカフェでの楽しいティータイム以来、わたくしはシルフィ様と親しくなることができ、今まで地味だった日常に、また少し変化が起こったように思います。もしかしたら、シルフィ様のことも、もうお友達とお呼びしてもいいのかしら⋯⋯。今度、シルフィ様にお聞きしてみようかとも思いますが、ちょっと勇気が要りますわね。
そういえば、ジョシュア様が最近、廃嫡されたとの噂を耳にしました。何か不祥事を起こされたようなのです。ミリィ様とのご結婚はどうされたのか心配しておりましたら、ミリィ様は現在、図書館司書の資格を取るための勉強をされていると、シルフィ様からうかがいました。きっと読書好きが高じてのことなのでしょう。ジョシュア様の不祥事で、ご結婚のご予定も白紙になったのだと思われますが、職業婦人を目指して生き生きと頑張っていらっしゃるそうなので、良かったのかもしれませんわ。
無事司書になられたら、ミリィ様の元気なお姿を見に、図書館に行ってみようと思っております。
もうひとつ、シルフィ様のご婚約も解消されたと、アデリン様からお聞きしました。結局、シルフィ様の婚約者のお名前は聞かずじまいだったのですが、お相手のほうに問題があっての解消ということですし、いまさらお聞きする必要もないかと思っております。シルフィ様のお気持ちを考えても、その話題には触れないほうが⋯⋯と、いろいろ心配しておりましたが、学園でお会いするシルフィ様は、以前より朗らかになられた気がいたしますので、今はホッとしていますわ。
皆さんにはさまざまな変化があったようですが、私の日常はいたって平穏そのものです。
今日もわが家のティールームでは、完璧侍女アンナが淹れてくれた芳しいお茶と、色とりどりのマカロンが用意された、小さなお茶会が開かれております。席に着いているのは、わたくしとサルーシャ様だけ。心豊かなティータイムです。
「アリー、最近は何か新しい楽しみを見つけたのかな? 少し前は観劇に夢中で、このところは読書三昧のようだったけど、今はそれも落ち着いてるみたいだね」
「まあ、サルーシャ様、よく気がつかれましたわね。さすがです。⋯⋯実はわたくし、最近、妄想する楽しみに目覚めましたの」
「も、妄想⁉︎ そ、それは⋯⋯巷に聞く、BがLする妄想なのだろうか⋯⋯?」
「はい? なんです?」
「い、いや、その、妄想とは?」
サルーシャ様が焦った様子で聞いてきました。そして、アンナはなぜか目をキラキラとさせてこちらを見ています。
「ええと、ご説明するのは少々お恥ずかしいのですが⋯⋯。わたくしの周りの人々で妄想してみるのです」
「え!? そ、それは、私についても⋯⋯?」
サルーシャ様がなんとも複雑な表情をされました。やはり、他人に妄想のネタにされるのはお嫌ですよね。わたくしは、とても失礼なことをしているのかも知れません。
「それは、予想外に高度な⋯⋯」
アンナが何かつぶやいたようですが、ちょっと意味がわかりませんでした。
「妄想された当人にとっては、失礼なことですよね。申し訳ありません。
わたくし、周囲の人々について “実はこんな隠れた一面がある” という設定を考えて、そこから物語を妄想し始めましたら、それが意外と楽しくて。
きっかけは、この前お会いしたミリィ様なのです。ミリィ様は、とても夢見がちな方で、読んだ本の登場人物になりきってしまうところがおありでした。そんなふうに物語を楽しんだら、わたくしたちの誰もが、さまざまな物語の登場人物のように感じられることでしょう⋯⋯なんてことを思いながら周囲の人たちを眺め始めましたら、いろいろな設定やストーリーが生まれてきて、妄想にハマってしまったのです」
「ほ、ほう? 例えばどんな物語なのだ? 私についての話があるなら⋯⋯ちょっと怖い気もするが、教えて欲しい」
「サルーシャ様は、そうですわね⋯⋯、一番お気に入りの設定は、“陰の支配者” です。実は、王家を動かせるほどの権力を持っているけれど、決して周囲にそれを悟らせず、秘密裏に悪人や悪徳貴族などを制裁したりするダークヒーロー! 美麗なお姿と相まって、すごく素敵なのです」
「うっ! な、なるほど⋯⋯? いやしかし、すごく素敵⋯⋯と。そ、そうか、うむ」
意外だったのでしょうか。とても驚かれているご様子です。
「お嬢様、失礼ながら、私についても何か考えていらっしゃるのでしょうか」
「ええ、アンナは普段は有能で完璧な侍女なのだけれど、もうひとつの顔は、すごく腕ききの隠密なのです。闇に紛れて情報収集したり、罠を仕掛けたり、必要ならば飛び道具で敵を殲滅! その身のこなしは軽やかで優雅、誰も正体を知らない美しきスパイなのですわ」
「ふぉっ!? 鋭い⋯⋯のか? いや、お嬢様に限って、そんなはずは⋯⋯。しかし、優雅⋯⋯、美しき⋯⋯、いい!」
なにやらひとりでブツブツと言い始めてしまいました。どうしたのでしょう。気分を害していなければいいのですが。
「アンナ、これはどう考える? 勘づかれているわけではないな?」
「それはないでしょう。非常に優れた直感をお持ちですが、それを解析するツールを持ち合わせていないはずです。お持ちなのは、あさって方向に解析する面白ツールのみです」
「そうだな。まさにその通りだ」
サルーシャ様とアンナがコソコソと二人で話しています。わたくしは、お二人を題材にした妄想を白状してしまい、お二人がそれについてどう思われているのか気になって、居心地が悪くなってきました。
「アリー、では聞くが、とても大事なことだ。
アリーは、その妄想の私たちを気に入っているのかい?」
「ええ、もちろんですわ! お二人とも、すごくすごくカッコいいのです!!」
「ははは、そうかそうか! 素晴らしい! 最高だ!」
「お嬢様! アンナはどこまでもお嬢様について行きます!」
あら、なんだか二人とも、とっても喜んでくれたみたいです。良かったですわ。では、当人の了承も得たことですし、わたくしこれからも妄想に励みますわ!
最後までお読みいただきありがとうございました!
シリーズ化してみましたので、これから少しずついろんなエピソードを増やしていこうと思ってます。
進みはゆっくりになってしまいますが、時々のぞいていただけましたら嬉しいです。