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4.ド天然令嬢は乙女の夢を壊す


 シルフィ様は、どこか嬉しそうな、楽しそうなご様子です。わたくし、うまく盛り上げることができているようです。良かった。

「シルフィ様の例え話ですが、そのような男性も現実にはいませんけれど、女性のほうも、婚約者とのお茶会に付いて来ようなどという方はいないと思います。

 シルフィ様だって、今日、ラブラブなミリィ様とジョシュア様の席に招かれましたけれど、最初は『お邪魔だから』とご遠慮なさっていたでしょう? カップルのテーブルに進んで同席したいという人はいませんから、やはり例としては少々現実離れしているような気がいたします」


「本当ですね。たしかに、あまりにも非常識な例えでした」

 くすくす笑いながら、シルフィ様は満足そうにおっしゃいました。


「非常識って⋯⋯。でも、愛し合っている二人が幸せになれるのが一番いいでしょ!?」

 ミリィ様が、焦ったご様子で言葉を発しました。あの恋愛小説に、ずいぶんと入れ込んでいらっしゃるのですね。


「そうですね。小説の二人はハッピーエンドでしたから、良かったですね」

 わたくしは、ミリィ様をなだめるように穏やかな声で答えました。


「そうじゃなくて、彼に婚約者がいても、愛し合う二人は一緒になるほうが幸せってこと!」


 小説では、令息に婚約者はいなかったはず。仮にいたとしても、ということなのでしょうか。


「仮に婚約者がいたとして、それでも愛を貫こうとしたら、父君から勘当されることになると思われます。ですが、愛し合う二人が一緒になることが一番の幸せなら、二人手を取り合って、平民として楽しく愛あふれる家庭を作るのだと思いますわ」


「か、勘当⋯⋯」

 感情移入されているのでしょうか。ジョシュア様のお顔が青くなっています。


「へ、平民!? 公爵夫人になれるんじゃないの!? 愛があっても、それじゃあ思ってたのと違う⋯⋯」


「公爵夫人? 物語では伯爵だったと思いますが。確かに、ハッピーエンドとはいえ、想いが通じ合った二人のその後は描かれていませんでしたね。

 もちろん、あのヒロインが伯爵夫人になれる道がゼロというわけでもありませんわ。ほら、たまにありますけれど、父君である伯爵に認められ、後ろ盾となっていただける貴族の家を見つけ、養女にしてもらうことができれば可能性はありますでしょう。現実ならその場合、嫁ぎ先となる伯爵家と養女にする貴族家にとって、ヒロインを迎えるメリットがどのくらいあるかも重要になってしまいますけれど。

 それに、晴れて養女になってからも、いずれ伯爵家の女主人となるわけですから、淑女教育から貴族家の管理、社交のノウハウ、場合によっては領地経営の勉強もしなければいけないとなると、平民として生きてきたヒロインには、きっと大変だろうと思います」


「そ、そんな、夢が壊れます⋯⋯。お姫様みたいになれるんだと思ってたのに」


「そうですね。がっかりさせてしまったならごめんなさい」


「現実を知ることも、また必要だと思いますわ」


「まあ、シルフィ様は大人ですのね」

 さすが、しっかりしていらっしゃるシルフィ様は、小説とはいえ、結婚に甘い夢を描くことなどないのかも知れません。


「私が結婚相手に望むのは、やはり信頼です。夢に憧れる気持ちを否定するわけではありませんが、人としての常識、貴族としての責任は、最低限守るべきこと。あまりに非常識な方でしたら、婚姻は無理と言わざるを得ませんわ」

 甘い夢を持たない代わりに、結婚相手に厳しい目をお持ちなのかと思いきや、シルフィ様は控えめとも思えるほど当たり前の望みをおっしゃいました。


「それは当然です! そのような至極基本的なところを、まるで条件のようにおっしゃるなんて、シルフィ様は寛容なお方なのですね」


「そ、そ、それは婚約の解消を考えていると⋯⋯?」

 ジョシュア様が、意外にもシルフィ様のお言葉に反応されています。


「非常識な対応をされ続けておりましたら、解消は必至となるというお話です」


「もちろんですわ、シルフィ様。もし、婚約したお相手が、信頼に値しないような、貴族としての常識があまりに欠如した方でしたら、そうなる可能性は高いでしょう。こちらが家への援助をお願いしたとか、王命での婚約とかでもない限り、解消は検討されるはずです」


「か、解消は⋯⋯困る⋯⋯」

 ジョシュア様が冷や汗をかきながら、何かを小さくつぶやいていらっしゃいます。どうされたのでしょうか。


「な、なんなの!? 聞いてたのとの違う⋯⋯! ミリィの夢はどうなるの!?」

 今度はミリィ様が、少々取り乱したご様子です。


「あらあら、ミリィ様。乙女の夢は壊れてしまったかも知れませんけれど、大丈夫ですわ。ミリィ様はジョシュア様に愛されていらっしゃいますもの」


「だ、だから、それは、違うんだ⋯⋯」


「はい?」

 ジョシュア様ったら、何をおっしゃっているのでしょう。ここは、ミリィ様を慰めて安心させて差し上げるべきところですのに。


「どういうことです? 何が『違う』のでしょうか?」

 あら、シルフィ様、かなりストレートなご質問。ミリィ様への誠意が見えないと感じて、不快になったのかしら。


「うっ」

 ジョシュア様は、まるで蛇に睨まれた蛙のよう。冷や汗が吹き出ておられます。


「ま、待ってください!」

 その時、ミリィ様が声をお上げになりました。ジョシュア様の態度に心を痛めておられるのではと思っておりましたが、思いのほかしっかりしたお声です。


「アリアさん、ちょっと確認させてください」


「はい、どうぞ?」


「貴族は結婚後も結構やることがいっぱいだし、勉強しなくちゃだし、しがらみがあるし、貴族だからって楽しく贅沢して暮らせるわけじゃないってことですよね。では、平民の女の子が、何不自由なく、ある程度裕福に暮らして、幸せになりたい場合、どうしたらいいのですか?」


 余程、小説のヒロインに感情移入されていらっしゃるのですね。小説には書かれていないヒロインの行く末が、どうしても気になるご様子です。


「ある程度裕福に、ということでしたら、成功している商家に嫁ぐとか⋯⋯になりますでしょうか。そのほかですと、貴族の愛妾になるという方もいらっしゃると思いますが」


「愛妾!? それはイヤです! 絶対イヤです!」


「ふぶっ」


「わかります! わたくしも、あのヒロインの行く末が、“伯爵令息が貴族令嬢と結婚し、ヒロインは愛妾になる” などという結末ではガッカリいたしますもの。そんな結婚、純愛を育んだヒロインだけでなく、妻となる令嬢にも失礼ですし。令息がそんな選択をしたら、男性として最低だと思います!」


「うぐっっ」


「ほんとです! 彼がそんなこと考えていたとしたら、もう、ガッカリを通り越してムカつきます!」


「ぐふぉっ」


「まったくその通りです。何か制裁を加えたいと思ってしまいますわ」


「ぐっ、ぐうぅぅ」


 シルフィ様が、結構過激な感じで同意されました。でも、乙女はやはり伴侶からきちんと大切にされたいものです。女子の気持ちが合いましたわね。

 あら? ジョシュア様がますます冷や汗を⋯⋯。うめき声も聞こえましたし、やっぱり具合がお悪いのでしょうか。


「シルフィさん、いえ、シルフィ様。私、今までいろいろ勘違いしてました。たくさん失礼を重ねてしまったこともお詫びいたします。あまりに無知で、浅はかでした。ごめんなさい!」


「ミリィさん、謝罪を受け入れます。私も、状況がよくわかりましたし、貴女のことも、よく知れば決して嫌いなタイプではないとわかりましたわ」


 わたくしにはよくわかりませんが、お二人の間には何か行き違いのようなものがあったのでしょうか。でも、わかり合えたみたいですので、良かったですわ。


「では、仮にですけれど、家柄がつり合う者を婚約者に据え、一方で、お気に入りの女性を愛妾にする、という行いを実行しようとしている男性が実際にいたら、どうお感じになりますか?」

 シルフィ様がニコニコしながらわたくしたちに問いかけました。なぜか、その笑顔に凄みのようなものを感じるのはわたくしだけでしょうか⋯⋯?


「例えばですね、私がその愛妾にされかかっている女性だったら、騙されたって気持ちになります! ずっといい顔されていて、耳ざわりのいい言葉を言われて、信じてたのに、実は全部自分の都合のいいようにしようとしていたってことでしょう? 許せない!」

 ミリィ様が、なかなかに感情のこもった言葉でお答えになりました。


「そうですわね。もし、その愛妾候補の方が平民だとしたら、貴族社会を知らないのをいいことに、夢を見させて騙したとも考えられますものね。わたくしも、乙女心を弄んだことは許せませんわ」


「私が、結婚相手の貴族令嬢の立場になったらと想像しますと、きっと、馬鹿にしてるのかと思いますわね。最初から信頼も誠意もあったものではないでしょう? 男性の好き勝手が許されていた大昔じゃあるまいし、今時、そんなの令嬢の実家も許さないです。しかるべき制裁を受けて地獄を見ればよろしいかと」


「ふふふっ、地獄だなんて、シルフィ様は女性の敵に厳しいのですね。

 でも、さすがにそこまでの男性は実在しませんわよ。だって、まだ爵位も継いでいないのに、結婚前にそんな不道徳なことをしていたら、ただでは済まされないって、考えなくてもわかりますでしょう?」


「いえいえアリア様、世の中には、普通なら考えなくてもわかる程度のことが全然わからない、いわゆる “頭がお花畑” の方っていらっしゃるのです」


「ええ、そうですよ、アリア様。私自身、夢ばかり見て、これまで自分がお花畑の住人だったのだと気がつきましたし。今思うと恐ろしいです。目が覚めて良かった」


 確かに、ミリィ様はとても夢見がちな印象でしたが、今は口調まで最初と違います。わたくしたちとのティータイムで、何か変わるきっかけがあったのでしょうか。小説の恋に夢を馳せる乙女心もお可愛らしいと思いますが、ご本人が「目が覚めて良かった」とおっしゃっていますから、きっとよろしいのでしょうね。


「ミリィ様はとても謙虚な方ですのね。自己を顧みて学ぶ姿勢は尊敬しますわ。

 それでは、その “頭がお花畑” の男性も、しかるべき制裁を受けて目が覚めれば、きっとそれは良いことなのですわ。その時は痛い思いをしても、長い目で見たら、学びと成長につながりますものね!」


「ふ、ふふふっ、そうですわね! きっと良いことですわ! ふふふっ」


「あはははっ、ほんと、アリア様素敵! 最高です! あははは」


 何かがツボだったのでしょうか、お二人がとてもウケていらっしゃいます。


「⋯⋯わ、私は、失礼するよ⋯⋯」


 あら、女性だけで盛り上がってしまい、すっかり存在を忘れておりましたが、ジョシュア様が小さな声でそう告げると席をお立ちになりました。青ざめてヨロヨロと去っていくお姿は、とても元気がなさそうです。


「ジョシュア様、お加減が悪いのかしら? 大丈夫でしょうか」

 フラフラとカフェを出て行く後ろ姿が少々気になります。


「全然気にすることないですわ」


「そうです。放っておいて大丈夫ですよ」


 シルフィ様とミリィ様は、口々にそうおっしゃったあと、また思い出したように笑い出しました。

 お二人がとても楽しそうにしてくださって、わたくしも嬉しいですわ。シルフィ様を助けて場を盛り上げるというミッション、ちゃんとクリアできたようですわね。


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