3.ド天然令嬢は貴族の結婚について説く
なりゆきで、シルフィ様たちのテーブルに同席することとなり多少の戸惑いはありましたが、シルフィ様のお力になれるのでしたら、できることをしっかり頑張らないわけにはまいりません。
「シルフィ様の学友の、アリア・テオドールと申します。突然、ご一緒させていただきありがとうございます」
ご挨拶をしておりますと、サルーシャ様たちが、すすす、とテーブルごとこちらに近づいて来たように見えましたが、きっと気のせいですわね。わたくし、ちょっと心細くなっているのかしら。
「ああ、私はジョシュア・スクレランサスです。どうぞよろしく」
「まあ、スクレランサス公爵令息でいらっしゃいますか。これはご無礼をいたしました。お初にお目にかかります」
公爵令息とは驚きました。わたくしは、あわてて礼を執ろうといたしました。
「いやいや、今は堅苦しいのは結構です。どうぞ掛けてください」
「痛み入ります」
「私は⋯⋯ミリィです」
「はじめまして、ミリィ様」
色白で儚げな風情のお可愛らしい方です。家名をおっしゃらないのには、何か訳がおありなのでしょうか。もしそうなら、そこを詮索するのは憚られます。しかも、わたくしは飛び入り参加の身、この場をなんとか盛り上げませんと。
「お二人の睦まじいご様子、とても微笑ましく思っておりました」
「え⋯⋯、恥ずかしいです」
「む、睦まじい⋯⋯?」
ミリィ様は照れながらも喜んでおられるようですが、ジョシュア様はなぜかシルフィ様をチラチラ見つつ困惑されているような⋯⋯? あれだけラブラブだったのですから、多分わたくしの思い違いでしょう。
「ミリィは幼馴染で、妹のような⋯⋯」
「まあ! 幼馴染から恋人に⁉︎ 素敵です」
「いやん、恋人だなんて」
「そ、それは⋯⋯」
ミリィ様は身をよじって照れておられます。それに対して、ジョシュア様は、若干お顔の色が⋯⋯。今になって、これまでの振る舞いを恥ずかしく思われているのでしょうか。では、少しでもお気持ちを軽くできるよう、お手伝いさせていただきましょう。
「ジョシュア様、大丈夫です。愛し合うお二人がラブラブされていて、何を恥ずかしくお思いになる必要がありましょう」
「いや、ミ、ミリィは家族みたいな⋯⋯」
「きゃ、愛し合うだなんて! アリアさんたら、そんなハッキリ」
ミリィ様はとても素直なお方のようです。
「ジョシュア様は男性ですから、照れてしまうお気持ちもわかりますわ。でも、わたくしも女性ですから、甘々♡アツアツなご様子に、ただただ “微笑ましい” “お可愛らしい” という思いしかございません。きっと、今このお店にいる誰もが、わたくしと同じ気持ちですわ」
「いやん、アリアさん良い人! ジョーは二人っきりの時はデレデレするのに、ほかの人がいると、ミリィのこと妹とか家族とか、そんな言い方するんです」
「まあ、きっと照れ隠しですわ。妹や家族に、あのような親密な振る舞いをなさる男性など、いるわけがございません。断言できますわ。ミリィ様、自信を持ってくださいませ」
「うぐっ」
ジョシュア様が、喉を詰まらせたような?
気がつくと、シルフィ様が扇子でお顔を隠しながら、震える手でわたくしにだけ見えるようにサムズアップされています。わたくし、うまく場を盛り上げることができているのですね! シルフィ様に喜んでいただけて、ますますやる気が出てまいりました!
「お二人は、ご結婚されるご予定なのですか? あ、立ち入ったことでしたら申し訳ございません。そんな風にお見受けしてしまったもので、つい⋯⋯」
「そう見えたんですか?! きゃ、嬉しい!」
「まあ、やはりそうなのですね! おめでとうございます」
「い、いや、それは違⋯⋯」
「あ、そうだ! アリアさん、『花畑の君へ』って知ってます? ミリィ、あのお話に憧れてて」
ミリィ様が、突然ベストセラーになっている小説の話を始めました。いきなりの話題の転換に少々面食らいましたが、わたくしはしっかり付いて行きます。
「評判になっている恋愛小説ですね。存じております。貴族令息と、平民のヒロインのロマンチックな物語。ミリィ様は、その純愛に憧れていらっしゃるのかしら」
「うわ、アリアさんも読んでるんですね! そう、ミリィは、あの二人の身分差を超えた愛に憧れてるの。あんなことが本当にあったら素敵だなって」
「夢がありますものね。現実では、なかなか難しいことですが、物語だからこそ美しいというのはわかります」
「いやだ、アリアさんたらつまんないこと言わないでください! 愛があれば、身分差なんてきっと乗り越えられるわ!」
「まあ、ミリィ様は純粋な方なのですね」
「え〜! 本当に愛し合っていれば結ばれるはずだわ。何が難しいって言うの!?」
あらまあ。ミリィ様だって公爵令息との婚姻を控えている身なら、当然貴族女性としての常識を持っていらっしゃるはずですのに、ずいぶんと夢見がちのようです。
貴族の婚姻は家同士の契約です。夢を壊すような発言をしてしまうのは少々気が引けますが、ミリィ様たちのように愛し愛されるお方との結婚が叶うということは、とても恵まれたケースなのだとご理解されれば、きっと、もっとお喜びになるに違いありません。そう考えたわたくしは、ミリィ様の質問にお答えすることにいたしました。
「平民と貴族という、身分差のある二人が結ばれるには、現実にはいくつもの難関がありますわ。
まず、令息の父君が許しません。貴族の婚姻は、家を守り引き立てるメリットを考えての契約ですから、それに当てはまらない、もしくはデメリットがあると判断された場合は、許されるとは考えにくいでしょう」
「そんなー! あ、でも、公爵様がいいと言ってくれれば大丈夫ってことよね」
「えっ!?」
公爵様? あの小説の青年は、伯爵令息だったような⋯⋯? ジョシュア様も「えっ?」とおっしゃってましたから、わたくしと同じように気になったのでしょう。それにしても、ジョシュア様も恋愛小説をお読みになるなんて、ちょっと意外です。
話がそれて行きそうなのを感じて、わたくしは続けることにいたしました。
「次に、ご存知の通り、年頃の貴族の令息・令嬢には、ほとんど当主によって決められた婚約者がおります。ですので、あの物語のように、そういう年頃の令息に婚約者がいないのも稀ですから、二人の男女が出会って惹かれ合って、すんなり愛を育んでいく、というのは現実には起こりにくくなってしまうかと⋯⋯」
「婚約者⋯⋯。ほんと、そうですね! 婚約者は愛する二人を引き裂く邪魔者ですよね!」
「ぶふぉっ」
「ミリィ様、それは違いますわ。婚約者は基本、当主の命によりその立場になっておりますから、望んで婚約者となるケースは実際、少ないですよね? つまり、身分違いの恋に落ちた二人の障害になるものは、婚約者ではなく、“貴族の契約” 自体にあるのですわ。
でもミリィ様は、相思相愛のジョシュア様との結婚を控えていらっしゃいますから、ごく当たり前の貴族の婚姻よりも、ずっとずっと恵まれていらっしゃると言っても過言ではございません!
ですが、わたくしは、あまり夢はないかもしれませんけれど、貴族の婚姻もそれほど悪いことばかりではないと思うのです。
⋯⋯シルフィ様もご婚約されていらっしゃるとお聞きしましたが、どのように思われます?」
わたくしは、シルフィ様が話の輪にまったく加わっていなかったことに気づいて、慌ててお声をかけました。
「ええ。私の場合は、先方のご当主から我が家に申し出があり⋯⋯。先方の事業への協力の打診もございまして、父がそれにお応えして縁を結ぶこととなりました」
「えっ?」
ミリィ様が、なぜか驚かれていらっしゃいます。貴族の婚約としては、珍しいことではありませんのに。
「とても貴族らしい婚約ですわね。でも、契約としてスタートした家族でも、信頼と愛を少しずつ育てて、良い家庭を築くことができたら素敵です。貴族の家庭はそういうものであると、わたくしも思っておりますし、実際、わたくしの両親も同様ですが、現在はちゃんとお互いに愛があると感じられます」
「おっしゃる通りです。特に、愛はゆっくりでもいいと思いますが、信頼はお互いの努力で築き上げていく必要があります。
アリア様は、信頼を得るためには、どんなことが大切だとお考えになりますか?」
いつにも増して真剣なシルフィ様。とても真面目に結婚と向き合っておられるようです。
「⋯⋯そうですね、ちゃんと敬意を示すことが大事かと思います。敬意や思いやり、相手を大切に思う心がきちんと伝わるよう、言葉や態度で示すことが、お互いの信頼を強いものにしていくのではないでしょうか」
「ええ、激しく同意いたします。
では、アリア様。例えば、婚約者が定例のお茶会にほかの女性を同伴してきたらどう思われます?」
「ぶっふぉっ」
「ふふっ、シルフィ様ったら。そのように非常識な男性が、世の中に存在するわけありませんわ! ふふふっ、でも、極端ですが面白い例えですね。ほら、ジョシュア様も吹いておられます」
その時、ドタッと隣のテーブルから音がしたような。見ると、サルーシャ様たち3人が、テーブルに突っ伏しておりました。あの症状(?)、最近よく目にするような気がいたしますが、変な病気でしたら怖いですわ。だんだん同じ症状の人数が増えているようですし⋯⋯。