1.ド天然令嬢は相談を持ちかけられる
ド天然令嬢の第三弾です。どうぞよろしくお願いします。
ある日のお昼休み。
いつものように、わたくしはサルーシャ様、リリアン様とともに、最近ではわたくしたちの定位置となった中庭の奥にあるガゼボで、まったりとお茶を楽しんでおりました。
するとそこへ、とても珍しいお客様が現れたのです。
「お寛ぎのところ申し訳ございません。もし、ご迷惑でなければ、少々よろしいでしょうか?」
ベルサージュ公爵家の御令嬢、アデリン様です。アデリン様は、模範的な淑女として学園でも尊敬を集めておられましたが、数か月前に第二王子殿下とのご婚約を解消された頃からでしょうか、雰囲気が柔らかくなられ、もともとの美しさと相まって、現在では全生徒の憧れとなっていらっしゃるお方です。
そのような高貴なお方が、わたくしたちにどのようなご用がおありなのでしょう。わたくしたちは、ご挨拶申し上げるべく、すぐさま立ち上がりました。
「どうか、そのままおかけになって。突然のご無礼をしてしまったのは、私のほうですから」
「それでは、アデリン様もおかけになってください。ただいまお茶をご用意いたしますので」
サルーシャ様が、アデリン様を促し、手ずからお茶をお淹れになります。わたくしたちのティータイムでは、常にサルーシャ様がお茶を用意してくださるのですが、これがわたくしの完璧侍女アンナにも引けを取らないほどの美味しさなのです。サルーシャ様は、できないことなどひとつもないのでは、というほどの超人なのですわ。
「⋯⋯実は、折り入ってご相談があるのです」
優雅な所作で紅茶の香りをひと口楽しまれたあと、アデリン様は切り出されました。
「私事で非常にお恥ずかしいのですが、私の従妹のことなのです。⋯⋯従妹のシルフィ・バーベイン侯爵令嬢の婚約者に少々問題がございまして⋯⋯」
「ふむ。うかがいますが、なぜ私たちにご相談なさろうと?」
サルーシャ様が、鋭い面持ちでお尋ねしました。
「⋯⋯それは、面白そうだからですわ」
アデリン様はキリッとした表情で、お答えになりました。はて、「面白そう」とは一体⋯⋯?
わたくしが首を傾げているうちに、アデリン様とサルーシャ様は、なぜかガッチリと握手を交わされています。同様にキリリとしたお顔のリリアン様とも握手され、流れでわたくしとも握手をすることに。わたくしだけキョトンとしておりましたが、皆様には何か通じ合うものがあったのでしょうか。
*
その数日後の休日のこと。わたくしは、サルーシャ様、リリアン様、そしてアデリン様と共に、最近街で評判になっている新しいカフェに来ておりました。
あれから、アデリン様の従妹であるシルフィ様についての具体的なご相談は受けておりませんが、もしかしたら今日この場でそのお話をされるのかも知れません。
シルフィ様は、わたくしといくつか同じ科目を履修されていますので、ご挨拶をする程度ではありますが、見知っているお方です。でも、ご婚約者がおられるとは知りませんでしたので、おそらく最近決まったことなのでしょう。
シルフィ様を特によく存じ上げているわけでもないわたくしでは、お役に立てるとはとても思えませんが、アデリン様とて、わたくしなどではなくサルーシャ様を頼られてご相談されたはず。
少々不謹慎かも知れませんが、わたくしはオリジナルのスイーツが評判の素敵なカフェに皆さんと来られたことが嬉しくて、ご相談のことを横に置いて、ワクワクする気持ちを抑えきれずにおりました。
「ワクワクいたしますわね」
その時、アデリン様が小さなお声でわたくしの思いと同じ言葉をおっしゃいました。アデリン様は常に流行を押さえ、一流のものに囲まれているお方ですのに、意外にも同じお気持ちだなんて。グッと親近感が湧きました。
今日のアデリン様は、豪奢な金の巻き髪を小さくまとめ、ビン底みたいな眼鏡をかけておられます。アデリン様ほどの美貌と地位がおありだと、街に出る時はこのくらいの変装が必要なのでしょう。お忍びでカフェというのも、気持ちが盛り上がるシチュエーションに違いありません。
「ええ! 本当に」
リリアン様が力強く同意されました。やはり、乙女の気持ちは、誰も一緒なのですわ。
心を落ち着けて店内を見回しますと、近くのテーブルでは仲睦まじいカップルが楽しそうにメニューを選んでいます。
「どれも美味しそう。ミリィ、全部食べてみたいわ」
「ははは、そんなに食べたらお腹をこわすよ?」
仲がよろしいのは良いことですわ。そのうち、お二人のテーブルにはたくさんのキラキラスイーツが運ばれてきて、お二人はお互いに「あーん」をしながら、ラブラブな雰囲気を振りまいておりました。
「ジョーのも美味しそう! ひと口ちょうだい? あーん」
「ははは。はい、あーん」
「ミリィのもあげる。あーんして」
そんな、スイーツよりも甘々な空気が店内に充満している最中、ある人物が現れました。なんと、今回アデリン様のご相談にお名前が挙がっていたシルフィ・バーベイン様です。すごい偶然ですわ。
「ごきげんよう」
シルフィ様は、ラブラブカップルにご挨拶されました。ちょっと意外です。規律と礼儀を重んじるシルフィ様が、奔放とまでは言いませんが、人目を気にせずラブラブされているお二人と交流があるようには思いにくいと感じましたので⋯⋯。
「ああ、シルフィ。今日はミリィがこのカフェに来てみたいと言うものでね」
「左様ですか。では、私はお邪魔なようですので失礼いたします」
「え、シルフィ?」
「ゴホッ、ゴホゴホゴホッ」
急に、ミリィと呼ばれていた女性が咳き込み始めました。
「ミ、ミリィ、大丈夫かい?」
「ごめんなさい⋯⋯。ミリィ体弱くて」
「シルフィ、せっかく来たのだから、とりあえず掛けたらどうだい?」
男性は、ミリィと呼ばれる女性の背中を優しく撫でながらシルフィ様に席を勧めていらっしゃいますが、お二人のテーブルに同席するのはなんとも気が引けると思われます。わたくしは、シルフィ様の心中をお察しし、ちょっと気の毒になりました。
「お二人のお邪魔にはなりたくないのですが⋯⋯」
シルフィ様は、困った様子で周囲にちらりと目をやりました。その時、わたくしとバッチリ目が合ってしまったのです。盗み見ていたわけではございませんが、少々気まずい気持ちになりました。
「あら、アリア様!」
「シ、シルフィ様」
シルフィ様は、わたくしたちのテーブルに近づくと、思いがけない申し出をされました。
「もし、ご迷惑でなければ、いえ、ご迷惑をおかけしてしまうとは思うのですが⋯⋯、アリア様、あちらのテーブルで私とご一緒していただけないでしょうか?」
「え、え?」
驚いたわたくしは、困ってサルーシャ様たちを振り返りました。
「アリア様、大丈夫です。アリア様なら、きっとお力になって差し上げることができるはず」
「ええ、ええ。私もそのように思いますわ! だってアリア様ですもの!」
「アリー、人助けは美徳だ。もちろん、君が困るようなことになったら、私が何を措いても守るから安心していいよ」
なぜか、3人ともシルフィ様の申し出にお応えすることを勧めているご様子。
あのラブラブカップルとひとりで同席しなければならないシルフィ様のお気持ちを思うと、わたくしのようなものでもお側にいれば、多少なりとも心強くなるのかも? 考えてみれば、「人助け」というほど大層な難題でもありませんし⋯⋯。
「わ、わかりました。シルフィ様、あちらの方々にもご迷惑でないのでしたら、ご一緒いたします」
シルフィ様は、カップルの男性の方にお話をし、わたくしをそのテーブルに促しました。
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