プロローグ
「これをもって、エレシア=メルクリウスの身分を剥奪し、家より追放する」
伯爵家の大広間に、冷えきった声が響いた。
私は、父である当主の前に立たされていた。
99個の呪具に縛られ、肩を下げることも、深く息を吸うこともできない状態で。
「……承知いたしました」
そう返すのが精一杯だった。
もうとっくに、感情を削り取られていた。
「妾腹にしては長居しすぎたな」
異母兄の声が、後ろから響く。
振り返らなくても、その薄く笑う顔が目に浮かぶ。
「昨日のブローチ、気に入ったか?」
私は胸元に視線を落とした。
そこには赤黒い宝玉が嵌め込まれた、重たく冷たい装飾品がついている。
「……吸命のブローチ、ですね」
「静かに過ごせた? それは良かった。
吸命のブローチは、人が多いほど体力を奪う。
……屋敷で妾腹のお前が死んだら、外聞が悪いだろ?」
そういいながら、異母兄はにやつきながら近づいて来た。
異母兄が一歩一歩近づくごとに、視界の端が滲み、呼吸は浅く、胸がきしむように痛い。
それでも、表情は変えない。
感じていることを見せるのは、ここでは許されないから。
私は静かに、目を伏せた。
「“一人でしか生きられない人間”として、しつけていただいたこと、感謝しています」
異母兄は肩をすくめ、無言で笑った。
そして手を差し出す。
「これで100個目だ。真紅の耳飾り──“裏祝の耳飾り”。
それと、転移結晶も持っていけ。屋敷で死なれても面倒だからな。どこか遠くで、勝手に果ててくれ」
当主の視線が遠くからでも鋭く突き刺さる。
そのまわりに集う家臣や親族たち――
この広間にいる“人の密度”そのものが、吸命のブローチを刺激していた。
胸元の呪具が軋み、呼吸は浅くなり、体温がじわじわと削れていく。
指先がしびれ、視界がかすむ。
……それでも私は、何ひとつ顔に出さなかった。
「これ以上、この家に“汚れ”を残すな」
父がそう言ったとき、私はようやく顔を上げた。
「……お言葉、深く刻みます」
声は震えなかった。
けれど、喉の奥が焼けるように熱かった。
門の外。
空は澄み切っていた。こんな日に、私は捨てられる。
私を見送る者はいた。だがその誰ひとりとして、私の名を呼ぶことはなかった。
耳に“裏祝の耳飾り”を装着し、転移結晶を掲げた瞬間──
結晶が光を放ち、世界が赤と青にひっくり返った。
胸元の呪具が軋み、腕を締め付けていた鎖が震える。
光が強まる。
そして、何かが──反転した。
私は、光の渦に飲み込まれた。
次に目を開けたとき、そこは見知らぬ大地。
名前も、家も、何もない。
けれど、私の中には、まだ確かに“呪い”があった。
それが今、どこかで形を変えようとしている。
「ありがとう。呪ってくれて──ここから、全部返すわ」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
「呪われた装備を100個つけさせられた少女が、
最後の1つによってすべてを反転させる」
そんな物語を、心を込めて書きました。
この第1話では、追放されるまでの彼女の静かな苦しみと、
その裏に隠された小さな“始まり”を描いています。
もし少しでも「続きが読みたい」と感じていただけたら、
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初心者ですが、読者の皆さんの反応が何よりの力になります。
よろしければ、今後の展開を一緒に見届けてください。
ありがとうございました。