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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

辺境伯令嬢アニタ・バーリになったアタシの進む道

作者: 青木薫

目にとめていただきありがとうございます。暴力的な描写がありますので苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。


戦いのある話は自分的には珍しいかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。

 気が付くとケガをしてベッドに寝かされていた辺境伯の娘『アニタ・バーリ』だったアタシは、同時に高2の村山海月むらやまみづきでもあった。


「キャー!!アニタお嬢様が目を覚ましました!」


って叫んで走って部屋を出て行った年配女性の言葉で、自分が『アニタ・バーリ』だってことを思い出したけど、『みづき』だったことも思い出したのだ。


 周りの部屋の様子や家具から自分ちじゃないことがわかったし、白い手や肩にかかってる金色の髪の毛を見て、こりゃあアニタは日本人じゃないなとわかった。でもそれだけ。アニタがどんな子だったのかはぼんやりとしかわからない。


『おかしいな、なんでこんなことに』


 とは思ったけど、転生前の最後の記憶は、隣の学区の番を張ってる高橋夜タカハシナイトにボコボコにされたことなので、アタシはきっとあの時に死んじゃったんだと思う。


 ナイトも私も周りからは同類と思われてたかもしんないけど、アタシはあいつみたいに弱いものをいじめたりはしない。それは絶対にしちゃいけないってママに言われたから。


 あいつはしょっちゅう犬とかネコとかいじめて、本当に嫌なヤツだった。アタシが注意するとすぐにキレて物にあたったりしてた。


 そんな、注意するアタシのことが目障りで嫌いだったんだろうな。


「何が『みづき』だ!海に月って、クラゲなんだとよ!!お前の親は馬鹿だなぁ」


 定例の集会の時にみんなの前でそう言って、アタシのことをゲラゲラ笑った。思い出すと身体が熱くなるくらい悔しい。そん時は、そんな名前をつけた、勉強が全然できなかっただろうママのことも悲しかった。


 で、離れて暮らしてるパパに会った時にそう言ったら


「どんな名前にも願いがこめられてるんだよ」


って言ってくれた。まあ生活費稼げなくてママに追い出された人だけども。


 ママも


「ママが小さい頃にジイジと見た夜の海に映ってた月がキレイだったから、あんたもそんなふうにキレイな子であってほしいって思ったんだよ。特に、心がね。えっ、クラゲ…?ご、ゴメンね…でも、この字が良いなって思って…ゴメン」


って言ってくれた。そんな願いがこもってるっていうアタシの名前はカワイイし、やっぱり大好きだ。


 だからあん時、いつもの公園で、みんなが見てる前で、あいつの背中を後ろから蹴ってやった。まあそれが間違いだったんだけど…やっぱり暴力に訴えるなんてしちゃいけなかったんだ。



 アタシたちは、みんなが『治安が悪い』ってとこに住んでて、でも自分たちはそうは思ってないし、いい場所だって思ってた。昼間っから酒呑んで道端に座ってるオジサンとかいるけど、そのオジサンだって知り合いで、昔はアタシに飴をくれたりした。今は働くとこもなくて、することがないから呑んだり何だりしてるんだ。本当はいい人だ。


 でも、この辺でみんなが普通だと考えてる、『本当に腹が立ったり我慢できなかったりしたら拳で伝えろ』みたいなのは良くなかったんだ。これまで学校の先生たちも何度も言ってたし。


 だから名前のことがホント許せなくてナイトを蹴っちゃったことは、間違いだった。それがわかったのはここに生まれ変わってからだったから、ちょっと遅かったなって思う。


 そう、あの時、アタシに蹴られて、うわあって叫んで四つん這いになったあいつは『嘘だろ?』って顔してアタシを見上げたけど、その後めちゃくちゃ怒ってアタシに殴りかかってきた。


 自分の身体のアチコチで変な音がして、すごく痛くて、泣きたいのに声も出なかった。ママって言いたかったけど口が閉じなかった。


『ああ、もっとイイコになりたかった。ママの自慢の娘だよって言ってもらえるように。みんなからママが『ステキな娘さんがいて幸せね』って言ってもらって、『やだ、そんな〜』って言えるような、イイコに』


 最後に思ったのはそんなことだったな、って。ベッドの中で考えてたんだけど…


 …こうして何だかわかんない場所に生まれ変わって前世を思い出してもアイツのことは腹が立ってきた。威張ってたくせになんなの?小さいヤツ。自分が先に嫌がらせしたから仕返しされたんだろって思う。


 でも、多分ここから前のとこには戻れないとなんとなくわかるから、しょうがない、ここで頑張って生きてくことにした。よくわかんないけど、死んじゃうはずだったのにアニタって子になったんだから、その子の分まで生きるのがスジってもんだと思う。


 ラッキーだったのは気が付いてからちょっとの間は安静にするようにって言われてゴロゴロできたこと。アタシの目が覚めたのはすごいことだったらしく、みんな大騒ぎして喜んでくれた。いろんな人が来て『心配したんだ』って、いろんな話をしてくれた。


 アタシはボロが出ないようになるべく黙ってただ話を聞いてたんだけど、おかげでこの世界や『アニタ』のことが何となく思い出せたし、わかってもきた。


 アニタはこのでっかい家の娘で、とっても強い魔力を持っているからすごいって思われてた。つまりこの世界には魔法があって、それが物を言うってこと。前世は食べるのも困ることがあったからめちゃ嬉しい。


 そんな風にベッドで2、3日ゴロゴロしているうちに元気になってきた時。


 どこかに戦いに行ってたっていう、この世界でのパパであるヘンキョーハクのヨーガスっていう人に『そろそろ戦えるか試してみるか』って言われたから、仕方なく普通に生活することにした。


 その話をした時ヘンキョーハクはアタシをジーッと見てたんだけど、


「おいアニタ。具合はどうだ」


って聞いてきたから


「あーだいぶいいです。その〜ゴロゴロしてて、すみません?」


って答えたら、片方の眉毛をピクって上げて何か考えてるみたいだったけど、『手を動かしてみろ』『俺の手を握って魔力を流せるか?』『腹筋は?何回できる?』とか言うので、取り敢えず全部やって見せた。出来なくて偽物だってバレたら困るし。腹筋は1分で40回できた。前世は20回くらいだったから倍だ。アニタの身体、すごい。


 ヘンキョーハクは全部出来たアタシに


「うん、いいだろう…」


って言って頭を撫でてくれた。


 知らない人だけどちょっと嬉しかったし嫌じゃなかったから、元のアニタはパパが好きだったんだなって思った。残念ながらママのことは思い出せなかった。小さい頃に離れ離れになっちゃったのかもしれない。


 起きろって言われたし、寝ててもそう面白いわけでもないし、復帰後だからなのか、みんな妙に気をつかってくれるから、とりあえず何でも頑張ってみた。


 特に家の裏の森で魔法を練習するのは楽しかった。それに、練習がてら周りの人に頼まれて魔法で木を切ったり動物を気絶させたりしてお礼を言ってもらえるのはいい気分だった。いくらやっても疲れないし、逆に気持ちも身体もスーッとした。


 ヨーガスは魔力の使い方を教えてくれて、木と木の間を回り込んで向こうの岩を壊したり、空気を冷やして動物の動きを鈍くさせたりできるようになった。炎と雷はアタシもすぐにヨーガスと同じくらい使えるようになった。


 そうやって魔法を習っていると、ママがアタシに自転車の乗り方を教えてくれたことや、一緒にバドミントンなんかで遊んでくれたことを思い出した。大きくなってからは遊ぶことは少なくなったけど、料理や手芸を教えてくれることが増えた。


「自分で生きてくためにはいろいろ出来たほうがいいんだよ。こういうのは続ければ誰でもある程度できるようになるし、生活に必要だからね」


 アタシが習った料理を時々作るとママはすごく喜んだ。仕事で疲れてるから、ホントに助かるわって、それがナントカの素みたいなのを使ったチョー簡単なものでも美味しいって言って食べてくれた。


 もっとしょっちゅう作れば良かった。ママはアタシを育てるために頑張って仕事してくれてたのに、アタシは勉強もたいしてしないでゴロゴロしてた。それに、アタシにとっては友達だったけど、世の中では悪いって言われてるヤツラともつるんでた。


 パパって人と練習してると、そんなことを考えて、『すれば良かったじゃなくて、今からでもやろう』って頑張れた。ヨーガスパパは頑張るアタシを褒めてくれた。嬉しくてついついやりすぎて、


「これなら魔獣が突然現れてもお前だけで何とかできそうだなぁ」


って言ってもらえるくらいだった。


 反対に困ったのは社交ダンスの練習だ。なんでこんな古臭い踊りをって思ったけど、この世界では必要なんだって言われたらするしかなかった。体育祭の練習みたいだった。ズンチャッチャーズンチャッチャー、イッチニー3・イッチニー3、回ってーハイ、もう一回。目が回っちゃった。


 こんなことを1週間くらい続けてたら、周りも遠慮がなくなってきた。アタシが前と変わったのはケガのせいだから仕方がないって、それでも生きててくれて、なんやかんやでみんなのためにいろいろしてくれるからいいだろうって、思われるようになったみたい。


 前世と同じ口調で話していても誰もなんにも言わないどころかみんなニコニコしてくれるから、アニタも相当お転婆ってやつだったんだと思う。ラクでいい。サンキューアニタ。


 こんな風にして、前世のママには会いたいけど、この世界も好きになれそうって思い始めた頃。アタシの面倒をみてくれてるメイドのアン…最初に目が覚めた時にキャーって言ってたそれなりに年取ってる人…が張り切って言いに来た。


「お嬢様、明日は出発して、王都でいよいよデビューですよ」


「ぁあん?デブぅ?どこが?」


「ち、違いますよぅ!デビューです、社交界へのデ・ビュ・ゥ戦です!!お嬢様が17歳になったから大人として皆様に紹介されるんですよっ!」


「あっ、なんだそうか、怒鳴ってごめん」


 悪口かと思ったら違った。素直に謝る。そしてアニタとアタシはおんなじ歳だったんだなって思った


「わかったよ行くよ。オートってことは乗り物だよね?」


「はい?もちろんです。我が領土で一番の馬に引かせた最新式の馬車で出発ですよ!」


 ん?よくわかんないけど、乗り物でデビューってことは勝ちに行くってことだ。アタシは意気込んで、準備されたお風呂にさっさと入って寝た。この世界はスマホとか無いから、夜はすることがないんだ。


 時々夢を見るけど、それは自分とアニタが同じみたいな違うみたいな不思議な感じで、夢の中でアタシたちは手をつなぎ合って隣に座ってた。いや、一人だったのかな…ただ、一緒にいるって感じがして。寂しいような嬉しいような、なんとも言えない気持ちになって目が覚めるのがいつものこと。


 次の朝に起きた時にもその感じが残ってた。でもいつもよりも夢の中でアニタは緊張しているみたいだった。アタシもアニタも少し心配しているのかもしれないって思った。


 出発の準備をしていてわかったけど、オートは本当は『王都』で貴族とかが住んでる場所のことでオートレースじゃなかった。デビュー戦って言うから戦うんだと思った。紛らわしいなあ。


 ヨーガスはまだ魔獣のことがあるから一緒には行けないって言ったから、アタシたちだけで馬車に乗り込んだ。アタシとアンが乗った馬車、他の人が乗る馬車、荷物が積まれた馬車が何台かあるんだって。


 アンは、これまでアタシにはよくわからなくて適当に返事をしていたことについて、馬車の中で何でも教えてくれた。



 アタシはこの辺境っていう、国の中ではだいぶ田舎のほうの子で、パパは伯爵。田舎に住んでるけど、すごく強いから何をしても大抵許されるんだって。


 魔獣退治ってのが終わったばかりで数も少ないし、私もパパと同じように強いから、今回の旅行もアン以外の護衛やメイドが数人他の馬車に乗っているだけだけど、普通はもっとたくさんの人を警備やお世話でつけてゆっくり移動するものらしい。


 警備っていうのはよくわからないけど、出発の時に見た通り荷物がやたらと多いから馬車も数台だし、馬も強そうだし、お金には困ってないようで良かった。


「お強いとは言っても、お嬢様は一人娘ですからね、それだけではいけませんよ。良いお婿さんを探していただかなくては」


 年寄りのアンはそんなこと言うけど、アタシみたいなのと結婚したがるやつなんているわけない。だって中身は勉強できない高校生で、この世界の決まりもよくわかんなくて…口が悪い。


 自分だってわかってる。ここでやってくなら、なんとかしなくちゃとも思ってる。『うーん…こんなアタシに婿かぁ…何だか相手に悪いなぁ』と腕を組むアタシに、アンは言う。


「アニタ様は先日の魔獣との戦闘でケガをなさってから、以前にも増して…なんと言うか肝が座ったようですねぇ」


 あれ?あんまり悪くなってないように言われないなんて、アニタも思っていた以上にラフだったのかもしれない。ますます身近に感じる。


「でもどうであっても、お嬢様もお優しい方だって、領民はみんな知ってますよ。今回だって元気になったら、前と同じように、すぐにみんなを手伝ってくれて」


 アンがそんな風に言ってくれるのはちょっと嬉しいけど恥ずかしい。


「もっ、もう、いいから。それより、アタシがケガした時の話、もうちょい詳しくして?」


 アンは『あらまあ、ウフフ』と笑いながら教えてくれた。


 どうもこの世界では魔獣っていう怖い生き物がたくさんいて、アタシの家はそういうのが王都まで行かないように田舎で食い止めるのが仕事なんだそうだ。


 アタシはこの前おきた大きな戦闘でドラゴンと戦ってケガをしたって。領民総出の戦いだったから、慣れてない人もいて、その人たちを庇ってのケガだったって。


 何日間も目が覚めなくて、やっと起きたら前とは少し雰囲気が変わってたって。でもケガも魔法で治してもらったから痕も残らなかったし、勝ったし、何より生きてたから何でもいいんだって。


 でもまだ今回は生き残りの魔獣もいて、油断できないこと、そのせいでヘンキョーハクでアタシのパパであるヨーガスがよく家を空けていることも教えてもらった。ドラゴンは頭が良いから仲間意識もあって、倒された仲間の仇討ちに来る場合があるんだそうだ。


 えー、それってアタシのせいでまたドラゴンが来るかもしれないってこと?迷惑だな。


「そんなことありませんよ!もしお嬢様があの時に倒していなければ、もっとたくさんの人が命を落としたんですから。そのままドラゴンが他の所に行って暴れていたら…ああっなんて恐ろしい。お嬢様のおかげでみんなが助かったんです!」


 そう言えばヨーガスパパも同じようなことをベッドの脇で言ってくれてた。その時はヨーガスって名前が面白いなと思ったけど、顔が怖いから黙ってた。


 でも正直、前世で離れて暮らしてたパパより今のヨーガスパパのほうがずっといい。住むところも、食べるものも、着るものもあって、寝るのも気持ちいい。何の苦労もない。いや、あのヨーガスパパが親分のおかげで領地の苦労がないんだと思う。


 それだけじゃなくて、ヨーガスパパが家にいる時に魔法の練習や仕事を教えてもらったけど、一緒にいるとたくさん褒めてくれて、それはもちろん嬉しいんだけど、アタシじゃない心のどこかもあったかくて、やっぱりアニタはパパが大好きだったんだっていうのが日に日に感じられるようになっていった。


 それはきっとアタシにとってのママと同じだったんだと思う。アニタは魔力が強かったのはそうかもしれないけど、きっとヨーガスパパに褒めてほしくて、すごく頑張ってたし、パパが大事にしてるからバーリの領地のことも同じように大事にしてたんだと思う。


 そういうのはアタシにもわかるんだ。


「聞いてますか?お嬢様は黙っていれば美しいんですから、ニコニコ静かになさってくださいね?」


「はいはい」


 言い方はどうよと思ったけど、ヨーガスパパとアンのためになりそうだから、よくわからないデビューってやつも婿探しもいいよって言った。


 この見慣れない、ヨーガスパパと同じサラサラの金髪と紫色の目もちょっと弱々しい感じがするけど、アンが言うなら良いものだろうし、大事にする。そもそもアニタの身体だしね。


 アンはその後も礼儀作法とか、ダンスの誘われ方とか、いろいろ説明してた。アタシは話半分で『ウンウン』って聞いてた。いろいろ覚えられる気がしないから、黙って静かにしてることが一番の作戦だろうと思った。



 1週間以上かけて到着した王都とお城はまるでアニメの世界のようで長旅の疲れも吹っ飛んだ。


 バーリの家も田舎だからすごく大きかったけど、ここのは、なんというか、キレイだ。ピカーって感じだ。街並みもカワイイしお花屋さんとかパン屋さんとかがあって、入ってみたい。


「うわ、ネコがいる。カワイイなぁ」


「あっ、カフェ?あれ、カフェじゃない?オシャレ〜!」


「女の子はドレスっぽいね。うちの周りはパンツばっかだったのに」


 見るもの全部について話してたけど、アンは全部ニコニコ聞いてくれてた。


 ドレスのことは、田舎では働くのに邪魔だからパンツが多いけど今回はちゃんとドレスをたくさん持って来たから大丈夫だと言ってくれた。バーリでも時々ワンピースは着てたけど、本格的なドレスは初だから、ちょっと、いや本当はすごく楽しみだ。


「わぁ、ここ?ここに泊まるの?ウソでしょ?」


 泊まることになったのは、これまたステキな建物で、これが高級ホテルってやつか、と思った。テレビで見たことある!的な豪華さだった。


「アン、アタシお庭の噴水が見たい!」


「では私は荷物をお部屋に運んでもらってきますから、一足先にどうぞ」


「えっ、それはダメだよ。一緒に運ぼう?」


 お年寄りのアンに一人で仕事をさせるなんてと思ったけど、アンは


「本当に優しいお嬢様ですねぇ…ありがとうございます。でも、護衛のトールもメイドのリータもいますからね、大丈夫ですよ。それにこれが私達のお仕事ですから。逆にトールを使うのでお嬢様が一人になってしまい申し訳ありません」


と言うので、


「そうかぁ…まあこんな高級ホテルで何かあるとは思えないし、アタシは強いから大丈夫だよ。じゃあお庭に行ってるね」


と外に出た。


 お庭の豪華さと言ったら、前世、近所の公園でフラワーフェスティバルが開かれた時とは比べ物にならないものだった。アレだってすごいと思ったけど、あんなもんじゃない。


 色とりどりの花に、水がキラキラ光る噴水。向こうの池には小さな水鳥がいるのも見える。


「うわぁ〜キレイすぎる!カワイイ花!う〜ん良い匂い!!あっ、チョウチョだ!」


 嬉しくてキョロキョロ、ウロウロしていたら、後ろから声がした。振り返ると、きれいなドレス姿の女の子たちが3人こちらを見ていた。赤白黄色の3色のドレス、チューリップみたい。3人ともメイクしてて、どの花見てもキレイだなってやつだ。


「こんにちは。あなた達もお庭を見に来たの?キレイだよね、ここ」


 手を振って声をかけたけど、微妙な顔をされた。あれ?と思ったけど、自分を見下ろしてみると、3人みたいなドレスどころか馬車でラクなようにってパンツだった。生地はスベスベでいい気持ちだけど、色が黒だから地味、そして馬車に乗って来たからちょっとヨレヨレ…かも。


「あーえーと、アタシさっきここに着いたばっかりで、着替えもしてなくて…」


 『社交界』っていうのはいろんな人と仲良くすることが大事だってアンが教えてくれたから張り切って声をかけてみたけど、どうもうまくいかなかったようだ。3人とも困った顔をしてる。ああ、失敗しちゃったなと思ってたら、


「…どちらからいらしたの?お名前をうかがっても?」


 白いドレスの女の子がそう聞いてくれたから、咄嗟に『田舎から来たアニタだよ』って答えたら、びっくりしたみたいだ。


「…田舎って…どこかしら」


「さあ…アニタって、名前だけなのかしら?」


「でも、ここにいるのだもの、貴族でしょう?」


 3人は小さな声で話してたけどアタシは風の魔法を使って全部聞いてた。どうしよう、折角話しかけてもらったのに、また、答え方、話し方が悪かったみたいだ。


 困らせるのも悪いし、ちょっと残念だけど、自分から場所がえしたほうが迷惑にならないかも。人の陣地を荒らすのは不本意だし、なんて考えてたら。


「そうよね、じゃあきっと明日のパーティーでも会えるはず。きちんとご挨拶しましょう」


 なんと、最初に名前を聞いてくれた白いドレスの子がそう言ったのが聞こえた。ハッとしてそっちを向くと、


「初めまして。私はホルム伯爵家の娘シーラよ。田舎、というからには遠くからいらしたのでしょう?お疲れではなくて?」


 とお辞儀をしてくれた。嬉しい!イイコ!今度こそ、と思って答える。


「大丈夫、体力には自信があるんだ…あるんです。田舎でもたくさん働いてて、木を切ったり動物を捕まえたりするのを手伝ってたから」


「ま…まあ…それは大変ね。でも体力があるのはとても良いことだと思うわ」


「どうもありがとう!そっちの二人は?ええと、名前を聞いてもいいですか?」


 聞けば黄色いドレスの子はクララ・ルンドさん、赤いドレスの子はマルティナ・ミルドさんだと教えてくれた。それからお庭のちょっとした休憩所?で4人で座ってお喋りした。


 3人は遠かったり近かったりはあるけど親戚関係で、今回デビューするために王都に来たんだって。王都に来る機会はあまりないから、緊張するし、でも嬉しいし、ってアタシと同じ感じだった。


 3人の話を聞いていて、アタシもなるべく丁寧な言葉で話すように気をつけた。3人の真似をして、ゆっくり、あまり大きくない声で話そうと思った。


 田舎から出るのがそもそも初めてだから、街がキレイでびっくりしたこと。ドレスも初めてで、まだ見てないこと。だから明日が楽しみなこと。3人はフンフンと頷きながら聞いてくれた。


 そのうちに、アンが護衛のトールとやって来たから、3人に挨拶をして部屋に行くことにした。


「あの、ありがとう。アタ…私、こんな格好で怪しいですよね。なのにきちんと相手をしてくれて、嬉かった、です」


「私達も楽しかったわ。アニタ様は、最初大きな声で話してらしたけど、途中から私達の話し方に合わせてくださったでしょう?優しくてステキな方だと思いましたの。明日、ホールでお会いできるのを楽しみにしています」


 ニコニコしながら小さくお辞儀をしてくれた彼女たちの真似をして、アタシもお辞儀をしてみた。その後振り返ってやっぱり手も振ってしまったけど。そんなアタシを見ていたアンはとっても喜んでくれた。


 部屋に行くと、荷物はすっかり解かれてあちこちに収まっていた。大きなクローゼットを開けたら、フワフワのドレスが何着もあってびっくりしたけど、アンが全部アタシのだって言ったからもっとびっくりした。何日もいないのに、いつ着るんだろう?


「明日の練習ですよ」


 夕食の時に、アンはそう言って私をドレスに着替えさせてくれた。薄い水色のドレスはフワフワで、でもスラッとして見えて、気に入った。長さはあったけど、小学校の卒業式で着た袴の方が大変だったなと思うくらいだったので、明日もきっと大丈夫だろうと思った。


「お嬢様は、以前、ドレスを準備した時には着てくれなかったんですよ。レースが顔や身体に触れるのが嫌だったんでしょうね。でも、チラチラ見ていて、本当は着てみたかったんだと思いました…ええ…とってもお似合いですよ」


 アンが涙を浮かべてそんなことを言うから、アタシは


「今は平気だよ。レースはちょっとくすぐったいけど、こんなキレイなドレスを着せてもらって嬉しいよ。ありがとうアン!」


 そう言ってアンに抱きついてお礼を言った。夕食はお魚で、柔らかくてバターの味がして美味しかった。お腹いっぱいになって気持ちよく眠った。



 そして迎えたデビュー当日。


 朝からお風呂だ着替えだ髪のセットだメイクだ、と大忙しだったけど、お昼までにはすっかり準備が整った。デビューのためのドレスは白で、お揃いの手袋まであった。まるでウェディングドレスだ!すごい!


 まだお酒が飲めるわけではないので、パーティーは午後1時から始まるそうだ。会場でいろいろな人に挨拶をするので早目に行きましょうとアンに言われ、馬車に乗った。


 でも。折角の馬車なのに、乗ったと思ったらすぐに着いて降りた。もったいないなぁと言ったら、


「ドレスですからね。デビューですからね。特別ですよ」


 とアンがドレスの裾を整えてくれた。


「ありがと。ねぇ、アンはホールでも近くにいてくれる?」


 アンは、残念ながらメイドは送っていった時に少しだけしか入れないこと、そのために王都にほど近い領地に住んでいるヨーガスパパの妹、アタシの叔母のオルガ・バーリ様が付き添ってくれること、一緒に今日デビューするオルガ様の養子のイグナート君が来ることを教えてくれた。


「オルガ様はヨーガス様の妹君で、そっくりですよ。イグナート様はヨーガス様が昔遠征に行った時に、敵地で倒れていたのを連れ帰ったのですが、剣筋が良く魔力も多いとのことでオルガ様が養子にと。お会いしたのは覚えていらっしゃいませんか」


 残念ながらどちらも覚えてはいない。それよりもオルガ様だ。ヨーガスにそっくりってことは怖い顔の人かと身構えたけど、会ってみたら同じなのはサラサラの金髪と紫色の目だけで、すごい美人だった。

 

 たくさんの人がいる広い豪華なホールの中でも、目立って美人で、目が眩みそうになった。紺色のキラキラでシュッとしたドレスは周りの人よりも飾りが少ないのにゴージャスに見えて、ハリウッドスターみたいだった。


「アン、よく来たわね。お疲れ様。アニタ、久しぶりね」


 オルガ様が私達の所へ来ようとすると、周りの人たちがサッと分かれて道ができた。すごい!女ボスだ。護衛も3人もついてて、しかもみんなメッチャイケてる。


 オルガ様の後をついてきたイグナート君は銀髪に青い目でこれまた薄い感じの子だった。後から聞いたら、私達は寒い土地の人だからなんだって。


「こ、こんにちは。アニタ・バーリです。今日はどうぞよろしくお願いいたします」


「まあ…聞いてはいたけれど、これはまた随分と感じが変わったわね」


「そうでございましょう?でも、以前と変わらず領地では領民のために働き、このアンのことを思いやってくれる優しさには変わりがないんですよ」


 アンがそう言ってくれたけど、何だかアタシは胸が痛くなった。『偽物』の自分が、今はいないアニタの代わりに褒められてるのが悪いなって思ったから。でもアンとオルガ様は嬉しそうだから、黙ってた。


 気が付くとイグナート君がこっちを見ていたので、慌てて彼にも挨拶をした。


 昨日練習したお辞儀をすると、イグナート君も片手を胸に当ててお辞儀をしてくれた。良かった、変な顔をされなくて。オルガ様が、丁度いいからダンスは二人でしなさいって言ってくれたので、誘ったり誘われたりがなくて済みそうだ。


「アニタはイグナートと遊んだりしたことを覚えている?」


「いっいいえ…イグナート君、ご、ごめんね?」


「…最初に会ったのはまだ僕達7歳で小さかったから。この前はケガして記憶もとんでるだろうし…あのさ、イグナートでいいよ」


「じゃあ、アタ、私のこともアニタって呼んでね」


 ウンと頷いてくれたイグナートはきっと優しい子だと思った。だってアタシの言葉遣いはきっとまだ変だけど、何も言わずに呼び捨てで良いって言ってくれたから。仲良くなれるといいなと思った。


「ではオルガ様、私はこれで。別の部屋で待機しております」


「ええ。では二人共、こちらへいらっしゃい」


 アンと離れるのは少し不安だったけど、イグナートがサッと腕を出して


「エスコートするから、僕に掴まって」


 と言ってくれたので、周りを見るとそんな感じの人たちがたくさんいた。恥ずかしながら言われるまま真似をしてイグナートの腕に手を載せた。


 オルガ様が私達を他の人たちに紹介してくれると、みんな


「ほう…あのヨーガス様の…」


「あのドラゴンの…」


「バーリ家の…」


みたいに、へ〜ほ〜あ〜と感心していた。きっとオルガ様もヨーガスパパもみんなから尊敬されてるんだなと感じた。


 中には『おかしいな』という顔をする人もいて、それはきっとアタシのマナーがなっていないところがあるからで、これからはきちんと勉強しようと思った。アタシのせいで領地のために頑張ってるヨーガスパパやオルガ様、イグナートが恥をかいたら大変だ。


 そんな風に20人くらいの人たちと挨拶をして、少しずつお辞儀の仕方が上手くなって気がしていたら、後ろから『アニタ様!』という声がした。


 振り返ると、昨日お庭で会ったシーラさんとクララさんとマルティナさんだった。3人とも私達と同じ白いドレスだ。


「あっシーラさん!良かった、会えましたね!」


「ええ、アニタ様、とっても素敵です。昨日の黒の服もお似合いでしたけど」


「えっ、そう、ですか?う、嬉しいです。ありがとう」


 4人で会話をしていたら、オルガ様が『お友達?』と聞いてくれた。昨日、ホテルのお庭で会って、親切に声をかけてもらったと言うと


「まあ、そうだったの。私の大切な姪と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね?」


 とステキな笑顔でお礼を言ってくれた。3人はオルガ・バーリがアタシの叔母だとわかると、びっくりして、顔を真っ赤にしていた。


「オ、オルガ・バーリ様…?ひゃ、ひゃい、もちろんですぅ」


「こ、こちらこそ…ああ…無理…」


「アニタ様がバーリ家の…」


 アワアワしてる3人の様子に驚いてたらイグナートが


「オルガは王妹…王様の妹だからね」


って小さい声で教えてくれた。へーと思ったけど、ん?それでいうとヨーガスパパは?


 と考えていたら、楽器の音が鳴って、広いホールの奥、大きな階段の上に立派な服を着た見るからに偉そうな感じの人が現れた。あー…きっと王様だな。


 思った通り王様だった人が『成人おめでとう』っていう挨拶をして、みんながお辞儀をした。『ああ、これって成人式なんだな』って実感した。前世では大人になれなかったけど、ここで大人になれたんだって嬉しくなった。


「アニタ、踊ろう」


 ちょっと感動してたらイグナートがアタシの手を取ってホールの真ん中に出た。天井のガラスからの日光で、昼間なのにスポットライトが当たっているように丸く明るい。


「え?いいの?アタシたちがこんなに真ん中で踊っても?」


「いいんだよ。僕達は『バーリの子』なんだから。踊らないとみんな困る」


 言っている意味はよくわからなかったけど、オルガ様がみんなから尊敬されてるっぽいから、イグナートの言う通りにしたほうがいいんだと思って一生懸命踊った。練習の時よりも上手に踊れたのはイグナートのおかげだと、終わった後に手を繋いだままだったけどお礼を言った。


「…アニタは」


「え?」


 イグナートに聞き返した時だった。急にゴウっという音がして、ホールの上を何かが横切るのが見えた。あれは…。


「アニタ!行くぞ!」


 イグナートがアタシの手を引いて、もう一度ホールの真ん中に出た。オルガ様の護衛が剣を放り投げ、イグナートが受け取る。肌がピリピリしてデカい魔獣の存在が感じられる。


「来るぞ!」


「っ…!」


 ガシャーンというガラスが割れる大きな音とさっきと同じゴウっという音、みんなの悲鳴が混ざり合ってホールは大混乱だ。


 みんながホールの壁際に逃げる中、アタシはイグナートと二人で空から現れた大きな魔獣、ドラゴンに向き合った。


 『仇討ちに来たんだ』


 アタシにはわかった。ソイツはアタシを睨むように見て、それから上を向いてグウォースって感じの鳴き声をあげた。


 でもそんなの最後まで聞いてやる義理はない。鳴き声が消える前に、パパと練習したように両手に力を込めて、ソイツに向かって魔力を放出する。


「ドリャーッッ!!!!」


「ハーッッ!!」


 イグナートも同時に斬りかかる。その時、『あ、コレ前にもあった』と思ったけど、深く考えてる時間なんてなくて、とにかくその後も何度も何度も二人で攻撃をした。息がキレても攻撃がかすって痛くても、なんとか躱しながら戦い続けた。ドレスなんてビリッビリだ。


 『アタシ、こんなとこで何でこんな必死にこんなことやってんだ?』


 途中でそんなことも思ったりしたけど、アニタの気持ちのせいか、一緒にいるうちに大事になったみんなを守ろうってアタシの気持ちのせいか、戦いをやめようって気にはならなかった。


 悲鳴をあげている人たちを避難させた警備や護衛の人たちが戻ってきて、徐々にアタシたちに加勢してくれるようになったから、だんだんドラゴンの形勢が不利になってきた。


 それでもドラゴンは強くて、いつまで続くんだって思った時、ドラゴンの吐いた息がイグナートに向かった。アタシは咄嗟に風で散らそうとしたけど、周りで戦ってる人たちにかかってしまう!と思って、咄嗟にドラゴンとイグナートの間に飛び込んだ。真正面からドラゴンに押し返そうと思ったから。


「アニタ!!」


 思ったよりも威力のあった息がアタシを包む。苦しい。でもイグナートは無事みたいだ。自分の息の跳ね返りがあったドラゴンも苦しんでて、そこに他の人たちが一斉に攻撃し始めた。良かった、これで勝てる、と思った時、前のドラゴンとの戦いの記憶が浮かんだ。


*****


 バーリの領地で私とお父様が魔力で魔獣を倒しまくる。小さなモノは一撃で何体も。大きなモノは性質によって炎や風や雷で。お父様は『アニタ、いいぞ!』って声をかけてくれるけど、アニタの私がそれに答えることはない。


 私はいつもは全然人と話せなくてイライラして暴れて、食事も人とは摂れなくて、ヒトリボッチだった。魔力が多すぎて苦しくて、でも辺境伯の一人娘だからしっかりしなきゃいけないってことはわかってて。でもできやしなかった。


 頭の中にザーザー大きな魔力の流れる音が響いて、眠れなくて、いつもいつも叫びたいくらい苦しかった。本当に叫ぶときも少なくなかった。


 私の魔力の強さと全く話さないことと、癇癪に嫌気が差したお母様はずっとずっと昔に出ていってしまって、それでもお父様は私を大事にしてくれた。そんなお父様にさえ私は関われなかった。素直とか勇気とか、そんなんじゃなくて、ただ、できなかった。わかっていても、そうしたくても、とにかく無理だった。



 でも魔獣を倒す時だけはお父様と一緒に頑張れた。魔力が放出できるのは気持ちが良くて、うるさい音もしなくて、雲の間からお日様が差すみたいな、そんな景色が見えてるみたいだった。そして、その時だけは、お父様の、領地のみんなのためになってるって思えた。


 大量に魔獣が発生したあの時、私はバカみたいにいい気分でどんどん魔獣を倒した。お父様と一緒に、何でもできるって感じた。お父様は『自分の身を危険に晒すなよ』って言ったけど、そんなことになるわけないって思った。


 だけど、私たちに押されたドラゴンが苦し紛れみたいに領民の一人に向かって行った時、その人が昔、私に『嬢ちゃんプレゼントだ、家に飾れ』って麦の穂を花束みたいにしてくれた人だって気づいて、そうしたもう動くのを止められなくて…気が付いたらドラゴンと相討ちになってて、かろうじて私が勝ったけど、私もやられてしまった。


 お父様が私の名前を必死に呼んでるのが聞こえて、お父様に心の中で『ダメな子でごめんなさい。もっと良い子で、魔力を使うのが上手くて素直だったら良かったのに、ごめんなさい。お父様、大好きです』って謝って…


*****


「アニタ!!アニタっ!!しっかりしろ!起きろ!目を閉じるな!医療班、急げ!!」


 あれ、パパが見える?


「アニタ!そうだ、間に合ったぞ。大丈夫だ、そのまま目を開けて、俺を見るんだ。魔力を流すからな、そら!」


「ア…ゥ…ファ…」


「喋らなくていい。魔力だ、俺の魔力を受け取れ、わかるな?…おい、医療班、早く治癒を!」


「アニタ!しっかり!僕は無事だから、君も頑張って!」


 イグナートもいる。必死な顔だ。心配かけちゃダメだな。


「そうだ、いいぞ、助かりたいって思え。諦めるな。あん時みたいに諦めちゃダメだぞ!」


 パパの言葉が前回の戦いを指していることがわかる。あの時、最期にアタシは諦めてパパに謝ったんだ。そして…。


*****



 その後、ドラゴンは片付けられて、アタシとイグナートは病院に運ばれて手当を受けた。何度も気を失いそうになったけど、その度にパパが『起きろっ!!』って魔力を流してくるから、もう大丈夫だってなるまで意識を保っていられた。


*****



 目が覚めたのは、2日後のことだったみたいだ。


「お嬢様が目覚めました!」


 アンの大きな声に『あの時と同じだな』ってこの世界で目覚めた日のことを思い出した。あの時は『なんでこんなことに』って思ったけど、今はわかる。


 アタシもアニタも、親のことが大好きで、でも足りないとこがものすごくたくさんあって、申し訳ないって思いながら命を落とすことになった。ああ、もっとイイコになりたかった。ママに、パパに、親孝行とまではいかないけど、何か喜んでもらえるようなことをしたかった。


 そんな気持ちが、アタシたち二人の命が消えるって時にどうしてだかつながって、アタシはここに来た。きっとアニタの方がいろいろ強かったから、こっちに引き寄せられたんだと思う。あっちのアタシは…まあダメだっただろうな。


「…アニタ」


「…」


 まだ口を動かすのが億劫だから、アタシはパパを見てニコッとしようとした。ホッペがちょっと痛い。


「アニタ、良かった。生きててくれて」


 パパはベッドの脇で祈るみたいに組んでた手を解いてアタシの手を握った。


「お前が逝ってしまったら、俺は…俺は…」


 そう言って泣きそうなパパを見て、アタシはものすごく申し訳ない気持ちになった。だったアタシはアニタじゃない。そして多分…。


「ホントはアタシが『アニタ』じゃないって、わかってるんでしょ?」


 アタシは勇気を出して聞いた。


「…ああ」


 やっぱりだ。記憶の中のアニタはこんな風に話すことも、パパって呼ぶことも、アンに甘えることもしなかった。他の人と笑ったり協力したりもできなかった。戦い以外は何もできなかったんだ。


「ごめんね、黙ってて」


「いや、俺こそ、俺達こそ…お前を『アニタ』と。本当は最初から違うってわかってたのに、その姿で笑ってくれるのが嬉しくて。すまなかった」


「アタシも『アニタ』でいるのが楽しかったんだ。前はそんなにイイコじゃなくて、努力もしないでダラダラしてて。でもアニタとしてなら頑張れた」


 パパ…ヨーガスさんは黙って聞いてくれた。


「でも、みんなが『アニタ』を褒める度に申し訳なかった。本当はアニタが褒められるべきなのに、それを横取りしてるって気がして」


「それは違う!」


 ヨーガスさんが言う。


「アニタは…アニタとはこんな風に話すことはなかった。あの子はいつもあの子のことを理解できない俺達のことを怒っていた。戦いの時もきっともっとやりたいことがあって、でもそれについていけない俺達が腹立たしかったんだと思う。あの時だって…」


 そこでアタシは気がついた。ヨーガスさんたちは『アニタ』の気持ちがわからなかったんだって。


「違うよ、ヨーガスさん、アニタは本当は『お父様』たちのことが大好きだった」


 ヨーガスさんは目を見開いた。


「ドラゴンにヤラれそうになった時、アニタの気持ちがわかったんだ。思い出したっていうか、感じたっていうか?


 アニタは本当はお父様が大好きで、アンが大好きで、バーリの人たちが大好きで、役に立ちたい、令嬢らしくしたいって思ってた。


 でも、毎日どころかずーっと頭の中にザーザー大きな魔力の流れる音が響いてた。眠れないし、いつもいつも叫びたいくらい苦しかった。本当に叫ぶときもあったんだよね?


 イイコで好かれる素敵な子になりたいって思ってるのにそれができなくて暴れる自分がイヤで、アニタは魔獣を倒すことだけが生きがいだった。それだけはできるって、みんなの役に立てるって思ってたんだよ」


「…アニタ…」


「だから、ヨーガスさんはアニタに申し訳ないって思う必要なんてないよ。お互いわからないことがあって、でも両方とも相手のことが大好きで、大切だったんだから。アタシにはわかるから。泣かないで?」


 ヨーガスさんはアタシの手を握ったままずっと涙を流していた。


「アニタになってしまってごめんなさい」


 アタシが謝ると、ヨーガスさんはびっくりしたようで


「何故だ、何故謝る?」


と訊いてきた。


「だって、みんなが大切なアニタの中身がアタシになっちゃって…」

 そう言うと、ヨーガスさんは、アタシの手を強く握って、ゆっくり、はっきり言った。


「そんなことはない。確かに君は全部がアニタではないかもしれないが、戦い方、それにアンや領民への態度は、体調の良い時のアニタとよく似ている。もう君たちは混ざり合って『今のアニタ』になっている。だから俺達は、君が元のアニタじゃないってわかってたのに、黙ってた」


 ヨーガスさんの手は震えていた。 


「都合よく、最初から君を身代わりにしていたのは俺達なんだ。だから、謝らなければならないのは俺達の方だ…すまなかった」


 ヨーガスさんは、アニタが話すことは稀だったので、彼女の声や話し方は誰にもはっきりとはわからないこと、いつも辛そうな顔をしていたので笑顔を見ているだけで嬉しいこと、いつの間にかアタシ自身がみんなにとっての『アニタ』になっていたことを話してくれた。


 みんなの様子がちょっと妙だったのはアタシのせいでアニタが乱暴になったからじゃなくて、逆だったんだって…それは考えなかった。このアタシの方が聞き分けがいいなんて!


 バーリのみんなは、魔力が人並みだったら、こうだったかもしれない『アニタ』を今のアタシに見ていたのかもしれない。


「俺達はお互いに申し訳ないって気持ちがあって、しばらくはギクシャクするかもしれない。でも、良ければ、そういうのも含めて、新たに家族になってはくれないだろうか」


 最後にヨーガスさんにそう言われてアタシは考えた。アタシが『アニタ』になった理由。ドラゴンとの戦いで感じたあの気持ち。アタシのために必死になってくれた『パパ』やイグナート。優しいアン。


 これからここでヨーガスさんと暮らしていくことで、『アニタ』の後悔が無くなるかもしれない。そして『みづき』としての後悔も。うん、そうだよね。


「わかった。そうする。ここでこれまで通りアニタとして、ヨーガスさんの娘として生きていく。アニタが『こうなりたかった』って思った姿と、前世でアタシがなりたかった姿と、両方を叶えてみせる」


 アタシがそう言うと、ヨーガスさんは、いや、パパはまた泣いた。


 今度はオンオン泣いているパパを見て、部屋に来たアンはびっくりしてたけど、『なんですか坊ちゃま!だらしないですよ!!』と叱ってパパの顔をタオルで拭こうとして流石に断られてた。アタシはベッドで笑った。


 ここでの話はパパとの秘密だから、アンたちにはこれまで通りのアニタでいることにした。でもパパが『大怪我の後の厄払いでもう一つ名を持たせよう』って言ってアタシに新しく『アニタ・ミヅキ・バーリ』って名前を付けてくれたのを聞いて泣いていたから、きっとアンは全部わかってる。


 その後、シーラさんとクララさんとマルティナさんがお見舞いに来てくれた。ドラゴンと戦うアタシがかっこよすぎて、大ファンになったって言ってくれた。


「これからもお手紙を書いたりして、仲良くしていきましょうね」


って言われて、もちろんだと約束した。


 元気になって領地に戻る前にはイグナートも来てくれた。前のドラゴン退治の時も今回も力不足で、足手まといでゴメンと謝ったから、アタシの戦い方に問題があるんだって言って、今度はもっと連携できるよう練習しようって言ったらちょっと嬉しそうだった。


 イグナートも変わってしまったアニタに少し驚いたけど、戦い方は一緒だし、そもそもどっちでも自分にとっては同じで、話して意思疎通ができるからまあ今のほうが多少はありがたいかなって言ってた。イグナートもちょっと変わってる。


 こうしてアタシは辺境伯令嬢『アニタ・ミヅキ・バーリ』としての人生を送ることになった。どうしてこんなことになったのか?今ならわかる。自分で後悔のない幸せな人生を作っていくためにだよ。自分の進む道は自分で選ぶってこと。


お読みくださりありがとうございました。こんな地味な話を…感謝です!

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― 新着の感想 ―
主人公がおバカながらも真っ直ぐで優しい子だったのが良かったです 前世に残してきたお母さんは気の毒だけど、今世で幸せになると良いよ!
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