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8.新たなお役目

よく晴れたある日、ネージュはオベリスクに祈りを捧げる仕事を任されることになった。精霊たちに魔力が伝わるようにオベリスクに手をかざし、静かに祈りを捧げる。最初は不安気なネージュだったが、シュウが隣に立ち、声をかけているうちにその表情は穏やかになっていく。


「祈りを捧げらることで、精霊たちは力を得るからね」


シュウが囁くように言った。


「幸が……ネージュが心から願うこと、それが精霊に届くから、焦らずに自分を信じて」


その言葉に背中を押され、ネージュはオベリスクに目を閉じて手を伸ばした。心を込めた祈りは目に見える光として聖堂に満ちていく。精霊たちが心地よさげに少しずつその魔力を受け入れていくのを感じて、ネージュはわずかに微笑んだ。

その微笑みに釣られたように妖精たちが彼女の周りで舞い始める。


「やはり、ネージュの魔力量はすごいね」

「そうなのかしら?」

「ほら、みてごらん。満足そうだろう?」


聖堂の床には土の妖精だというとんがり帽子の小人が満足げに仰向きになっている。


「シュウはいつもそうだね。私がした少しのことでも褒めてくれる」


前世、毎日の暴力と暴言の中でそれでもシュウは幸に寄り添って励ましていた。

その励ましは、ほんのささいなことでも行いを褒めることが多くて、見守られていることが彼女にとっては何よりも嬉しかった。


あの頃のシュウは幻想の友人、イマジナリーフレンドだった。

それを彼女自身もよく理解していた。

けれど今、現実に寄り添う存在としてシュウがいる。


見守るその存在があったから、ネージュは前に一歩を踏み出せたのだ。



祈りが終わった後、ネージュはレイラと一緒に神殿の庭を歩く。


「あとで、薬草園のハーブをすこし分けてもらえたらお茶にしませんか?」


ネージュがレイラにいうと、レイラが目を輝かせる。


「それで、お茶が入るんですの?」

「ええ、あのレイラの好きなハーブでいい香りのお茶ができるの」


ネージュは前世、近所のハーブを育てている家からよくバジルやミント、紫蘇などをを分けてもらっていた。夏場には冷たいミントティーや紫蘇のジュースとして楽しんで。

お礼にバジルのソース作ってお返ししたら、トマトを沢山もらえたこともあった……


ネージュはそんな過去の記憶を辿る。


「楽しみだわ!ネージュは色々知っているのね」

「きっと気に入ってもらえると思うわ。お砂糖も使っていいならクッキーに入れても美味しいのよ」

「まぁ!ネージュはお菓子まで作れるのね!」


「ネージュ様、レイラ様。エヴァン大司祭とエレン様がお呼びでございます」


普段は走ることのない神官が走ってくる様子に、ネージュとレイラは顔を見合わせてから頷いた。


案内されたのは神殿内の会議室。

部屋に二人が入ると、すでに何人かの聖女たちが集まっていた。

全ての聖女が集まり、分厚い扉が閉じられると大司祭が静かに聖女たちを見渡しゆっくりと口を開く。


「突然の話になるが、隣国であるアヴァリア皇国の皇太子一行が神殿を見学しに来ることになった」


その言葉に、室内の空気が少しざわつく。


「アヴァリアの……?」


レイラが小さく疑問を口にする。


「そうだ。あの国には、我々のような聖女という制度がない。それゆえ、精霊とともに生きる我々の在り方を学ぶために、短期留学として神殿を訪れるそうだ」

「そこで」


エレン様の言葉に、私たちは姿勢を正した。


「彼らを案内する役目は、ネージュさんとレイラさんに任せたいとおもっています」


二人が同時に息を呑んだ。


「わ、私が……?」

「私……?」


エレンは静かに頷いた。


「二人は貴族の出であり、礼儀作法も心得ています。また、一行と年も離れておらず神殿の代表として客人を迎えるのに、最もふさわしいと私は思います」


確かに、私はブランデール侯爵家の出身、レイラも元は高位の貴族。貴族との交流には慣れている……はずだった。

けれど、二人とも貴族の社交の経験は同年代の貴族よりも少ないだろう。

聖女としての道を歩き始めたばかりだったし、何より今まですっと人と関わること自体を避けていた。


「……無理にとは言いません。ですが、いまのあなた達ならきっとできると私はおもいます。もちろんサポートもしますから、二人ですべて抱え込むこともありません」


エレンの言葉に、ネージュは目を伏せた。


「私……」


彼女が迷いながら、視線を横に向けると、レイラもまた真剣な表情で考え込んでいるのが見える。

レイラの瞳には迷いと、そして……僅かな覚悟が宿っていた。


「……そのお役目、お受けします」


静かに、でもはっきりとした声だった。


「レイラ……」


彼女はネージュを見て、小さく微笑んだ。

今まで、レイラは自分の容姿を嫌い、人前に出ることを避けてきた。それなのに、自らこの役を引き受けようとしている。


「……わかりました。私もお引き受けします」


その言葉に、エレンは満足そうに頷き、大司祭も相好を崩した。


「二人とも、頼みましたよ」


こうして、二人は隣国の皇太子一行を迎えることになった。

貴族としての役目を、再び果たす時が来たのだ。



皇太子一行を迎えた日は、思っていたよりも穏やかに始まった。

アヴァリア皇国の皇太子――ルシアン殿下は、聖女たちが想像していたような厳格な雰囲気の人物ではなかった。


「やぁ、僕がルシアンだ。よろしくね。こっちが幼馴染のノア。あとは……」


彼の金の髪が陽光を受けて輝き、深い青の瞳はどこまでも澄んでいる。その佇まいは気品にあふれ、誰が見ても王族の風格を持っていた。

しかし、ネージュが驚いたのは彼の態度だった。まるで旧知の友のように気さくで、まったく威圧感がない。


「え、ええと……土の大聖女ネージュと申します」

「わっ……私は岩の聖女レイラでございます……」


今日は正装で二人とも儀式服の上に黄色のストラを掛けている。

まさに聖女といった出で立ちだが、どちらもカチカチだ。


「そんなに緊張しないで。僕たちはただの旅人さ。ねえ、ノア?」


隣に控えていた銀髪の青年が小さくため息をついた。彼がノア、ルシアンの幼馴染であり、長年の側近でもある人物だという。


「殿下、あなたがその調子だから皆が緊張感を持たなくなるのです」

「まあまあ、それで和やかになるならいいじゃないか」


ルシアンの屈託のない笑顔に、ネージュとレイラは少しだけ肩の力を抜くことができた。

その後ろに続く側近たちもまた、どこか親しみやすい雰囲気を持っていた。彼らの国では貴族であっても格式ばった態度を取ることは少なく、互いに肩を並べる関係を大切にしているのだという。


その空気のおかげで、最初の緊張はすぐにほぐれた。


神殿の回廊を案内しながら、ネージュとレイラは彼らにこの場所の歴史や精霊との関わりについて説明していた。

長く神殿にいるレイラのほうが歴史など本格的な説明が出来るが、魔法と精霊の関わりは曲がりなりにも魔導騎士の娘であるネージュのほうが話ができる。

そんなわけで、一まとまりで移動しつつも聞きたい説明を聞くためにふんわりとグループで別れているような形になっていた。


ネージュが案内をする中にはルシアン皇太子もいた。


「……と、いうわけで精霊の司る物に対して行使される魔法と、司る物によって行使される魔法は区別されます」


ルシアンはそんな話を目を輝かせながら聞き、時折鋭い質問も投げかけてくる。

やり取りが専門的になったせいか、いつの間にかネージュの案内を聞いているのはルシアン一人だけ。

それに気づいたネージュは慌てたようにルシアンに尋ねた。


「……私の案内で、本当にいいのですか?」


ルシアンは少し不思議そうな顔をしたあと、ふっと微笑んだ。


「なぜそんなことを聞くの? まるで女神のような聖女から話を聞けているのに」

「え……?」


ネージュの顔をみて、笑うでもなく嫌悪感を顕にするでもなく、彼は真剣な目でそう言った。


「私……そのようなことを言われたのは、初めてで……。」


ルシアンは軽く肩をすくめてから、ネージュの耳元で囁いた。


「じゃあ、これから何度でも言おう。君はまるで女神のように綺麗なんだから」


その言葉にネージュの顔が朱に染まる。


「でも、それ以上に君が神殿に似つかわしいのは、きっとここを大切に思っているからなんだろうね。君が話す神殿のこと、精霊のこと……すごく優しい響きを持っているから」


それは揶揄いなどではなく素直な言葉にしか聞こえず、だからこそネージュは硬直した。

そんな彼らの間の束の間の沈黙を破ったのは小さな歓声だった。


「すごいな、これがオベリスクか!」

「おい、神殿だぞ、礼儀をわきまえろ」


注意しているのは先ほどもルシアンに苦言を呈していた側近のノアだった。


「では、祈りを捧げます。ネージュも一緒にいいかしら」


レイラの言葉でネージュはルシアンの隣を離れる口実を得た、とばかりにオベリスクに歩み寄る。

二人の聖女が石柱に触れて無言で祈る姿は厳かで、皇太子一行たちも言葉を失ったように釘付けになっていた。

ステンドグラス越しに大理石の床を染める光に影が踊る。

ネージュの横にはシュウが、レイラの横にはガイが姿を現し、蝶や小鳥や妖精たち、小さな精霊たちも現れてオベリスクから循環する魔力を浴びるように集う。


「これが……聖女」


だれかがぽつりとそう呟き、幾人かは知らず祈るように指を絡めていた。

それは、彼らにとっておとぎ話を目の当たりにした瞬間だった。

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