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29.告発

式典の開かれたホールは悪趣味なほどに豪奢だった。天井にはこれでもかというほどの金の装飾が施され、壁には異国から取り寄せた絵画や織物が隙間なく飾られている。

大理石の床に映る無数の燭台の光が、目に痛いほどのまばゆさを放っていた。


この場所に集まるのは、王国の有力者たち。爵位を持つ者、莫大な財を築いた商人たち。

そして――

貴族籍を剥奪されたはずのレイラの父もまた、その中心に立っていた。

顔に浮かべた笑みは堂々たるもので、周囲の者たちも彼を当然のように受け入れている。

剥奪された肩書きなど、もはや意味を成していないかのように。


その光景に、レイラは息を呑んだ。だがすぐに、自らを戒めるように拳を握る。

彼女の視線は、もはや個人的な憎しみではなく、歪んだこの国そのものを捉えていた。


白無地の儀式服に身を包んだ聖女たちが、静かに歩を進める。

ネージュ、レイラ、サヴィア、エレン。

彼女たちは、きらびやかな衣装を纏った貴族たちの中で、明らかに異質だった。

清廉で、慎ましく、そしてこの場には似つかわしくないほどにまっすぐな存在。


ノアもまた正装に身を包み、アヴァリアの使節団の一員として彼女たちに寄り添う。

彼の立つ位置は、外交使節として本来ならば政治的な中立を保つべき場所――

だが、彼の瞳は迷いなくレイラを、そしてネージュたちを見守っていた。


式典の開始を告げるファンファーレが鳴り響く。

耳をつんざくような音の中で、ネージュは胸にそっと手を当てた。

ルシアンから贈られたネックレスの感触が、今だけは支えになっていた。


これから、言葉を放つ。

真実を、告げる。

どんな反応が待ち受けていようと――


ネージュは仲間たちを見渡した。

エレンは静かにうなずき、サヴィアは小さく呼吸を整えている。

ノアは、一歩後ろから彼女たちを支える準備を整えていた。


そして、レイラの瞳にはもう一片の迷いもない。


今、この瞬間だけは。

この異物たちこそが、ホールの中心だった。


やがて、司会者が声を上げる。


「これより、王都大神殿からお越しいただいた聖女様とアヴァリア使節団を迎える式典を執り行います――」


人々が注目する。視線が一斉に彼女たちへと集まる。

ネージュはそっと目を閉じ、そして開いた。


司会者の高らかな声に続き、式典の始まりを告げる祝辞が読み上げられる。

だが、祝福の言葉など、今の彼女たちには届いていなかった。


静かに一歩前に出るレイラの白い儀式服がホールの金と紅のきらびやかな装飾の中で、凛と輝く。


「お待ちください」


ホールに響く声にざわめきが広がる。

不審な視線がレイラに向けられた。


「この場をお借りして、一つ、告げなければならないことがあります」


司会者が慌てて止めようとするが、すでに遅い。

ノアが、アヴァリア使節団の威厳のままにレイラのすぐ後ろに立つ。

彼の存在は、国際的な式典で無視できるものではなかった。


レイラは一度だけ深く息を吸い、はっきりと言葉を続ける。


「フロスティア王国のタルソスにおいて、禁制とされる蒼晶石の密輸が行われていました」


ホールが静まり返る。

呼吸音すら聞こえそうな沈黙。


「証拠は、ここにあります」

レイラが振り返ると、エレンがすぐに前に出た。

帳簿の一部、香料の瓶、蒼晶石について語る商人たちの音声記録――

それらを収めた証拠品が、白い布に包まれて運ばれる。


「これらは、密輸に関わった者たちの証拠です。

そして、その中心にいたのは――元タルソス領主であり、私の父、ラドクリフ・リーヴェンです」


会場に衝撃が走った。

誰もが一斉に、レイラと、そしてホールの中央に控えていたラドクリフに視線を向ける。


ラドクリフは、最初こそ余裕を装っていたが、娘の口から名前を呼ばれた瞬間、その顔にわずかな動揺が走った。


「私は娘である前に、フロスティアの民であり、精霊と生きる聖女です。この国を、正しく導かねばならないと誓いました。……ですから、私は声をあげます」


レイラの声は、震えなかった。

むしろ、穏やかで、澄み渡るようだった。


ノアが一歩踏み出し、静かに言った。


「アヴァリア使節団もこの告発を確認し、必要ならば正式な外交調査団を派遣する用意がある」


もはや、式典の空気は一変していた。

祝賀のために集まった貴族たちが、次々と顔を見合わせ、ざわつき始める。


そして、奥の扉が開く。


その中に――

ルシアン皇太子の姿があった。


彼は、ゆっくりと歩み出る。

その表情には、怒りも、憐れみも、そして確固たる意思も、すべてが宿っていた。


「フロスティアと我が国との未来のために」


ルシアンの声が、ホール全体に静かに響いた。


「真実を、見極めよう」


ホールのざわめきの中からラドクリフがゆっくりと歩み出た。

彼の顔には、冷笑とも怒りともつかない歪んだ表情が浮かんでいる。


「レイラ。誰に吹き込まれた?」


低く抑えた声。一歩一歩、彼はレイラへと近づく。

その存在感は、かつて少女だったレイラの心を縛ったものと変わらない。

だが今、レイラは退かなかった。


「父上、私は……誰にも吹き込まれてなどいません」


レイラは正面から父を見据えた。

震えそうになる膝。きつく結んだ拳。


「自らの目で見て、耳で聞き、そして――民のために、ここに立っているのです」


ラドクリフは嗤った。


「民のためだと?あの愚か者どもが、貴族の庇護なしに生きられるとでも思ったか?この国のために私がどれだけ犠牲を払ってきたか……おまえにわかるものか」

「犠牲を払ったのは、ご自身のためでしょう!」


レイラの声が鋭く響く。


「自分の権力を守るために、民を見捨て、禁制を破り、国を危機に晒した。……そんな行いを、私はもう見過ごすことはできません」


ラドクリフの顔に、怒気が浮かぶ。

だがその背後では、貴族たちがひそひそとささやき合い、すでに彼の孤立を暗示していた。


「おまえは……私を裏切るのか。私の血を引きながら」

「……私は、民と国に誓いました。この身を賭してでも、守ると」


レイラは父をまっすぐに見上げた。


「ラドクリフ・リーヴェン。あなたを、正式に告発します。我々聖女たちの名において」


静寂。

誰も言葉を発せず、ただその瞬間を見つめていた。

ノアがレイラの傍に立ち、エレンとサヴィア、ネージュもまた、揺るがぬ意志をその背に託す。


ラドクリフは、顔を引きつらせたまま動かなかった。

やがて、ゆっくりと、力なく肩を落とす。

拘束されるその背は、見る影もなく小さかった。


レイラは、崩れそうになる心を必死で堪えた。

涙は流さない。

これは、未来へ進むための戦いだったから。


ルシアンが、そっと前に出る。

厳かに、そして温かくレイラに告げた。


「よく戦った。これより、我らが正義を国に示そう」


レイラは深く、静かに頷いた。


まっすぐに顔を上げ、ホールをぐるりと睥睨したルシアンは今

確かに皇太子としての威厳に満ち、近寄りがたい程のオーラを纏っているかのようだった。

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