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28.決戦前夜

宿の一室。木組みの天井には、かすかに夜の雨の音が響いていた。ランプの灯りが揺らぎ、集まった五人の影を壁に映していた。


粗末ながらも広めのテーブルの上には、証拠品が並べられている。

香料の瓶はひとつひとつ異なる色と香りを放ち、紙片は湿気を含んでくたりと曲がっていた。

その傍らには、サヴィアとエレンが記録した音声装置が置かれている。小さな球形のそれは、外見からはとても禁制の会話を録っているようには見えない。


「……これで、蒼晶石が密かに流通していた証拠は揃いました」


エレンが低く告げた。抑えた中でも凛とした声だった。


「しかも、あの屋敷を拠点に。貴族の名を使い貿易品に紛れ込ませて……」


レイラが呟き、香料瓶に指を添える。その瞳の奥には、わずかに悔しさが滲む。

ノアは椅子にもたれながら腕を組み、沈黙を守っていた。けれど、その視線は真っ直ぐレイラへと向いていた。彼は、今後に備えて自らの身分――アヴァリア皇国の使節という地位を最大限に活かす覚悟を固めていた。


「この情報を、どこでどう出すかが問題ね」


エレンが、穏やかだが芯のある声で言った。その表情には、かつて王族として政争に立ち会ってきた者だけが持つ静かな冷静さが宿っていた。


「式典……」


サヴィアが小さく呟く。

それは誰にも届かないようなかすれた声だったが、確かに空気を震わせた。


「……式典、ですか」


レイラがその言葉を繰り返し、目を見開いた。


「たしかに。フロスティアの聖女たちと、アヴァリアの使節を迎える式典。――人の目も、耳も、多く集まる場ね」


ネージュが頷いた。場の空気が少しずつ変わっていく。


「この街に、そして王国に必要なのは、沈黙でも怒りでもないと私は思います」


レイラはまっすぐ前を向く。

言葉にはわずかな震えがあった。しかしその決意は彼女の瞳を強く照らしていた。


「私は、確かに父を恨んでいます。――でも、それが理由ではありません。私はタルソスの街と、フロスティアのために……声を上げます」


彼女の告白に、しばらく誰も言葉を返せなかった。

ただ無言でその言葉に頷く。


その沈黙を破るようにノアは小さく微笑み、懐から一枚の文書を取り出す。

アヴァリアからの任命書。これが、公にその場に立つ権利の証だった。


「僕の名も、使うといい。ここで逃げる理由なんて、もうひとつもない」


レイラが少しだけ微笑み、それにネージュも笑みを返す。だがその笑顔は、少しだけ揺れていた。


「本当に……うまくいくかな」


ぽつりとこぼれた声を、誰も責める者はいなかった。

その不安を抱くのは、彼女が真剣にこの事に向き合っている証でもあったから。


ネージュは小さく息を吐き、胸元へと手を伸ばす。

そこには、ルシアンから贈られたあのネックレスがあった。

遠く離れた今も、それは温かく彼女の肌に触れている。


ネージュはそっとネックレスを掌で包んだ。

仲間とともに集めた真実。託された想い。誰かの未来を守るための選択。


――その全てを、式典の場へと届けるために。


ランプの灯りは、誰の顔も等しく優しく照らしていた。

嵐の夜の前、静かで、確かな絆のひとときだった。

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