鬼と味噌汁
* これは史実に基づくフィクションです *
「すまぬが湯漬けをもらえぬか」
冷たい板間にどっかとあぐらを組んだまま、男はそう言った。
戦場から舞い戻ってきたばかりの具足は泥と血でまだらに汚れ、汗と脂で凝り固まり無手勝手に伸びた髪は鬼の角のようだった。
男の名は柴田勝家。顎髭にいかつい面相。隆々とした体躯と雷鳴がごとき音声から仲間内から鬼柴田と異名をとる強者だ。
時は天正11年4月。
柴田勝家は敵対していた羽柴秀吉と賤ヶ岳で争い、敗れた。今は敗軍の将として府中城にいた。
「い、今すぐ用意させますので。しばしお待ちを」
脂汗を額に滲ませながら答えたのは城の主、前田利家であった。
利家といえば、勝家とともに織田信長の武将として華々しい戦働きを誇る剛の者であるのだが、今は浮つき、委縮していた。
それもそのはず。
先の賤ヶ岳では勝家側として戦いながら、土壇場で突如戦線を離脱したがこの利家だった。
この背任行為で勝家勢は総崩れとなった。いわば勝家が負けたのは利家のせいと言われても言い訳はできない。まさか、そんな自分の居城に勝家が現れるなど利家は想像すらしていなかった。為に、勝家が来たと聞いて、思わず通してしまったが、いつ罵声をあびせかけられ切り捨てらるかと内心びくびくであった。
「おお、味噌もついておるな」
差し出された膳には一椀の湯漬けのほかに小皿が添えられていた。小皿の上には味噌が一欠片乗っていた。
勝家は味噌の塊を目を細め、ひと舐めした。
「ううむ、戦から生きて帰った後の塩辛いものは格別だ。
さすが利家。目端がきくの」
なんと答えれば良いか分からず、脂汗をだらだらと垂らす利家と対照的に利家は阿阿と笑いながら、味噌を湯漬けの落とすと、ぐるぐるとかき混ぜた。
「味噌汁になった」
ズズズッと音を立てながら勝家は味噌汁を一気に流し込んだ。ほうっと大きく息を吐き、そのまま肩を落としたまま動かなくなった。
勝家の次の動きが読めず、利家はごくりと喉を鳴らす。と、がばりと勝家は立ち上がる。
「ひぅ」
小さくうめいて、のけ反る利家。
勝家はそんな利家を見下ろすとにやりと笑った。
「馳走になった。これまでよく務めてくれた。
今後は犬と猿で仲良く生きていけ。それがお前にあっておろう」
勝家はそう言い放つと去っていった。
利家はその後姿を座ったまま呆けたようにみつめた。腰が抜けて立てなかった。
その後、勝家は拠点の北ノ庄城に戻り、その生涯を閉じる。腹を十字にかっ切る見事な自害であったと云う。
2021/12/29 初稿