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エッセイ 

勉強はどうしてつまらないのか? これからの勉強とは?

作者: NOMAR

(* ̄∇ ̄)ノ 奇才ノマが極論を述べる。ノマも勉強はキライだ。


「うちの子が勉強しない」


 久しぶりに会った友人がこう言った。どうすれば勉強してくれるようになるだろう? と。


「勉強が嫌いというのは分かるのだけど」


 親になるというのはいろいろと苦労があるものだ。しかし、それを子供のいない私に聞かれてもちょっと困る。

 相談に乗り、少し考えて私はこう応えた。


「子供が勉強が嫌いというならマトモだと思う。心配は要らないだろう」


 逆に勉強が好きという子供の方が危ないと私は思うからだ。

 というのも私が会ったことのある数人の引きこもりは、学生時代に勉強のできる子供だったから。勉強ができて子供の頃に優秀と褒められていた人の方が危なっかしい。


 この辺り、私が考える『勉強』の単語について、ここから説明した方がいいだろうか。

 勉強と学習は違うのだ。


■勉強とは


 今では勉強とは、学ぶことといった意味で使われている。勉強と学習は似たような意味合いで使われる。

 だが勉強とはそのまま読めば勉めて強いること。

 これは語源となった中国語の『勉強』という単語を見ると分かりやすい。


 中国語で勉強とは無理強いをする、無理にさせる、強制する、という意味になる。

 もともとが嫌がる人に無理にやらせるのが勉強だ。


 一方で学習とは学び習うこと。興味を持つことを自ら学び自ら習うことが学習。


 ここから勉強とは人に対してだけ使う単語になる。動物には使わない。犬や猫が狩りの仕方を親から習うのは勉強と言わずに学習と言う。

 学習は動物全般に使える言葉だが、勉強とは人限定のものになる。


 勉強する生物とは人だけなのだ。


 勉強は嫌いで苦手、だけど学習は好きで楽しい、という人は、私は心配にはならない。

 勉強は得意だが学習は苦手という人の方が危ない。

 これは人にやらされるのは得意だが、自分で考えて行うのが苦手ということになるからだ。


 言わば勉強が好きというのは、人に無理矢理されるのが好きというマゾヒストになる。

 子供を勉強好きにしよう、というのは子供をマゾ奴隷に調教しようというのと同義になる。

 

 勉強が得意なだけの人とは、優秀な主人のもとでは優秀な奴隷として活躍できる。しかし自分に合った主人がいなければ、何もできなくなってしまう。

 私の出会った引きこもりは学生時代、勉強はできるが学習はしてこなかったという感じだった。

 

 学習は自ら興味のあることを調べて憶えること。身に付けようと練習すること。

 例えばゲームなど、そのゲームで必要な知識や単語は実生活には役に立たない。だが、そのゲームが好きな人は自ら調べて、その知識は記憶に残り身に付く。


 ポケモンなどの現実にはいない珍獣の名前をいくつも憶えたり、実際には手から何か出るわけでも無いのに複雑な格闘ゲームのコマンド入力を練習したりなど。好きこそものの上手なれ。

 私も交神するときに、おぼろ幻八、おぼろ夢子を選ぶと双子が産まれやすくなるとか、ギースのレイジングストームのコマンドとか、未だに憶えている。

 知らないよりは知っている方が楽しめる、ということに対して人は貪欲だ。これを知識欲と言うのだろう。


■勉強から学習に


 子供に学問を身につけて欲しいとなると、子供を勉強しかできないマゾ奴隷にするよりは、勉強が学習になるように興味を持たせることが必要だろう。

 そして本来、知識を得るという行為は楽しいものの筈。それがつまらないと言うのは、そのジャンルの知識に興味が無いということ。

 自分に必要だと思える知識では無いものに、人は興味を持てない。目的の無い知識は脳というメモリを圧迫するゴミ情報になるからだ。


 例えば、勉強を学習に変化させる方法のひとつとしては。


『来月の修学旅行では皆さんに1ヶ月、無人島で暮らしてもらいます。人は水が無ければ3日で死にます。食べ物が無ければ3週間で死にます。皆さんは修学旅行までにサバイバルに必要な知識を図書室で調べたり、先輩に聞くなどして得て下さい。全員が無事に修学旅行を終えることを願っています』


 こうすれば自殺志願者で無ければ必死に学習してくれるだろう。

 人は獲物の捕まえ方、畑の作り方、井戸の堀り方など、知識をもとにして工夫してきた。これらを学ぶことにより人は栄え、他の生物とは大きく異なる文明を築いた。

 学ぶという行為は人が生き残るために必要な知識と技術を身に付けることが原点になる。

 自分が生きていく上で必要と思えることを学ぶのに人は真剣になる。反対に必要では無いと思う知識を教え込まれることが、つまらない勉強になる。


 自分の生活が豊かで便利になることを知る行為はおもしろいものの筈なのだが。そこが繋がらないものには興味が持てない。


『学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるか思い知らされる、自分の無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる』


 アインシュタインの言葉より。


■勉強慣れの弊害


 大人の言うことに素直ないい子を良しとした結果に、自分の意思の無い人が誕生する。

 勉強だけが得意なマゾ奴隷を調教してから、大人になったら自分の自由意思で判断し行動しなさい、と言う。

 こう言われた素直なマゾ奴隷は、そうかこれは放置プレイか、と、主人の次の指示が出るまで部屋に引きこもる。

 引きこもりの要因は多々あれど、こういうのが根底にあるのではないだろうか。


 私が会った人の中には、自分の判断は全部間違っているから親の判断に従っている、という思い込みに囚われている人もいた。

 この考え方の先にあるのが、自身での善悪の判断さえも放棄し、法律や周囲の反応に従うだけという偽凡だろう。


 合法は善、違法は悪と区分けする勘違い。

 法律とは社会を守る為に、他人に害を与える者にはこれこれこのような罰がある、と書かれているだけのもの。

 なので法律は善悪の判断基準にはならない。

 悪法もまた法なり。合法の悪もあれば違法の善もある。

 近年では詐欺の手法を法律の範囲内に収めることで、犯罪にならないように工夫する合法詐欺がある。法の範囲内でなんとか悪事を働こうとするものを、違法で無いなら善だと判断するのはどうかしている。


■周囲の空気に従う偽凡の人


 これは日本の裁判員の話だ。海外の陪審制度では陪審員は有罪か無罪かの判断をするが、有罪の際の量刑は裁判官が決める。


 日本の裁判員制度では有罪の際の量刑まで裁判員が判断する。


 裁判員が被告の死刑や無期懲役を求刑し、裁判官が、『この事件でこの求刑では量刑が重すぎる』と判断し刑罰を改めることが、日本の裁判員制度では度々ある。


 こういったことが、市民の声を反映するのが裁判員制度なのではないか? なぜ裁判官が訂正するのか? と批判されるのが現在の裁判員制度の問題だ。

 私は裁判員は有罪か無罪かだけを判断し、量刑は裁判官等の専門家に任せた方が良いと思うのだが。


 裁判員が死刑を求刑したが、裁判官が減刑し死刑とならなかった例がある。このとき裁判員になぜ死刑を求刑したのか? とインタビューが行われた。

 裁判員の一人はこう応えた。


『事件のことは難しくてよく分からなかった。皆が、これは死刑だ、と言うので自分も、じゃあ死刑で、と言った』


 空気を読んで死刑と言ったことになる。

 私はこれが、テストの答えさえ合っていれば過程はどうでもいい、というのに似ている気がする。

 周りの人達の判断を正解とし、正解さえ合っていれば過程を省くのは効率的、というものだろうか。

 事件の内容はどうでもいいけど、皆が死刑と言ったから死刑にしよう、というのは裁判官じゃなくてもちょっと待てと言いたくなる。


■勉強させるには?


 話を戻して、子供に勉強しろ、と口で言うだけなら簡単だ。だが、この言葉に説得力を持たせるのは難しい。

 どうして勉強しなければいけないのか? と質問されたとき、人はさまざまな言い方を考える。


 勉強しないとあとで苦労する。勉強しないとちゃんとした大人になれない。などなど。

 勉強しなかったらどうなるか、と警告する、または脅すと言った言い方になるのではなかろうか。


 子供には勉強しないとたいへんなことになる、と言ったりするが、では大人が勉強しなかったらどうなるだろうか?


■生涯学習率


 2012年、経済協力開発機構(OECD)が実施した国際成人力調査(PIAAC 2012)

 各国の成人に『現在、何らかの学位や卒業資格の取得のために学習しているか』のアンケートの結果。


 日本は成人の学習率は1.6%とランキング18カ国の中で最下位だった。日本は学校で勉強するのは未成年のすることで、大人が勉強しない国と示されたことになる。

 世界の先進国の中でも生涯学習率の低い国が日本だ。

 日本人は勤勉と言われていたのは既に昔の話。今では日本人は勉強しない国民性と呼ばれている。


 では、大人が勉強しなかったことでどうなったか?


■労働生産性


 2019年、日本の労働生産性は、主要先進7国(G7)の中で最下位。これは1970年以降、約50年間にわたってずっと最下位。


 OECDデータに基づく2019年の日本の1時間当たり労働生産性は、47.9ドル(4,866円)であり、アメリカの77.0ドル(7,816円)の約6割。OECD加盟37カ国中21位と下位。

 また日本の悪習であるサービス残業は数字に出て来にくいので、サービス残業を考慮すれば日本の1時間当たり労働生産性は更に下がる見込み。

 

 OECD内の平均賃金の順位の推移を見ると、日本は1990年では12位。2019年では24位に後退。

 約30年で日本はOECDでも下位層の貧しい国と変化した。


 フォローしておくと2016年の、World Economic Forumのランキングでは日本の人材評価はランキング4位。先進国の中では最高水準。しかし、最低賃金が先進国の中で最低水準だ。


 勤勉を美徳としていた日本人。だが目的は成果を出すこと、効果を上げること。そのために勤勉であるのは素晴らしい。

 だが、勤勉でありさえすればいい、というのは目的を見失っている。

 知識をもとに工夫することで技術は発展する。


 かつて洗濯は重労働だった。楽にしよう、速く終わらせようと洗濯機が開発されて普及した。

 しかし、勉強しないと洗濯機の使い方は洗濯板より難しく分かりにくい。なので、忙しくて洗濯機のことを勉強する暇が無い、洗濯板を使って手で洗う方が速いとなると、洗濯機を導入しないことになる。


 勉強しなければ最新の洗濯機の使い方は分からない。これは洗濯機に例えたが、洗濯機をパソコンやインターネットと言い替えると分かりやすいだろうか。


 いくつかの国際比較ランキングで、日本の地位は低下している。

 スイスの国際経営開発研究所(IMD)の世界競争力ランキングでは1992年まで日本は1位。

 1997年に17位となり、その後2019年では過去最低の30位に、2020年版では34位にまで低下。30年で1位から34位に転落した。


 デジタル技術では2020年に日本は62位。対象となるのは63の国と地域であり、日本は最後から2番目。


 定額給付金申請ではマイナンバーを使ったオンライン申請が可能とされていたものの、市区町村の住民基本台帳と連携していなかったため、自治体の職員は照合のために膨大な手作業を強いられることになった。   

 多くの自治体がオンラインの受け付けを停止し、郵便での申請を要請。日本はオンラインより郵送の方が速い国、と示す一件となった。


 また、新型コロナウイルスの感染者数把握作業では、FAXで情報を送り手計算で集計していた。こちらもオンラインよりFAXと手仕事の方が現場では速かったようだ。


 勤勉という姿勢は美徳でも、勤勉であることが目的になると技術の進歩も効率化も無い。効率が悪い方が同じ作業を終わらせるのに時間がかかる。

 結果も成果もどうでもいい、勤勉であることが素晴らしい、となると成果も出さずに残業する人が偉い、と言い出すことになる。


 手段の為に目的を見失うことを勤勉と誤魔化していては、学ぶことの目的すら見失う。


『軍人には四つのタイプがある

 有能な怠け者は指揮官にせよ

 有能な働き者は参謀に向いている

 無能な怠け者は連絡将校か下級兵士が務まる

 無能な働き者は銃殺するしか無い』


 ゼークトの組織論



 結果を出すことを評価するシステムを作り上げることができないうちに、日本はこの30年を、失われた30年と呼ぶようになった。


■70歳まで働く時代


 2021年4月に施行された改正『高年齢者雇用安定法』

 企業には70歳まで就業機会を延長する努力義務が課されることになる。


 だが企業の側は長く務めて人件費の上がった者からリストラしたい。早期退職者募集が増えている。


 2021年、ホンダは新たに導入した早期退職制度に、2000人以上の社員が応募したことがニュースになった。ホンダにとって国内で働く正社員約4万人のうち5%が早期退職を選んだことになる。


 世界的に気候変動問題から、2030年代にガソリン自動車、ディーゼル自動車を販売禁止にすると公表する国が増加。自動車メーカーは大きな変革を迫られている。

 ガソリン自動車から電動自動車へと、技術者の世代交代が求められている。

 

 時流の変化と共に社会に必要とされる技術も変化する。ガソリンエンジンから電動へと。

 対応ができない自動車関連部品を扱う企業は、ガソリン自動車販売禁止から倒産が相次ぐのではないだろうか。

 

 そして70歳まで働く為の社会を政府は推進するが、その為に40歳定年制の導入が考えられる。早期退職制度が第一次定年制へと変化するかもしれない。


■人生二毛作


 日本はかつては終身雇用制度が一般的だった。

 その時代ではひとつのモデルで通用した。


 教育期→就職期→引退


 分かりやすい単線型のモデルだ。しかし、終身雇用が可能だったのは昭和の平均寿命が50代、60代の時代になる。


 2020年の日本人の平均寿命は女性が87・74歳、男性が81・64歳となり、ともに過去最高を更新した。これで9年連続で平均寿命は伸びている。


 年金の受給期間が15年から20年と計算されることから、平均寿命が伸びれば年金を需給する年齢も上がる。平均寿命が100歳になったなら、年金が需給されるのは80歳からになる。


 企業で必要な技術は時代と共に変化する。長く働くには学びなおしが必要になる。生涯現役とはそのまま生涯学習となるのだ。

 終身雇用が当たり前の時代の人は、勉強するのは就職するため、仕事を見つけるためだった。これで勉強は未成年のするもの、という風潮となった。

 中には40代50代で学校に通って勉強するのは恥ずかしい、と言う人もいる。

 

 自分がするのは恥ずかしいことを人にやらせようというのは、イジメではなかろうか? 大人が勉強しなければ、子供も勉強しなくなる。


 人生二毛作とは平均寿命が伸び、70歳まで働く為のモデル。


 教育期→就職期→一次定年→教育期→就職期→引退


 40代の一次定年と70代の二次定年というもの。企業もまた20代から40代の働く企業と、40代から70代の働く二層に別れる。

 これは既に、人材不足となった業界では40代が若手と呼ばれるところが増えている。


■リカレント教育


 長く働く為には学び直しが必要となる。

 リカレント教育とは、スウェーデンから広まり1970年には経済協力開発機構(OECD)が推進することを決定したもの。


 recurrentとは、再発、頻発、循環、再帰という意味がある。

 リカレント教育とは『生涯を通じて学び続けていくこと』


 厚生労働省の推進するリカレント教育は以下より。


https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18817.html


 40代定年制が広まれば、40代の第一次定年を迎えたあとの選択肢は。


①同じ企業に務めるなら正規雇用を辞め、非正規雇用として雇い直しとなり給料は下がる。


②次の就職先を探す。


③独立して起業する。


④自給自足率を高め、貨幣経済に頼る割合を減らしたライフスタイルに転換する。


 ①以外を選ぶ場合、就職活動のため、または起業するためと、40代までの学習が必要になる。

 終身雇用制度の時代では50代の定年まで働くには、20代までの勉強が大事と言われた。

 ならば70代まで働く社会では、最低でも40代までの勉強が大事になる。


 国は定年廃止や、希望者全員を66歳以上まで継続雇用する企業への補助金支給などで生涯現役社会を推進しようとしている。

 現役で居続けるには年齢と共に低下する体力などを補うだけの、知識と技術と経験が必要。それも新技術に対応するためのアップデートが常に必要だ。


■子供に勉強させるには


「なので子供に勉強させるには、親が勉強する姿を子供に見せる。または、子供と一緒に勉強するのがいいんじゃないか」


 と、友人に言うと友人は、うーん、と唸ってしまった。忙しくて勉強する時間がなかなか取れないと言う。


 人は洗濯にかかる手間と時間を短縮する為に洗濯機を発明した。また電子レンジやコンロは調理を簡単便利にした。

 知識をもとに技術を発展させ、作業を効率化させて文明は発展してきた。


 今の大人に必要なのは、忙しさを改善するための勉強になる。

 また、新たに普及した技術についても勉強しなければならない。


『忙しすぎてパソコンの勉強を諦めた』といった内容の発言から世界に恥を晒した日本の国会議員がいる。

 政府のサイバーセキュリティー戦略副本部長を務めたこの議員は、自らパソコンを扱ったことは無いと国会で答弁した。


 また、USBポートについて『存在は承知している』と発言したが、衆院内閣委員会では、


 「使う場合は穴を入れるらしいですけど、細かいことは私はよく分かりませんので、専門家に答えさせます」


 と、答弁をしていた。これほどパソコンの知識の無い人物にサイバーセキュリティ戦略副本部長が務まるのか?


 この答弁は海外でも話題となり、アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルは、


「彼は少なくともハッキング被害に遭ったことがない」


 と、皮肉な記事とした。

 AFP通信は、


「もしハッカーがこの大臣を狙っても、何も盗めない。ある意味、最強のセキュリティーかも」


 というツイッターの声を紹介した。

 これは大人が勉強せずに恥をかいた事例になる。この議員は、聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥を身を持って教えてくれた。


 子供に勉強しろ、という大人が勉強しなければならない時代だ。こう言うと友人は。


「でも、子供と勉強するって何をすれば?」


■カナダの中学


 親子で興味のあることに取り組むのが良さそうだが、参考になるのはカナダの教育。


〇ITT

 Introduction to Technologyの略。テクノロジー入門。

 文明とは何かを実体験として学ぶ授業。課題は『身近にある草で自分の体重を支えられるロープを作る』など。紀元前にまで遡り人類の文明の発展を体験する。

 おもしろいのは最後までやり方は教えられないこと。あるのは材料と締め切り。やり方を発明するための教育になる。

 工夫の発明が文明を進展させるのだから。


〇Wood Work

 読んでそのまま、木工のこと。木を使う工作の授業。カエデを国旗とする深林資源の豊かなカナダらしい授業。

 このWood Workを学ぶことで日曜大工ができるようになる。家のドア、床などをリフォームし家具の修理もできるようになる。

 将来的に家のメンテナンスを業者に頼まずできるようになり、家庭におけるコストダウンにも繋がる。


 これは余談になるが、カナダの学校では教科書を学校からレンタルする。教育における家庭の負担を抑え、少子化対策とするには日本も真似をしてみてはどうだろうか?


 親子で共に学ぶというなら、こういうのがいいのではなかろうか。


■もう少し手っ取り早く


「手っ取り早く子供に勉強する気を出させる方法は無いかな?」


 インスタントなものこそ本人の為にはならないと思うのだが。


 結局のところ大人が体験談を語るのがいい。子供から見て、こんな大人になりたいという人物から『この勉強はこんな風に役に立った』という実体験を聞けば、子供もやる気が出る。


 反対に子供から見て、こんな大人にはなりたく無い、という人物から『勉強しないと私のような立派な大人になれないぞ』と言われたら、勉強する気は無くなるだろう。


 子供が親の言うことを聞くかどうかとは、こういうことだろう。

 私がこう言うと友人は、うーん、と頭を抱えてしまった。


 勉強した方がいい、という人こそ勉強しなければならない。しかし勉強はつまらない。そして就職する為の勉強ならば、就職後は勉強しなくなる。

 学習ならば一生続けられる。


『人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いもの。だが、それは考える葦である』


 パスカル


BGM『自由に捕らわれる』カンザキイオリ

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― 新着の感想 ―
[一言] 大事なのは好奇心なのかもしれないね。
[一言] 勉強というよりか旧来の日本の学校システムは「一律にある程度の知識を須らく人々に与え、社会での活躍の場を与える」という面では優れていたと言えます。 しかし、時代が進むにつれてそれらが当たり前の…
[良い点] 卒業して資格を取ったときに「これでもう勉強しなくてもいいんだ」と言ってしまったことを思い出しました。反省。楽をするためにも学習していきたいですね。
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