09:その頃、矢羽部は……①
志築高校野球部の期待の星で秋真の彼女、加奈子を奪った矢羽部は格下の他校との練習試合に挑もうとしていた。もうじき始まる県大会への弾みをつけるために組んだ試合だ。
落ちたとはいえかつては全国優勝もしていた志築高校。野球部員の関係者以外も多く観戦に来る。特に今年は期待値が高いと言われていた……上垣がいた頃は練習にも来ていたが、今は試合だけなのでその評価は覆ったと思われるが。
「今日はただ勝つだけじゃなくて、圧倒的な差をつけて勝つぞ!!」
「「「おう!!」」」
矢羽部の言葉に他の部員たちが応える。
中学で有名だった矢羽部は、実質的に野球部を掌握していた。
「「「…………」」」
しかし、妙にテンションが低いものたちもいた。その数ちょうど9人。
3年生の四人と矢羽部を抜いた全員であった。
「どうしたんですか? 先輩」
「……なんでもねえよ」
不思議に思い矢羽部が尋ねるが、その9人は気まずそうに顔を逸らすだけだった。
首をかしげるが、考えてもしょうがない。自分が活躍することしか考えていない彼はすぐに思考を切り替え、相手校に挨拶しに行った。
「やあどうも。今回は俺のための試合に来てくれて感謝する。せいぜい、最後まで諦めずに戦ってくれよ」
どこまでも自意識過剰で自分勝手な言葉に相手校の選手は何も言えなくなってしまう。
その失礼な行為を咎めなければならない監督の伊津本はというと……今は志築のOBでよく練習を見に来るおじさんグループと話していた。
「そういえば、上垣先生がいた頃の一軍の選手はどうしたのかね?」
このグループは野球部にかなりの額の援助をしており、伊津本も軽率に扱えない。
いつもなら怒鳴るこの言葉にも、伊津本は真摯に答えた。
「まあいいじゃないですか。今のチームの方が確実に強いですよ」
真摯という言葉は間違いかもしれない。
「……何を言っとるのかね? どちらもほとんどが素人だが、真面目に練習していた分、彼らの方が伸びしろがあったぞ。それに、向こうにはあの如月くんがいる……」
「ダメですね。これだから監督をしたことがない人は」
伊津本の言葉にイラッとするが、大人なので怒ることはない。
「いいですか。何やら言い訳を言っていましたが上垣は差別をしていただけです。やれ昔にいじめをしていただとか喧嘩をしていただとか……昔のことを持ち出して、今の彼らを見ようとしない」
「……彼女はそこだけではなく、今の練習していない姿勢も考慮していたが?」
「練習がなんです。彼らは確かにサボりがちですが、それも個性です。なのに上垣は彼らと向き合おうとしないで、ただただルールを守るだけの優等生ないい子ちゃんしか試合に出さなかった。これは立派な差別ですよ。うちの4番の矢羽部も、実力はあるのにやれ人を殴っただとか……野球以外の面で判断しすぎなんですよ」
「君の教育観はどうでもいいが……すでにあの子たちはフィジカル面では今の野球部に勝っていたぞ。この前、彼らが自主的に練習しているのを見たが」
「何を言っているんです。喧嘩をしていた彼らに、優等生のいい子ちゃんたちがフィジカルで勝てるはずがないでしょう。では、私は試合が始まるのでお暇します」
ハッハッハと信じられないことを言いながら去る伊津本に、おじさんたちはついに呆れて何も言わなくなってしまう。
「……あの人、高校時代にいじめをして退学になってから三年前まで引き籠っていたらしいですよ。政治家の父親が圧力をかけているので中々辞めさせることができないらしいです」
「そんな過去があるから不良を優遇してるのか」
「……せめて、今度あるという野球部をかけた対決で、彼らが勝てるのを祈るしかあるまい」
「まあ大丈夫でしょう……あれが監督なら、どんな強い選手もかたなしですから」