10:その頃、矢羽部は……②
試合が始まる。
「相手は県のベスト16にも入れないような格下のチームだ! ただ勝つだけじゃなく、圧倒的差をつけて勝て!!」
伊津本が叫ぶ。
その失礼すぎる号令に、周囲の人物が眉をひそめた。
「当然です。なんせ、中学では強豪シニアにいた俺もいますからね」
「大吾、かっこいい~」
矢羽部の自信満々な言葉に加奈子はうっとりした様子で呟く。
そして、試合が始まった。
「さっそく一点だ!」
矢羽部は1番だ。公式戦では4番の予定だが、練習試合では少しでも多く打順が回ってくるように1番に置かせてもらっている。
相手投手のストレートを捉え……鋭く振る。
堕ちたとはいえ元有名シニアのエースで4番。ボールは柵を超えてホームランになった。
「キャー! 大吾かっこいい!!」
加奈子が叫ぶ。
矢羽部もそれに応え……しかし、ここで志築の優勢は終わることになる。
「また打たれた!!」
一塁手が悲鳴をあげる。
(何故だ!?)
矢羽部は驚いた。
抜かれた遊撃手は近所でも有名な不良で、背も高くて瞬発力もあった。だから、彼の方にいくように投げた。
しかし、度重なるサボりで彼は鈍ってしまっていたのだ。
「何をやっている!? さっさと返せ!!」
伊津本が発破をかける。
しかし、ライトが暴投してしまう。
そんな感じでエラーを重ねていき、簡単に失点してしまう。
「くそ!」
矢羽部が悪態をつく。
(俺はプロになる男だぞ!? なのに、こんな雑魚相手に点を失うなんて!)
そのまま続きを始める。
「力押しで行くぞ!!」
守備が弱いのならば攻めるしかない。
そう結論付けた矢羽部は果敢にバットを振る……が、ホームランはそうそう打てるものではなく、今度は普通の安打だった。後が続かず、すぐに攻守が交代してしまう。
そして、またもや攻められて二点目を失ってしまった。
「……くそっ!」
矢羽部のスタイルは打たせて取るだが、仕方がないので無理やり三振を狙って、なんとか抑える。
しかし、スコアは1-2と逆転されてしまった。
チームの雰囲気は最悪だ。
「あーあー! 守備がざるすぎてやってらんねえぜ!!」
「んだとてめえ!!」
レフトの選手が叫ぶ。それに、ライトの二年生がつっかかる。
「ちょ、ちょっとやめなよ!」
マネージャーのギャル風の二年生が止め、なんとか二人は止まる。
「いいか、お前たち!」
けんかを止めようともしなかった伊津本がついに口を開く。
「相手は格下だ! 確かにお前たちは素人だが、ひょろい相手に比べてお前たちには喧嘩で培った身体能力と根性がある! 本来の実力を出せれば圧倒できる相手だぞ!!」
しかし、これといった対策やアドバイスはなく、彼が語るのはただただ根拠のない妄言だった。
これは当然のことだ。伊津本は野球に関して無知である。ただ、強いチームのコーチがいいと考え、政治家である親に相談して無理やり就いただけなのだから。
「くっ! とにかく追いつくぞ!」
矢羽部が叫ぶ。
しかし、三者三振で抑えられてしまった。
それでも、矢羽部は必死に抑えるが、6回になる頃には体力が尽きかけていた。
当然だ。基礎練習やノックなどの厳しくて地味な練習はせずに、矢羽部たちがしていたのはバッティングセンターで遊ぶなどの楽しいことしかしていない。
体がある程度できている高校野球では、センスや運動神経だけではどうしようもない壁があるのだ。
「くそお! くそおおおお!!」
ついに乱打にあってしまう。
結局、試合は1-10という圧倒的な差をつけられての大敗となった。
◇◇◇
「なあ……どうする?」
「どうするって……無理だろ」
「な。矢羽部は中学で有名だっていうから勝てると思ってたのに雑魚だしよ」
「止めだ止めだ! 恥をかくだけだぜ!」
試合が終わる頃、野球部の何人かがひそひそと喋る。
喋った人数はちょうど9人。
――今日の午前中、秋真たちベースボール同好会と戦って14-0で大敗した者たちだ。
◇◇◇
「……もしもし……ああ!? うるせえよ!! 奴隷どもが何の用だ!?」
試合が終わって不機嫌な伊津本の元に電話がかかる。
奴隷というのは、彼の父親である政治家に逆らえない志築高校の教師をなじったものだ。
「……は? 上垣の意識が戻った……?」