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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私が夢でついた嘘

作者: 稲荷竜

「この詐欺師!」

 あまりにも綺麗な光景だったから、何を言われているか理解するまでしばらくかかった。

 まばゆいぐらいの夕日をうけて金色に輝くその人は、一度見れば忘れることができないぐらいに綺麗だった。

 にもかかわらず、私はぜんぜん、その人に覚えがない。

 流れるようなブロンドヘアー。さらさらの髪が風になびいてたゆたっている。

 高い身長、すらりとした手足。現実ではなかなか見ない、ファンタジーの住人みたいな完成されたプロポーション。

 たぶん同じ学校には通っているんだろうな、ということぐらいは、制服を見たらわかる。

 だっていうのに、本当になんにも見覚えがなくって、だから、ただただ困惑ばかりが私という小さな入れものを満たして、今にもはちきれそうだった。

 状況に耐えきれない。

 意味が、わからなさすぎて。

 そいつは私を詐欺師呼ばわりしたかと思うと、ひとしきり風に吹かれて美人さをアピールしたあと、ハッとした様子になって、背中を向けると走り去っていった。

 走るフォームまで美しい。なんだろうあの人は。ろくな出会い方じゃないけれど、いや、だからこそ、妙に客観的に、鮮烈に、そいつは私の記憶に残った。

 名前さえ知らない彼女。

 冬から春先にかけてのごくごく短い期間だけの付き合いになった、非現実的なあの人。



 私の人生はといえば、ものすごく地味で、ものすごく平穏だった。

 冒険がない、というのだろうか。明日いなくなっても誰も気付かないんじゃないか、というぐらいの、本当に目立たない存在が、私という高校生だ。

 ううん、そうじゃない。

 たぶん、気付く。誰かが気付く。

 たとえば普段から話している人とか、先生とか、そういう人が。

 気づいたうえで、すぐに、代替が見つかる。そういうぐらいの、リアルな地味さ。

 だって、死んでも誰にも気付かれないほど存在感が希薄っていうのは、一種の異能だ。

 そこまで強い地味さはない。私には、私を特別にしてくれるような、あらゆる特徴が存在しない。

 ここまで地味だと自分でさえも自分の行動にまったく印象を抱けなくて、今思い出したことが、今日の記憶なのか、昨日の記憶なのか、それともずっとずっと前の記憶なのか、それさえ判然としない。

 だから今日もいつもどおりの通学路を通って、家に帰ろうとして━━

 いつもとは違う、ちょっとした事件。

 信号を無視して突っ込んできた車に、私は轢かれたのだった。



 たぶん意識のないあいだに夢を見てるんだと思う。

 だだっぴろい平原で目覚める夢だった。

 そこでの私は制服を着ていて、鞄さえ持っていなくて、地平線まで見通せそうな広い広いその場所で、不安と事態の意味不明さへの混乱から、たいへん焦っていた。

 運良く馬車かなにか(馬車って)に拾われて、人間が住むような、でもちょっと古風? すぎるような街へと行ったのだけれど、そこはやっぱり見慣れない人種がひしめく見慣れない街で、私はたくさんの人の中にいても、ずっとずっと孤独だった。

 私は自分のことを『明日いなくなってもすぐに代替品が見つかるぐらいのモブ』だと思っている。でも、私は、別に死にたいわけでも、私が死んでもいいわけでもない。

 生きなきゃ、いけない。

 その夢の中で生きるのは本当に大変だった。ルールが違う。学校教育で学んだことが役に立たない。言葉さえ、わからない(読み書きはできない。話し言葉は、なぜかわかった)。

 そこで生きていかなきゃいけないのは大変で、何度もあきらめそうになった。

 この夢はいつ終わるんだろう、と思った。ひょっとしたらこれはいわゆる『あの世』で、私は天国のような地獄のようなこの場所で、なんらかの罰を受けている最中なのかなあ、なんて思うこともあった。

 それでも夢の中で何年か経つころにはだいぶ慣れてきて、『生きる』ことにこなれるというのか、すれるというのか、地味なりに、普通なりに、過ごすことができるようになっていった。

 その中で、私は何人かの『仲間』と出会う。

 力自慢のちっこいおじさん。ちょっと傲慢だけど仲間思いのお兄さん。

 そして。

 そして、とても綺麗な、金髪の、女の子。

 なんていうか、濃ゆい人たちだった。

 最初はとても受け入れられないと思った。実際、ケンカみたいなこともした。

 ケンカ! そう、ケンカだ。私は他人とぜんぜん衝突しない人生を送ってきた。私には他人とぶつかってまで通したい『()』なんかなかった。たいてい、退いてきた。

 たぶんそれは、私が、私に価値を見出してなかったからだと思う。

 その夢の中では、違った。

 私は私の命の重さを知っていたし、仕事で失敗すれば、その『命』が失われることだって、じゅうぶんすぎるほどわかっていた。

 その冒険を、私は夢だと思っているけれど。

 でも、夢だと言い切れないぐらいに、そこにはリアルな、においと、かたちと、命があった。

 何度か衝突して、くっついたり離れたり、違う人とくっついたり、そういうことを繰り返しながら、なんだか『固定パーティ』っていう感じになっていった。

 私は、その夢の中で、ずいぶん長くを過ごして……

 ついに、おばあさんになって、死ぬ日を、迎えてしまった。

 ……なんだかふわふわした意識の中で、私は、小さな家の中にいた。

 それは私が私の稼ぎで買った、こじんまりとしているけれど、安らげる我が家だ。

 ……ちょっとだけ、嘘をついた。

 私の稼ぎで買ったけれど、私だけの稼ぎじゃない。

 四人で旅して、四人で乗り越えて、そうして買った、私の家だった。

「ねえ」

 こだわりのベッドの中にいる。

 聞こえる声は、若々しい。

 私の声じゃない。美しい、仲間の声。

 私はもうしわくちゃのおばあさんだけれど、その人は、ずっとずっと、出会った時のまま、若いままだった。

 こればっかりは人種が違うせいでどうしようもない。その夢の中では、いろんな人種がいて、中には百年も二百年も生きる種族だっている。

 若く美しい彼女は、その種族だった。

「ねぇ、こんな時に言うことじゃないと思うんだけど、いいかしら」

 私は答えない。

 彼女の声に静かに耳をかたむけるのが、この年齢になった私の、一番か二番の娯楽になっていた。

「私、あなたが今にも天寿をまっとうしそうなことに、ひどくおどろいているの。だって、私たちの付き合いはあまりにも長くて、きっと、それが永遠に続くものだと思ってしまっていたから」

 それは、私もだった。

 私たちの暮らしは本当にその日暮らしで、明日の貯蓄なんか考える余裕がなかった。

 どうにか将来のために稼ごうと無茶をしたけれど、それもあんまり実にならなくて、私たちはけっきょく、今日のために今日を生きていた。

 そんな毎日の中で、私は当然のように年老いた。

 彼女は、当然のように若いままだった。

 人種の、違い。

 ずっとずっと『今日と同じ日』が続くと思っていた私たちだけれど……

 神様に定められた天寿までの違いが、私たちには、あった。

「あなたは、本当に、死ぬのね」

 その声には悲しいとか虚しいとかの感情はなかった。

 ただただ、受け入れがたいことに呆然として、おどろいているような、響きだった。

「どうしよう。あなたがいない明日が想像もつかないわ。あなた、ひょっとして、なんとかして、実は死なないとか、ない? だって、ほんの百年も経っていないのよ。まだまだ、人生の折り返しじゃない。だっていうのにあなたはこんなに弱って、しわくちゃで、それで……」

 私は、彼女の手を握った。

 もう力はほとんど入らなかった。時間の流れは私からいろんなものを奪っていったけれど、具体的になにを奪われたかといえば、筋肉が一番、もっていかれていた。

 ここで筋肉とか思う自分に、自分で『なんだかなあ』と感じる。

 ……うん。私はたぶん、とっくに受け入れている。

 人は死ぬものだから。

 でも、彼女は、そんな、当たり前のことを受け入れられていなくって……

 それがかわいそうだなと、思った。

「ねぇ、どうしましょう。……明日の予定を立てていたの。明後日の予定も。あなたが弱っていることはわかっていたのに、まさか死ぬだなんて、そんなこと、想像も……」

 言い募る彼女の口に、指先を当てる。

 彼女はとても早口で、私は、喋りだすのがめっきり遅くなってしまっていた。

 だから、言葉を挟む余地をもらえないと、私はもう、なにも言えない。

 彼女はひるんだように黙って、綺麗な青い瞳で私を見た。

 ここで気の利いたことを言えたら、どんなに素敵だったろう。

 でも、私はなにも浮かばなかった。

 根拠のない、気休めしか。

「また、会いましょう」

 それは約束というより、呪いだった。

 誠意というか、優しい嘘だった。

 優しいだけで、なんのなぐさめにもならない、嘘だった。

 それでも私は、なにか言ってあげたかったから、そんなことしか言えなくて……

 その夢は、そこで、覚めた。


 気付けば私は病院のベッドの上にいて、そばでは家族が興奮した様子だった。


 いろんな説明をいっぺんにされた。

 どうにも私は信号無視の車にはねられたらしい。「すごく飛んだのよ」とお母さんは言った。見てきたような発言だったけれど、どうにも、実際に見てはいないらしい。

 現場検証? の結果だとかいうことで、それをしつこくしつこく聞かされて、話が終わるころには、私も、自分がはねとばされた現場を実際に見てきたかのような気分になってきた。

 全治は二週間ぐらいらしい。これが短いのか長いのかはわからない。たぶん、事故の規模を思えば短いのだ、というのが、あとから調べてわかったことだった。

 現場は見ていないし見るつもりもなかったんだけど、お母さんから写真が送られてきた。

 いや、ええ……その、娘の気持ちとか、その、ショック受けるだろうなあとか、そういう、配慮を、少し……

 言ってもしょうがない。

 私のお母さんには思ったよりデリカシーがなかった。

 退院して、学校に戻る。

 クラスメイトは先生に強制されたみたいに「退院おめでとう」と言ってくれた。

 その中で、普段よく話す子が、内々に退院記念パーティーみたいなものを、やってくれた。

 どうやら私は、自分で思うよりも、代替しにくい存在だったらしい。

 いろんなことを言われた。死んだかと思ったと泣きつかれた。

 きっと死んでたと思う、と、そんな言葉が口をついて出て、「そんなこと言っちゃダメ」と、わりと真剣にたしなめられた。

 でも、死んでたと思う。

 うん、しっくりくる。私は死んでいた。突発的に、死んだ。それから、ちゃんと生きて、ちゃんとしんだ。

 夢を見ていた気がする。長くて太い夢だ。

 そこで私はすごく生きた。それが妙に自信につながってる気がする。いえ、その、じゃあ明日からなにかを始めるかとか、なにかが変わるかとか、そういったことは、ぜんぜんないのですが。

 私は、世界に一人しかいない、私。

 そういう自信が、ついたような、気がするんだ。

 ……退院からしばらくしたある日、ふと、夕暮れの中の綺麗な女の子を思い出した。

 詐欺師と叫ばれた記憶。あれはなんだったのだろうと、やっぱりよくわからなくって、でも、その呼ばれ方は、なんだかとても、正しいような気がした。

 学校帰りの夕暮れ。

 強い風が吹くと、あの日の光景を思い出す。

 真っ赤な光の中で黄金に輝く美しい彼女。

 詐欺師という言葉。

 たぶん、あの時すでに、私は、彼女にとって、代替のきかない、私だったんだろう。

 なんでそうなのかはわからない。

 でも私は、夕日をみるたびに思い出して……

 それで、ちょっとだけ、嬉しい気持ちに、なるのだ。

 あの詐欺師という言葉は、私が私だから贈られたものだと、思うから。

ライブ感を活かしてそのままの文章で投稿してます

いくらか直したいところがあるので、そのうちこっそり改稿するかもしれません(しないかもしれない)

未回収の伏線もどきとかそのへん

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