報告記録
アンジュイ北門の番兵長 ニージスの報告
―そいつが現れたのは昨日の2の鐘が鳴ってしばらく、ベサルト商会の荷馬車が通過した後でした。
奇妙な身なりをしているのは遠目からも分かったのですが、たった一人でフラフラとこっちに向かってきていたので、これはやっかいごとだろうと身構えました。
ええ、ご存じでしょうが、北門から1刻半も東北に歩けばラシャエルの森が有りますから。近頃はこの辺りまでハグレの魔物が出始めているので、戦力の増強を申請しているところです。
どこも人手不足?ご冗談を。街に魔物が入り込んでからでは遅いんですよ。
せめて装備の新調をお願いしますよ。いつまで3世代前の装備を整備しなくちゃいけないんですか。どこも予算不足だって?騙されませんよ!中央のやつらは最新装備を余らしているって話じゃないですか。
―わかりました。話を戻しましょう。
ええと、どこまで話しましたっけ?ああ、そうだ。護衛も荷物もない怪しいやつだったので、近付く前に誰何しました。
ところが忙しなく辺りを見渡しながらボソボソ喋るばかり。埒があかないので北門の待合室まで引っ張っていきました。
自分は番兵として人を見極める術には長けているつもりでしたが、そいつはえらく得体のしれない若者でして、未だ得心のいく推理が出来ていないんです。
こちらの呼び掛けに反応するものの、会話が出来ないために身元の特定もまだです。―これは邪推ですが、やんごとない方の隠し子ではないかと思います。
何故か?まず来ている服が、派手な装飾は無くとも見たことのない意匠、素材、発色でありまして、遠い異国の上質な物と思われます。
次に風采ですが、覇気はなく、栄養は取れているが鍛えておらず、肌は日に焼けておらず、手の皮膚は柔らかく、およそ内向的な貴族の特徴、いえ、自宅に軟禁され世話をされているものの特徴かと思われます。
よって温室育ちの坊っちゃんですが、家名を示す装飾をつけることを許されず、他人とのコミュニケーションも苦手とくれば、隠し子という推理になります。
しかし、何故郊外をたった一人で歩き、そして無事であったのか、納得がいきません。北門から出入りする貴族の情報は控えていますが、出で立ちからして遠く異国から来る最中に魔物に襲われ一団が壊滅し、ただ一人ここにたどり着いたということでしょうか。
身元特定のため、中央でも調べてくれませんか。
貴族かもしれないということで俺の部屋に泊めたんですが、粗相の無いようにするのが辛くてですね、本人も外に出たがっているようなので、中央まで連れていってください。
では、職務もあるのでこの辺で。装備の件もよろしく頼みますよ。