手を引く者
ネルちんと僕は屈強な風紀委員の一人に連れられ、西海岸の堤防にやって来た。
ネルちんはどうやら鬼怒川風紀委員長に『きみ、夕子さんと一緒にいたよね?ならきみも一緒に潜入ね』と短絡的に指示されて連れてこられたらしい。
「でもさー、ネルちんはなんでそんなに嬉しそうなの?」
「そりゃそうじゃん!だって【愛の手引き教団】だよ!女の子一杯の花園だよ!」
「うわー…自分の欲望に素直なんだね…」
ぴょんぴょん飛び跳ねるネルちんとは裏腹に僕の心は曇り空だった。
確かに元々【愛の手引き教団】に入ろうとは思っていた。しかし、風紀委員の操り糸と潜入ミッション付き…ただでさえ、めいちゃんに会うのに苦労しそうだったのにその難易度は爆上がりだろう。
だが、そんなことはどこ吹く風にネルちんは話を続ける。
「それにね!教団では三人くらいでグループを作るらしいんだよね!!それでね、その三人で教団の厳しい試練を乗り越えた三人はいずれ…あたしのハーレム誕生だぁ…うへへへへへぇ…」
だらしない笑みとくねくねとした動きをしているネルちん。なんていうか…気持ち悪い…。
その時、空気が変わりフナ虫がザワワっとこの場から逃げ出した。
そして、一瞬静寂が訪れたかと思うと…一陣の風がびゅうと吹き抜け、ネルちんを吹き飛ばした。その風はうなりを上げながら僕の周りをクルクル回ったかと思うと、急に目の前でシュルシュルと留まり始めた。
いきなり、目の前に女性が現れた。
真っ黒な衣装ではあるが布地面積は少なく、太ももなんかギリギリまで見えそうなくらいだ。一言で言うならクノイチの衣装だろうか?コスプレ感が強いが…。
その女性が僕の顔ぎりぎりまでその顔を近づける。
「じーーーーーーーー」
目と目を合わせて少しずつ顔を近づけてくる。吐息が当たる距離。彼女の紺碧の透き通った目が僕の心の内を見透かしていくようだ。
「じーーーーーーーー」
彼女の手が僕の胸と腰に添えられて、少しずつ二人の距離は近付いていき鼻の先がチョンと触れた。
その時、彼女の瞳がより一層開かれる。
「似てる…似てるでござる…」
「…えっ?」
「肌の色…はファンデーションで…髪…はウィッグでござるし、でも目の色が…目の色…はカラコン?それを覗いても目の大きさは横3.057、縦1.211…彼の成長を考えればこれぐらいでござるし…いや…見れば見る程…」
バレた!?心臓が早鐘をうつ。今まで一人にもバレたことのない僕の女装が!?しかし、まだ確信には至っていない様だ。取り乱したら駄目だ、表情に出さず今をとりあえず耐え忍ぶんだ!僕!!
そんな僕にはお構いなしの忍者少女がぼそりと一言。
「取り合えず…一発キスしてみるでござるか…」
その時、彼女の両手ががっちりと僕の頭を固定する。首を動かそうにも全く動かず、押し返そうにも彼女の体は岩のようにどっしりと動かない。
この国における異性とのキスの意味は即ち、生涯を誓うという意味。彼女は捨て身覚悟で僕にキスを仕掛けてきているのだ。
「ま…まって!」
「いただくでござりゅ…」
彼女が額を引き顎を突き出すように近づける。
唇が触れたか触れないかギリギリ、僕の顔と彼女の顔が引き離される。
ネルちんがその忍者少女にタックルをして引きはがす
「ストッォォオオオオオオオップ!!!!!」
「ふぎゃ!な…何するでござるか!!」
「何するも何もこっちのセリフだよ!いきなり来たかと思ったらあたしを吹き飛ばしてさ!!そ…それになんかキ…キッチュをもしようとしてたし…」
プンプンと頬に砂を付けたネルちんが忍者少女に食ってかかる。
しかし、それに対して装束の裾を直し余裕顔の忍者少女。
「キッチュって言い方、姿だけでは無くて心も初心な少女なんでごじゃるね~、大人の蜜月を見るのは初めてでごじゃったかな?…くふくふ」
「むきぃいい!あたしは子ども扱いされるのが一番嫌いなの!!それに、あたしだってそういう知識いっぱい持ってるんだから!!」
「そんなに知識を自慢しては子供にしか見えないでごじゃるよぉ、ぬっふっふ…」
確かに、身長を比べてみれば頭一つ分ほども差がある。それにプロポーションも…忍者少女の方は引き締まった足にパッツンと忍者服の胸元を押し上げている双丘…勝負は目に見えている。
「むきゃあああ!ほんとにムカつく女!!こんなに美人なのにムカつく相手って初めてかも!!」
「ええ~自分は美人でござるか!?嬉しいでござるなぁー」
「そういうのもムカつくううう!!この本当に…」
「はいはいやめたやめた」
その時、後ろで見守ってた風紀委員さんが終戦を合図して二人の間に割って入る。
忍者少女はニタニタと、反対にネルちんは顔を赤くして地団駄を踏んでいる。
「落ち着いてください、ネルさん」
「ぶぅうう」
「そうやって挑発するのはやめてください藍さん」
「はいはいでござる」
そんな二人を宥める様に気をもんでいる風紀委員はなんていうか…その苦労が多そうだ。
「夕子さん、ネルさん、この方が【愛の手引き教団】支部長であり、私たち風紀委員の協力者である甲賀藍さんです」
「どうもでござる!紹介に預かった甲賀藍でござる!学園の3年生でお主たちの先輩にあたるから藍先輩とでも呼んで欲しいでござる。」
そう言ってその大きな胸を張る藍先輩。
「お主たちはこれから自分の弟子になって、教義を学んだり修行をしていくでござる。ビシバシしごいていくから覚悟するでござるよ!!」
そういって人懐っこく笑顔を浮かべる藍先輩。ねるちんはぶー垂れて風紀委員に文句を言っている。
「ええ!このメンバーなの!!全然、良くないよ!美人のお姉さんは!!?可愛い女の子は!?」
それをどうどうと暴れ馬がごとく抑える風紀委員さんやはりこの人は苦労人なようだった。
その瞬間ぞわりと背中に悪寒が走る。ハッとなって顔を上げると藍先輩がニコニコと笑っていた。
(やっぱり、僕に気付いているのか?いずれにせよ…気を付けないと…)
【愛の手引き教団】、鬼怒川風紀委員長、藍先輩、多くの障害を乗り越えてめいちゃんに会う…そのミッションを考えると少し気が遠くなる。
ギリギリ間に合った。明日も投稿します。




